俳句が
自分の中心に座って、1年半。
あんまり上達せず
一向に下手くそ。
句会の先生から誘われて入った
「雪解」の俳句誌に投句する俳句を
先週先生に送って添削をお願いしたら、
「解せない」「意味不明」「不自然」などなど
久しぶりに辛口コメントをいただき
ずいぶんと落ち込んだ。
ま、その程度の実力なんだろうけど
最近
どうしてもこういう風に詠みたい、
という欲というか自我が表れてきて
それが解りやすく詠むことや
ただ写生をすることを拒んでいて困る。
夏井いつき組長の主宰する
「いつき組」にも参加しているが
そこも大抵が並選で
良くても佳作の域を出ず。
挙句の果てに、
図書館で見かけた辻桃子氏の
「あなたの俳句はなぜ佳作どまりなのか」を
借りて熟読する始末・・・。
ちょっと迷いがひどくなってきている。

それを打開するためと言うわけではないが
もう一つ門を叩くことにした。
今井聖さんの主宰する「街」にも入会することに。
そちらにも投句し、
自分の詠みたい俳句とは何かを
そこから見える心の景色と
じっくりと向かい合いたいと思う。
NHK俳句でダンスをいきなり披露する
今井さんやそのお仲間の句風に触れて
もう少し考えてみたい。


そういえば、6月から、
「いつき組」にも投句を始めた。
俳句は主催する先生ごとに結社があり、
有名なものでは
正岡子規や高浜虚子から続く
「ホトトギス」がある。
福井の順化句会に参加するようになり
そこの先生が「雪解」の同人ということもあり
自然のなりゆきで
僕は「雪解」に投句している。
雪解の雑誌を読んでのイメージでは
格調の高い俳句結社という感じ。
俳句をもっとポップに詠みたいと思っていて
そこであれこれと無料で投句できる先を
さがしていたところ、
南海放送の一句一遊という番組と
俳都松山市が運営する俳句ポスト365があったので
そちらにも昨年の秋から投句している。
そしてそのどちらも
あのプレバトで有名な
夏井いつき組長が選者を務めていた。

僕はあまり民放をみない。
かといってNHKもあんまり見ないけど。
だからプレバトも知ってはいたけど
ほとんど見たことはない。
一句一遊がラジオ番組で
もともとラジオに投稿したいという欲求があり
それが俳句という二重に
僕を満たしてくれる存在だったので
投句を始めたのがきっかけだった。

夏井さんは結社を持たず
俳句集団いつき組と称して
「100年俳句計画」と「俳句新聞いつき組」の
俳句雑誌を発行している。
だから先生とよばれず
組長とそのメンバーからよばれているのが特徴か。
お堅い結社のイメージはなく
まさにポップな集団。
「天」「地」「人」「並」で
俳句を評価されるのだが
天や地の選に入る俳句は
俳句らしい俳句ではなく
まさに詩そのもの。
俳句らしい俳句が
上手く詠めない僕は
(特に昨年の夏ごろから句会でまったく点数が入らない月が続いていたので)
こういうのも楽しいかなと
投句を始めた。
投句するときの俳号はテツコ。
順化句会の先生である
霜子先生を最初名前だけを見た時
女性だと思っていたが
俳号だと分かって
子を付けるその習慣が面白くて
(霜子は「そうし」と読む)
自分の名前「徹」に子を付けて
テツコとした。
ジェンダー的に行き来するような
俳句を読みたいというのも
こういう俳号にした理由の一つかな。
ま、まだまだ表現したいことを
17音に閉じ込められず
ついつい俳句らしい俳句に
なりがちなのではあるが。


土曜日は俳句大会に参加。
実は
昨年もこの大会に出ていて
さんざんな結果だった。
その様子は、すでに記録済み。
http://tayatoru.blog62.fc2.com/blog-entry-1755.html

あれから1年。
ここ最近は句の出来も良くなり
リベンジの意味で参加した。
ちなみに職場のスタッフである立崎も
リベンジに燃え参加している。

さて、
俳句大会では
受付を終えたら
それぞれが句を練り上げる時間がある。
その間に吟行に行ってもよし、
大会前に考えた句を投句してもよしで
締切時間までは結構自由に過ごす。
我々は
受付前に雨のつつじ公園を吟行し
この会場で句を練ることにした。
順化の句会に参加している方々も
同じように吟行して句を練られていた。
ただ
この吟行が曲者で
僕は大の苦手。
つつじも、
「つつじある!」
「赤色!白色!ピンク!でいっぱいある!」
くらいしかわからない。
その現物の圧倒的な色彩や
存在に押されっぱなしで
それがある!と確認するだけで
いつも時間オーバーとなり
ダメ句を投句するということが
続いていた。
なので、
矛盾するかもしれないが
吟行ではなるべく見ないように
最近はしている。
句の視点を数個見つけたら
もうそれであとは出来るだけ見ないで
その場を離れるのである。

さて、
言葉はあまりひねらず
心の内から生まれた言葉を
そのまま書き込み投句。
1人2句投句するのだが、
1句は事前に作った句で
もう1句はその場で作ったものを
投句した。

選句ではまず会場全員での
一般選句があった。
投句された句すべてが
印刷された紙が回され
その中から自分が良いと思ったものを
3句選ぶ。
その結果発表では、
僕の出した句にはトータルで1票しか入らなかった。
ちなみにすーちゃんも一緒で1票のみ。
この時点で、
今回も惨敗だなぁ~とだるい空気が生まれていた。
もう帰ろうっかなぁ~、とすーちゃんとも
そんな話をしていた。
1年頑張っても
やっぱり先輩たちには追い付かないんだねぇ。
そんなに甘くないかぁ。

さて、一般選句が終われば
次は大会の審査員の先生たちの
選者選句に移る。
一般選句はただ参考で
ここで点数をたくさん取っても
句の評価になにも寄与しないのである。
はたして選者選句では、
なんとすーちゃんは入選2点と1点を取り大健闘!
そして僕は
投句した両方の句で選者特選をいただき、
合計点数の多さで
福井県俳句作家協会会長賞をいただいてしまった!
もうびっくり!
ちなみにその俳句は下記の通り。


白つつじ手話で語らふ男女ゐて 会長賞 選者特選 
白躑躅咥え少年だった坂 選者特選

すーちゃんの句も載せとこ。

映り込む眼鏡の雫白躑躅 入選1点
躑躅山ゆくりと下る車椅子 入選2点

昨年まで二人とも審査員選句で
零点だったのに
今年は入選や特選まで取れ
とにかく驚きの大会だった。
ここ最近、一気に力をつけている感が
あったので
期待していたが
その期待以上の結果を得ることができた。
よおおおし!
このまま突き進んで、いつかは蛇笏賞ゲットだぜぃ!
と気分よく大会を締めくくった。


俳句が面白い。
趣味という趣味が無かったが、
今はこれが趣味だと
大きな声でいえる。

ご縁があって
福井県の俳人協会の会長さんの
句会に参加するようになり、
その方の勧めで
俳句結社の雪解に入った。
2回目の雪解の雑誌への投句で
良くわからないのだが
3句掲載という入選を果たしたらしい。
句会の重鎮の方々から
電話がかかり、
どうもそれはそれで快挙だったらしい。
今月はNHK俳句でも佳作二つだったし、
ネット俳句でも佳作だったし。
調子いいな、たぶん。

生まれてこの方
なにか秀でていた記憶がない自分としては
こういう状況がとてもこそばゆい。
小学校の時
読書感想文や詩作の宿題は
いつも苦痛でしかなかったが、
人間、わからんもんだね。
しばらくは575の世界に
僕の見える世界を閉じ込める作業に
励もうかな、とずいぶんその気になっている。


記録をさぼっていたけど
句会は休まず毎回出席していた。
1月はぱっとしない結果だったが
途中退席した2月は
ベテランの方々から僕の句が
沢山特選をいただいたらしい。
こういう会を途中退席してしまい
みんなの鑑賞が聞けなかったのが
かなり残念。
俳句はやっぱり
座の文学で、
その場でそれぞれの鑑賞があって
初めて、一句が完成する。
だから、入選や佳作だけを知らせてくる
俳句番組やコンクールも
それはそれで楽しいけど
句会はもっとライブ感を楽しめる
とても良い場だと思うな。
ただ、ダメな句の場合、結構厳しいこと言われるけど・・・。

今回3月の句会では
誰の特選もいただけなかったけど
入選の数では、一番たくさんもらった。
先生の直しも入って
句全体もすっきりとしてまとまったかなぁ、と思う。

   畦塗るや太白星の光るまで 徹

2月の句も記録しておくか。

  一粒を巨体丸めて種蒔きぬ 徹

農業のちょっとした風景を
今年は俳句で切り取っていこうかと思う。



俳句を本格的に始めて
ようやく1年が経とうとしている。
まだまだ自分のスタイルなんて見えなくて
とにかく詩が生まれた場面を
拙い表現で書きとめるが精いっぱい。

そんな中
お世話になっている順化句会の先生と重鎮の方から
「雪解に入りなさい」とお誘いを受けていた。
俳句はいろいろな結社があるが
順化句会のメンバーは雪解に所属しているため
その結社への参加のお誘いを受けた。
NHK俳句の佳作2作掲載が
その引き金であったようで、
雪解に投句しても十分実力があります、と
褒められてその気になってしまった。

ということで俳句結社の雪解に属することになった。
これもご縁だろう。
本格的な俳句の勉強がこれから始まることになる。
ここで句作し精進しよう。



俳句が面白い。
と書くと、「あ~、プレバト?」と
言われることもあるが、
あの番組は最近知ったことだし、
観てはいない。
それとは別の軸で
俳句を楽しんでいる。

その面白さの一つが
そのゲーム性の高さだろう。
17音しかないその文芸は
その構造上、すべてを言い切ることはできない。
小説やエッセイでは絶対あってはいけない
余白を残し、文脈を相手に読ませて
勘違いがあってもそれはそれで
文学として成り立つ、とても変わったシロモノ。
緻密にかけないので
自然とその窮屈な中で
意味の断絶も起こりうる。
でも、詠み手と読み手が一緒に解釈をし
それを楽しむのが俳句。
だから、これって国際開発の現場に良く似ているって
思うのはまた余談。
どこかでそれはじっくりと書こう。

さて、今回はちょっとした自慢。
今週はなんだかついていて、
投句した句が次から次へと佳作や選に入る。
プレバトで人気の夏井いつき先生がやっておられる
長寿ラジオ番組「一句一遊」というのがあり
毎回投句しているが、
それが水曜日のコーナーで紹介された。
一応水曜日は佳作扱いみたいなので、良しとしようか。
次に松山市が運営している俳句ポストという
ネット上の俳句会があり、そちらでも
熊の兼題で「人」選に選ばれた。
天地人並の4ランクがあり、これまで並選ばかりだったが
今回初めて人選に入った。
そして、NHK俳句の2月号に
風呂吹きと冬の空の二つの兼題で
佳作として掲載された。

俳句を初めてようやく1年が経とうとしているが
なんとか出した句が先生たちに選ばれ始めている。
まだまだ特選をいただくような句は作れていないが、
ま、まだ1年たったかたたないかなので、
今はこれで満足しようか。

来週は句会。
句作のスピードを上げていこうかな。




参加している順化句会の記録忘れていた!
ということで、11月と12月の両方を記録しようか。

11月ごろから句会のメンバーはぐっと減った。
というのも風邪や病気などで
休みメンバーが増えたからだ。
しかも、90歳を超えていた
かつてはこの句会の幹事までされていた方が
認知症を患ったということで
脱会したいとお知らせに来ていた。
のっけからなんだかさみしい句会となった。
高齢者が多いので、
冬の気配は、いつも以上に冷たく、そしてさみしい。

さて
11月の句会の席題は「冬紅葉」。
けっこう詠みやすいはずだったのだが
その冒頭のさみしさから抜け出せず
それなりに簡単に読めるはずのこの季語で
投句できなかった。

結果から言えば、
メンバーの特選をそれぞれにいただいた句が二つあった。
ベテランの方の選句だったので、かなり嬉しかったが
先生の特選や入選にはほとんど入らなかった。
特選を取った句も他のメンバーの入選には入らず
ちょっとさみしい結果となった。

11月から冬の句を詠みはじめているが、
まだ季語が良くわからず苦労している。
俳句を本格的に始めて1年も経っていないので
季語が自分の中に入って来ておらず
目に見えている物事が
言葉として認識されるまでは
やはり相当な訓練が必要なんだろう。

12月の句会は、
これまでとは違って
終始和やかな雰囲気だった。
1年の〆である最後の句会だったので
これまでよくやってきましたね、といった雰囲気で
和気あいあいとしていた。
冬の厳しさは、先月の句会の言葉の端々にバリバリに感じたが、
年末の雰囲気にそれは和らぎ
人の暮らしはこうしたリズムの中に
あることを知った。

席題は「数へ日」「年忘」。
今回も全然だめで
名乗りは1回という、ほぼ零点の句会だった。
でもなぜかとても清々しかった。
僕は最近、良い句を作ろうと
どこか背伸びしていたし
みんなに取ってもらえるような句をと
考えすぎていた。
そりゃぁ、取ってもらえたら嬉しいし
詠み手の解釈が入って初めて一つの文学になるのだから
意味不明な句は、まったくもって良くない。
ただ、点が入らなくても
それが意味不明とは限らない。
今回も先生の直しでは
僕の作った句はすべて取り上げてもらい
僕の作意を理解していただいている感じでの
直しがとても勉強になった。

「俳句は人に考えさせる余韻が無いとダメ」
先生からいただいた言葉だ。
17音に縛られて無理は言葉を詰め込んだりしてもダメだ。
もっと自由に、それでいて
もっと余韻と余白のある句を。
これが来年の目標である。





久しぶりに園内で句会をおこなう。
春に有志3人で行ったきりの
さぼてん句会。
今回は、誰でも事前投句出来るようにして、
しかも一席から三席までは賞金もつけての
社内俳句大会にした。
応募総数は20句。
句会参加は5名で、
和やかな楽しい場となった。

句会は、事前投句の20句を
それぞれが特選と入選を選ぶ形式。
俳句は鑑賞が大切で、
その俳句の余白をどのように感じたかを
話し合うのが楽しい文芸なんだ。

評価はずいぶんとばらけたが
高得点の俳句は次の通りだった。

一席 急ぐ朝舌火傷した大根煮
二席 かじかむ手氷をつかむこどもたち
三席 まちがえて三つの玉の雪だるま

佳作 朝霜に初孫思い和むかな
    しゃくしゃくと落ち葉の道を踏み出せり

一席は、パートの龍田さんの一句。
出勤や子供の登校で短く忙しい朝の時間に、
晩御飯の大根を調理していたところ、
美味しそうな匂いにつられて子供が食べたいと言うので
それを食べさせたら、あまりの熱さに
舌を火傷したという風景を一句にしたそうだ。
みんなの鑑賞も聞いていると
それぞれ自分の家庭や家族を
思い出したようで、こういうのっていいね。
ちなみに龍田さんは親子4人みんなで投句してくれたらしい。
これをきっかけに
夫婦のショートメールも五七五になったとか。

二席と三席は
我が娘の句。
小学校5年生で俳句を授業でやったそうで、
作句に意欲的だった。
ただ、二席の句は季重なり。。。
氷をつかめば手はかじかむよね。
俳句は省略の文芸。
できるだけ省略して、その分、他の表現を加えて
世界を広げてほしいね。

佳作の句はそれぞれ、
パートの木村さんとすーちゃんの俳句。
初孫が生まれたばかりの木村さんらしい句。
和む様子を他の言葉で表現でききると、いいな。
すーちゃんはさぼてん句会の会長。
事務局の僕はほとんど点数が取れなかったので
会長のすーちゃんがなんとか佳作に入ってくれて
一応、面目は立ったということで。

今回は
季重なりが多く、またちょっと意味が分かりづらい句もあったけど
それをみんなでそれぞれなりに鑑賞でき
その場面を話し合うことができたので楽しかった。
表現はまだまだ僕らはでは拙いものばかりかもしれないが、
それでも詩が生まれる場面を
僕らの生活の中には溢れていることを
知ることができたと思う。
またやろう!と盛り上がって閉会。
次回は新年の季語で
さぼてん句会をやりたいね。



今回は、先生の用事があり
10月最終週の土曜日が句会だった。
9月の句会から6週も空いたが
この間、僕は俳句にアグレッシブだった。
俳句大会2つに参加し、吟行にも参加した。
ラジオの俳句番組にも投句を開始し
テレビの俳句講座には欠かさず投句し続けた。
また松山の俳句ポストにも参戦し
各種コンクールにも投句し続けた。
その甲斐あって、
たけふの俳句大会では選者特選をいただいた。

今回の句会は
自分でも作風が変わってきたと確信していた。
作れば作るほど、その奥行や風景が良く見えるようになり、
まだまだあがいている状況だけど
7月のように一点も入らないダメ句を
延々と作り続けることは
たぶん無くなった。と、思いたい。

句会冒頭では、先生から
たけふの特選の件で褒めていただき
いい気分で句会に入ることができた。

今回投句した句は次の5つ。

コスモスや風に挑まず従わず
松虫や返事あるまで鳴いてをり
金木犀口づけのごと顔を寄せ
ハロウィンのカボチャ見つめる虚無の空
木枯に身を預けをり秕の穂

今回の席題は『木枯』で
最後の句は会場で15分ほどで作った句。
席題にも瞬時に対応して
それなりの俳句がその場で詠めるようになったのも
ずいぶんと進歩したように思う。

さて結果。
コスモスと木枯の句は参加者から特選。
入選も多数で高得点となった。
松虫と金木犀は参加者からの入選に入り
まずまずで、
松虫の句は、先生からの直しが入り
『本当は直して特選にしようかとも思った句』と
高く評価していただいた。

それぞれの直しが入って今回の句はこうなった。

秋桜風に挑まず従わず
松虫の返事あるまで鳴くがごと
木枯に身を預けをり穭の穂

他の2句は直しなし。
というか先生としては入選ではないみたい。
ハロウィンはまだまだ季題がないのかなぁ。
こうした新しい生活事にも
季題を表現し、俳句に収めていきたいので
たとえ1点も入らないとしても
作り続けたいね。

今回は、とにかく披講で名乗りが多く
先生からも進歩著しいと褒めてもらったのが
とてもよかった。
俳句の季題を大切にし、
その季題と心情が
クロスオーバーするようになったのが
ここ最近の大きな変化だと思う。

ちなみに一緒に参加している
農園のすーちゃんは
やはりその視点の良さを先生が
毎回のように取り上げている。
彼女の場合は
それを言葉に落とし込む作業で
手間取るのだろう。
そこがカチッとはまりだすと
大化けするだろうな、きっと。
こういう人間には
一気に抜かれていくんだろうな、と
先生の俳句の講評を聞いていて
自分の成長を喜ぶ以上に
すこしさみしさも覚えた句会だった。


第65回たけふ菊人形協賛総合俳句大会に
投句していたのだが、
その一つが、
招待撰者の大塚邑紅先生に
特選として取っていただいた。
543句の中から
この句一つを特選として
取っていただくということなので
とても栄誉のあることだと思う。

取っていただいた句は、これ。

『古民家はゆるりと朽ちて秋の風』

邑紅先生からはこんな講評をいただいた。
古民家とは、文化財とかの家ではなく、
人の住まなくなった、
たぶん住民はすでに都会に行ってしまって
居なくなってしまった家のことでしょう。
人が住まなくなった家というのは
どこかしことゆっくりと朽ちていくものです。
この家もいろんな世代を
家として育んできたのでしょうが、
今では誰も住まなくなりゆっくりと朽ちていく。
この句のゆるりという表現がとても良かったです。
人間が我が物顔してこの地球で暮らしていますが
そんな人間が居なくなるのはすぐにいなくなってしまうでしょう。
でも、そのあとに残されたものは
ゆっくりとゆっくりと朽ちていくのだと思います。
その様と秋の風がとてもしっくりきていて
特選にいただきました。

とのことだった。
僕の住む集落でも
人の住まなくなった家がぽつりぽつりとある。
僕が小さかったころは、その家にはたくさん人がいたのに
いつの間にか誰も住まない、そんな家がある。
丈夫に頑丈に立っていると思っていた
それらの家も、屋根のかわらが落ちて来たり、
窓が割れて放置されていたり、
屋根が陥没したり、
人が住まない家はこうも傷むのかと
その様がとてもさみしく感じる。
さりとて
それらの家は
みじめに朽ちていくというのではなく
どこか古民家の持つ佇まいがあって
(屋根の形とか)
朽ちゆく姿がそれほど哀れでもない。
それを読み込みたくて
秋の風とゆるりに
それらを託して作った句が上記の句だった。

俳句は座の文学。
未完な表現が読み手に伝わり
読み手の解釈が加わって一つとして完成する。
邑紅先生にとっていただいて
僕の句もひとつになったとそう思う。

特選をいただくと
その選者から句をプレゼントされるのだが、
僕がもらった句は、次の通り。

『ことのほか紅葉づる草の名を知らず』 邑紅

特選の名前を呼ばれて
先生のところに句をもらいに行くと
邑紅先生はとても驚いていた。
僕が思いのほか若かったからだろう。
そこでいくつか句を用意されていたようだが
「あなたにはこの句が良いわね」と
この俳句をいただいた。

おもいがけず美しく黄葉する草もある。
しかしその草は名前も知らないただの草。
俳句は無数のただの人たちが
作句を繰り返し、練げてきた文学。
僕も名前も知らないただの草だが
美しく切り取れる場面を美しく切り取りたいと思う。




9月の句会を記録しよう。
今月は俳句の多産の月だった。
これまでは月一の句会に向けて
100句ほど俳句を作り、その中から
5句を選び句会に持って行ったのだが、
今月は句会までに3つの
コンクールとNHK俳句への投句を行ったので
句会に持っていく俳句を準備するのが
いつもよりも大変だった。
いろいろと情景や心情を読み込むようになり
少し欲が出てきて発表したいという欲が
出てきたのだろうか。
ま、駄句は駄句だけどね。

さて、今回句会に持っていった句は次の通り。

秋濤や轍の一つ消し去りぬ
新藁の干せし道駆け行く球児
抜穂女の初心な鼻緒の赤きこと
稲刈りを終へて孤独な野道かな
小鳥来る朽ちゆく家に色添えて

今回の席題は「小鳥来る」。
席題の予想が外れ、
小鳥来るで一句も作ってなかったので
かなり焦った。
なんとか投句締め切りの数分前に
この句が浮かんで投句。
間に合ってよかった。

さて講評。
苦し紛れに絞り出した小鳥来るの句は
メンバーの方に特選に選ばれた。
また稲刈りの句は2点。
あとは取り上げられず終了。

さて、一句ずついくか。
まずは
新藁の干せし道駆け行く球児
からだ。
先生からは、
球児である意味がよくわからない
とのことだった。
僕としては秋の新人戦を
新藁に託して
そのフレッシュさを詠みこんだつもりだけど
秋にフレッシュさを出そうというのが
そもそも無理があったか。
直しが入り
「新藁の干せる野道の登校児」
となった。

次は
稲刈りを終へて孤独な野道かな

この句は稲刈りの時は
とても賑やかになる農道も
それが終わった途端に
急にさみしくなるという情景を詠んだ。
2点入ったが、先生からは
孤独が気にかかるとのこと。
孤独という言葉を使わずに
なにか他の言葉で
孤独を表現しろということだろう。

稲刈りを終へて福井の平野透く

でどうかな。大きすぎ?
孤独感がないね。

次は抜穂女の句。
先生からは意味がよくわからないとのこと。
献穀田の事とはわかってもらえたが
その刈女の姿が初心だったことと
鼻緒が赤かったこと
だからどうした?という感じだった。
こちらの意図としては
高校生くらいの刈女が
とても初々しくて
その素足の白さが際立っていたのを
鼻緒の赤さで言ったつもりだけど
ま、無理があるね。
また考えよう。

小鳥の句はメンバーの特選を得たが
先生の講評は無し。
朽ちゆく家に色を添える小鳥が良いと
メンバーの方に言ってもらえたので
良かった。
詠みこんだ想いがつながるのはとても楽しいね。

秋濤は触れられることもなく終了。
秋の波は少し強くなり
千里浜の轍を消し去るという意味なんだけど
ダメだったね。
あまり深くないと言えば深くないし
面白味もないか。

選句では、
先生の不幸の話もあって
僕はこの句を先生の句だと思い選んだ。

衰ふる葛に加ふる潮痛み

なんとも奥深く
そして悲しみ深い句だろうか。
はたして先生の句だった。
今回はこの名句に出会えた
とても貴重な句会になった。
また先生からも
「雪解に入りなさい」と
俳句結社へのお誘いも受けた。
俳句ともう少し真剣に向き合うのなら
参加すべきだろうけど
時間がなかなか無いので
それで結社の方々に
ご迷惑をかけるのではないかと心配で
即答は避けた。

そんな9月の句会だった。



週末は句会だった。
前回が0点で、気分が盛り返すまでに
2週間はかかったこともあり、
慎重に句を選んで臨んだ。
句もこれまで以上に作り
たぶん200近くは作った。
その中から5句選び投句したのだが、
基本的にはダメ句が多く
やはり投句用の句を選ぶのは
かなり頭の痛い作業だった。
どうも言葉が固いというか、
熟語ばかりになるというか、
柔らかく嫋やかな、
そして情緒あふれる言葉遣いが出来ない僕は、
かなり悪戦苦闘しているというのが
現状だろう。

さてそんな中、
投句した句の一つは
僕が尊敬する句会のメンバーである
木内さんに特選に取っていただいた。

畑脇に詰まれし肥やし秋暑し

先生からは、「畑脇」ではなく「畑隅」の方が良い、
と指導され、
「詰まれし」は「積まれし」の間違いですね、
とも指摘された。
確かにその方が分かりやすいのだけど、
堆肥場にどんどん業者が詰め込んでいく堆肥が
その熱さと秋の暑さとこれから始まる秋作への
想いとをかけたので
情景的に「詰める」を使ってみたけど、
先生としては
17音しかないのでみんなが分かる表現で、
とのことだった。
見た目をそのままというわけでもないのが
俳句の写実なんだろう。

他の方2名の入選だったのは

穂肥ふる農夫は無口秋隣

という句。
これも先生の直しが入り、
「無口」を「語らず」にしたほうがいいとのこと。
熟語で表現するのではなく
柔らかい表現を選ぶ方がいいようだ。
また穂肥は「ふる」という表現はどうか、
とも話になった。
やる・まく、ではないかというメンバーの意見だったが
日常的に僕らの農業の現場では
「ふる」を使う。
だがこれも他の人にも分かってもらえるのが大事ということで
ふるの表現も直しが必要だろう、とのことだった。
テクニカルタームの使いどころが難しい。
現場感を出そうと思えば、
わざとテクニカルタームで行きたいところだが
理解されないのではダメ句になる。
専門用語が情緒を醸し出すこともあるので
バランスが重要ということだろう。
規定されないし
個人の感覚に左右されるので
センスが問われるね。

メンバーの方には取ってもらえなかったが
先生からはこれは良い句だと褒めてもらったのが

虫除けをふりかけて行く墓詣で

という句。
メンバーからは墓詣でと虫除けで
季重なりではないかという指摘もあったが、
先生はこの場合は季重なりにならないとのこと。
その判断も
自分ではまだよくわからない。

さて、今回の句会では
「晩緑」という言葉を使った句が登場した。

晩緑の古刹はひがな風涼し

新緑・万緑は季語として成り立っているが、
晩緑はまだ歳時記には載っていない。
横落の前の緑のもっとも終わりの頃を意味するらしく
先生曰く
もうすぐ季語になる言葉、とのこと。
なので、この句は
季重なりと指摘をされていた。
万緑がかつて

万緑の中や吾子の歯生え初むる 中村草田男

という句が生まれ
季語として確固たる地位を得たのだが、
晩緑もまたそのような名句が生まれることで
季語として定着するのだろうか。
黄化する前の緑に
僕らはどんな想いを載せて詠めばいいのか
僕にはまだわからないけど、
いつかはこの言葉で
俳句を読んでみたいな。

今回の句会では
色の感覚も勉強になった。

神の山蒼きを遠に早稲を刈る

という句があったが、
先生は
「蒼き遠に」はだめ、「縹に遠し」だ
と直されていた。
蒼いんじゃなくて、縹色だという。
なるほどね。
色の名前とその用途もぴたりと合わないと
いけないのね。
17音だけの文学は
相当に厳しい。

今回の句会で
僕が特選に選んだ句はこれ。

秋燕過る一等三角点

山頂にある一等三角点を
つばめが過ぎて、南へ帰っていく。
壮大な旅程を一等三角点で表現し
空の高さもその言葉だけで表現していて
もう読んだ瞬間に、これだ!と思った句。
本当に素晴らしい。
平易な言葉で
壮大な空間を表現する。
僕もそうでありたい。
ちなみにこの句はメンバーの奥村さんの句だけど
これで僕は3か月連続で
奥村さんの句を特選として取っている。
奥村さんの作る句の繊細さというか
感覚が僕を強く揺さぶる。
奥村さんが句集を出したら
絶対買おう。

8月はこんな句会だった。
今回は落ち込まず
とても楽しい句会で良かった。
うふふ。



こういう日があるとは聞いていた。
でも現実的にはどうなんだろうって思っていた。
だからこそ、こういう経験は
大事にしたい。
きっといつか
これはネタとなって
僕の数ある失敗話の一つとして
大きく輝くはずだ。
たとえ、今は身が引き裂かれそうだとしても、だ。

それは今回の俳句会。
僕の投句した5句は
誰一人として取られることなく、
0点に終わった。

今回は俳句を作れなかったわけじゃない。
前回、先生やメンバーの特選を頂いたこともあり
作句意欲はより高かった。
毎日数句、多い日で10句以上を詠み、
多分100句以上この一か月で作った。
その豊富な俳句の中から
これならば!と厳選して選んだ5句を投句した。
はっきり言って
自信満々だった。
意味なく自信たっぷりは
僕のお家芸だが、
それがツボにはまるから
そのお家芸はこれまで助長されてきた。
それを思いっきり
へし折られたのが今回の句会。
もう何がいいのかどうかも
良くわからない。
そんな気分。

ただ
救いがないわけじゃない。
句会で他の人の句を選ぶ選句は
今回も先生や他のメンバーの選ぶ句と
同じようなものを選ぶことができ
かつ、自分で選ばなかった句の問題点を
自分なりに記述したのも
先生の解説などと一致する部分も
それなりに多くなってきていて
学習の成果は出てきている。
はずだ。たぶん。そうあってほしい。

先生から言われたのは、
「言い過ぎ」の一言。
なんでも盛り込んでいるというか
より誇張しすぎというか
情景を写生せず
その情景に心情を無理やり入れすぎているというか、
本当はその情景の視点に
こだわらないといけないのに
そこじゃなくて
普通の風景を普通に見て
そこに無理やり自分の心情を盛り込む
そんな俳句をこの一か月作り続けていた。
そういう気分だったし、
そういうのを詠みたいって思っていたからだけど
だとしたら
主題の主体は置き捨てられていることに
僕自身が気が付かなかったことになる。
メンバーの句を
吟味するうちに
僕は自分の犯した間違いを
強く感じた。
僕が記述してとどめたいと思う花鳥風月と
その心情は
乖離して存在するわけじゃないのに
自分の主体をディフォルメ化するために
花鳥風月の場面を利用している
そんな自分に気が付いたわけだ。
その視点が正しいのか
間違っているのかは
初学者の自分にはまだまだ良くわからないが、
対象に寄り添う、
その姿勢を僕はまたここで想い出したわけだ。

カンの悪い僕は
いつもこの間を行き来するね。
いつまで経ってもダメなフィールドワーカー。
俳句も独りよがりは
読んでも面白いはずがない。
だよな。やっぱり。

ただ0点の夜は
思ったよりも辛いね。
うふふ。



月一回の楽しみ、
それは順化句会。
もうこれが最近の最大の
楽しみといっても過言じゃない。
句会が終わると
次の句会に向けて
毎日少しずつ俳句作りをしていて、
ひと月分の作句の中から
自選してこの句会に持っていく。
そして句会で
1人でも自分の句を取ってくれる方が居れば
ちょっとズレたイメージと
それぞれの勝手な想いの中で
つながるという面白い現象を体験できる。
異文化の中で
生活世界が全く違う人たちと
言葉もままならないのに
どこかでつながる瞬間がある。
そんなものが好きだった人には
句会は、絶対おすすめ。
それがその場にはふんだんにあるから。

さて長い前置きになったが
6月の句会について記録しようか。
前回の失敗から
今回の課題は選句をしっかりとしよう、だった。
100句近い俳句の中から自分の選で5句選び
1句を特選とするのだが、
この選び方をできるだけ
みんなが良い句だという句を
選び出したい。
もちろん、それぞれの感性や
それぞれの持つ詩想によって
選ばれる句に違いはあっても構わない。
でも、自分が取った句が
俳句としての表現がいまいちだったり
または素晴らしい句なのに
文語の言い回しや古語の単語、
漢字が理解できず選びきれなかったり、と
自分の実力不足からくる
その俳句を深くまで読み込めないことが多い。
知識と経験不足からくる問題なので
すぐに選句のレベルが上がるわけじゃないけど
そこを意識して句会に臨んだ。

さて今回も19人が5句ずつ投句したので
100句近く集まっての句会だった。
これを1時間程度で書き写せるだけ写して選ぶので
かなりハードな時間となる。
90代の方もこの作業をこなすのだから
大したもんだね。
俳句やっている人はボケないわけだ。

さて、今回僕の選は以下の通り。

直線に直線にはねあめんぼう
ジャム少し緩く仕上がる梅雨の月
鹿毛栗毛厩舎を抜くる青田風
山女釣岩から岩へ影消して
屑金魚隅に置けない面構へ 特選

「直線に直線に」と続くリフレインがきれい。
ジャムが少し緩く仕上がるのと梅雨のイメージが
良く合っていて美しい。
鹿毛栗毛と青の3色のコントラストが
風景を際立たせる。きれいだなぁ。
山女は人の影が見えると釣れないから
それを隠しながら移動していくさまが
躍動的で良いね~。
そして特選句。
屑だと振り分けられたとしても
その中にだって「おっ!」と思うやつもいる。
凡夫な自分もそうありたいと思っているので
この屑金魚にシンパシィを感じ、特選句に。

今回の選句は、先生の特選句や入選句と
すべて重なっていて、
自分としてはまずまずの成績だった。
ただそれでも読めない漢字や
意味の解らない単語がおおくて
深く理解できない句もたくさんあった。
何事も勉強だね。

さて投句ではどうだったか。
今回の投句は次の5句。

誘われる口実となれ夕立よ
鴉めに雛奪われて五月果つ
薄暑光絵馬の願いは淡くなり
星雲は地上に降りて花菖蒲
自転車に乗れた雄叫び青田風

鴉の句以外は、それぞれ皆さんに
そして先生に取っていただいた。
夕立の句はメンバーの方の特選に取っていただいたし、
花菖蒲はメンバーの入選に入り、
薄暑光は先生の入選、
そして自転車の句は先生の特選に輝いた!
これで先生特選は2回目で、
100句近くある中からのことなので
とても栄誉のあることだと思う。
ちなみに最初の原句は

自転車に乗れた雄叫び青田波

だったのだけど、これを句会に一緒に参加している
すーちゃんが
「青田風はどうでしょうか?」というので
それを当てはめてみると
まぁ、これがかなりしっくりくる句となり
手直しをして当日投句したというわけ。
自分の俳句を自分で直すのって
その時の情景や心情が強すぎて
なかなかさわれないのだけど
こうやって直されてみると
この方が良いよなって思うことも多々ある。
手直しがあったからこその特選だね。
先生も
「雄叫びという表現と青田風が活きているね」
という講評だったので
これはすーちゃんに感謝だな。

夕立の句は
メンバーの特選になったのだけど、
「これは俳句かどうかは解らないですけど」という
コメントをしつつの特選だったので
なんだかもろ手を揚げては喜べなかった。
俳句っていうカテゴリというか
その周りを固める壁が
僕はまだまだ良く見えない。
夕立の句だって俳句だと思うんだけどなぁ。

あとちょっと残念だったのは
星雲の句。
これはかなり自分ではいい出来だと思っていたのだけど
メンバーの一人の方の入選のみで
先生の講評にも引っかからない句だった。
大きいことを言いすぎたかな、とも思うけど
こういう風に美しく詠みたいという想いもあるので
これがどうダメなんだか、ちょっと解らなかった。

さて、一緒に参加したすーちゃんの句で
先生の入選をもらった句も
ここに記録しようか。

父の日や悩み悩みて大吟醸
水色のシャツ水玉に喜雨の中

父の日の句は、メンバーの方の特選にもなっていて
先生の入選も入っていて素晴らしい!
悩み悩みて、という表現を直せないか、と
先生から注文もあった。
喜雨の句は、水色と水玉が重なっているので
雫に直して、〇をもらっていた。
俳句がなかなか作れないと言っていたけど
出せば結構好評価されるので、
23歳にしては、これはとても素晴らしいと思う。

俳句の量も
議論の質も
どちらも十分に刺激的で
脳みその芯が熱くなる、そんな句会だった。
生活世界の微妙なズレを
俳句というインターフェイスを通じて
楽しむ文学。
視点が面白ければ
主題が美しければ
込めた感性が豊かであれば
その分だけその句に深度が生まれ、
味わいのその様が多様になる
それぞれの中でイメージと価値が再構築される過程が
俳句の最もの楽しみなんだと思う。
こんなゲーム性の高い
文学は、僕は他に知らない。
もっと俳句にどっぷりと浸かりたい。
そんな気持ちになった
6月の順化句会だった。



月に一回の順化句会。
5月はいよいよ夏の句。
先月までさんざん春の季語を勉強してきたけど
ここからは一転して夏の季語。
急な変化にやや戸惑いもあり、
また季語の勉強不足もあり、
さらには前回の俳句大会での良くないイメージもあって
今回はちょっと不安な気持ちで参加。
農園のメンバー、すーちゃんも今回は一緒に参加。

今回の句会は19名の出席で
1名が不在投句。
20名が5句ずつ出すので
選句は100句にのぼった。
時間は相変わらず限られており、
その中で次から次へと回ってくる俳句。
意味が良くわからない単語や古語、
さらに読めない漢字の応酬で、
相変わらず、選句で苦労した。
漢字力と単語力、
さらには文化や芸術、日々の暮らしの知恵と知識、
そんなものすべてが自分に足りないと知る。

僕が選句したものは次の5句

聖五月子犬塊となってくる
緑濃き路面電車の去りし後 田谷徹特選
能舞台次の手を待つ夏袴
夏めきて婦人画報のはやり色
日傘畳む日輪の息宥めつつ

特選は路面電車の句。
福井の路面電車はライトレールが導入されていて
眩いオレンジ色の車両も良く見かける。
そのオレンジ色と街路樹のコントラストが
とてもきれいだな~と思っていたら
この句が目に飛び込んできた。
僕は文句なしにこの句を特選とした。

しかし、路面電車の句は
霜子先生からは、
「去りし後という表現がイマイチ」
とのことだった。
この句はすーちゃんも特選にしていたが
僕ら素人二人が取ったのみで
あとは誰も取っていなかった・・・。
善し悪しが良くわからない。

婦人画報の句は、この句会に誘ってくれた木内さんの句。
とてもおしゃれな方で
今回もうすピンクのシャツに白の上着という出で立ち。
流行や美に鋭い感覚を持ったこの方らしい句で
僕はこの句がとても好きだ。
木内さんと知って、尚更良しだね。

選句は、100句の中から5句選ぶのだが
やはり漢字が読めて、
意味がすぐ分かるようなものを
選びがちである。
語彙力と知識が無ければ
名句の情景は僕らの頭には浮かばないってやつか。
それでも婦人画報の句と
日傘の句は、みんなも良い句だと言っていたので
とりあえず2句は、
自分のセンスが良かったと思おう。
初心者としてはまずまずと
自分に言い聞かせながらね。

さて、肝心の自分の投句。
前回の句会から立夏の間までは
ひたすら春の句を作り続けていたので
それらの句が今回投句できず
もう少し良い句もあったのだけど、
次の5句を投句した。
と、まずは言い訳も入れつつね。

畑人のテンガロン帽麦の秋
田を植える少年の眉泥白く
列をなしランドセルゆく植田かな
碧落のリレー競争麦の秋
幼苗も一息ついて植田村

今回は、誰の特選にも選ばれなかったが、
テンガロンの句が3人に選ばれ
少年の眉の句が2人に取ってもらった。

テンガロンの句は先生から〇をもらい、
テンガロン帽ではなく中8になっても
テンガロンハットにした方が良いと指導もいただいた。

「畑人のテンガロンハット麦の秋」

少年の眉の句は、
泥白くの辺りを先生はどうにか直せないかと
ひねっておられて(結局良い表現はなかったんだけど)、
もう少し深いところまで詠みこんでほしいと
注文をいただいた。

ランドセルの句は、先生からも〇をいただいた。
ただ「植田かな」ではなく
植田道と直された。
植田の中を歩くわけじゃないからね。

「列をなしランドセルゆく植田道」

後の2句は
誰も取ってもくれないし
先生の直しも講評もなし。

ちなみに一緒に参加した
すーちゃんの句も数名から取ってもらい
さらに先生からも〇をもらっていた。

いちまいのガラス戸惑ふ揚羽蝶 安寿香
手のひらにポンと乗せられ初茄子 安寿香

今回の句会では
電車がゆっくり進むのをカタコトと表現したものを
「幼稚」と言われていたが(「遅々として」と直されていた)
すーちゃんの「ポン」は、
これはこれで良いらしい。
初茄子がとても効いていて良い句だとのこと。
この2句はどちらも情景が浮かぶ
とても良い句だと思う。
特に初茄子は収穫の喜びや風景がポンとに良く出ているね。

さて、
気になる句が一つあった。

原爆者名簿清和の風通す

この句は先生は
清和と風通すで季語が二つになるからイマイチ、
と講評されていた。
なるほどと思ったのだけど
この句は僕は選句の中で
ちょっと気になる句としてしるしをつけてあった。
で、句会が終わってからこの句を眺めていると
もしかしてこれって
オバマ大統領の広島訪問のニュースが
清和の風となって
原爆の被害者に喜びというか心地よさというか
達成感のようなものがあったことを
詠みこんだものなんだろうか、
と思えて
だとしたらこの句は季重ねだろうが
僕は入選句にしたかった。
なんでそんなこともすぐにわからないんだろう。
わからない自分がもどかしい。

今回の句会で
主観と客観が少し先生からお話があった。
虚子の客観写生を秋桜子が文学なのだから
解釈としての主観を盛り込んだ
表現をするようになったという話だったが、
この主観と客観の議論は
僕が学んだ開発社会学でもよくある論点の一つで
すこしその辺りと合わせて
僕なりの表現がこの俳句の場でも
出来そうだということが分かったことは
大きな収穫だった。

さて
句会が終わって帰ろうとすると
句会のメンバーである瓜生さんから声かけられた。
「鯖江の俳句大会、田谷さんの句をとったのは私ですよ」
って。

地に眠るマグマ含みて赤躑躅

この句を取っていただいたとのことで、
「私も西山公園の赤つつじにマグマ見ました!マグマありましたよ!」
と言っていただいた。
誰にも通じなかったように思えた
鯖江の俳句大会は
ちゃんと僕の想いが届いた方が居たんだ。
それを教えてくれたその瓜生さんの優しさが
とても嬉しかった。

込めた想いが
誰かに届く
それはその方の解釈として。
意味のズレと浮遊もあるけど
それがまた面白い。
言い切らないこの表現法の宇宙に
僕はもう夢中である。




第75回鯖江市俳句大会に
参加した。
俳句大会は今回がデビュー戦になる。

僕が参加している順化句会と違って
俳句大会は会場で時間内に投句し
審査員の点数をもって賞を得るという
俳句の競技会のようなものである。

つつじまつり協賛ということだったので
俳句大会の当日は
やや早めに西山公園に行き
つつじや公園の雰囲気をメモ取って回った。
あとは辞書とメモと歳時記とを
にらめっこして
投句締め切り時間まで句を練りに練った、
のだが、
これが上手くいかない。
時間制限という緊張感と
ネットにつながらないことで
必要な情報が手に入らないこと、
それと会場の雰囲気かな、
そんなものに呑み込まれたまま
投句締め切り時間ぎりぎりに投句した。

参加者の選句もあり、
164句を40分ほどで自分の入選句を選び提出し
その披講もあって
それなりに緊張感があった。
なんとか自分の句は2点取れたが
やはりダメ句はダメで
審査員の先生からは
誰一人も取ってもらえず惨敗。
苦いデビュー戦となった。

それ以上に失望したのは
自分の選句のダメさ加減。
みんなが良いと思う句が
どうしても良いと思えない。
なんでその句がいいんだろう?
と考えれば考えるほど
自分のダメさ加減が強調されるようで
俳句大会は
ちょっと辛い場だった。

順化句会のメンバーの方は
兼題の部(事前投句)でも入賞し、
席題の部(当日投句)でも入賞し、
先生特選もいくつも取って
大暴れしていた。
ああなると俳句大会は楽しいだろうなぁ。

ま、本格的に始めてまだ4か月程度。
これからもっと精進して
1人でも多く共感を得られるような
イメージ豊かな写生句を詠んでいきたい。



今月の句会は
娘のピアノの発表会と重なり参加できなかった。
が、投句だけはした。
句会でお世話になっている方が
とても親切で
翌日には句会の結果を届けてくださった。

今回の投句は4句

畑人を出迎えてをり黄水仙
更紗裂くように行く舟春の沖
花とってとってとのばす小さき手
花篝心の鬼を呼び起こし

今月は、インドネシア出張もあり
少しバタバタと過ごしていただけに
作句の数はいまいちで
さらに推敲も集中できなかった。
そんな中で
絞り出すように作ったのがこの4句。

畑人を出迎えてをり黄水仙

この句は二人の方にとっていただいたらしい。
堤外地の畑をと向かう昇降路の降りた場所に
ワイワイと咲いている黄水仙を詠んだもので、
温かくなり農作業でもするかという
畑人を出迎えるような
そのままの様子を詠んだ。
黄水仙はとても好きな花で
どうしてもこれを俳句にしたかったので
自分としてはとても満足。
ただ、この視点ってどこにでもあるよね。
平凡なのは良くわかっているさ。

更紗裂くように行く舟春の沖

これはインドネシアの出張から戻ってきたときの
関空に着陸する時に見た風景。
朝日でキラキラと輝く海面が
更紗のように綺麗で、
小さな波が幾何学模様を作っているようで、
そこを走り去る船が
その更紗を裂くように行く。
そんな風景。
二人にとっていただいた。
スピード感がある句なので
舟ではなく船が妥当と先生談。
うむ、まさにその通りです。
一字も気が抜けないね。

花とってとってとのばす小さき手

これは講評も選も何にもなし。
ま、だろうな。
今回はあまり作句出来ていなかったので
正直、これは数合わせで出した句。
やっぱりこういう手を抜いたような句は
誰も取らないね。
いいね、そういうの。

花篝心の鬼を呼び起こし

なんとこの句は先生の入選句に!
3回目にして霜子先生の入選句に選ばれるとは!
とにかくうれしい。
ただ先生の講評では
主観を詠んだ句でしかないとのことで、
俳句は多くの読者が共感し、感動を共有できなければいけない
とのことだった。
正岡子規の客観写生の文学論からは
外れているといったコメントをいただいた。
これは自分への叱咤激励だと思いたい。
先生の言う客観写生でも
心情に近いものを詠みこみたい。

ちなみに
この句にはいろんな意味を込めている。
桜と闇と鬼の取り合わせでもあり、
火によって浮かび上がる桜は
擬人化として捉えることのできるスペースを
意図的に残した。
情景の美しさに対する邪念という
対比も含んでみた。
17音しかない文芸だが
表現できるものは、本当に奥深い。
いろんな心情と情景と隠喩と対比といった
コントラストも入れることができる。
うん、やっぱり宇宙だね。
俳句は。



今月も順化句会に参加。
前回は見学という立場だったが、
今回から正式に参加を表明。
俳句の師匠を加畑霜子先生と決めた。
どこまで行けるか分からないが、
納得した句を作りたい。

今月の句会は、
誰からも特選を得られなかった。
正直、前回のビギナーズラッキーが
自分を苦しめる1か月だった。
どんな句が、いったいそのルールに乗っ取っているのか
それが全く分からない。

今回の投句

①議事堂を遊び場にして河原鶸
②春めいて柱状節理波を抱く
③啓蟄や転作書にも判を押し
④父と子のはかま取る手のつくしんぼ

参加者の披講で名乗りは4回できたが、
ただ先生からの手直しが多かった。
①は遊び場がいけないとのこと。
議事堂なので遊び場ではない、との指摘で
僕としては皮肉ったつもりだったのだが
それが逆に要らないらしい。

議事堂にひなかきている河原鶸

②は褒められた。
波の寄せては帰るそのリズムがゆったりとする、
波がなかなか帰らない、
それが春めいての季語に良く表れている、と。
ちなみに柱状節理は東尋坊の岩々のこと。
で、この句は披講で皆さんに取っていただいた句。
硬く大きな岩が、柔らかく波を抱く。
ま、別の意味を込めてもいるんだけど、
それは内緒。

③は、にも、がいけないとのこと。
字数合わせに使った言葉を指摘され、
17文字のシビアに気が付く。
判もダメ。
判だと指でもいいんだって。
一字も意味の緩い音は、
やはり許されないのが俳句だね。
しびれる~。

啓蟄や転作の書に印を押す

④父と子のはかま取る手のつくしんぼ
これは披講で取っていただいたのだが、
先生の直しには入らなかった。
ま、ダメ句か。

それ以上に
自分の選句がやはりダメ。
他人の句をしっかりと理解できないのは
自分の世界観の浅さだろうね。

今回僕の選句は

潮騒を蘂に孕みて椿落つ
春風や鳥居の鳩の胸光る
起重機の春高々と持ち上げる
鳥帰り山湖くまなく水鏡
手習いの筆隆隆と春始む 特選句

僕が選んだ特選句は
誰も取らなかったし
先生の手直しにも入らなかった。
これがどうダメなのか
自分には良くわからない・・・。
だのに、みんなには解っている雰囲気で、
うーん、そのコツ所はどこなんだろう???
奥が深すぎて、まったく五里霧中だ。




NHK俳句が面白い。
特に僕は池田澄子さんが好きだ。
彼女の視点は面白い。
とくに今回の句は素晴らしい。

まさか蛙になるとは尻尾なくなるとは  澄子

この句は2つの意味で面白い。
一つ目は俳句の形式に収めようという苦労を
飛び出したのにたぶん作者は十分しているんだろう
というところ。
池田さんの句はつぶやきがそのまま句になっているような
流れるような旋律が美しい句が多い。
5・7・5に収めようとすると
言い表せないことが多すぎて
あれこれと言葉をひねって
最後には駄作の5・7・5が出来上がるのが
僕の常なのだが、
それへの挑戦がなんとも面白い。
そしてその挑戦に大胆に展開したこの句が
また眩い。

二つ目がその中身。
一つ目が律の世界だとすれば、
二つ目は意味の世界だ。
オタマジャクシ自身が
自分の変化に驚く句だが、
ただ単に蛙になったことを言っているわけじゃないだろう。
春は、変化の季節。
受験、進学、就職、クラス替え、卒業式、入学式、入社式、異動、別れ、そして出会い。
そんな変化にあふれた季節。
その変化は自らが進んで得たものかもしれないが
そうじゃないものも多い。
なにかの因果とご縁が混ざり合い
君とここで出会う。
そんなことも起こる季節。
その季節を池田さんは「蛙」に閉じ込めた。
意図せず起きた変化に
わくわくする反面
どこか疎く感じる、まさに春愁。
それらすべてが季語の「蛙」の驚きの中に
閉じ込められている。

流れるような言葉の律と
その中に込められた世界観の広さ。
音と意味。
言葉を与えることで
その現象が生活世界の中で
キラキラとした意味を持ち始める。
池田澄子さんの俳句は
そんな句が多い。



ご縁があって
福井市の順化公民館で行われている
俳句会に参加した。
先生は、加畑霜子先生。
本気モードの句会は、今回が初めて。
1人ではやや勇気が出ないため、
農園で一緒に俳句を作っている
すーちゃんを誘って二人で参加した。

今回参加されたメンバーは
僕らを入れて17名。
やや女性が多い会で、
高齢の方が多かった。
だが、俳句の内容はとても活き活きとしていて
とても勉強になった。
初めての参加だったが
前日まであれこれと悩んだ4句を投句。
披講では、
二人の方に特選を選んでいただいてしまった。
先生からも褒められちょっとご満悦。
すーちゃんは、いきなり初回から
先生の特選5句の1句として選ばれた!
すげー!!!ありえんね、普通は。
名前を伏せての選句なので
僕も彼女もとても名誉なことだった。

先生からも
「早くから始めた方が、良いところまで行くから絶対に続けなさい」と
激励していただいた。
僕はさておき、
彼女はセンスがいいというか
磨けば光る才能があるんだろう。
ま、それは僕も知ってたけどね。

句会というとなかなか
おもぐるしい雰囲気かと思いきや
とてもざっくばらんとした良い会だった。
結構緊張はしたけどね。
僕らが入ることで
それを喜んでくれた秀作句もあって
僕らも参加していて嬉しくなった。

ということで
今回栄誉を受けた句をここに記そう。

思い出の味を辿りつ種選ぶ  立崎安寿香
薄氷を踏む音かろし金曜日  田谷徹

俳句は本当に面白い。
17音の宇宙だ。





P1260679.jpg

昨年の初夏。
僕は俳句を始めた。
といっても季語が無かったり。
季語が二つはいる「季重なり」だったり。
5・7・5の3行句だったり。
17音にも収まらない始末。
奥行きも面白味も何も感じられなかった。
ツイッターでつぶやいても
反応もないし、気の利いた句は当然詠めないし。
始めたけど
ちょっと脇にやっていた俳句。
でも、ここに来て
またその熱が一気に加速している。

加速の理由は二つ。

1つは長谷川櫂さんの本。
奥の細道の解説が素晴らしく、
実は芭蕉は伊賀の忍者で
奥の細道は隠密の旅だった、
なんて程度にしか考えていなかった自分を恥じた。
「不易流行」と「かるみ」の芭蕉ワールド。
ああ!俳句は宇宙だ!
と思ったのもこの辺りから。

もう一つは、新人スタッフのすーちゃん。
彼女はツボにはまると、
とにかく突破力がある。
そのツボに
若干のムラがあるのが若さだけどね。
で、そのツボにはまったらしく
なぜだか彼女も俳句をやると言い出した。
で、新しく農園に入ってきた江川君と
3人で句会をすることになった。
なので最近は必死に句を練り上げている。
というわけだ。

今回記録しようと思うのは
その句会の事。
句会の名前は、「さぼてん句会」。
名前の由来はまた別のエントリーで書こうか。
とにかくその句会を始めた。
俳句は一人でやっても
ぜんぜん面白くないけど
句会はライブ感覚でとても楽しいと知ったから
これはやらない手はない。
句会は大きく分けたら3つの流れになる。
投句・選句・披講だろうね。
投句は、メンバーそれぞれが作者を不明にして
俳句をいくつか提出する。
大抵お題があって
今回の句会では、「炬燵」がお題。
一句はこの季語で読んで提出する。
選句は、その句をシャッフルして
いくつかの組にわけ、
メンバーそれぞれが良いなと思う句を
1つの組から1つ選ぶ。
披講ではそれぞれが選んだ句を発表。
この時に選ばれた句の作者は
初めて名乗る。
この句の解釈を話したりもするのが
この段ってわけだ。
先生が居れば選評というのがあって
それぞれの句に講評を付けてもらう。
メンバーのだれからも選ばれない句でも
先生の特選が取れたりもするらしいので
この選評はドキドキだね。
たださぼてん句会には、まだ先生が居ないので
とりあえず選評はなし。

句会の妙は、
自分の想いを17音に託して詠み、
それをメンバーそれぞれが自由な解釈をして
その句を読み砕いていき選ぶ中で
つながったというか
情景や想いが届いたというか
さらには自分が思ってもみなかった
さらに深く読み込んで解釈してる場合もあって
ダイナミックなやり取りにある。
詠み手の想いも場合によっては越えて
それぞれの解釈の間を自由に行き来する。
それが俳句。
言葉の宇宙で、想いがつながった瞬間は
とてもキラキラする。
言葉が少なく窮屈だからこそ
そこにある言葉に想いを投影し託す。
それがつながるからキラキラする。
そんな素敵な文学が俳句。

今回のさぼてん句会で
僕が良いな、って思った句は次の二つ。

「手の平に落ちては消える雪の華」 翔平
「かまくらを拵へし祖母の偉大さや」 安寿香

僕が特選に選んだのはすーちゃんの句。
先日雪が降った中で、
きっと彼女は雪かきで往生したことだろう。
たぶんだが、その中でかつて祖母がこさえてくれたであろう
かまくらを思い出したのだろうな。
祖母というとどこか小さくて弱い存在だが、
そこに力強さと優しさを詠みこんだのが
僕にはじんと来た。

ちなみにこの句会の僕の句は3つ。


雪煙人にぎにぎし朝の市
空薫の森の香はぜる暖炉かな
空歩き子等はしゃぎ出て空炬燵


うーん、やっぱり俳句は宇宙だね。
句会はほっこりとした雰囲気と
ちょっとした緊張、
そしてキラキラとした感覚に包まれて終わった。
来月もまた句会を開く。
お題は「陽炎」。
参加希望の方はご連絡ください。



田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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メールは
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