俳句が面白い。
趣味という趣味が無かったが、
今はこれが趣味だと
大きな声でいえる。

ご縁があって
福井県の俳人協会の会長さんの
句会に参加するようになり、
その方の勧めで
俳句結社の雪解に入った。
2回目の雪解の雑誌への投句で
良くわからないのだが
3句掲載という入選を果たしたらしい。
句会の重鎮の方々から
電話がかかり、
どうもそれはそれで快挙だったらしい。
今月はNHK俳句でも佳作二つだったし、
ネット俳句でも佳作だったし。
調子いいな、たぶん。

生まれてこの方
なにか秀でていた記憶がない自分としては
こういう状況がとてもこそばゆい。
小学校の時
読書感想文や詩作の宿題は
いつも苦痛でしかなかったが、
人間、わからんもんだね。
しばらくは575の世界に
僕の見える世界を閉じ込める作業に
励もうかな、とずいぶんその気になっている。


記録をさぼっていたけど
句会は休まず毎回出席していた。
1月はぱっとしない結果だったが
途中退席した2月は
ベテランの方々から僕の句が
沢山特選をいただいたらしい。
こういう会を途中退席してしまい
みんなの鑑賞が聞けなかったのが
かなり残念。
俳句はやっぱり
座の文学で、
その場でそれぞれの鑑賞があって
初めて、一句が完成する。
だから、入選や佳作だけを知らせてくる
俳句番組やコンクールも
それはそれで楽しいけど
句会はもっとライブ感を楽しめる
とても良い場だと思うな。
ただ、ダメな句の場合、結構厳しいこと言われるけど・・・。

今回3月の句会では
誰の特選もいただけなかったけど
入選の数では、一番たくさんもらった。
先生の直しも入って
句全体もすっきりとしてまとまったかなぁ、と思う。

   畦塗るや太白星の光るまで 徹

2月の句も記録しておくか。

  一粒を巨体丸めて種蒔きぬ 徹

農業のちょっとした風景を
今年は俳句で切り取っていこうかと思う。



参加している順化句会の記録忘れていた!
ということで、11月と12月の両方を記録しようか。

11月ごろから句会のメンバーはぐっと減った。
というのも風邪や病気などで
休みメンバーが増えたからだ。
しかも、90歳を超えていた
かつてはこの句会の幹事までされていた方が
認知症を患ったということで
脱会したいとお知らせに来ていた。
のっけからなんだかさみしい句会となった。
高齢者が多いので、
冬の気配は、いつも以上に冷たく、そしてさみしい。

さて
11月の句会の席題は「冬紅葉」。
けっこう詠みやすいはずだったのだが
その冒頭のさみしさから抜け出せず
それなりに簡単に読めるはずのこの季語で
投句できなかった。

結果から言えば、
メンバーの特選をそれぞれにいただいた句が二つあった。
ベテランの方の選句だったので、かなり嬉しかったが
先生の特選や入選にはほとんど入らなかった。
特選を取った句も他のメンバーの入選には入らず
ちょっとさみしい結果となった。

11月から冬の句を詠みはじめているが、
まだ季語が良くわからず苦労している。
俳句を本格的に始めて1年も経っていないので
季語が自分の中に入って来ておらず
目に見えている物事が
言葉として認識されるまでは
やはり相当な訓練が必要なんだろう。

12月の句会は、
これまでとは違って
終始和やかな雰囲気だった。
1年の〆である最後の句会だったので
これまでよくやってきましたね、といった雰囲気で
和気あいあいとしていた。
冬の厳しさは、先月の句会の言葉の端々にバリバリに感じたが、
年末の雰囲気にそれは和らぎ
人の暮らしはこうしたリズムの中に
あることを知った。

席題は「数へ日」「年忘」。
今回も全然だめで
名乗りは1回という、ほぼ零点の句会だった。
でもなぜかとても清々しかった。
僕は最近、良い句を作ろうと
どこか背伸びしていたし
みんなに取ってもらえるような句をと
考えすぎていた。
そりゃぁ、取ってもらえたら嬉しいし
詠み手の解釈が入って初めて一つの文学になるのだから
意味不明な句は、まったくもって良くない。
ただ、点が入らなくても
それが意味不明とは限らない。
今回も先生の直しでは
僕の作った句はすべて取り上げてもらい
僕の作意を理解していただいている感じでの
直しがとても勉強になった。

「俳句は人に考えさせる余韻が無いとダメ」
先生からいただいた言葉だ。
17音に縛られて無理は言葉を詰め込んだりしてもダメだ。
もっと自由に、それでいて
もっと余韻と余白のある句を。
これが来年の目標である。





今回は、先生の用事があり
10月最終週の土曜日が句会だった。
9月の句会から6週も空いたが
この間、僕は俳句にアグレッシブだった。
俳句大会2つに参加し、吟行にも参加した。
ラジオの俳句番組にも投句を開始し
テレビの俳句講座には欠かさず投句し続けた。
また松山の俳句ポストにも参戦し
各種コンクールにも投句し続けた。
その甲斐あって、
たけふの俳句大会では選者特選をいただいた。

今回の句会は
自分でも作風が変わってきたと確信していた。
作れば作るほど、その奥行や風景が良く見えるようになり、
まだまだあがいている状況だけど
7月のように一点も入らないダメ句を
延々と作り続けることは
たぶん無くなった。と、思いたい。

句会冒頭では、先生から
たけふの特選の件で褒めていただき
いい気分で句会に入ることができた。

今回投句した句は次の5つ。

コスモスや風に挑まず従わず
松虫や返事あるまで鳴いてをり
金木犀口づけのごと顔を寄せ
ハロウィンのカボチャ見つめる虚無の空
木枯に身を預けをり秕の穂

今回の席題は『木枯』で
最後の句は会場で15分ほどで作った句。
席題にも瞬時に対応して
それなりの俳句がその場で詠めるようになったのも
ずいぶんと進歩したように思う。

さて結果。
コスモスと木枯の句は参加者から特選。
入選も多数で高得点となった。
松虫と金木犀は参加者からの入選に入り
まずまずで、
松虫の句は、先生からの直しが入り
『本当は直して特選にしようかとも思った句』と
高く評価していただいた。

それぞれの直しが入って今回の句はこうなった。

秋桜風に挑まず従わず
松虫の返事あるまで鳴くがごと
木枯に身を預けをり穭の穂

他の2句は直しなし。
というか先生としては入選ではないみたい。
ハロウィンはまだまだ季題がないのかなぁ。
こうした新しい生活事にも
季題を表現し、俳句に収めていきたいので
たとえ1点も入らないとしても
作り続けたいね。

今回は、とにかく披講で名乗りが多く
先生からも進歩著しいと褒めてもらったのが
とてもよかった。
俳句の季題を大切にし、
その季題と心情が
クロスオーバーするようになったのが
ここ最近の大きな変化だと思う。

ちなみに一緒に参加している
農園のすーちゃんは
やはりその視点の良さを先生が
毎回のように取り上げている。
彼女の場合は
それを言葉に落とし込む作業で
手間取るのだろう。
そこがカチッとはまりだすと
大化けするだろうな、きっと。
こういう人間には
一気に抜かれていくんだろうな、と
先生の俳句の講評を聞いていて
自分の成長を喜ぶ以上に
すこしさみしさも覚えた句会だった。


9月の句会を記録しよう。
今月は俳句の多産の月だった。
これまでは月一の句会に向けて
100句ほど俳句を作り、その中から
5句を選び句会に持って行ったのだが、
今月は句会までに3つの
コンクールとNHK俳句への投句を行ったので
句会に持っていく俳句を準備するのが
いつもよりも大変だった。
いろいろと情景や心情を読み込むようになり
少し欲が出てきて発表したいという欲が
出てきたのだろうか。
ま、駄句は駄句だけどね。

さて、今回句会に持っていった句は次の通り。

秋濤や轍の一つ消し去りぬ
新藁の干せし道駆け行く球児
抜穂女の初心な鼻緒の赤きこと
稲刈りを終へて孤独な野道かな
小鳥来る朽ちゆく家に色添えて

今回の席題は「小鳥来る」。
席題の予想が外れ、
小鳥来るで一句も作ってなかったので
かなり焦った。
なんとか投句締め切りの数分前に
この句が浮かんで投句。
間に合ってよかった。

さて講評。
苦し紛れに絞り出した小鳥来るの句は
メンバーの方に特選に選ばれた。
また稲刈りの句は2点。
あとは取り上げられず終了。

さて、一句ずついくか。
まずは
新藁の干せし道駆け行く球児
からだ。
先生からは、
球児である意味がよくわからない
とのことだった。
僕としては秋の新人戦を
新藁に託して
そのフレッシュさを詠みこんだつもりだけど
秋にフレッシュさを出そうというのが
そもそも無理があったか。
直しが入り
「新藁の干せる野道の登校児」
となった。

次は
稲刈りを終へて孤独な野道かな

この句は稲刈りの時は
とても賑やかになる農道も
それが終わった途端に
急にさみしくなるという情景を詠んだ。
2点入ったが、先生からは
孤独が気にかかるとのこと。
孤独という言葉を使わずに
なにか他の言葉で
孤独を表現しろということだろう。

稲刈りを終へて福井の平野透く

でどうかな。大きすぎ?
孤独感がないね。

次は抜穂女の句。
先生からは意味がよくわからないとのこと。
献穀田の事とはわかってもらえたが
その刈女の姿が初心だったことと
鼻緒が赤かったこと
だからどうした?という感じだった。
こちらの意図としては
高校生くらいの刈女が
とても初々しくて
その素足の白さが際立っていたのを
鼻緒の赤さで言ったつもりだけど
ま、無理があるね。
また考えよう。

小鳥の句はメンバーの特選を得たが
先生の講評は無し。
朽ちゆく家に色を添える小鳥が良いと
メンバーの方に言ってもらえたので
良かった。
詠みこんだ想いがつながるのはとても楽しいね。

秋濤は触れられることもなく終了。
秋の波は少し強くなり
千里浜の轍を消し去るという意味なんだけど
ダメだったね。
あまり深くないと言えば深くないし
面白味もないか。

選句では、
先生の不幸の話もあって
僕はこの句を先生の句だと思い選んだ。

衰ふる葛に加ふる潮痛み

なんとも奥深く
そして悲しみ深い句だろうか。
はたして先生の句だった。
今回はこの名句に出会えた
とても貴重な句会になった。
また先生からも
「雪解に入りなさい」と
俳句結社へのお誘いも受けた。
俳句ともう少し真剣に向き合うのなら
参加すべきだろうけど
時間がなかなか無いので
それで結社の方々に
ご迷惑をかけるのではないかと心配で
即答は避けた。

そんな9月の句会だった。



週末は句会だった。
前回が0点で、気分が盛り返すまでに
2週間はかかったこともあり、
慎重に句を選んで臨んだ。
句もこれまで以上に作り
たぶん200近くは作った。
その中から5句選び投句したのだが、
基本的にはダメ句が多く
やはり投句用の句を選ぶのは
かなり頭の痛い作業だった。
どうも言葉が固いというか、
熟語ばかりになるというか、
柔らかく嫋やかな、
そして情緒あふれる言葉遣いが出来ない僕は、
かなり悪戦苦闘しているというのが
現状だろう。

さてそんな中、
投句した句の一つは
僕が尊敬する句会のメンバーである
木内さんに特選に取っていただいた。

畑脇に詰まれし肥やし秋暑し

先生からは、「畑脇」ではなく「畑隅」の方が良い、
と指導され、
「詰まれし」は「積まれし」の間違いですね、
とも指摘された。
確かにその方が分かりやすいのだけど、
堆肥場にどんどん業者が詰め込んでいく堆肥が
その熱さと秋の暑さとこれから始まる秋作への
想いとをかけたので
情景的に「詰める」を使ってみたけど、
先生としては
17音しかないのでみんなが分かる表現で、
とのことだった。
見た目をそのままというわけでもないのが
俳句の写実なんだろう。

他の方2名の入選だったのは

穂肥ふる農夫は無口秋隣

という句。
これも先生の直しが入り、
「無口」を「語らず」にしたほうがいいとのこと。
熟語で表現するのではなく
柔らかい表現を選ぶ方がいいようだ。
また穂肥は「ふる」という表現はどうか、
とも話になった。
やる・まく、ではないかというメンバーの意見だったが
日常的に僕らの農業の現場では
「ふる」を使う。
だがこれも他の人にも分かってもらえるのが大事ということで
ふるの表現も直しが必要だろう、とのことだった。
テクニカルタームの使いどころが難しい。
現場感を出そうと思えば、
わざとテクニカルタームで行きたいところだが
理解されないのではダメ句になる。
専門用語が情緒を醸し出すこともあるので
バランスが重要ということだろう。
規定されないし
個人の感覚に左右されるので
センスが問われるね。

メンバーの方には取ってもらえなかったが
先生からはこれは良い句だと褒めてもらったのが

虫除けをふりかけて行く墓詣で

という句。
メンバーからは墓詣でと虫除けで
季重なりではないかという指摘もあったが、
先生はこの場合は季重なりにならないとのこと。
その判断も
自分ではまだよくわからない。

さて、今回の句会では
「晩緑」という言葉を使った句が登場した。

晩緑の古刹はひがな風涼し

新緑・万緑は季語として成り立っているが、
晩緑はまだ歳時記には載っていない。
横落の前の緑のもっとも終わりの頃を意味するらしく
先生曰く
もうすぐ季語になる言葉、とのこと。
なので、この句は
季重なりと指摘をされていた。
万緑がかつて

万緑の中や吾子の歯生え初むる 中村草田男

という句が生まれ
季語として確固たる地位を得たのだが、
晩緑もまたそのような名句が生まれることで
季語として定着するのだろうか。
黄化する前の緑に
僕らはどんな想いを載せて詠めばいいのか
僕にはまだわからないけど、
いつかはこの言葉で
俳句を読んでみたいな。

今回の句会では
色の感覚も勉強になった。

神の山蒼きを遠に早稲を刈る

という句があったが、
先生は
「蒼き遠に」はだめ、「縹に遠し」だ
と直されていた。
蒼いんじゃなくて、縹色だという。
なるほどね。
色の名前とその用途もぴたりと合わないと
いけないのね。
17音だけの文学は
相当に厳しい。

今回の句会で
僕が特選に選んだ句はこれ。

秋燕過る一等三角点

山頂にある一等三角点を
つばめが過ぎて、南へ帰っていく。
壮大な旅程を一等三角点で表現し
空の高さもその言葉だけで表現していて
もう読んだ瞬間に、これだ!と思った句。
本当に素晴らしい。
平易な言葉で
壮大な空間を表現する。
僕もそうでありたい。
ちなみにこの句はメンバーの奥村さんの句だけど
これで僕は3か月連続で
奥村さんの句を特選として取っている。
奥村さんの作る句の繊細さというか
感覚が僕を強く揺さぶる。
奥村さんが句集を出したら
絶対買おう。

8月はこんな句会だった。
今回は落ち込まず
とても楽しい句会で良かった。
うふふ。



こういう日があるとは聞いていた。
でも現実的にはどうなんだろうって思っていた。
だからこそ、こういう経験は
大事にしたい。
きっといつか
これはネタとなって
僕の数ある失敗話の一つとして
大きく輝くはずだ。
たとえ、今は身が引き裂かれそうだとしても、だ。

それは今回の俳句会。
僕の投句した5句は
誰一人として取られることなく、
0点に終わった。

今回は俳句を作れなかったわけじゃない。
前回、先生やメンバーの特選を頂いたこともあり
作句意欲はより高かった。
毎日数句、多い日で10句以上を詠み、
多分100句以上この一か月で作った。
その豊富な俳句の中から
これならば!と厳選して選んだ5句を投句した。
はっきり言って
自信満々だった。
意味なく自信たっぷりは
僕のお家芸だが、
それがツボにはまるから
そのお家芸はこれまで助長されてきた。
それを思いっきり
へし折られたのが今回の句会。
もう何がいいのかどうかも
良くわからない。
そんな気分。

ただ
救いがないわけじゃない。
句会で他の人の句を選ぶ選句は
今回も先生や他のメンバーの選ぶ句と
同じようなものを選ぶことができ
かつ、自分で選ばなかった句の問題点を
自分なりに記述したのも
先生の解説などと一致する部分も
それなりに多くなってきていて
学習の成果は出てきている。
はずだ。たぶん。そうあってほしい。

先生から言われたのは、
「言い過ぎ」の一言。
なんでも盛り込んでいるというか
より誇張しすぎというか
情景を写生せず
その情景に心情を無理やり入れすぎているというか、
本当はその情景の視点に
こだわらないといけないのに
そこじゃなくて
普通の風景を普通に見て
そこに無理やり自分の心情を盛り込む
そんな俳句をこの一か月作り続けていた。
そういう気分だったし、
そういうのを詠みたいって思っていたからだけど
だとしたら
主題の主体は置き捨てられていることに
僕自身が気が付かなかったことになる。
メンバーの句を
吟味するうちに
僕は自分の犯した間違いを
強く感じた。
僕が記述してとどめたいと思う花鳥風月と
その心情は
乖離して存在するわけじゃないのに
自分の主体をディフォルメ化するために
花鳥風月の場面を利用している
そんな自分に気が付いたわけだ。
その視点が正しいのか
間違っているのかは
初学者の自分にはまだまだ良くわからないが、
対象に寄り添う、
その姿勢を僕はまたここで想い出したわけだ。

カンの悪い僕は
いつもこの間を行き来するね。
いつまで経ってもダメなフィールドワーカー。
俳句も独りよがりは
読んでも面白いはずがない。
だよな。やっぱり。

ただ0点の夜は
思ったよりも辛いね。
うふふ。



月一回の楽しみ、
それは順化句会。
もうこれが最近の最大の
楽しみといっても過言じゃない。
句会が終わると
次の句会に向けて
毎日少しずつ俳句作りをしていて、
ひと月分の作句の中から
自選してこの句会に持っていく。
そして句会で
1人でも自分の句を取ってくれる方が居れば
ちょっとズレたイメージと
それぞれの勝手な想いの中で
つながるという面白い現象を体験できる。
異文化の中で
生活世界が全く違う人たちと
言葉もままならないのに
どこかでつながる瞬間がある。
そんなものが好きだった人には
句会は、絶対おすすめ。
それがその場にはふんだんにあるから。

さて長い前置きになったが
6月の句会について記録しようか。
前回の失敗から
今回の課題は選句をしっかりとしよう、だった。
100句近い俳句の中から自分の選で5句選び
1句を特選とするのだが、
この選び方をできるだけ
みんなが良い句だという句を
選び出したい。
もちろん、それぞれの感性や
それぞれの持つ詩想によって
選ばれる句に違いはあっても構わない。
でも、自分が取った句が
俳句としての表現がいまいちだったり
または素晴らしい句なのに
文語の言い回しや古語の単語、
漢字が理解できず選びきれなかったり、と
自分の実力不足からくる
その俳句を深くまで読み込めないことが多い。
知識と経験不足からくる問題なので
すぐに選句のレベルが上がるわけじゃないけど
そこを意識して句会に臨んだ。

さて今回も19人が5句ずつ投句したので
100句近く集まっての句会だった。
これを1時間程度で書き写せるだけ写して選ぶので
かなりハードな時間となる。
90代の方もこの作業をこなすのだから
大したもんだね。
俳句やっている人はボケないわけだ。

さて、今回僕の選は以下の通り。

直線に直線にはねあめんぼう
ジャム少し緩く仕上がる梅雨の月
鹿毛栗毛厩舎を抜くる青田風
山女釣岩から岩へ影消して
屑金魚隅に置けない面構へ 特選

「直線に直線に」と続くリフレインがきれい。
ジャムが少し緩く仕上がるのと梅雨のイメージが
良く合っていて美しい。
鹿毛栗毛と青の3色のコントラストが
風景を際立たせる。きれいだなぁ。
山女は人の影が見えると釣れないから
それを隠しながら移動していくさまが
躍動的で良いね~。
そして特選句。
屑だと振り分けられたとしても
その中にだって「おっ!」と思うやつもいる。
凡夫な自分もそうありたいと思っているので
この屑金魚にシンパシィを感じ、特選句に。

今回の選句は、先生の特選句や入選句と
すべて重なっていて、
自分としてはまずまずの成績だった。
ただそれでも読めない漢字や
意味の解らない単語がおおくて
深く理解できない句もたくさんあった。
何事も勉強だね。

さて投句ではどうだったか。
今回の投句は次の5句。

誘われる口実となれ夕立よ
鴉めに雛奪われて五月果つ
薄暑光絵馬の願いは淡くなり
星雲は地上に降りて花菖蒲
自転車に乗れた雄叫び青田風

鴉の句以外は、それぞれ皆さんに
そして先生に取っていただいた。
夕立の句はメンバーの方の特選に取っていただいたし、
花菖蒲はメンバーの入選に入り、
薄暑光は先生の入選、
そして自転車の句は先生の特選に輝いた!
これで先生特選は2回目で、
100句近くある中からのことなので
とても栄誉のあることだと思う。
ちなみに最初の原句は

自転車に乗れた雄叫び青田波

だったのだけど、これを句会に一緒に参加している
すーちゃんが
「青田風はどうでしょうか?」というので
それを当てはめてみると
まぁ、これがかなりしっくりくる句となり
手直しをして当日投句したというわけ。
自分の俳句を自分で直すのって
その時の情景や心情が強すぎて
なかなかさわれないのだけど
こうやって直されてみると
この方が良いよなって思うことも多々ある。
手直しがあったからこその特選だね。
先生も
「雄叫びという表現と青田風が活きているね」
という講評だったので
これはすーちゃんに感謝だな。

夕立の句は
メンバーの特選になったのだけど、
「これは俳句かどうかは解らないですけど」という
コメントをしつつの特選だったので
なんだかもろ手を揚げては喜べなかった。
俳句っていうカテゴリというか
その周りを固める壁が
僕はまだまだ良く見えない。
夕立の句だって俳句だと思うんだけどなぁ。

あとちょっと残念だったのは
星雲の句。
これはかなり自分ではいい出来だと思っていたのだけど
メンバーの一人の方の入選のみで
先生の講評にも引っかからない句だった。
大きいことを言いすぎたかな、とも思うけど
こういう風に美しく詠みたいという想いもあるので
これがどうダメなんだか、ちょっと解らなかった。

さて、一緒に参加したすーちゃんの句で
先生の入選をもらった句も
ここに記録しようか。

父の日や悩み悩みて大吟醸
水色のシャツ水玉に喜雨の中

父の日の句は、メンバーの方の特選にもなっていて
先生の入選も入っていて素晴らしい!
悩み悩みて、という表現を直せないか、と
先生から注文もあった。
喜雨の句は、水色と水玉が重なっているので
雫に直して、〇をもらっていた。
俳句がなかなか作れないと言っていたけど
出せば結構好評価されるので、
23歳にしては、これはとても素晴らしいと思う。

俳句の量も
議論の質も
どちらも十分に刺激的で
脳みその芯が熱くなる、そんな句会だった。
生活世界の微妙なズレを
俳句というインターフェイスを通じて
楽しむ文学。
視点が面白ければ
主題が美しければ
込めた感性が豊かであれば
その分だけその句に深度が生まれ、
味わいのその様が多様になる
それぞれの中でイメージと価値が再構築される過程が
俳句の最もの楽しみなんだと思う。
こんなゲーム性の高い
文学は、僕は他に知らない。
もっと俳句にどっぷりと浸かりたい。
そんな気持ちになった
6月の順化句会だった。



月に一回の順化句会。
5月はいよいよ夏の句。
先月までさんざん春の季語を勉強してきたけど
ここからは一転して夏の季語。
急な変化にやや戸惑いもあり、
また季語の勉強不足もあり、
さらには前回の俳句大会での良くないイメージもあって
今回はちょっと不安な気持ちで参加。
農園のメンバー、すーちゃんも今回は一緒に参加。

今回の句会は19名の出席で
1名が不在投句。
20名が5句ずつ出すので
選句は100句にのぼった。
時間は相変わらず限られており、
その中で次から次へと回ってくる俳句。
意味が良くわからない単語や古語、
さらに読めない漢字の応酬で、
相変わらず、選句で苦労した。
漢字力と単語力、
さらには文化や芸術、日々の暮らしの知恵と知識、
そんなものすべてが自分に足りないと知る。

僕が選句したものは次の5句

聖五月子犬塊となってくる
緑濃き路面電車の去りし後 田谷徹特選
能舞台次の手を待つ夏袴
夏めきて婦人画報のはやり色
日傘畳む日輪の息宥めつつ

特選は路面電車の句。
福井の路面電車はライトレールが導入されていて
眩いオレンジ色の車両も良く見かける。
そのオレンジ色と街路樹のコントラストが
とてもきれいだな~と思っていたら
この句が目に飛び込んできた。
僕は文句なしにこの句を特選とした。

しかし、路面電車の句は
霜子先生からは、
「去りし後という表現がイマイチ」
とのことだった。
この句はすーちゃんも特選にしていたが
僕ら素人二人が取ったのみで
あとは誰も取っていなかった・・・。
善し悪しが良くわからない。

婦人画報の句は、この句会に誘ってくれた木内さんの句。
とてもおしゃれな方で
今回もうすピンクのシャツに白の上着という出で立ち。
流行や美に鋭い感覚を持ったこの方らしい句で
僕はこの句がとても好きだ。
木内さんと知って、尚更良しだね。

選句は、100句の中から5句選ぶのだが
やはり漢字が読めて、
意味がすぐ分かるようなものを
選びがちである。
語彙力と知識が無ければ
名句の情景は僕らの頭には浮かばないってやつか。
それでも婦人画報の句と
日傘の句は、みんなも良い句だと言っていたので
とりあえず2句は、
自分のセンスが良かったと思おう。
初心者としてはまずまずと
自分に言い聞かせながらね。

さて、肝心の自分の投句。
前回の句会から立夏の間までは
ひたすら春の句を作り続けていたので
それらの句が今回投句できず
もう少し良い句もあったのだけど、
次の5句を投句した。
と、まずは言い訳も入れつつね。

畑人のテンガロン帽麦の秋
田を植える少年の眉泥白く
列をなしランドセルゆく植田かな
碧落のリレー競争麦の秋
幼苗も一息ついて植田村

今回は、誰の特選にも選ばれなかったが、
テンガロンの句が3人に選ばれ
少年の眉の句が2人に取ってもらった。

テンガロンの句は先生から〇をもらい、
テンガロン帽ではなく中8になっても
テンガロンハットにした方が良いと指導もいただいた。

「畑人のテンガロンハット麦の秋」

少年の眉の句は、
泥白くの辺りを先生はどうにか直せないかと
ひねっておられて(結局良い表現はなかったんだけど)、
もう少し深いところまで詠みこんでほしいと
注文をいただいた。

ランドセルの句は、先生からも〇をいただいた。
ただ「植田かな」ではなく
植田道と直された。
植田の中を歩くわけじゃないからね。

「列をなしランドセルゆく植田道」

後の2句は
誰も取ってもくれないし
先生の直しも講評もなし。

ちなみに一緒に参加した
すーちゃんの句も数名から取ってもらい
さらに先生からも〇をもらっていた。

いちまいのガラス戸惑ふ揚羽蝶 安寿香
手のひらにポンと乗せられ初茄子 安寿香

今回の句会では
電車がゆっくり進むのをカタコトと表現したものを
「幼稚」と言われていたが(「遅々として」と直されていた)
すーちゃんの「ポン」は、
これはこれで良いらしい。
初茄子がとても効いていて良い句だとのこと。
この2句はどちらも情景が浮かぶ
とても良い句だと思う。
特に初茄子は収穫の喜びや風景がポンとに良く出ているね。

さて、
気になる句が一つあった。

原爆者名簿清和の風通す

この句は先生は
清和と風通すで季語が二つになるからイマイチ、
と講評されていた。
なるほどと思ったのだけど
この句は僕は選句の中で
ちょっと気になる句としてしるしをつけてあった。
で、句会が終わってからこの句を眺めていると
もしかしてこれって
オバマ大統領の広島訪問のニュースが
清和の風となって
原爆の被害者に喜びというか心地よさというか
達成感のようなものがあったことを
詠みこんだものなんだろうか、
と思えて
だとしたらこの句は季重ねだろうが
僕は入選句にしたかった。
なんでそんなこともすぐにわからないんだろう。
わからない自分がもどかしい。

今回の句会で
主観と客観が少し先生からお話があった。
虚子の客観写生を秋桜子が文学なのだから
解釈としての主観を盛り込んだ
表現をするようになったという話だったが、
この主観と客観の議論は
僕が学んだ開発社会学でもよくある論点の一つで
すこしその辺りと合わせて
僕なりの表現がこの俳句の場でも
出来そうだということが分かったことは
大きな収穫だった。

さて
句会が終わって帰ろうとすると
句会のメンバーである瓜生さんから声かけられた。
「鯖江の俳句大会、田谷さんの句をとったのは私ですよ」
って。

地に眠るマグマ含みて赤躑躅

この句を取っていただいたとのことで、
「私も西山公園の赤つつじにマグマ見ました!マグマありましたよ!」
と言っていただいた。
誰にも通じなかったように思えた
鯖江の俳句大会は
ちゃんと僕の想いが届いた方が居たんだ。
それを教えてくれたその瓜生さんの優しさが
とても嬉しかった。

込めた想いが
誰かに届く
それはその方の解釈として。
意味のズレと浮遊もあるけど
それがまた面白い。
言い切らないこの表現法の宇宙に
僕はもう夢中である。




今月の句会は
娘のピアノの発表会と重なり参加できなかった。
が、投句だけはした。
句会でお世話になっている方が
とても親切で
翌日には句会の結果を届けてくださった。

今回の投句は4句

畑人を出迎えてをり黄水仙
更紗裂くように行く舟春の沖
花とってとってとのばす小さき手
花篝心の鬼を呼び起こし

今月は、インドネシア出張もあり
少しバタバタと過ごしていただけに
作句の数はいまいちで
さらに推敲も集中できなかった。
そんな中で
絞り出すように作ったのがこの4句。

畑人を出迎えてをり黄水仙

この句は二人の方にとっていただいたらしい。
堤外地の畑をと向かう昇降路の降りた場所に
ワイワイと咲いている黄水仙を詠んだもので、
温かくなり農作業でもするかという
畑人を出迎えるような
そのままの様子を詠んだ。
黄水仙はとても好きな花で
どうしてもこれを俳句にしたかったので
自分としてはとても満足。
ただ、この視点ってどこにでもあるよね。
平凡なのは良くわかっているさ。

更紗裂くように行く舟春の沖

これはインドネシアの出張から戻ってきたときの
関空に着陸する時に見た風景。
朝日でキラキラと輝く海面が
更紗のように綺麗で、
小さな波が幾何学模様を作っているようで、
そこを走り去る船が
その更紗を裂くように行く。
そんな風景。
二人にとっていただいた。
スピード感がある句なので
舟ではなく船が妥当と先生談。
うむ、まさにその通りです。
一字も気が抜けないね。

花とってとってとのばす小さき手

これは講評も選も何にもなし。
ま、だろうな。
今回はあまり作句出来ていなかったので
正直、これは数合わせで出した句。
やっぱりこういう手を抜いたような句は
誰も取らないね。
いいね、そういうの。

花篝心の鬼を呼び起こし

なんとこの句は先生の入選句に!
3回目にして霜子先生の入選句に選ばれるとは!
とにかくうれしい。
ただ先生の講評では
主観を詠んだ句でしかないとのことで、
俳句は多くの読者が共感し、感動を共有できなければいけない
とのことだった。
正岡子規の客観写生の文学論からは
外れているといったコメントをいただいた。
これは自分への叱咤激励だと思いたい。
先生の言う客観写生でも
心情に近いものを詠みこみたい。

ちなみに
この句にはいろんな意味を込めている。
桜と闇と鬼の取り合わせでもあり、
火によって浮かび上がる桜は
擬人化として捉えることのできるスペースを
意図的に残した。
情景の美しさに対する邪念という
対比も含んでみた。
17音しかない文芸だが
表現できるものは、本当に奥深い。
いろんな心情と情景と隠喩と対比といった
コントラストも入れることができる。
うん、やっぱり宇宙だね。
俳句は。



今月も順化句会に参加。
前回は見学という立場だったが、
今回から正式に参加を表明。
俳句の師匠を加畑霜子先生と決めた。
どこまで行けるか分からないが、
納得した句を作りたい。

今月の句会は、
誰からも特選を得られなかった。
正直、前回のビギナーズラッキーが
自分を苦しめる1か月だった。
どんな句が、いったいそのルールに乗っ取っているのか
それが全く分からない。

今回の投句

①議事堂を遊び場にして河原鶸
②春めいて柱状節理波を抱く
③啓蟄や転作書にも判を押し
④父と子のはかま取る手のつくしんぼ

参加者の披講で名乗りは4回できたが、
ただ先生からの手直しが多かった。
①は遊び場がいけないとのこと。
議事堂なので遊び場ではない、との指摘で
僕としては皮肉ったつもりだったのだが
それが逆に要らないらしい。

議事堂にひなかきている河原鶸

②は褒められた。
波の寄せては帰るそのリズムがゆったりとする、
波がなかなか帰らない、
それが春めいての季語に良く表れている、と。
ちなみに柱状節理は東尋坊の岩々のこと。
で、この句は披講で皆さんに取っていただいた句。
硬く大きな岩が、柔らかく波を抱く。
ま、別の意味を込めてもいるんだけど、
それは内緒。

③は、にも、がいけないとのこと。
字数合わせに使った言葉を指摘され、
17文字のシビアに気が付く。
判もダメ。
判だと指でもいいんだって。
一字も意味の緩い音は、
やはり許されないのが俳句だね。
しびれる~。

啓蟄や転作の書に印を押す

④父と子のはかま取る手のつくしんぼ
これは披講で取っていただいたのだが、
先生の直しには入らなかった。
ま、ダメ句か。

それ以上に
自分の選句がやはりダメ。
他人の句をしっかりと理解できないのは
自分の世界観の浅さだろうね。

今回僕の選句は

潮騒を蘂に孕みて椿落つ
春風や鳥居の鳩の胸光る
起重機の春高々と持ち上げる
鳥帰り山湖くまなく水鏡
手習いの筆隆隆と春始む 特選句

僕が選んだ特選句は
誰も取らなかったし
先生の手直しにも入らなかった。
これがどうダメなのか
自分には良くわからない・・・。
だのに、みんなには解っている雰囲気で、
うーん、そのコツ所はどこなんだろう???
奥が深すぎて、まったく五里霧中だ。




ご縁があって
福井市の順化公民館で行われている
俳句会に参加した。
先生は、加畑霜子先生。
本気モードの句会は、今回が初めて。
1人ではやや勇気が出ないため、
農園で一緒に俳句を作っている
すーちゃんを誘って二人で参加した。

今回参加されたメンバーは
僕らを入れて17名。
やや女性が多い会で、
高齢の方が多かった。
だが、俳句の内容はとても活き活きとしていて
とても勉強になった。
初めての参加だったが
前日まであれこれと悩んだ4句を投句。
披講では、
二人の方に特選を選んでいただいてしまった。
先生からも褒められちょっとご満悦。
すーちゃんは、いきなり初回から
先生の特選5句の1句として選ばれた!
すげー!!!ありえんね、普通は。
名前を伏せての選句なので
僕も彼女もとても名誉なことだった。

先生からも
「早くから始めた方が、良いところまで行くから絶対に続けなさい」と
激励していただいた。
僕はさておき、
彼女はセンスがいいというか
磨けば光る才能があるんだろう。
ま、それは僕も知ってたけどね。

句会というとなかなか
おもぐるしい雰囲気かと思いきや
とてもざっくばらんとした良い会だった。
結構緊張はしたけどね。
僕らが入ることで
それを喜んでくれた秀作句もあって
僕らも参加していて嬉しくなった。

ということで
今回栄誉を受けた句をここに記そう。

思い出の味を辿りつ種選ぶ  立崎安寿香
薄氷を踏む音かろし金曜日  田谷徹

俳句は本当に面白い。
17音の宇宙だ。





田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
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