研修2年目のデデの
今月のレポートについても書いておこうか。

彼は化学肥料による土壌汚染について
これまでいろいろと調べてきた。
なぜならそれが彼らの土地を
荒らしているんだと思っていたからだ。
しかし、化学肥料を長年使ってきた畑と
新しく切り開いた畑をいろいろと
しらべてインタビューしてみると
彼らが荒れたと思っている畑と
化学肥料との間に相関が無いことが
徐々に分かり始めた。
この視点を獲得するのに
ずいぶんと時間かかったけど
今はそんな偏見を彼は
払しょくすることができた。
さて、ではなぜ土地がやせるのか?
仮説としては、やはり表土流出なんだろう。
ということで、
今月のデデのレポートは
土壌保全の技術について
主に土木工事の方法を調べてきた。

土嚢から始まり
蛇籠による護岸など
公共事業なみの技術も多く紹介されていた。
インドネシアの土木技術のジャーナルからの
引用で、
どうしても住民レベルでは
難しんじゃない?ってものが多かった。
ま、それが出来るかできないかの議論は
あまり意味がないのだけど
僕が彼を強く批判したのは、
それらの技術を紹介しただけでは
意味がないってこと。
それは活用できそうなのか
個人なのかそれとも村行政や郡行政なのか
どのレベルなら可能なのか
その試算や自分たちの地域の資源と絡めての
考察がまるでなかった。
もちろん、そんな試算は間違いだらけかもしれないが
その絵に書いた餅がなけりゃ
何の意味もないのだ。
報告書と言えば
情報を羅列する輩がたくさんいるが
そんなことしてなにがどうなるっていうんだ?

ま、何をどう加工して
レポートに仕立てようとしても、
まったくの知識なしで土壌保全の土木系技術を
レポートで紹介しようと思った
彼のセンスの敗北だな。

こういう月間レポートは
指導が難しい。



このエントリーをデデのカテゴリで
書くのが妥当かどうか、
ちょっと迷うところではあるが
ま、今、デデともこういう話をしているので
それはそれで良いだろう。

有機農業と聞いて
皆さんはどんなことをイメージするだろうか?
環境に優しい?
自然的でよい?
健康的?
これを推進する法律もあるしね。
概ね、良いイメージなんだろうと思う。
正義は有機農業にあり!と声高な
青年にたまに出会うのも
無理はないか。

僕も若いころは斜に構えつつも
有機農業自体を
真正面から否定することは出来ず
それよりも
どこかで大いに賛美する自分が
いたことも事実だった。
工業的な農業の
エンカウンターとして
現代のエネルギー問題や
環境問題の解決策として
キューバの事例などを
まるで見てきたように語っていたこともある。
1期生のヘンドラには
土壌の持続的利用の視点から
有機農業の重要性をずいぶんと説いた気がする。
だから彼の3年生の卒業研究は
「有機肥料の有効性」だった。

ただ、その時から
僕らはある疑問にぶち当たっていた。
それは有機肥料が
どの社会的文脈でも
本当に有効なのかどうかということだった。
それはまだ
化学合成肥料や農薬が
環境を破壊するというその思想の本丸に
直接切り込む勇気がなく
というかそれだけの視点もなかったので
その周りにある事実として
可能なのかどうか
有効なのかどうか
を恐る恐る考えて調べて発言するにとどまっていた。
この「恐る恐る」の心情を
生み出しているのは
有機農業の持つ破壊力と言っても良いだろう。
なんせ、有機農業には正義が
あるって叫ぶ人たちもいるんだから。

ヘンドラと有機肥料の
有効性について調べていた時には
気が付かなかったのだが
来る子がみんな有機農業をしたいと言うので
(デデもその一人だった)
いろいろとシュミレーションしてみた結果
今は、僕たちはそれほどそれを
重要視していない。
来る子たちが皆有機農業と口をそろえるのも
その農法に対する情報を
自分たちなりに解釈して
ある意味神話化しているところから来ている。
だから実際に
みんなでそれが可能かどうかを
絵にかいてみると、つまり事実に即して
シュミレーションしてみると
あまりそぐわない結果になることが多かった。

たとえば
有機肥料はどうしてもボリュームが
化学合成肥料よりも多い。
堆肥の指南本には、
反当り数トンは入れましょうって書いてあったりもする。
それだけの有機物を集めるのも
車両の無い農家がほとんどだと難しいし、
しかもそれを運ぶ農道もない。
畑には畦道を行かねばらなず
農業資材だけでなく
農産物を畑から運び出すのも
一苦労するのだ。
よしんば、なんとか有機肥料を運んで
それを畑に投入したとしても
今度はそれだけの苦労の対価を
市場が評価しないということだ。
多くの農家は収穫後の調整作業をしない。
この作業がないので、農産物の価格に
グレードもなければ、インセンティブもない。
なぜなら、収穫物はそのまま
ブローカーに販売してしまうからだ。
収穫すらせず、青田買いよろしく
ブローカーに販売することも珍しくない。
ブローカーが連れてきた収穫人が
その収穫物を収穫して持って行く。
それが事実だ。
なぜなら農家には車が無い。
人手を雇って大通りまで収穫物を
運んだとしても、
結局車で買い付けに来るブローカーに
販売するんだから
初めから青田ごと売ってしまう方が
合理的な選択となる場合もある。
で、
そのブローカーは
他の人の収穫物と一緒に運搬し
自分の作業場で調整し
それぞれの品質に農産物を分け
市場や加工場などに
損が出ないように売り切って利ざやを稼ぐってわけ。
このシステムのどこにも
有機農産物を評価する市場はない。

もちろん、インドネシアの農業雑誌などでも
有機農業特集はけっこうやっている。
それが欲しいという声も
あるのも事実だ。
だが、分散しているその声の主に
農産物を届ける手立てが少なすぎる。
日本のような宅配便はなく、
自らで運び、販路を開拓するしかない。
ま、これは今、3年生のイマンが
公務員対象に個別産直の計画を立てているので
それが上手くいけば、
ビジネスチャンスとなるけどね。
ただそれにもいろいろと問題はあるのだが
それはイマンのカテゴリーで説明することにして
ここでは割愛しよう。

ある農法もしくはある品目の栽培を
進めようという場合、
その利点を強く説明する場合が多い。
だが、そこには実際の農家である彼ら彼女らの
リアリティが含まれていない場合が多々ある。
緑の革命だろうが
SRIだろうが
有機農業だろうが
それらはその文脈で行われている限り
やはり破壊力を持って
農家に襲い掛かっている事には
違いない。
それに無批判でいられてしまうのも
ある農法を信じてやまないその人の
エゴなのである。

といっても気がつかない人も
いるかもしれない。
有機農業は
環境保全だという人もいるだろうか。
自然に手を加え
なんとか飼いならしながら
自分たちに都合の良い物だけを提供してくれるように
することが僕らの理想の環境だ。
不都合な真実でもあったが
僕らの日々の暮らしのスタイルこそが
環境を大きく損ねている。
松永和紀氏の指摘にもあるように
直売所へ小農が出荷するスタイルと
海外から輸入して販売するのとでは
CO2排出量は直売所の方が多くなるのだ。
大きな産業の工場や大規模農業だけが
環境を壊すのではない。
僕らの人口圧が、
一人一人の行動が積み重なって壊れていく。
すべての農業が有機農業に代われば、
などという青い夢はもう見ない。
それよりも低投入の効率性の高い農業の方が
環境負荷は少ないだろう。
それを科学的に判断しようとすると
その対抗として
切り取り方の問題だという風に
瑣末な議論に入り込むのは
生産的じゃない。
この議論こそが
すでに農家たちの
そこに暮らす人々のリアリティから
離れてしまっていることに
気が付くべきだ。

そう、破壊力はなぜ生まれるのか。
それは、自分の信じるものだけを見て
それを推し進めようとする場の
人々のリアリティを
低俗・野蛮・未開という
無意識に見下している偏見という視点から
生まれてくるのである。

デデは
2年に入り、有機農業の勉強をしたいと言い出した。
化学肥料は土壌を破壊するというのだ。
その事例はいったい彼のどこにあるのだろう。
そこで時間を少しかけて、
実際に破壊された土壌を現地の友人に探してもらった。
現地では化学肥料しか使っていないので
すぐに見つかるはずだった。
30年も化学肥料しか使っていない農地が
ここそこにあったからだ。
しかし
実際に探してみると、
化学肥料に破壊された畑はどこにもなかった。
やや肥沃度に欠ける畑もあったが
それはどちらかといえば、というか
それが答えだと思うけど
斜面の畑を耕起しすぎて
表土が流れてしまった畑だった。
4か月ほどかけて
彼は地元の農家や友人に依頼して
化学肥料で壊された農地を探したが
見つけられなかったのだ。
たぶん、この世界のどこかでは
化学肥料の不適切な使用により
塩類集積してしまった畑もあるんだろう。
だが、それほど投入する財力もなく
また大量投入するほどの機械力もない
少なくともインドネシアのデデの村では
化学肥料による不毛の大地は
妄想でしかなかった。
それを知った上で
デデは今、肥料について勉強を始めた。
化学肥料の投入と収量の関係で
最善となる投入量と
それを支える土壌の腐植との関係も
理性的に学ぶことが可能になり始めている。
事実を確認し
その事実から出発し
偏見から解放され
自分たちに必要な情報を
自分たちで集め始める。
そこから生まれてくる
自分たちの手の中にある農法。
それが彼ら彼女ら、そして僕にもだが
必要な農業のカタチだと
今は強く思っている。




久しぶりにブログをアップしようか。
インドネシア実習生ネタで。

今週は、インドネシア実習生への座学前期の
最終試験をしている。
農業構造比較論と地域発展論の二つの座学で
それらを一つの試験として行っている。

試験内容は
自分たちの地域を農業構造的に読み解き
そこから浮かぶ上がった新たな問題について
それを解決する社会的ビジネスを考えて
提案しなさい、というもの。

これまでも月間レポートで
自分たちの将来のビジネスモデルを検証してきたけど
試験ではそのモデル以外のものを
実現可能か不可能化はあまり問わず
とにかく問題を鋭く浮き彫りにして
面白いイノベーションを
リアリティたっぷりに考えてみるというもの。
どう?わくわくしない?

今回の記録はデデだ。
初めての試験で緊張していたけど
プレゼンもペーパーの出来も上々だね。
さすがは学年トップの学力で
元生徒会長だけあるね。
実践力もあり、企画力もある。

彼が考えたのは
野菜の移動販売システム。
トラックを改造して
電話やネットで出前を受ければ駆けつける。
また繁華街や住宅地を回り
店舗経営のリスクを低くしつつ
市場暴落や商人に買いたたかれるリスクも
低くしようというビジネスだった。
脆弱な流通網にニッチを見つけようという
人口密集地であるジャワなら
こういうのも面白いかもね。
コールドチェーンへのコストも
それほどかからないし
ゲリラ的に美味しいところを持っていけるかもな。
センス良いね。

でもね、デデ。
君の分析はダメだね。
農業構造の分析は一つ一つは
その通りかもしれないけど
それぞれが全体を説明しているに過ぎない。
で出来上がった全体は、
その一つ一つに必ずしもよってないってことかな。
人的資源で君は住民たちの低学歴を
統計データから問題視して
そして社会的認識から
農業をするのに学歴はいらないという
具体的な住民の話も入れてくれたけど
それがどうしてネガティブな分析結果になるのだろうか?
問題点として
それを取り上げる君の価値観こそが
僕には問題に見えたりもする。
デデのビジネスプランは
そもそもその低学歴化を解消するものでもない。
質疑と議論の応酬の結果
(イマンの質問が鋭くてよかった)、
住民が低学歴なのは、
経済的な問題も多くあるが
その中には住民が
求める農業の技術と経験を
学校教育の中で担保されないことに対する
経験知から来るのではないかと思う。
まさに農学栄えて農業滅ぶ。

そのあたりにも切り込んでいけるような
ビジネスプランだったら
及第点だったけどね。
今回は不合格ってことで
来年、頑張ってね、デデ。



デデの記念すべき第一回目の
月間レポートが提出され、
それについてディスカッションをした。
僕にとって10人目になる彼は
いろんな意味で特別だ。
だから、ちょっと気合も入る。

彼が帰国後に描いた夢は、
ありがちな夢だった。
お茶栽培をして、特産の伝統種のトウガラシを作って、
余裕があれば畜産もする。
そんな計画。
眠いね、それ。

彼は、レポートに課されている
僕への質問として、
日本の農業は若い世代や社会にとってどのように映っているのか?
という質問をしてきた。
なるほど。
その質問の意図と裏にある君の思考は
どんなんだろうね。
と問うと
「日本の農業は先進的なので社会的地位も高く、若い人も多いように思います。インドネシアもそんな風になったらいいと思っています。」
だってさ。
ははは、それはうちを見ているから
そう見えるんであって
農業界全体の話で行けば
インドネシアよりも沈没は進んでいるんだよね。

農業が農業生産だけに力を入れても
それが魅力的にはならない。
魅力のない産業は、やはり斜陽さ。
農業の魅力はどう醸成し、
それを社会にどうプレゼンしていくか、
は、それぞれ問題があるところでもあるけど
僕が思うに、
マニュアル化された生産だけを
がむしゃらにやっていても
多分、どんどん沈没が進むんだと思う。
今の若い人みんなが一定以上の稼ぎを求めているのであれば
たぶん給与をあげていけばいいのだけど
そっちの道だとしても
やはり低コスト化のぎりぎりを狙った生産体制を
創り上げても維持は難しいよね。
価値創出の一つに
僕はそのビジネスが社会問題の一つでも
解決するような提案のできるものであれば
そこに魅力が派生すると思っている。
そういう魅力を携えているから
若い世代の人がそこに夢を見ることができるってわけだ。
僕もずいぶん
そういう風に若いころは思ったもの。

だから、デデ。
君がどうにかしたいと思っている
社会問題としての農業のあり方は
間違いじゃないけど、
その解が君の農業ビジネスだとは
僕は思えないな。
大規模プランテーションの一部として
お茶を栽培して
空いた土地でトウガラシを栽培して、
畜産もする。
それって若い人が夢を見るような
ビジネスだと君は思うか?
僕に答えはないけど、
僕はそれがそう見えないとだけは解る。
ま、これが僕らのスタートラインってわけだ。

クスワント以来になるけど
社会的起業の要素を含んだ
農業のビジネスプランについて
一緒に頭を悩まそうじゃないか。
なぁ、デデよ。




デデユスフという男がやって来た。
2008年から受け入れを行ってきた
インドネシア農業研修もこれで9年目になる。
デデは、ちょうど10人目にあたる。
どんな結果になろうとも
目をつぶって10年は走り続ける。
そう決めての9年目。

デデは今回が来日初回ではない。
3年前に、福農とタンジュンサリ農業高校の
交換留学生として、福井に来ている。
僕もその時は通訳としてお世話した。
彼はその時から
「田谷さんの農業研修プログラムに期待です」と
異常なほどにアプローチを受けた記憶がある。
出稼ぎじゃないよ、勉強だよ、と
何度も言って聞かせた記憶も
まだ僕の中に残っている。
その彼が、来ることに決まった時、
正直、あまり嬉しくなかった。
高校生の時の彼の猛アプローチに
僕は辟易していたからだった。

ただ僕にどの子かを選ぶ権利はないので、
学校側が地域のリーダーになる人間だと思えば
僕はその子を受け入れるだけだ。
だから辟易しながらも
事務的に物事を進めた。

空港で久しぶりに合った彼は
やや長旅で疲れている様子だった。
笑顔は素敵だったが口数も少なく
僕と福井に向かう車の旅は
少し緊張もしている様子で
あまり話もしてくれなかった。

もうすぐ福井に着こうかという時に
彼はぽつぽつと身の上話を始めた。
彼が中学生の時、
同郷の人間が日本に研修に行くという話を聞いた。
それが2期生のイルファンの事だった。
苦労をして学校を進んだイルファンが
日本に農業研修に行くという話は
デデを魅了した。
彼の家もイルファン同様
とても貧しかった。
そして大抵貧しい家庭には
兄妹が多いのだが
彼の家もその例外ではなかった。
中学校が終了すると
彼の父親は高校に行くこと反対した。
すぐにお茶畑で働くことを強制した。
しかし彼は、どうしてもタンジュンサリ農業高校に行って
農園たやの農業研修プログラムに参加したい、
と意志を固めていた。
父や兄妹を説得し、
彼はタンジュンサリ農業高校に合格し
入学した。
成績優秀者でなければ研修参加資格はない。
彼は猛勉強をした。
生徒会長にもなり、
成績もトップクラスになった。
それもこれもすべて農業研修に
参加したい一心だった。
そして、念願かなって、
彼は僕の横に座って
福井を目指している。
もうすぐ福井に着く、
その高揚感が重い彼の口を開かせていた。
僕はただただ呆然とその話を
聞いていた。
長くやればいろんなことがある。
そんなことは想定内だったが、
こんなことは想定していただろうか。
僕らがやっていることは
それほどの事なのだろうか。
鳥肌が立った。

これから3年、
デデと一緒に僕も勉強をする。
彼の強い強い想いに
僕はどこまで応えられるのか
不安はあるが、
鍛えれば鍛えるだけ楽しみな若者かもしれない。
さあ、デデ、
君がその気なら、
僕も全力で行くよ。
覚悟しろよ。


田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
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