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19日にAOSSA研修607室で
デデ君の卒業成果発表会を開いた。
80名が入れる部屋を用意したのだが
90名以上の方にお越しいただき
立ち見が出て
臨時に椅子を入れて対処するくらい
反響があった。

実はこれまでも
技能実習生の成果報告会は行われてきた。
最近は停滞している若手農家勉強会のアンビシ勉強会で
1月は農園の技能実習生が毎回
発表をしていた。
今回は技能実習生の議論が
世間を騒がせるようになったこともあるが
前々回くらいから
そろそろ一般向けに発表会をできないかと
考えていて
そのタイミングが社会の関心と
上手くはまったというだけだった。

一般に発表するのであれば
農園の実習プログラムについて
少しプレゼンする必要があった。
なので、この会は2部構成で
1部は僕が実習の経緯とプログラム内容を話し
2部でデデ君が成果発表をするという構成にした。
さらに1部で説明した実習交流の延長として
インドネシアのタンジュンサリ農業高校へ
青年海外協力隊として派遣中の
農園のスタッフ立崎をインターネットでつないで
彼女から活動の中間報告もしてもらった。

技能実習制度が
どうして青年海外協力隊まで繋がるのか、という
疑問をこのエントリーからこのブログを読んだ方は
不思議に思うだろう。

これまでの受け入れや今の活動へ至る経緯を
簡単に説明しよう。

もともと青年海外協力隊でインドネシアに
行っていた僕は、
その経験を見込まれ、福井農林高校とタンジュンサリ農業高校の
交流促進として通訳兼アドバイザーとして関わっていた。
相互訪問を何年か行っているうちに
タンジュンサリ農業高校から
もっと長期で日本の農業が学べないか、と申し入れがあり
丁度大学院を終えた僕は
家業の農業を分社化して受け継ぎつつ
技能実習制度を利用して
インドネシアの農民子弟を受け入れ始めた。
それから7年後に採用したスタッフ立崎が
インドネシアで働きたい、と言い出し
いつかはタンジュンサリ農業高校に
人材を派遣してやろうという僕の野望と合致したので
彼女を青年海外協力隊として
同地に派遣できるようにした。
実習卒業生も比較的に近い地域同士から受け入れているため
帰国後彼らがグループを作り勉強会を始めたのも
立崎が入社する前後だった。
そのグループで農業開発の案件を作り
JICA基金にアプライしたところ、2016年と2018年の
採択事業となり
現在、それらのグループで持続可能な小規模コーヒー栽培の
普及を行っている。
さらに今年1月よりそれらのグループを指導し
さらにはコーヒーのフェアトレードまでを視野に入れて
3期修了生のタタンをローカルスタッフとして雇用契約をした。
といった流れだ。

さて、
デデの発表だが、
まずこの発表が研究としての精度も高く
また彼自身の勉強にもなったのは
スタッフの佐藤と坂本の指導のおかげであることを
ここに明記したい。
彼らの献身的な努力によって
まったく研究ということに不慣れなデデが
そこまで研究を勧められたのは、両氏のおかげである。
素晴らしいスタッフに恵まれたことを感謝したい。

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デデの地域は1200mを超える高地に位置している。
その高地を利用して
熱帯では作れない作物を作り優位販売している一大園芸地帯である。
そこで盛んにつくられているのはお茶だが
園芸作物として伝統種のトウガラシの栽培も盛んだ。
そのトウガラシは伝統種であるため
一般のトウガラシとは違い、
これまできちんとした栽培のガイドラインが無かった。

伝統種にありがちな、
年によって収量が大きく左右されるようで
価格も乱高下しがちだという。
そのトウガラシで多収栽培法を見つけることができれば
成功への一歩となる。
事実、地域で成功している農家は皆、
このトウガラシ栽培が上手で
それぞれのやり方で多収だという。

そこでまずデデは
地域のリーダー的存在の農家のインタビューから始めた。
どういう栽培法を用いているのかを調べるためだった。
その農家は、ポイントは二つだと言った。
ひとつは防除法、もうひとつは施肥方法だという。
施肥方法は教えてくれたが
防除は秘密だという。まぁ、しかたないか。
そこで施肥方法を実験の主題として行った。

同種のトウガラシは日本では栽培に向かないため
良く似たシシトウを実験の品目として利用した。
施肥のタイミングを変える実験で
行政が一応ガイドラインとして出している施肥方法と
篤農家の施肥方法を使っての研究だった。

それらの違いは
追肥を化成肥料だけにするのか
鶏糞を利用するのかの違いである。
篤農は追肥で鶏糞を使っているという。
農学を修めた者なら、基肥での鶏糞の有効性を
否定する者はいないだろうけど
果菜類の追肥で鶏糞となると
うーん、とうなってしまうところが正直なところだろうか。
オーガニック神話も根強いインドネシアでは
こうしたセオリーから大きく離れた農法も
また存在しているというのは事実。
これに対抗するのは思想ではなく
実質にどれくらい収量が上がるかを証明する
科学的な手続きを知るのが一番だ。

デデはそういう意味では
とても根気よく調べてくれた。
トウガラシの収量をきちんと調べ
また記録も詳細だった。
ただね、彼に注文を付けるとすれば
収量は数量と共に重さも量らないとね。
大ぶりで少数なのと小さくてもたくさん取れるのとでは
まったく意味合いが違うからね。
あとインドネシアでは、ブローカーに販売するときは
重量なんだから、重さをもっと重要視しようね。

さて
オーガニック神話の強いインドネシアだが
デデもやはりオーガニックを無批判的に信じていた。
こう書いてはいるが
僕はオーガニックを敵視しているわけでもないし
否定もしない。
市場とその土地の条件と社会性の中で
農家は自由に、そして自ら考えて進む力が必要だ。
それがオーガニックになる文脈があることも
僕は否定しない。
ただそれの価値観を押しつけてくるのは
オーガニックがこれまで経験してきた
差別され非難されてきた歴史を
繰り返すことになる。
オーガニックが対抗して慣行農法を
批判することが双方向にあったことを
負として僕らは繰り返さないことが大事だと思う。
その上で、トンデモな情報は排除する賢さと
嗜好の自由を共有したい。
ま、オーガニックと言って草むらにして虫ばかり出す農家も
困ったものだとは思うけど。
あ、それは以前の僕か。

さて
結果から言えば
化成肥料の追肥が断トツで良かった。
デデもこの実験を行いながら
化成肥料と有機肥料の違いとその効果を
書物等を通じて学ぶ機会も得た。
土が荒れるのは化成肥料じゃなく
耕起して表土が無くなるからであって
有機かどうかはあまり関係がないってことも学んだ。
市場が評価するのなら
有機もありだろうけど、大量に有機肥料を投入できないのであれば
どう表土を守り抜くかは
これから彼が地元で考えるだろう。

なんにせよ
彼は科学的に検証するという技を一つ覚えることができた。
これで神話に騙されず
自分の力で判断できる農家に
また一歩近づいた。

研究成果に特化した発表だったので
農学に詳しくない方にはどう映っただろうか?
あれこれと将来を考えて
日本であくせく働いているのが
技能実習生なんだ。
お金も大事だけど
彼ら彼女らの若者はその将来を
不安に思いつつも
何かここで掴み、
自分の運命を変えたいと思って
日本にやってくる普通の若者たちなんだ。
というのが
少しでも一般の方に伝わったのなら
公開した価値はあったと思う。
僕らはもっともっと
発信力をつけないといけない。
まっとうな関係を築く議論を始めるために。



彼の月間レポートはこれまで
あまり記録してこなかった。
その理由は
まぁ、良くできているからといえば、
そうなんだろうけど
優等生で、内容にそつがなく
ブログに記録するほど変化がないというのも
そうなんだろう。
でも1年前と比べると
劇的に変化している。
だからたまには記録しないとなぁ。
ということで、3年生のデデの
しかももうすぐ帰国する子は
どんな月間レポートを作り上げてくるのかも含めて
記録しようか。

記録をさかのぼると、1年前の10月の
彼の月間レポートの記事があった。

http://tayatoru.blog62.fc2.com/blog-entry-1846.html

この時期に書かれていた
お茶とトウガラシの栽培は
そのまま今も受け継がれている。
この1年でずいぶんと彼も投資をしており
しかも2年生の時からすでに
お茶畑を購入して
現地で姉の旦那さん(義兄)に管理をお願いして
すでに農業経営を始めている。

彼はこの2年間で
貯めたお金の140万円ほど投資して
2.9haの農地を購入し
お茶栽培に乗り出している。
しかもその農場では
すでに利益がかなり出ているという。
昨年から今年にかけて、35万円の利益があったらしい。
いやはや大したものだ。
信頼のおける親族が居て、
収益確保が明らかなすでにできあがっているビジネス、
この場合はお茶栽培だが、
それへの投資なのでリスクも小さい。
いうのは簡単だが
遠隔でこういう経営をしようと思っても
なかなかなせるもんじゃない。
デデのマネジメント力がすばらしいということだろう。

さらに3年生の今年は
トウガラシの施肥方法の実験をしており
これがかなり面白い結果が出ている。
有機肥料と化成肥料とを上手く組み合わせることで
従来の倍ちかく収量を得ることが実験では分かったのだ。
もしこの栽培法が彼の地域の
トウガラシの伝統品種でも可能であれば
間違いなく彼は、初年度から成功するだろう。
ま、それが当てはまらなくても
どうすれば正解に行きつくかのプロセスは
たたき込んであるので、数年後の成功は間違いないと思う。

その上で
デデは最近、ハウス施設を地元でも建てて
葉菜類を栽培したいとノタマッテいる。
攻めるねぇ~、デデ君。

ただこのハウスがなかなかインドネシアでは存在しない。
彼の地元では竹資材のハウスが主流で
竹素材だと5年くらいしかもたないのが難点。
投資額は結構おおきく、400㎡で40万円ほど。
5年償却なら、8万円は次の建て替え費として
積立しないといけない。
露地で作る場合とハウスの場合とで
作付け回数がかなり増えない限り
品質での勝負というのは難しいだろう。
あと売り先も大事だ。
ハウス栽培の利点は、環境をコントロールしている分
安定的に出荷できるというのが魅力だ。
その魅力を感じてくれる市場があるかどうかだ。
彼は、近くのバックソー屋(地元の軽食)に販売したり
ローカル市場に持っていきたいという。

なるほどね。
その場合は問題点が3つ存在する。
まず、1点目。
野菜を供給するための配送のための人員はどうするのか?だ。
大抵、新規就農時代は、労力は自分ひとりだったりもする。
彼の場合はすでにお茶農園で雇用しておりパートが数名と
スタッフとして義兄がいるらしい。
インドネシアでは集金は月末締めでもなければ
銀行振り込みでもない。
大抵は現金主義で、その場で現金で支払われる。
となると配送はかなり信頼置ける人物でない限りは
任せることはできない。
パート労働者では無理だし、義兄を配送に回せるほど
労力が豊富でもあるまい。
自分が配送に回れば、全体が見えなくなるしね。

次の問題点は、供給量だ。
ローカル市場は個人商店がひしめき合っている感じの市場だ。
1つ1つはとても小さな商店。
その一軒一軒から注文を取って
それを納品するのはかなり手間だろう。
もちろん供給量も、需要と生産力のすり合わせが
難しくなる。
ブローカーは、大きな規模で買い付けて、
需要とのすり合わせをし、その手間で儲けるのだけど
農家がそれをするにはやはり人手がたりないし
小規模だと生産力が安定しないので、難しいと
言わざるを得ない。
特に葉菜類は、だ。
それなら作った分全部を買ってくれる
ブローカーに販売した方が
断然いいだろう。
第一期生で今は集落長として地域のリーダーになっている
ヘンドラは、その答えに行きつくまでに
5年以上かかった。
彼もローカル市場へ細かく販売してくビジネスプランを
立てていたが、結局は生産に力を入れて
販売はブローカーに任せてしまったのも
その規模やスタッフなどの信頼おける人材の確保のむずかしさにある。
ちなみに僕の農園はそれをするから
すこし高い単価を獲得できているので
生産力と分配とがうまくマネジメントできれば
当然、みんなが難しい分
ビジネスチャンスになるということでもある。
ヘンドラに経験談を聞いて
君なりに考えることだね。

3つ目はもっと根本的なことだ。
それはハウス栽培の葉菜類の品質を
市場は評価してくれるかどうかってことだ。
雨よけで作った葉菜類はとても葉がきれいだ。
泥はねもなく、すくすく育った葉菜類は美味しそうに見える。
露地と比べてハウス栽培の葉菜類は
とうぜん日本では品質も高い分
需要もある。
だが、君の地域はどうだろうか?
バックソー屋で出すというが
昔、僕がスラウェシで仕事をしていた時
料理屋の主人はこういってたよ。
「虫食いや痛みはあまり関係ないよ。きざんじゃうし味付けしちゃうし。大事なのは安いって事かな」
ってね。
これは20年前の話だから
今は違う、と言えるのなら良いんだけど。
つまり回転数が上がる以外に
値段もある程度ついてこないと
5年償却の施設を葉菜類で稼ごうというのは
かなりきびしいんじゃないかな。
日本の一般的な農家も償却期間の倍の期間は
やはり使って資金を回収している農家が
多いように思うしね。
金属パイプのハウスが7年~10年で朽ちることないしね。
でも竹は、白アリにやられるから
確実に朽ちるので
5年で利益回収できなければ
その投資で君は潰れることになるぜ。

ま、
こういうことを議論できるまで
君の経営感覚が伸びてきたってことなんだろう。
その成長ぶりは本当に頼もしいよ。
あと2か月、僕も全力で君と議論をすることにしよう。


デデの試験結果について記録しよう。
この試験は、自分たちの未来のビジネスを
構造的に分析して、その妥当性をプレゼンするというもので
まぁ、大抵は肯定的にしか分析できず
弱点や先のリスクに気が付くことはほとんどない。
構造的分析ができれば
本当はそこが見えてくるはずなのだが
僕の教え方が悪いのか
これまでほとんど出来たためしがない。

しかし、今回デデは
僕の意図にずいぶんと肉薄したプレゼンをした。

彼は自分の地域の自然要因の高地気候と
政策要因のアグロフォレストリー政策から
国有地の農地転換を利用してコーヒーやお茶栽培を
基軸としたビジネスを考えている。
現在西ジャワ州はコーヒー栽培を州政府あげて進めているが
彼はそこには手を出さない。
それはキャッシュフローがお茶の方が早いからだという。
コーヒーは補助も多いが
年に1回しか収穫できず、1回の収穫期に失敗するとリスクも高い。
お茶はあまりお金にはならないが
回転が速く、年に何度も収穫ができ
雇用の維持の視点から言えば、お茶が断然有利と見ている。
金融要因のキャッシュフローを考えている点で、
彼くらいの若さを考えれば秀逸だし
実際の経営的センスからいえば、僕も断然お茶だな。

その中で、
これまでもその地域で栽培されてきた
トウガラシやジャガイモ、キャベツも栽培品目にあげていた。
これはそれだけ取引商人も多く、市場が豊富にあり
自分たちの販路に困らないからだという。
市場的要因もよく踏まえている。

ただそれではまだ発展的とは彼は見ていない。
従来の農法や農業経営の枠から出ておらず
価格的にはうま味が少なく
これだと規模の競争に陥るだけなのだ。
そこで最近、栽培が都市周辺から
高地などの遠隔地に移りつつある
アブラナ科の葉菜類野菜に目を付けている。
この辺りはダニとも一緒だが
デデは、
「この葉菜類野菜は、まだ取り扱う中間商人が居ないのがポイントです。自分がその商人になりたいと思っています」
とのことだった。
ブローカーたちは縄張りがある。
取扱品目や地域や取引農家や、
そういう縄張りがあって
それを越境して取引する連中は
よく暴力も含めて排除される。
だが、そもそもその品目を取り扱う商人が居ないのなら
そこはブルーオーシャンだ。

ただその品目を扱うにしても
資金や運送力が肝心になる。
そして肝心な生産扱い量が少なければ
卸の商人からは、そっぽむかれてしまうだろう。
彼は運送力は、ダニと一緒に車両を買うことで解決し
資金は自分の貯めたお金やお茶の上がりを当てることにしている。
彼は日本にいながらしてすでにお茶農園の投資をしていて
かなりの成功を収めつつあり
資金は大きくないが、まわしていけるだけの体力がある。

そして
生産物の扱い量だが、
彼は
「自分でもハウスを建てて、生産量を増やして自分の農産物を中心とした買い取り農家をしたいです」
とのノタマフ。
農園でハウスのマネジメントを直に見ている彼は
とにかく何回転できるかが勝負と言うのを
説明していなくても肌で感じ取っていたようで
現地での簡易ハウス建設費と
葉菜類の回転数と収穫量を計算して
自分の葉菜類の生産量を中心として
周りの農家を衛星的な位置づけとして
ひとつの大きなビジネスを作り上げようとしていた。
それは夢物語かもしれないが
多くの日本の成功事例の発端が
同じような生産農家が販売力を活かして
衛星的な農家を集め
販売業者(卸)的な役割を持つことで
大きく前進した事実を見れば、
彼の若さで、独自にそこに到達したその感覚は
すばらしい、というどころか恐怖すらあった。
実際に彼のプレゼンを聞いていて鳥肌が立った。

彼は、よく人の面倒も見る。
彼が3年生になってから
実習生たちのまとまりもよく
一緒に出かけることも増えている。
不平を言うよりも
現状をどうすればよくなるかを考え行動する彼は
いつも全体の中心に座ることのできる
雰囲気をもっている。
そんな彼が
真剣に考えて作ったビジネスプランは
きっと大きな影響をその地域に与えるだろう。

彼と一緒に仕事をする農家は幸せだろうな。
これまでにない満足感を
僕は彼のプレゼンを聞いて味わったのだった。


月間レポートの記録。
次はデデについて書こう。
デデはちょっと停滞気味。
2年生はどうしても少し停滞する。
というか、面白いのは農繁期ほど
みんな一所懸命勉強するのだけど
農閑期は全体的に緩む。

彼は今、3年生の卒業研究で悩んでいる。
施肥の勉強をしたいと思っているのだが、
どのような勉強をしたいのかがいまいち見えてこない。
効果的な施肥とは?と彼はいうのだけど
施肥がその作物にどのような影響を与えているかを
抽出することは、実は至極むずかしいのだ。
農学系の論文でそういうものはたくさん出ているのだけど
抽出することに熱心になりすぎて
実際の圃場で使えないというかあんまり効果のない理論もある。
農家にとって作物の生理学的な解明は必要ではなく
それぞれの圃場の状況が違う中で、
コスト計算と出荷持続か狙った需要期に合わせて
きちっと量を出荷できるような
施肥設計となると、たぶん農学では答えられないような
気もしている。
(もしそんなことは可能だという方が居られましたら、教えてくださいませ。)
だって、畝1つ違うだけで
テロワールって言葉が生まれるくらい
植物の生育環境は違うんだからね。

だからといって
施肥は無視していいとはならない。
実は、デデ以外にもこういうことを研究したいって子は
今までも居た。
でも、僕はそれは無理だといって受け付けなかった。
で、今回。
やはり無視していてはいけない、
ここも僕らは切り込んでみよう、と思い
彼の目指したい道に進んでみようと思っている。

だけど、どういう風に実験するのか。
またそれが、
また実際の農家にとって有益な実験となるには
どんなことを調べたらいいのか、
そこに頭を悩ます。
デデは単純に施肥の仕方について
それそれの違いを勉強して
それで発表としたいみたいだけど
それでは十分じゃないよね。
もっと今の農家が現場で困っている事
疑問に感じていることを
聞き取って
それを実験するようにしたい。


今月の月間レポート。
デデのが面白い。

これまで帰国後の
ビジネスプランを考えてきたが
ま、正直絵に描いた餅だった。
でもそれはそれで気概を育てるという意味で
とても大事だったのだが
それを本当に実行しようというのが
今の実習生たち。
特にイマンとデデは
その能力に長けている。

今回、あらかた見えてきたデデの事業は、
えっと、お茶とトウガラシ栽培を基軸として
農業研修まで出来るような経営体だが、
そのスタートに必要な資金が
荒いけど計算できた。
それの合計が230万円。

で、今の給与とこれまで貯めた分を見て
帰国までに貯められる金額が
180万円。

差額が50万。
これをどうするかが彼の課題だった。
銀行から借りるにしても
なかなか難しいので、
事業計画を縮小するか
中古資材や何とか工夫してお金のかからないものを
活用していくかと言う
その思考の方向性が見えてきたのが面白い。
デデは不安がっていたけど、
大丈夫、デデ、そういうのって
そういう方向性で考えて行けば何とかなるよ。


研修2年目のデデの
今月のレポートについても書いておこうか。

彼は化学肥料による土壌汚染について
これまでいろいろと調べてきた。
なぜならそれが彼らの土地を
荒らしているんだと思っていたからだ。
しかし、化学肥料を長年使ってきた畑と
新しく切り開いた畑をいろいろと
しらべてインタビューしてみると
彼らが荒れたと思っている畑と
化学肥料との間に相関が無いことが
徐々に分かり始めた。
この視点を獲得するのに
ずいぶんと時間かかったけど
今はそんな偏見を彼は
払しょくすることができた。
さて、ではなぜ土地がやせるのか?
仮説としては、やはり表土流出なんだろう。
ということで、
今月のデデのレポートは
土壌保全の技術について
主に土木工事の方法を調べてきた。

土嚢から始まり
蛇籠による護岸など
公共事業なみの技術も多く紹介されていた。
インドネシアの土木技術のジャーナルからの
引用で、
どうしても住民レベルでは
難しんじゃない?ってものが多かった。
ま、それが出来るかできないかの議論は
あまり意味がないのだけど
僕が彼を強く批判したのは、
それらの技術を紹介しただけでは
意味がないってこと。
それは活用できそうなのか
個人なのかそれとも村行政や郡行政なのか
どのレベルなら可能なのか
その試算や自分たちの地域の資源と絡めての
考察がまるでなかった。
もちろん、そんな試算は間違いだらけかもしれないが
その絵に書いた餅がなけりゃ
何の意味もないのだ。
報告書と言えば
情報を羅列する輩がたくさんいるが
そんなことしてなにがどうなるっていうんだ?

ま、何をどう加工して
レポートに仕立てようとしても、
まったくの知識なしで土壌保全の土木系技術を
レポートで紹介しようと思った
彼のセンスの敗北だな。

こういう月間レポートは
指導が難しい。



このエントリーをデデのカテゴリで
書くのが妥当かどうか、
ちょっと迷うところではあるが
ま、今、デデともこういう話をしているので
それはそれで良いだろう。

有機農業と聞いて
皆さんはどんなことをイメージするだろうか?
環境に優しい?
自然的でよい?
健康的?
これを推進する法律もあるしね。
概ね、良いイメージなんだろうと思う。
正義は有機農業にあり!と声高な
青年にたまに出会うのも
無理はないか。

僕も若いころは斜に構えつつも
有機農業自体を
真正面から否定することは出来ず
それよりも
どこかで大いに賛美する自分が
いたことも事実だった。
工業的な農業の
エンカウンターとして
現代のエネルギー問題や
環境問題の解決策として
キューバの事例などを
まるで見てきたように語っていたこともある。
1期生のヘンドラには
土壌の持続的利用の視点から
有機農業の重要性をずいぶんと説いた気がする。
だから彼の3年生の卒業研究は
「有機肥料の有効性」だった。

ただ、その時から
僕らはある疑問にぶち当たっていた。
それは有機肥料が
どの社会的文脈でも
本当に有効なのかどうかということだった。
それはまだ
化学合成肥料や農薬が
環境を破壊するというその思想の本丸に
直接切り込む勇気がなく
というかそれだけの視点もなかったので
その周りにある事実として
可能なのかどうか
有効なのかどうか
を恐る恐る考えて調べて発言するにとどまっていた。
この「恐る恐る」の心情を
生み出しているのは
有機農業の持つ破壊力と言っても良いだろう。
なんせ、有機農業には正義が
あるって叫ぶ人たちもいるんだから。

ヘンドラと有機肥料の
有効性について調べていた時には
気が付かなかったのだが
来る子がみんな有機農業をしたいと言うので
(デデもその一人だった)
いろいろとシュミレーションしてみた結果
今は、僕たちはそれほどそれを
重要視していない。
来る子たちが皆有機農業と口をそろえるのも
その農法に対する情報を
自分たちなりに解釈して
ある意味神話化しているところから来ている。
だから実際に
みんなでそれが可能かどうかを
絵にかいてみると、つまり事実に即して
シュミレーションしてみると
あまりそぐわない結果になることが多かった。

たとえば
有機肥料はどうしてもボリュームが
化学合成肥料よりも多い。
堆肥の指南本には、
反当り数トンは入れましょうって書いてあったりもする。
それだけの有機物を集めるのも
車両の無い農家がほとんどだと難しいし、
しかもそれを運ぶ農道もない。
畑には畦道を行かねばらなず
農業資材だけでなく
農産物を畑から運び出すのも
一苦労するのだ。
よしんば、なんとか有機肥料を運んで
それを畑に投入したとしても
今度はそれだけの苦労の対価を
市場が評価しないということだ。
多くの農家は収穫後の調整作業をしない。
この作業がないので、農産物の価格に
グレードもなければ、インセンティブもない。
なぜなら、収穫物はそのまま
ブローカーに販売してしまうからだ。
収穫すらせず、青田買いよろしく
ブローカーに販売することも珍しくない。
ブローカーが連れてきた収穫人が
その収穫物を収穫して持って行く。
それが事実だ。
なぜなら農家には車が無い。
人手を雇って大通りまで収穫物を
運んだとしても、
結局車で買い付けに来るブローカーに
販売するんだから
初めから青田ごと売ってしまう方が
合理的な選択となる場合もある。
で、
そのブローカーは
他の人の収穫物と一緒に運搬し
自分の作業場で調整し
それぞれの品質に農産物を分け
市場や加工場などに
損が出ないように売り切って利ざやを稼ぐってわけ。
このシステムのどこにも
有機農産物を評価する市場はない。

もちろん、インドネシアの農業雑誌などでも
有機農業特集はけっこうやっている。
それが欲しいという声も
あるのも事実だ。
だが、分散しているその声の主に
農産物を届ける手立てが少なすぎる。
日本のような宅配便はなく、
自らで運び、販路を開拓するしかない。
ま、これは今、3年生のイマンが
公務員対象に個別産直の計画を立てているので
それが上手くいけば、
ビジネスチャンスとなるけどね。
ただそれにもいろいろと問題はあるのだが
それはイマンのカテゴリーで説明することにして
ここでは割愛しよう。

ある農法もしくはある品目の栽培を
進めようという場合、
その利点を強く説明する場合が多い。
だが、そこには実際の農家である彼ら彼女らの
リアリティが含まれていない場合が多々ある。
緑の革命だろうが
SRIだろうが
有機農業だろうが
それらはその文脈で行われている限り
やはり破壊力を持って
農家に襲い掛かっている事には
違いない。
それに無批判でいられてしまうのも
ある農法を信じてやまないその人の
エゴなのである。

といっても気がつかない人も
いるかもしれない。
有機農業は
環境保全だという人もいるだろうか。
自然に手を加え
なんとか飼いならしながら
自分たちに都合の良い物だけを提供してくれるように
することが僕らの理想の環境だ。
不都合な真実でもあったが
僕らの日々の暮らしのスタイルこそが
環境を大きく損ねている。
松永和紀氏の指摘にもあるように
直売所へ小農が出荷するスタイルと
海外から輸入して販売するのとでは
CO2排出量は直売所の方が多くなるのだ。
大きな産業の工場や大規模農業だけが
環境を壊すのではない。
僕らの人口圧が、
一人一人の行動が積み重なって壊れていく。
すべての農業が有機農業に代われば、
などという青い夢はもう見ない。
それよりも低投入の効率性の高い農業の方が
環境負荷は少ないだろう。
それを科学的に判断しようとすると
その対抗として
切り取り方の問題だという風に
瑣末な議論に入り込むのは
生産的じゃない。
この議論こそが
すでに農家たちの
そこに暮らす人々のリアリティから
離れてしまっていることに
気が付くべきだ。

そう、破壊力はなぜ生まれるのか。
それは、自分の信じるものだけを見て
それを推し進めようとする場の
人々のリアリティを
低俗・野蛮・未開という
無意識に見下している偏見という視点から
生まれてくるのである。

デデは
2年に入り、有機農業の勉強をしたいと言い出した。
化学肥料は土壌を破壊するというのだ。
その事例はいったい彼のどこにあるのだろう。
そこで時間を少しかけて、
実際に破壊された土壌を現地の友人に探してもらった。
現地では化学肥料しか使っていないので
すぐに見つかるはずだった。
30年も化学肥料しか使っていない農地が
ここそこにあったからだ。
しかし
実際に探してみると、
化学肥料に破壊された畑はどこにもなかった。
やや肥沃度に欠ける畑もあったが
それはどちらかといえば、というか
それが答えだと思うけど
斜面の畑を耕起しすぎて
表土が流れてしまった畑だった。
4か月ほどかけて
彼は地元の農家や友人に依頼して
化学肥料で壊された農地を探したが
見つけられなかったのだ。
たぶん、この世界のどこかでは
化学肥料の不適切な使用により
塩類集積してしまった畑もあるんだろう。
だが、それほど投入する財力もなく
また大量投入するほどの機械力もない
少なくともインドネシアのデデの村では
化学肥料による不毛の大地は
妄想でしかなかった。
それを知った上で
デデは今、肥料について勉強を始めた。
化学肥料の投入と収量の関係で
最善となる投入量と
それを支える土壌の腐植との関係も
理性的に学ぶことが可能になり始めている。
事実を確認し
その事実から出発し
偏見から解放され
自分たちに必要な情報を
自分たちで集め始める。
そこから生まれてくる
自分たちの手の中にある農法。
それが彼ら彼女ら、そして僕にもだが
必要な農業のカタチだと
今は強く思っている。




久しぶりにブログをアップしようか。
インドネシア実習生ネタで。

今週は、インドネシア実習生への座学前期の
最終試験をしている。
農業構造比較論と地域発展論の二つの座学で
それらを一つの試験として行っている。

試験内容は
自分たちの地域を農業構造的に読み解き
そこから浮かぶ上がった新たな問題について
それを解決する社会的ビジネスを考えて
提案しなさい、というもの。

これまでも月間レポートで
自分たちの将来のビジネスモデルを検証してきたけど
試験ではそのモデル以外のものを
実現可能か不可能化はあまり問わず
とにかく問題を鋭く浮き彫りにして
面白いイノベーションを
リアリティたっぷりに考えてみるというもの。
どう?わくわくしない?

今回の記録はデデだ。
初めての試験で緊張していたけど
プレゼンもペーパーの出来も上々だね。
さすがは学年トップの学力で
元生徒会長だけあるね。
実践力もあり、企画力もある。

彼が考えたのは
野菜の移動販売システム。
トラックを改造して
電話やネットで出前を受ければ駆けつける。
また繁華街や住宅地を回り
店舗経営のリスクを低くしつつ
市場暴落や商人に買いたたかれるリスクも
低くしようというビジネスだった。
脆弱な流通網にニッチを見つけようという
人口密集地であるジャワなら
こういうのも面白いかもね。
コールドチェーンへのコストも
それほどかからないし
ゲリラ的に美味しいところを持っていけるかもな。
センス良いね。

でもね、デデ。
君の分析はダメだね。
農業構造の分析は一つ一つは
その通りかもしれないけど
それぞれが全体を説明しているに過ぎない。
で出来上がった全体は、
その一つ一つに必ずしもよってないってことかな。
人的資源で君は住民たちの低学歴を
統計データから問題視して
そして社会的認識から
農業をするのに学歴はいらないという
具体的な住民の話も入れてくれたけど
それがどうしてネガティブな分析結果になるのだろうか?
問題点として
それを取り上げる君の価値観こそが
僕には問題に見えたりもする。
デデのビジネスプランは
そもそもその低学歴化を解消するものでもない。
質疑と議論の応酬の結果
(イマンの質問が鋭くてよかった)、
住民が低学歴なのは、
経済的な問題も多くあるが
その中には住民が
求める農業の技術と経験を
学校教育の中で担保されないことに対する
経験知から来るのではないかと思う。
まさに農学栄えて農業滅ぶ。

そのあたりにも切り込んでいけるような
ビジネスプランだったら
及第点だったけどね。
今回は不合格ってことで
来年、頑張ってね、デデ。



デデの記念すべき第一回目の
月間レポートが提出され、
それについてディスカッションをした。
僕にとって10人目になる彼は
いろんな意味で特別だ。
だから、ちょっと気合も入る。

彼が帰国後に描いた夢は、
ありがちな夢だった。
お茶栽培をして、特産の伝統種のトウガラシを作って、
余裕があれば畜産もする。
そんな計画。
眠いね、それ。

彼は、レポートに課されている
僕への質問として、
日本の農業は若い世代や社会にとってどのように映っているのか?
という質問をしてきた。
なるほど。
その質問の意図と裏にある君の思考は
どんなんだろうね。
と問うと
「日本の農業は先進的なので社会的地位も高く、若い人も多いように思います。インドネシアもそんな風になったらいいと思っています。」
だってさ。
ははは、それはうちを見ているから
そう見えるんであって
農業界全体の話で行けば
インドネシアよりも沈没は進んでいるんだよね。

農業が農業生産だけに力を入れても
それが魅力的にはならない。
魅力のない産業は、やはり斜陽さ。
農業の魅力はどう醸成し、
それを社会にどうプレゼンしていくか、
は、それぞれ問題があるところでもあるけど
僕が思うに、
マニュアル化された生産だけを
がむしゃらにやっていても
多分、どんどん沈没が進むんだと思う。
今の若い人みんなが一定以上の稼ぎを求めているのであれば
たぶん給与をあげていけばいいのだけど
そっちの道だとしても
やはり低コスト化のぎりぎりを狙った生産体制を
創り上げても維持は難しいよね。
価値創出の一つに
僕はそのビジネスが社会問題の一つでも
解決するような提案のできるものであれば
そこに魅力が派生すると思っている。
そういう魅力を携えているから
若い世代の人がそこに夢を見ることができるってわけだ。
僕もずいぶん
そういう風に若いころは思ったもの。

だから、デデ。
君がどうにかしたいと思っている
社会問題としての農業のあり方は
間違いじゃないけど、
その解が君の農業ビジネスだとは
僕は思えないな。
大規模プランテーションの一部として
お茶を栽培して
空いた土地でトウガラシを栽培して、
畜産もする。
それって若い人が夢を見るような
ビジネスだと君は思うか?
僕に答えはないけど、
僕はそれがそう見えないとだけは解る。
ま、これが僕らのスタートラインってわけだ。

クスワント以来になるけど
社会的起業の要素を含んだ
農業のビジネスプランについて
一緒に頭を悩まそうじゃないか。
なぁ、デデよ。




デデユスフという男がやって来た。
2008年から受け入れを行ってきた
インドネシア農業研修もこれで9年目になる。
デデは、ちょうど10人目にあたる。
どんな結果になろうとも
目をつぶって10年は走り続ける。
そう決めての9年目。

デデは今回が来日初回ではない。
3年前に、福農とタンジュンサリ農業高校の
交換留学生として、福井に来ている。
僕もその時は通訳としてお世話した。
彼はその時から
「田谷さんの農業研修プログラムに期待です」と
異常なほどにアプローチを受けた記憶がある。
出稼ぎじゃないよ、勉強だよ、と
何度も言って聞かせた記憶も
まだ僕の中に残っている。
その彼が、来ることに決まった時、
正直、あまり嬉しくなかった。
高校生の時の彼の猛アプローチに
僕は辟易していたからだった。

ただ僕にどの子かを選ぶ権利はないので、
学校側が地域のリーダーになる人間だと思えば
僕はその子を受け入れるだけだ。
だから辟易しながらも
事務的に物事を進めた。

空港で久しぶりに合った彼は
やや長旅で疲れている様子だった。
笑顔は素敵だったが口数も少なく
僕と福井に向かう車の旅は
少し緊張もしている様子で
あまり話もしてくれなかった。

もうすぐ福井に着こうかという時に
彼はぽつぽつと身の上話を始めた。
彼が中学生の時、
同郷の人間が日本に研修に行くという話を聞いた。
それが2期生のイルファンの事だった。
苦労をして学校を進んだイルファンが
日本に農業研修に行くという話は
デデを魅了した。
彼の家もイルファン同様
とても貧しかった。
そして大抵貧しい家庭には
兄妹が多いのだが
彼の家もその例外ではなかった。
中学校が終了すると
彼の父親は高校に行くこと反対した。
すぐにお茶畑で働くことを強制した。
しかし彼は、どうしてもタンジュンサリ農業高校に行って
農園たやの農業研修プログラムに参加したい、
と意志を固めていた。
父や兄妹を説得し、
彼はタンジュンサリ農業高校に合格し
入学した。
成績優秀者でなければ研修参加資格はない。
彼は猛勉強をした。
生徒会長にもなり、
成績もトップクラスになった。
それもこれもすべて農業研修に
参加したい一心だった。
そして、念願かなって、
彼は僕の横に座って
福井を目指している。
もうすぐ福井に着く、
その高揚感が重い彼の口を開かせていた。
僕はただただ呆然とその話を
聞いていた。
長くやればいろんなことがある。
そんなことは想定内だったが、
こんなことは想定していただろうか。
僕らがやっていることは
それほどの事なのだろうか。
鳥肌が立った。

これから3年、
デデと一緒に僕も勉強をする。
彼の強い強い想いに
僕はどこまで応えられるのか
不安はあるが、
鍛えれば鍛えるだけ楽しみな若者かもしれない。
さあ、デデ、
君がその気なら、
僕も全力で行くよ。
覚悟しろよ。


田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

俳句もしております。「雪解」「街」「いつき組」に所属しております。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
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