表題のイベントが本日ありき。
青壮年部に二枠いただけるとのことで
僕と副部長と一緒に
10人(最終的には11名)の意見者に加わった。
国家会議員に対し、
農業者の現場の声を届けようというのが
本日のイベントの主目的。

このイベントにあたって
事前に農政連から打ち合わせがあった。
いつもお世話になっている大人たちから
打ち合わせがあると、そりゃ、今はやりの
そんたくがあったりなかったりで、
いろいろとあたりさわりない意見に
集約されてしまうのかもね。

で、今日。
話す内容の原稿を創ると言っておいて
実は、原稿を作らなかった。
ヒアリングで話した内容で
話す予定だったし、
原稿を読めば
それだけ魂の無い言葉だらけになると思ったからだけど
どこかでその舞台自体が
ライブ感のない無味乾燥な
そんな農政のやり取りになるのを
嫌っていたのかもしれない。
だからといって
ライブで良い議論をできたことは少ないけど。

で、僕が話したことは
要約すれば次のようなことになる。
兼業農家主体の社会構造で
合理性を求め農地集約したら
当然社会の構成員で
農業への関心を持つ人間は減る。
農地解放されて小作から地主になった世代は
その子供の世代までは農地への執着は
あるだろうが
孫はどうか。
当然というか現場での感覚でいえばない。
そんな時代なのだ。
社会のエースである30代、40代は
結婚子育て将来への投資や貯蓄
とにかくお金が欲しい世代。
そんな人たちに社会の自治や福祉は
その目的の崇高さだけでは馬耳東風なのさ。
要は、農業が儲かるかどうかだ。
農地から作られる地縁が
最後の最後までこの地域の自治と福祉を
司るのだと政府が思っているのであれば
農業は産業として
輝きを放たねばならない。
その意味で一園芸農家として
リスク回避の制度を提案した。
それとよく農業者や行政が言う
農業の即戦力を供給するための
農林大学校を強く批判した。
それは人手が欲しい農業者の勝手な意見でしかない。
そこに通う担い手予備軍つまりは若者は
その見え透いたただ単にすぐに役立つ労働者の
大量生産の現場なんてすぐに見透かすさ。
必要なのは
若者にとってもキャリアアップになるような
農業教育だ。
もちろん質の高い
4年制大学のしかもできれば国公立の
この時代に何を言うといわれようとも
農学部の設立しかない。
農学部の人間のどれだけが
農業に就いたんだ?と良く批判されるが
それはそれだけの経営できなかった
僕ら農業者への批判であって
若者への批判であってはならない。
現に、僕のとっても小さな経営でも
県外から大学卒業の人材が
4名も入って来てくれている。
それぞれの夢を叶えることができる
そんな経営を農学部の学生を批判し
即戦力と言っている皆さんは
できているのでしょうか?
自分に都合の良い人材ばかりを
望んでないかい?

おっと、ここまでは言っていないか。

で、本当はもっと言いたかったんだ。
それは外国人の扱いについて。
これは農林大学校と同じ文脈で、
結局自分たちとって都合の良い労働者を作ろうって
そんな意図がみえみえだから
気色悪いんだよ!
そんな労働環境
僕だったらぜったい働かないね。
そんなことを言い張る連中だって
労働者の立場だったら絶対嫌だよね。
でもさ、僕も経営者をすこしやっているからわかるんだけど
みんなけつの穴が小さくなるんだよね。
目先の自己利益ばっかりみてさ。
で、それって他人からは良く見えたりするから
皆さん、気を付けてね。

ワイン飲んで書くと
自制が聞かないなぁ。
意見交換でもすこしワインを煽ってから
言ったらもう少し楽しくなったかもしれないね。
なんていうのは不謹慎だな。

さて、で、
僕が提案したかったのは
どの文脈でも本質は結局は一緒なんだけど
外国人でいえば
安い労働者ってだけで出し入れを自由にするなって事。
彼ら彼女らにはみんなそれぞれの夢があるんだ。
その夢を叶えてこそ
その夢に近づけられる経営だからこそ
労働の意味が初めて出てくるんだよ。
じゃなきゃ、こんな排斥主義の満載の国に
青春を埋めに来ても意味ないじゃんか。
来た人間のことをもっと考えよう。
しかも、その人材は
ジャパンスタイルを身につけて
自分たちの地域の農業発展に
貢献できる仕組みを作ったらさ、
もっといい協力というか
関係が出来るんじゃないかって思うわけ。
農協とかさ子会社にして
人材派遣で外国人を派遣するのは良いけど
同時にその外国人にいろんなノウハウと
資金と資材を提供したらいいと思う。
資本的にも魅力的だし
地域農業の発展にもなるし、
日本的生産モデルの輸出にもなるし
インバウンドで日本の良さを知った人たちへの
外国でのマーケティングにもつながるし
しかもそういう意味では
本家日本の農産物の輸出のすそ野形成にとっても
大きな意味を成すはずだ。
収奪では
収奪合戦にしかならない。
三方よしは
理論的にも証明されているんだ。
だから収奪の意図見え見えの外国人登用や
農林大学校なんてやめてほしい。
農業は、僕は強い産業として
地域を支えていける存在になると
僕は最近は強く確信している。
だから、そんな情けないこと言わないで
もっとまじめに議論しようぜ。

と、かなり飲んだくれたおっさんの
ひとりごとでした。
ねむい、ねるわ。






書くのも億劫だが
こういうのをこれまでスルーしてきたのも
良くない。
記録として
こういう視点があったということと
こういう風に考える風潮や時代があったことを
合わせて記録しようか。

2/1の日本農業新聞に
農業競争力強化支援法案という記事がでた。
農業資材の調達や農産物の出荷・販売に対して
農業団体や農家は努力しなさいと義務付ける法案。
資材購入や農産物出荷を受け身でJAに任せているだけの
農業者をイメージしているのだろう。
農業を産業化させるために
競争を生み出させようという意図。
条文には
「農業者は、その農業経営の改善のため、農業資材の調達や農産物の出荷、販売に関して、必要な情報を収集し、主体的かつ合理的に行動するよう努めるものとする」
とある。
新聞の解説によれば、
なんでも農業者は経営者としての意識が低く
慣習的にJAを利用しがちなため、
自ら組織するJAや全農の改革が進まない
という認識があるらしい。

すごいね。これ。
この法案を作った人間の視点を
僕は疑ってしまう。
いくつかというか全部にケンカを吹っかけたいが
ここでは3つだけに絞ろうか(というかそれが全部か)。
まずはこれ。
慣習的にJAを使う?
ふーん。
選果場やライスセンター、低温貯蔵庫、蔬菜予冷庫、甘藷キュアリング施設、
その他例を上げたらきりがないが
日本の需要に対してリレー栽培をしつつ
季節感なく供給できているのは
こういった近代的な施設の恩恵だ。
そしてこれらはとてもじゃないが
個人では所有できない。
JAもしくはそれに準ずる団体として
個々がまとまることで投資が可能になる。
1経営体でも5000万も販売すればエースの
農業界の零細企業集団では
個々人での大型投資は到底無理だ。
これを慣習的にJAに出荷というのは、
これを従属論的には読み解けても、
慣習的で非合理的な選択だと決めつけて
努力していないなんて言うあんたらは学問が無さすぎる。
精神論だけでクリアー出来ない構造が
そこにあることに目を向けるべきだ。
ついでにいえば
そういう施設等があることで
衛星的にその産業が発展していく場面は多数ある。
産地形成の流れをみれば
経済学の素人の僕が言うまでもないね。

その上で、
ニッチを見つけて
独自取り組む農家はたくさんいるさ。
でもそれは義務付けられることじゃない。
まちがえるな!僕らは公務員じゃない!

で、つぎ。
経営者としての意識が低い?
この一文は笑える。
そういう事例はいくらでもあるだろう。
でもさ、それって農業者だけなの?
他の産業でもさ、そういう義務付けしてる?
経営センスや能力に欠けた人間がいたとして
それを国家が努力することを義務付けたりできるの?
努力する者は発展し、怠るものは没落する。
それだけだ。
それが出来ていないのだとしたら
フリーライダーを許しいるってことだよね。
それは制度設計の失敗である!
精神論ではなく、政治を真面目にやれ!

そんで、最後。
コストダウンや販売強化の努力を義務付ける?
あのさ、僕らの労働をどう規定しようとしてるのかなぁ。
働くってことは、
自己表現でもあるはずだ。
豊かさは、金銭的なことと必ずしも一致しない。
価値も金銭的なことに必ずしも一致しない。
名誉・自己実現・社会的関係性などを大切に生きることは
コミュニティの活性化と維持持続には欠かせない場合もある。
それにどのような農業を志すかは
それぞれの志向によるはずだ。
それらすべてに国家は介入できない。

農水省や政治家の皆さん。
僕らはあなた方からお給料をもらっているわけでも
投資をいただいているわけでもありません。
そんな努力義務を押し付けられる義理もありません。
補助金のことを言うのであれば
そういう対象にださなきゃいい。
産業に対して努力義務っていうのは、
やっぱり変だ。
競争力強化と謳いながら
そもそも僕らの産業を産業として見ていないでしょ。
だからこんな幼児に諭すような
文言を入れて努力しなさいだなんて、あきれてしまう。

自分たちの制度設計に悪さを棚に上げて
出来そうな、弱そうな、部分に攻撃をかける。
今の首相のあの雰囲気なら
その下にいるブレインが
こう考えても不思議ではないが
これが一国の政策かと思うと
情けない。
もっと尊敬できる
すばらしい政策を作ってください。
僕らの血税を使っているのだから。



最近は俳句に没頭していて
ブログも諸事、自分の研究課題も
疎かになっている。
ま、それはそれで四十路の気楽さと思い
毎日を楽しんでいるが、
最近、新聞を読んでいて
あるトピックが自分の中に沈殿し
ある程度たまってきそうな
そんな予感もあるので
メモ程度にちょっと書こうかと思うことあり。

それはSBS米問題。
輸入米の売買同時入札(SBS)の問題で
略語のSBSはSimultaneous Buy and Sell。
これだけ見ても議論は多岐にわたるが
自分関心のあることだけをメモしようか。

一見して入札制度を見直せばいいような気もするが
そんなことじゃないだろう。
自由主義経済の不完全さ、
輸入枠は国家間の折衝によって決まるにもかかわらず、
売買に関しての国家の介入は及び腰、という
中途半端が生み出した醜い事件。
その一方で、一般市民は国家に広域貿易圏を信託させられ、
その採決が近づいているという、
まさに喜劇としか言えない状況だ。
信託を受けても、それをコントロールすることが出来ないというよりも
過度にコントロールすること自体がルール違反な状況か。
どうなればいいのかは
僕にはさっぱりわからないけど、
民間の売買を国家が統制をかけるのは
おかしいという議論の一方に、
広域貿易圏に参加する人たちの凸凹した、
それは文化的だったり歴史的な搾取だったり、
とにかく真っ平らではない条件下で
すべてを一律に動かそうというところから来る
エリア間の軋みは無視するのか、
というその辺りに問題の根底がある。
そしてそういう直感は
簡単に数字と統計のマジックで
いかようにも説明つけ諭される。
だがその諭され自体に反発を覚え
なんとなく不満があるが言い返せないと言った
感情の渦が今回のSBSとTPPかもな。
不満を抱えていては精神衛生上気持ち良くないので
まったくそんな風にも思っていないし
直接の恩恵も想像できないのに
広域貿易圏の政府広告をオウム返ししてしまうのは
心理学的には説明つけられる。

需要側の安い米をというニーズに応えて
利益を削って調整金を払って対応するのは
公正な取引に違反するようにも思うが
そもそも自由に輸入できず、官製市場でのやり取りなので
そんな論理も通用せず。
それに対して国家が過度に介入することも
また自由主義経済の空気の中では厭気なムード。

経済学的には
生産コストの高い国産米は
生産現場の構造改革、つまり大規模集約化と
今小泉さんがやっているような資材コストの廉価化に向かい
国際競争力をそのうちつけるという話なんだろう。
TPPはその一過程で、
SBSはそもそも問題ではなく
その過程で発生する中途半端が起因する問題でしかない。

今の経済の流れをまだ日本は
ナショナリズムがぼんやりと
その意味も解らず支持をしているけど
イギリスやアメリカ大統領選のように
その先にあるのが、あんな風景だとすると
帰属の共同性と同時代性によって国家を創り上げてきた
ナショナリズムは、この後、自分たちの実際の経済の中で
裏切られることを知らないで騒いでいる。
それを指摘したピケティはセンセーショナルだったけど
本が分厚く過ぎて
みんなが読むにはダメだったね。
このコミュニケーションのスピードが速すぎる時代では
イメージだけで入ってくるような
マンガで書かないと革命は起きない。
というか、『革命』という時代じゃないね。

というメモでした。
マジヤバだね。




こんな記事が出てた。

外国人看護師・介護士、難しい定着「もう疲れ果てた」 朝日新聞 2016.09.18

技能実習生とはちょっと違うけど
問題の構造は良く似ている。
しかもこっちの方は
試験が通れば、日本での就職が見えてくるだけ
僕の思っている未来に近い気もしていた。
外国人をきちんと労働者として受け入れる。
もちろんいろんな権利もつけて。
いや労働者じゃなく
この地域やエリアを支える
いち市民として、だ。
それが必要だと思っていたけど
その条件を揃えれば、
今僕らが直面している問題に
彼女ら彼らも一緒になってぶつかるというのが
この記事からもわかる。
ただ受け入れるのではだめだ。
やはり僕らの働き方や
社会の構造の変革がなければ。
では、その変革を生み出す
僕らの自己改革は、どの視点や力点から
わき出てくるのだろうか。
たぶん、停滞感は
その力点のなさ、
もしくは分断された力点による
虚無感なんだろうと思うな。
よくわからない成功者の事例だけが
SNSに流れるような
そんな切り取られた時代感が
僕らを余計に疲弊させる。
モデルにモデル以上の意味はないのにね。
連帯という言葉も
協同という言葉も
もうその主体になれない。そんな風潮だね。

外国人技能実習生と地域は
本気で連帯したら
もう少し明るい未来があるかと思うけど
それもまだまだ道の途中。
ふむ。


農園の看板娘、すーちゃんが
こんな記事を持ってきてくれた。

大統領候補者がまくし立てる「アメリカ」

福井新聞のコラムなのだが、
最近、彼女とのインドネシア事情の
勉強の中で(今はイスラームについて読んでいる)
ナショナリズムがキーワードになっていて
たぶんそれでこの記事に目がいったのだろう。

なるほど、
グローバリゼーションの中で
それぞれの価値観は衝突し
排他的な空気が極右の考えを育てる、
というがその論調か。
途中までは、ま、異論はあるが
それほど受け入れられない話でもなかった。
だが、終わりがいけない。
エコロジカルニッチという言葉を
もってきて
すみわけっぽい話でまとめようとしている。
奪い合いじゃなく、
仲良く共存しようってやつか。
これだと、交わらないじゃないか。
そもそもエコロジカルニッチは
種が違う中で
進化の過程で
それに合った種が残ってきた過程であり
当然生存競争はそれ以前にも
そして今もそのプロセスの中だ。
同じ種の中で話せば
縄張り争いに見られるような
食糧争奪戦は、生態系の中でも
容易に発見できるじゃないか。

それに、
人は人だ。
肌の色や文化的差異や
価値観の違いで、種がわかれるわけじゃないぞ!
僕はパラレルワールドができてしまうことに
反対する。
文化や価値観は
常に変容をしていく動的なプロセスの中に在る。
だからどこか一過程をとってみて
その正統性を叫ぶその姿を批判したい。

文化はすみ分けるんじゃない。
交わるのだ。
そして誰もわからない次へと
変化をしつづけることなんだ。
エコロジカルニッチではなく、
カオスとダイバーシティーなんだ。
忌み嫌わないといけないのは
正統性を主張する姿と
静的な価値観論だ。

いろんな文化が
混ざり合って混沌となり
そこから次の価値が生まれる。
止まらない、止まらない、止まらない。
方向は分からず、ただカオスに。
それが文化と価値と
この世界を理解する
まだ少しましな方法だとオモフ。


強い農業ってどんな農業なのだろうか?
いろいろと読み散らしてみると
それはやはり経済的にという意味で
使われているが
本当にそれが強い農業ってやつなんだろうか?

僕らの生業として
農業を営んでいるので
経済的に潤うのはもちろん、
生活していく上で必要不可欠なことだ。
お金がなくちゃ、理想も何もあったもんじゃない。
清貧なんてナンチャッテ文化人の理想で、
やはり衣食足りて礼節を知る
ってもんだろうからね。

そしてもう一つ。
これがたぶん生活の意味では一番重要。
それは所属しているコミュニティの福祉力。
介護とか医療とかそういう意味じゃなくて、
相互扶助や協同性であって
自分たちで自分たちの問題を解決できる力のこと。
人口減少の少子高齢化の中で
ただでさえ高齢化を先進的に突き進む農業の
主戦場である農村は
今後行政サービスが辺境に届きにくくなる時代にあっては
とても重要な要素になってくる。

さて
これら強い農業とこのコミュニティの福祉力が
同一の方向性を向いているのであれば
僕は何も悩まず
ひたすら農業生産に励むんだろうけど
(いや、それでも励まないか、グータラなので)
ひたすらその地平を眺めても
それがとても同一のものとして
語られていないことが
僕にいろんなブレーキというか、
すっきりとした物言いにならないというか、
何かが違うって心の声が常にあった。

農業だって産業なので
他者との競争に勝ち残ることも
生業としての命題でもある。
ここをゆるく語り
如何にもコミュニティの優等生としての
振る舞いを押し付けられたかのような
言説はこれまでもいくらでも見せつけられてきた。
それが素晴らしいとも思った時期も長かったのも
事実だし
今も僕は時々それを夢想したりもする。
変な言い方かもしれないけど
そう農業を閉じ込めてしまう方が
楽だと思うこともある。
その一方で
自由と権利と国家と個人を考えれば
1人で大きな権力に立ち向かったり
個人の自由が自在に得ることの難しさも
それはそこに「社会」を作ってきたという
僕らの生活の特徴に見て取れる。
何かに帰属し
その帰属した組織や社会やネットワークの
安定が僕らの幸せにつながっていることが多い。
これらは相反するわけではない。
たぶん方向性の違いなんだろうけど
それを同時に内包しようとするから
いろいろと無理が出るんだろう。
一面だけを切り取って
その方向性だけを議論するのは楽だし
楽しいし、なんだか深く思考できたように思えるけど
結局現実は違うので
その狭間でがっかりしたり失望したり、
ま、絶望まではいかないのでお気楽だけど。

で、このエントリーで何が言いたいのか、というのは
農業の競争力を生産力のみで見てしまうのは
やはり僕としてはその未来は辛いな、ってこと。
つまらないって思えてしまうって事だな。
農産物を生産してこその農業なので
もちろん生産が命ではあるんだけどね。
その出口らしきものが実は6次化にあったようにも思えるけど
その議論は生産に付帯する交換価値を高める
加工やサービスに矮小化されてしまって
せっかく新しい言葉の持つ力をすでに失ってしまった。
本当はそういうことじゃないと僕は思っていたんだけど。
農業の価値をどうひろげていくか。
そういう議論の分枝の一つが6次化であり
そのまた分枝が加工やサービスだったように僕には思える。

農業を志向しその道を選んだときを
みんなは覚えているだろうか。
僕は一度目は仕方なく、
農家の長男という役割を演じようとした。
あれはあれで良かったんだけど、
結果的に続かなかった。
二度目は、
もしどこかで革命を経験したことがあるなら
きっとその前夜のこみあげてきて抑えきれない想いとは
こんなことなんだろうというほど
そういう期待と不安とが混ぜ合わさって
まさにこのブログを書き始めた頃はその頃なんだけど、
そういう想いで始めた。
それは農業という生業の中に
農業研修を組み込んで
インドネシアの農村とのかかわりを
僕が生業を続けられる限り
死ぬまでかかわってやろうという決意というか
楽天的な喜びに満ち溢れていた。
たぶん、それが
農業の魅力なんじゃないかって
僕は思う。
だから、そんなものを
僕の農業、いや今はこれに賛同する仲間が増えて
「僕ら」の農業には付帯させるべきだ。
だから、寝に帰るだけの土地が同一的であるというだけの
偽物のコミュニティじゃなく
僕らの営農の仲間というコミュニティのなかで
僕はその両方を目指せばいい。
最近は
そういう風に考え始めている。


ぎっくり腰になった。
人生初だ。
人生初は、とにかくそのフレーズのとおり、
なんだかめでたい。
思ったより痛いのと、
思ったよりも恥ずかしい。
これまでぎっくり腰だと聞いて
ビミョーな反応をしてしまった方々、
大変失礼いたしました。
百聞は一見にしかず。
されど百見は体験にしかず。
ですな。

もともと予兆は昨日のお昼ごろにあった。
いつもより腰が張るなーって感じ。
この予兆を見逃さずにおとなしくしていれば
良かったのだけど
とにかく出張続きで
作業がほとんど進まない僕の仕事。
たまる一方だったので
エイッ!ヤッ!と無理して片付けた。
それに付き合わされたインドネシア実習生と
新人には悪いことしたな。
で、それをやり終えると
間違いなくおかしな腰の張り。
そのまま寝てはだめだと思い
入念なストレッチ。
そして激痛で起きて、
さらに入念なストレッチで
腰は崩壊した。
馬鹿だな、って思うだろうけど
経験がないってそういうもんさ。
もうどういうのがまずいかは
良くわかったけどね。

で、まずいことが3点。

2つの会合を棒に振ることになった。
今日は河合の青壮年部の忘年会。
今年ぼくが部長ということで
いろいろとみんなに新しい活動で無理をかけた。
それをねぎらうためにも
出席して酒を飲みかわそうと思ったけど、
それはかなわず。。。
そして明日も、会議。
県青協のリーダー研修会だ。
埼玉の全青協の理事をお呼びしての研修会で
僕もずいぶんと準備に力を入れてきたのだけど
このままだと出席できそうもない。
トホホ。
あと一点は、
今週は国際開発学会の大会で妻がいないってこと。
家事をしないと娘が飢える。
痛い腰を抱えながら、これもこなす。

でも悪いことばかりじゃない。
痛いのは仕方ないけど、
こういう境遇はとても思考に大きく影響する。
モノの見方も痛みがある時とない時とでは
ずいぶんと変わるんだって解った。
なんだかね、自分がそうされたいからなんだろうけど、
とにかく優しい思考になる。
兼業農家なんて全員退場で
規模拡大の強い農業だ!なんて
思っていたけど、
今はそれをきちんと論破できる自分がいる。
コトラーの「資本主義に希望はある」を
読み進められたのも影響しているんだと思う。
人は誰でもすぐに弱者になるんだって
どうして感覚が伴わないと
分からないんだろうね。
この想像力の欠如が
たぶん今の僕らの社会にあふれているんだ。
虚勢と強がりと、そして焦燥感。
それって孤独と不安が生み出すんだろうね。
だから分かっているかもしれないのに
目をつぶって、それを見ないようにして、
無いものにしようとして、
歴史も修正主義に走ってご都合主義的に
場当たり的な短期的経済ばかりを見てしまうんだろう。

早くいきたいなら、1人で行け。
遠くまで行きたいなら、みんなで行け。
腰が痛くて使い物にならない僕だけど、
僕はみんなと遠くまで行きたい。
こんな考えを
プレゼントしてくれた、ぎっくり腰さん。
ありがとう。
思ったより痛いけど、
思ったより恥ずかしいけど、
思ったほど悪いもんじゃないね。



たまに思う。
協力隊の人たちって
結構有機農業を現地で広めているけど、
それで定着したって場所
あるんだろうか?ってこと。
こんな風に書くと
あっ田谷、また意地悪言う気だな?
と思われるかもしれないけど、
僕もその端っこくらいで
そういう苦労をしてきたし
今もしているからそう強く思う。
僕の場合は、有機に限らないし
問題の根っこは、
それが有機だからとかじゃないとも思う。
それが野菜栽培でも一緒さ。
ま、野菜栽培だと定着している場所もあるだろうね。
ある一つの条件だけをクリアーすれば
これらの定着率は
驚くほど高くなのだから。

Facebookは便利だ。(ちょっと皮肉)
見ようとも思わない情報が飛び込んでくる。
で、その一つが飛び込んできたとき
僕は上記のような問いに覆われた。
それはこんな記事だった。
『月収500円の家庭も! 有機デモファームは収入向上をもたらすか?』

協力隊の方が書いたようで、
詳しい状況がわからないので
この件を批判することは避けようか。
でも有機農業を推進して
それがその現地で定着したという事例を
僕は不勉強なのか、知らない。
もしあれば教えてほしい。

健康や栄養改善に良いとか、
肥料代が削減されるとか、
そんな話が多い。
たぶんそれだけ住民目線で
考えられているからなんだろう。
でもこれまでずーっとここ8年ほど、
インドネシアの実習生と
ビジネスプランを立てて思うのだけど、
住民目線で新しいビジネスって生まれるんだろうかって事。
記事にもあるように収入が500円だなんて
インドネシアでもざらにある。
それはどうにかしたい。
大都市では日本と変わらない、
いやそれ以上の収入の人もいるのに
農村部ではそうならない。
いや、農村部でも貧富の格差がひどく、
どうすれば社会全体に行き渡るような
社会起業的ビジネスになりうるのか
そんな不毛としか思えないことに
何年も付き合っていくと
寄り添った住民目線では、
そんなビジネスって生まれるのは稀なんじゃないかって
当たり前かもしれないけど
今さらながらに気が付く。

僕の用意している実習生への授業で
地域開発論ってやつがある。
いろんな産地を構造的に分析して
その産地や事業の成り立ちや成長の経緯を勉強しているが
そこにはやはりかならず外部の強い影響がある。
途上国と言われる国々の農村部は
どんなにIT技術の普及によって
情報の偏りがなくなってきていると言っても
まだまだそれは偏ったままだ。
住民にその発想は生まれるのか?
と授業をしていて良く思う。
だからといって僕にも浮かばないのだけどね。

住民の思考の枠内で
健康に良くたって
肥料費を削減できたって
それが市場から評価をまっとうに受けないと
やっぱり変わらない気がしている。
人間の思考だと
経費削減なんてことよりも
収入の増大の方が大事さ。
体に良いことも、
ストイックな一部の方だけが続くだけで、
たいていの人は
ダイエットした方が良いと分かっていても
運動した方が良いと分かっていても
お酒やたばこをやめた方がいいと分かっていても
続かないもんね。
あと、
真っ当な栽培が出来れば高く売れる
というのは神話だ。
ポストハーベストの問題を解決してこそ
より高い品質や高い収量といった
栽培改善にベクトルが向くから
そこから栽培の技術が必要になるのであって、
入り口に栽培技術があるわけじゃない。
コールドチェーンや販売流通網が大切なんだ。
そんな販売ルートなんてないよって
みんな言うよ。
そりゃそうさ。あれば、もうどうにかなっている。
そのルートを整えれば、
というかこれが一番困難で
もっともややこしくて、
だから成功すると大きいのだけど
当然リスクも高いと思われる
このルートを整えれば、
新しい産地や事業が生まれるはずだ。
市場から直接刺激が農民に送られてくる
そのルートを整えれば、
必ず定着するはずだ。

今、日本では
輸出が少し盛んだ。
円安も少し影響しているし
途上国の大都市には良いモノを良いモノと判断する市場が
増えてきているのも要因だろう。
ただ皮肉なことに国内にはその流通網が無く
断絶されている。
その代わりに
遠く日本から運んだ方がより速く
しかもより新鮮に届いたりもする。
それだけ流通チェーンがつながっていることや
そこの技術、そしてそれらが
その商品のプレゼン力を高めているからだろう。
だとしたら、
僕らの実習生が帰国後に
そのチェーンに乗っかって、
自国で安全でしかも早くてより新鮮でより安価で
モノを提供できないだろうかと考えるのは
SFだろうか?
有機農業の定着は、
だからその先にあるのがごく自然で
その市場が醸成されるから
その産地や事業も発展するんだとオモフ。

入り口に住民目線により沿った思考の枠の中で
農業技術を持ってくるのは
それを全否定はしないが、
それが正解への近道ではないような
そんな気分にいる。




JA全国大会に出席する。
天気続きでサツマイモを掘らないといけないのだけど
県の青年組織協議会の会長なので、東京へ。

今回は農協改革法案が国会を通過し、
しかもTPPが大筋合意した後とあっただけに
通り一遍の大会ではなく、
それなりに面白いこともありそうだと
ちょっと期待しての参加。
そしてその期待通り、
いろんな勉強ができたので
僕としては満足している。

その中でも
安倍首相の話は良かった。
もちろん内容が、というわけではなく、
その姿勢が、だ。
これまで国家は
強い農業を実現すると言い、
農業者の所得倍増なんてことも言い放ったこともあった。
だが、今回のJA全国大会では、
安倍さんはただただ「守る」という単語を連発した。
地元の棚田の話を引き合いに
美しい農村を守るというのだ。
一体どうしたんだろう???

僕はこれまで安倍さんの論理を批判してきた。
個人的な好き嫌いもあるかもしれないが、
批判の対象はその徹底した経済に対する座視へだ。
農水官僚や林大臣の言葉にはその思想が
しっかりと浸透していて、
そしてその方向に力強く持っていく。
僕はその座視が
僕らの見ている未来と一致しない部分があることと
安保改正のように自分の思っていること以外を
認めようとしないその姿勢が嫌いだから
支持はしないが、
ある意味ブレない(ように見せているだけかもしれないが)
その論理は
それがあるがために高支持率になるんだろうと
理解もしていた。
だが、今回は一転、「守る」ときたもんだ。

TPPという自由経済圏を作り上げるのは、
それが総体的に経済の成長につながるからだ。
非効率な部分を貿易で補い合う。
自国の保護貿易が経済の成長を遮り、
2度の大戦を生んだことは誰もが知っている。
そのつながりが大きくなればなるほど
僕らは平和に発展を享受できる。
ただすべての部門が伸びるわけじゃない。
得手不得手があり、
その不得手が僕らの場合
不幸にも今の構造で成り立っている農業ということになる。
前回のエントリーでも書いたが
だからTPPが僕らの墓標となると
僕は思う。

自由貿易の論理で
不得手になってしまった分野は
その衝撃をできるだけ緩やかにして、
その分野から他の分野への移動も含めて
速やかに構造を変化しなければいけない。
うかうかしていれば
農業界は沈没する。
そこまでやったんだから
僕らの船の底をあなたは割ったんだから、
だったらはっきりと言えばいい。
守るんじゃなくて、
今からが攻めの農業だって。
今さら守るだなんて、ふざけるな!
守るんだったら、徹底して守れ!
そういう態度もやはり好きになれない。
もしかしたら、TPPも農協改革も
そこに攻めの農業なんてビジョンは
最初からなかったんじゃないの?
って思われてもしょうがない挨拶だった。

前日にも林前農水大臣が講演された。
彼ははっきりしていた。
その職から退いたからかもしれないが、
TPPの衝撃をどう緩めていけるかを
これから検討するのは当然とし、
輸入で苦しむばかりではなく
これからは輸出だという前も批判したが
その話を繰り返していた。
また担い手という言葉を使って
農地集積と大規模化によるコスト削減、
そしてエサ米へと続く補助による競争力強化の話だった。
もうその路線なんだろうなって思う。
だから安倍さん、
守るって言葉使わないでください。
守るって言葉を使うのなら、
聖域をしっかり守ってから言ってください。
守らなかったのには理由があるんでしょ。
しっかりと説明したらいいんだよ。
その座視を僕なりに展開すれば、
それは
不在地主と小規模兼業農家の速やかな退場と
農地集積によるコスト削減と
アメリカばりの補助政策による
競争力強化じゃないですか、あなた達の見ている世界は。
僕にもそれくらいは見えますよ。
でも、それだと僕らは困るんです。
それが僕らの幸せとは違っているんです。
でももう始まってしまうのだから
僕も競争に勝つために
事前から準備していたことを
始めないといけない。

JA全国大会では
TPPに対する特別決議を採択したが、
これらのセレモニーは
それが意図したこととは反対に
これから構造が変化することへの
狼煙となるだろう。
全部が残るわけじゃない。
僕らは探さないといけないんだ。
農協改革とTPPの中にある強い農業を。
首相は持っていないビジョンを。
だから首相の「守る」なんて言葉を鵜呑みにして
胡坐をかけば、地域ごと吹っ飛びかねない。
僕らはそういう競争に
好まざるとも飛び込んだのだから。




TPPが大筋で合意した。
これからこれが本当に批准されれば、
その日が歴史の大きな転換点になるだろう。

そういうことがあって
ここ最近、ずいぶんと気力が薄れていた。
だからエントリーもかけなかった。
でもそれも国家の狙いだとすれば
僕は書き続けないといけない。
ということで、
分からないことだらけだけど
記録しよう。

さてTPPは
経済だけでなく
社会の仕組みやルールを国という枠組みを超えて
決められていく自由貿易圏。
交渉のプロセスを観ていると
ほぼ先進国の中でも力を持っている国が
そのルールを自分に有利に展開しているのが現状で
ここにおいても従属論的な世界システムが
再生産されているようにも見える。
それが希望なのか
茶番なのかは
僕には良く見えない。
ただ大戦後にWTOで議論されてきた自由貿易とは違って
この仕掛けは安保改正法案と一緒で
世界の平和に貢献はしないだろう
というのだけは確信している。

今回の大筋合意を受けて
日本農業新聞と福井新聞の取材を受けた。
僕自身は米農家でもなく、
TPPの直接的影響を受けにくい
中規模多品種栽培でほぼすべての農産物を
独自ルートで販売する独立系専業中農なので、
直接の影響を意見する立場ではないのかもしれない。
ただ今年は県青協の会長を務めているので
その立場で、
自分から見える福井の農業の変化
(特に稲作を兼業で行っている構造)
について意見をした。

聖域と言われたコメでも
今回は大きく譲歩したと報道されていた。
たしかに8万トンの米が
人口減少や高齢化や米食離れによって
余っている現在において、
7万トンをさらに輸入する枠を設けるという意味は
大きいだろう。
飼料米によって需要を他に分散させるような策を
当面とってはいるが
誰の目から見てもそれが永続的じゃないというのは
良くわかっている。
2500億の競技場で右往左往する社会なのだ。
毎年飼料米の助成金にいくら払われているかを
報道キャンペーンでも行われたら
とてもそんな方面に税金を投入することなんて
国民からコンセンサスを得られない。

生産調整の廃止も予定されている中、
今回のTPPでのコメの譲歩は
ある意味、国家からのあるメッセージだと
僕は捉えたい。
それは、国家の想像する『強い農業』に
乗っかれと言うメッセージだ。
では、その強い農業ってどんな農業なんだ?
今回のTPPでその答えはある程度指し示されている。
それはたとえばアメリカの農業だろう。
面積的にそれはないだろうと思うだろう。
それは表面的なことで
構造的に言えばそれが強い農業ってことになる。
ちょっと前に勉強会でこれについては
やっているので、
詳しい中身はそのエントリーを参照してもらいたい。
アメリカの農業を読むby田谷プレゼン

そして飼料米のスタート。
生産調整を無くしてTPPへの合意。
それらの指し示す未来は、
まさに自由のない大規模化とコスト削減の競争の農業だ。

小耳にはさんだ話だが
福井のJAのカントリーは昭和50年代くらいに建てられていて
その施設の老朽化は甚だしい。
今年となりのJAでは自分たちのカントリーが
上手く稼働せず、
こちらのJAのカントリーを借りに来るくらいだった。
当然建て替えないといけないが、
今あるのをそのまま建て替えはできないような雲域で、
ここらの地区だけでもいくつかに統合しないと
行政の援助を得られないような雰囲気だという。
そこに持ってきて農協改革だ。
農協が良くなるのならそれはそれでいいのだが、
さっそくJAで話されているのは『削減』話。
そう行政の指導する改革はいつも削減だ。
で効率を良くする話だ。
そして歩みを同じして
メガファームという言葉が踊りだしている。
小さい非効率の兼業農家には退場してもらおうって腹だ。
そこにある適応能力を持つ組織を
それを支えていた兼業農家と一緒に
減らしてしまおうっていう腹だ。
これらは偶然か?
そんなことはない。
これはそういう方向だ!と
少しずつ見えない大きな力で
農業の構造的な変化への圧力なんだ。

TPPで何かが守れたとか
この点は利点だとか
そんな議論じゃないんだ。
僕らの幸せはどんなことで、
そのことと今の流れが
どうリンクしているのかに
もっと意識して考えたらいい。
そうしたら飼料米と安保法案は
あながち関係ないとは言い切れない。

僕は自由な営農がしたい。
僕の住むここの地域で
自治力を高めて
自分たちである程度の問題を解決できるようにしたい。
いろんな人が入り込んできて、
にぎやかな農村であってほしい。
国家に適応できるだけの組織が
集落や地区や地域にあって、
個人が個人として国家と対抗する必要のない
社会であってほしい。
だが、TPPの大筋合意が
その夢を大きく打ち砕く。
その未来はどこなのかを
嫌というほど見せつけられる。
僕の力は小さい。
でも、それに屈してしまえば
僕らの幸せのカタチは大きく変容していってしまう。
ここが僕らの踏ん張りどころだ。
そう思ったTPP大筋合意だった。




あまり政治的なことは
書きたくない。
でもこれは記録しよう。
平和国家日本の大きな転換となった日を。

この日、安保法案の強行採決がされた。
僕は「国家」は嫌いだ。
僕らの生活とは全く違った論理をかざすし、
国家と民衆と価値の断絶があるのに、
「日本」という言葉の下、
いつも一緒くたにされる。
今の憲法も押し付けられた憲法だという人がいる。
それは国家としてであって、
あの時の国家、つまり既得権益者(権力を握るもの)を守る国家が
別の憲法草案を作ってGHQの草案と
民衆に選択の余地があれば、
どちらを選んだだろうか。
民衆の自由を謳う憲法か
戦前の既得権益を守る憲法か。
ちなみに農地解放のプロセスは
まさにGHQの外圧があって
ソ連のよりリベラルな案を回避するために
当時の日本政府が妥協点を探って
農地解放したという経緯は
それぞれが学ぶべきだろう。

そういう経緯や経験から言えるのは
民衆と国家とは価値観が違うということ。
それは守っている物が、
そして感じる価値観が違うからだ。
僕らは愛する人・家族・友人、そして愛着のあるモノや場所、
それを守りきるだけの財と環境と関係性を
大切にしている。
でも国家は間接的にそれを守ることもあるが
優先順位が違う。
そこに断絶があり、
その断絶が価値観の違いを生み出す。

日本人がアメリカの軍艦に救出されても
それを援護できない、と安保法案を提出した。
ホルムズ海峡が閉鎖されたらどうするのか!と
安保法案が提出された。
でも国会の審議が進む中で
そのどちらも「ありえない」と分かった。
だのに、安保法案は成立した。
前提が覆ったのに、成立した。
つまりは別の隠された
何かとても明かせないような
理由がそこにあるってことだ。
国家は何かに怯えている。
僕らと違う価値観の中で。
可愛そうな国家。
でもその可愛そうな国家の決まりに
縛られる僕らはもっと悲劇だ。
いや喜劇か?
マルクスの言葉が蘇る。
「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。」

今年青年海外協力隊は50周年を迎えた。
僕は小学校の卒業文集で
将来の夢に
青年海外協力隊と書いた。
そんな空気があの時は世の中を包んでいた。
人道支援、環境保護、農村開発etc.
軍事なんて古くてダサい、
そんな軽いポップかつロックな青春の空気だった。
だからかはわからないけど
これまで4万人もの人が
協力隊として海外で活動した。
他の団体を入れると、もっともっと数は多い。
交流と友好が僕らの世界を良くする。
それは今も思っている。
これが僕らの価値観だが、
可愛そうな国家はそれが見えない。
そして安保法案を無理やり通してしまった。
論理展開も前提が崩壊するという滅茶苦茶のままに。

だから
僕はこの日を忘れない。
そしてこの日、僕ら民衆から離れ、
国家側についた人たちも忘れない。
僕らと国家はつねに断絶しているが、
選挙という方法で国家をいつかは
僕ら側に引き寄せてやる。
そう誓ったこの日を僕は忘れない。



こんな記事がSNSでシェアされていた。

福井県のサラリーマンは超幸せらしい

正社員比率や失業率、貯蓄率や持ち家の広さ
そんなことが計算されてのことらしい。

ただこの記事
かなり違和を感じる。
それは
女性の社会進出。

3世代同居が多く
女性の就業率が高く、
待機児童ゼロ。
そして特殊出生率の高さ。
それらがベースになって
女性の社会進出の高さや
働き者の福井の女性だったり
貯蓄率の高さにつながっていると言った
書きぶりになっている。
なるほどね。
3世代同居だと
子供は舅や姑に見てもらえる
ってロジックなんだろうね。
同居でなくとも
近くに自分や妻の両親がいてくれれば、
子供のちょっとした面倒や
急な出張にも対応できる場合もあり
事実、僕もその恩恵にあずかっている。
だが、同居率の高さは
住みやすさにはつながらないじゃないだろうか。
この場合、
子供のいる世帯の夫婦の両親どちらか近くにいる方の
距離を統計上算出することができれば
証明できるかもしれない。

さて、女性の社会進出だが、
こんなデータもある。
http://www.gender.go.jp/policy/mieruka/government.htmlこれの「都道府県別全国女性の参画マップ」を
参照してもらいたい。
福井県は、管理職の女性割合や
議会での女性議員の多さで言えば、
突出しているわけでもなく、
条件によっては下位であることも結構ある。
つまり、女性の就業率は高くても
女性がその仕事場で出世することはあまりない。
ということだ。
男性が主で女性はその補助。
そんな保守的な考えに
どっぷりと浸かっているのも福井だ。
それを補完するこんなデータもある。
http://jww.iss.u-tokyo.ac.jp/jss/pdf/jss6501_051070.pdf
男性の家事分担のデータで、
仕事や子育て・家事で
女性の自由な時間奪われている一方で
ほとんど家事をしない福井の男性像が
ここでは明らかになっているじゃないか。

舅と姑が溺愛して育てた息子が
三世代同居の中で見てきた嫁の役割を信じて疑わず、
亭主関白化し、
家事育児を全くせず
それらをすべて妻に押し付ける。
まさにモンスター化した福井の男性。
そして、その妻は、
その時間を工面するために
仕事場では出世を諦める、もしくは、
そんな社会認識だから彼女たちの活躍の場は
どんどん狭まれていく。
それが福井の社会の本当の姿じゃないかな。

福井を誉めたたえる記事では、
移住先として人気も出そうとあったが、
今後、近未来では
絶滅危惧種な保守的な亭主関白志向の男性が
行き場を失って集まる場としてなら
それはあるかもしれないが
意識の高い女性は
福井には近づかないことだね。
少なくとも今の社会的認識のままの
福井にはね。
福井の男性諸君、もっと頑張りたまえ!



以前録画していた番組を見る。
ナビゲーションという名古屋のNHKが
やっている番組で、
地域おこし協力隊を題材にしたもの。

詳細には触れないが、
違和を感じた点を一つ。
地域おこし協力隊って
定住が目的なの?ってこと。
もしそうなら、
それって
まずもってありえない設定です。

僕が参加した青年海外協力隊っていうのと
同じ協力隊って名前だし、
これが自治省で行われる前の
国際開発学会のセミナーで
登壇してしゃべった一人として、
もし、定住がさまざまな目的の一つだとしても
それが入っているとしたら、
ナンセンス!

で、そのNHKの番組でも
定住率が48%なんて数字まで出て
定住した人としない人を比較して
番組にしている有様。
おいおいおいおいおいおいおい。
正気ですか?
(今晩はとてもいい気分で酔っ払って書いているので、多少の文章の乱れはお許しください。この雰囲気の中で、これは記録したいと思っているので、このまま続けます。)

確かに、地域おこし協力隊を
受け入れている地方自治体は
2040年に消滅する可能性のある自治体として
896自治体が挙げられていて
そこが中心となって受け入れをしている点で、
ま、定住は必須なんだろう。
その態度も、消滅する原因の一因かもしれない
ことに気が付いていない点が
悲壮感が漂うのは、あとで書こう。

まずこうして消滅するかもしれない
という自治体を平成の大合併で
クッツケチャッタのかってこと。
経費削減?&予算獲得?
だとしたら、まさに2040年に消え去る運命の
自治体が合併したってことだね。
攻めのカタチで合併したところって
皆無だろうからね。

地域おこし協力隊って
そういう空気感のところに
都会というかその地域の人間じゃない人が
赴任するってことだろ。
前提の条件は別にどんなんでも
良いんだけど、
そういう空気っていうのは大事かな。
いろんな条件が出されているだろうけど、
番組の取り上げ方通り
優先順位は、
「定住」なんだろうね。
ま、当然、地域のよるのだろうけど
NHK名古屋のナビゲーションの取り上げ方
まさにそういう感じだったから、
こうして反発してエントリーとしているわけなので
重箱の隅を突っつくように、
この点に反論されても困るかな。
(あっでも反論された方が、議論は面白くなるので、そうじゃないよ!っていう地域おこし協力隊の方、何か書いてください。最後まできちんと読んでからね。)

定住が違和に思う理由は、
自分が協力隊に参加してた時の議論からさ。
あっ、協力隊と言っても
青年海外協力隊のほうね。

あの頃、野田直人や白鳥清志さん達が中心になって
開発メーリングリストってやつをやっていて
僕が赴任したインドネシア南スラウェシ州バルー県の
総合地域開発プログラムのチームメンバーは
それに参加して盛んに議論をしていた。
僕はその時若干23歳で
しかも農業のペーペー隊員だったので
社会的な視点を全く持たない状態で
そういうメーリングリストに参加していた
村落開発隊員にずいぶんと壁を感じながら
そのやり取りを斜交いに見ていた。

で、いろいろと議論されていたけど
斜交いに見ていた僕も、
これはまさにそうだな!って賛同したのが
野田さんの書き込みだった。
途上国の村に入り込んで頑張って、
そこに住む人たちと同じ視点を持とうと努力して
そこに住む人たちからいろいろと学んで
で、結果、日本から来た青年が
その村人のように暮らし始めたら、
受け入れ先の省庁から文句がきたそうな。
「われわれは村人を一人増やすために受け入れたのではない!」
ってね。
村の人と違う視点だから
村の人に刺激になるのだから
風土の風だから価値があるのに。

僕らは定住は目的化されていない。
2年、場合によってはもう少し延長した期間だけ
その地域に係わる。
とうぜん、中途半端だとは思う。
でも、いつかは帰る身だという前提が
僕らの行動を変える。
僕自身がそれを成功できても意味がない、
そんな風に思うようになる。
自分が成功してそれを示すんじゃなくて、
そこにいる人と、その視点に寄り添いつつ
でもどこかでさみしいヨソモノを演じながら
定住して残らない道だからこそ
めちゃくちゃもするけど
イノベーションも生み出す。
そんな前提での係り方をしている。

ある地域おこし協力隊の女の子が言っていた。
その場所に行ったら、
そこの誰かと結婚することが命題だったって。
それじゃ、身動き取れないじゃん。
ヨソモノのいい加減な、
ここのこと全然わかってないんじゃない!
っていう、とても貴重な視点を
落とし込むことなく、
前提条件ではじかれちゃう。

地域を変えるのは
若者
ヨソモノ
馬鹿者
の3つ。
ヨソモノはその地域の価値なんて
わかんないから、それだけで
馬鹿者にもなるという優れもの。
だのに、統計学的に1名として
そこに定住させることに固執するから
ヨソモノは発揮されず
馬鹿者でなく分かったような人として
そこに居ついちゃう。
そんな人、必要ですか?
それじゃないんじゃないの?

とまで書いたところで
ビールが切れたので、寝る。
なんか反論あると面白いな。




ちょっと目が回るくらい忙しい。
それに猛暑が加わって、
最近は、麦酒が晩飯のメインになるほど
疲れている。
という言い訳をして
ブログを書かなかった現状を報告。

気を取り直して、エントリーを一つ。
土曜日は農政連主催の
福井県農業推進政談会があった。
TPPの閣僚会議最終日で、
すわ、一気に大筋合意か!?と
思われたが、結局流れて、
午後からの政談会はすこし和やかなムードの中で
行われた。
もし午前に大筋合意されていれば、
その政談会に出た政治家は無事には帰れなかっただろう。
と思いたいけど、そんな気迫も魂胆ないので
たぶん普通に終わっただろうね。

さて政談会では
福井県選出の国会議員さんと
林農水大臣が登壇し、これからの農業について
いくつかの提案があった。
ちなみにこの政談会は質問時間を全く用意されておらず、
農家はただバカな顔して
国会議員の話を聞くだけという
なんとも馬鹿げた企画だった。

福井選出の国会議員さんの話は、
稲田さんと高木さん以外は
話の中身がなく、
上記の2名にしても飼料米や
土地改良・中間管理機構に予算等、
農産物輸出に活路と、
耳にタコができるくらい聞いた話以外の話はなかった。
貴重な休みである土曜日に
こんな会に付き合わされている事が
なんとも腹立たしい。

林農水大臣の講演も基本的には
稲田さんや高木さんと同じで
輸出・エサ米・インバウンドなどが中心の話で
これからの農業政策は、
しばらくこの路線で決まりなんだろう。
ま、中身はどうであれ、
とりあえず話が上手で1時間の講演で
その長さを感じさせない話術は
素晴らしかった。
それだけを見ているだけでも
ま、それはそれで価値があったかもね。

で、ここからそれらへの反論をしようか。
質問の時間がなかったから
ここに書くしかできないからね。
まずエサ米(飼料用米)。
でもその前に、
エサ米を取り巻く現状を整理しようか。
戦前の日本人は1年間に2俵の米を食ってきたが、
今じゃ、1人1俵と半減している。
それだけ食が細くなったわけじゃなく、
経済的に余裕が出てくることで
副菜をたくさん食べるようになった。
この間に食用油の接種は3倍になったんだからね。
で、この食生活は、もうコメ消費増加には
ふれないだろうというのが林大臣の意見。
これは僕もそうだと思う。
豊かさとは選択肢の多さであり、
いろんなものを楽しむということだ。
量より質に向かうのは必定で、
なので、
米をいろんな資材として加工して
いろんな製品&食品を生み出したとしても
米の消費量への影響は
全体的には焼け石に水程度だろう。

さらに、緩やかに人口が減少する時代に入った。
コメ消費量から言えば毎年1%ずつ減少するらしい。
約8万トンずつ人口減少のため
毎年コメ消費量が減る。
MA米でアメリカの要求量なんて
僕ら2年か3年も経てば
自然に人口減少で達成してしまうほど
人口減少のインパクトは大きいのさ。
で、MA米は別にしても毎年8万トンの
お米が行き場を失うってわけ。
これをどうにかしないといけない。
そこで出てきたのがエサ米。
人様が食べないのなら、
家畜に食ってもらおうって発想だ。
でも飼料価格はとてつもなく安い。
エサ米1俵(60キロ)で2000円しないかそれくらい。
JAの買い取り価格の1/5だ。
生産コストはエサ米の販売価格では
到底賄えないので、
そこは補助金目当てでの生産になる。
10aで8万円++の補助金がでるので、
規模的には10haほどの規模の米農家であれば
黒字で生産できるってわけ。
集約がある程度進んでいる個人や法人には
有利なので、
そういう意味でも国策との整合性も良い。
しかも、余った米を家畜に食ってもらうのだから、
米の在庫も計算では減り、
米価も上がるって算段なのだ。
ミクロでもマクロでも
上手くいくような感じのエサ米。
今年は18万トンがエサ米として栽培される。
この程度の規模なら財源は
気にならないのだろうけど、
林大臣は将来的には110万トンの目標を
閣議決定として数字をあげている。
というのが取り巻く状況だろう。

エサ米への反論としては3つ。
ちなみに
人様が食べる米を家畜へなんてけしからん!
という論調もあるけど、
それは僕としてはどうでもいい反論なので
ここでは取り上げない。
まず1点目。
TPP妥結の文脈で
考えられていないのじゃないかってこと。
MA米や関税引き下げになった時に
市場に出回るコメの量と在庫で価格が下がることが
予想されるので、
エサ米を増やして市場に出回る量を減らせば
価格が少しは安定できるような論調もあるが、
米はTPP交渉でかなり守られた立場にあるので
そこが論点じゃない。
エサ米の出口である畜産の話が抜けているというのが
僕の反論。
ちょっと前に全青協の勉強会で、
TPPの話をしてくれたある識者と懇親会の場で
雑談的にTPPの影響について話をした。
その中で、今回のTPPの条件では、
米よりも
養豚や食肉用の養鶏への打撃こそが
大きいと話してくれた。
ただ、それらの産業は集約化が進んでいて、
豚は5000戸、鳥は2000戸しか農家戸数がない、
と話していたのが印象的だった。
つまりそこには集約化が進んだということで
この後も企業努力をして戦ってもらい、
また戸数も少ないので文句も圧力も
米に比べたら弱いっていう算段だったのだろうか?
もしそうだとすると
養豚養鶏には泣いてもらって
米を残すっていう交渉なのか?と
思わないでもない。
もしそうだとした場合(そうでないとしてもだけど)
TPPで打撃を受ける養豚と養鶏は
危機的な状況になる。

ではエサ米との関係は何か?
それはエサ米がエサ米と言っても
トウモロコシの配合飼料と
すべてをとってかわるわけじゃないということだ。
どこまでその配合を増やしても
影響がないかを試算した場合
鶏は90%、豚は50%、
牛はあまり食べてくれなくて10~30%とのことだ。
だからエサ米のもっとも食べてくれるのは
鶏と豚ということになる。
でもそれがTPPで打撃を受けると
そもそもエサ米を食べてくれる家畜が減るので
やはり行き場を失うことになりかねない。
林大臣は
「現状で畜産の配合飼料にエサ米を最大に混ぜたとしたら、450万トンは家畜が消費できるのですが、それだと財源確保が大変になるので、目標は110万トンです」
と話していた。
これまでの話を整理すると
その目標の数字ってやつは
どこから出てきたのだろうか?
財源的な面でこれくらいかなってことなのか、
それともTPPで畜産が打撃を受けて
産業自体が縮小した中でも
これくらいは生き残るからっていう計算なのか。
この数字を出したプロセスを
農家としてはぜひ見たいね。
そこに農政の思想が潜んでいるのだから。

林大臣は
「国内需要は減っていくが、気候変動や情勢不安で今後食糧不足が起こらないとは言えない。コメの生産力を確保しつつ、通常は家畜に食べてもらって、緊急事態にある程度供えられるようエサ米を推進したい」
といった趣旨を話していた。
大義名分はしっかりあるってわけだ。
でも110万トンの財源は
どこにあるんだろうね。
それが反論2点目。
TPP妥結の場合、農産物の関税収入が減るので
財務省としては補助金の増加は
歓迎しないだろう。
あとその大義名分を
国民が納得するのかどうか。
右寄りに傾いている現状だとそれもあるかもしれないけど
将来にわたって安定的に支持が確保できるんだろうか。
戸別補償の二の舞は嫌だね。

で、エサ米に反論3点目。
それは輸送。
畜産が近くにある地域なら
エサ米を運ぶ手間はほとんどない。
でも北陸のように米どころだけど、
畜産のない地域はどうしたらいいのだろうか。
1キロ30円もしないエサ米を
さらに輸送コストをかけてどっかに運ばないといけない。
畜産県ならばエサ米にも取り組んでも
良いかもしれないが、
もっぱらコメが余るであろう北陸は
畜産が脆弱なので輸送を考えると
余っている分をすべてエサ米に切り替えるのは
現実的じゃない。
僕らはそれだけで他よりも損をしろ、ってことか?
あっでもTPPでその畜産県も
危機的状況だから
考えなくてもいいのかな。

政談会で話されたエサ米は
まさにギアーツのインボリューションのように
産業として外に広がりを得ず
その枠内で内に向かって細部に細部に発展していく
そんな未来図を見せつけられていた。
僕らはそんな産業を夢見ているわけじゃない。
だのに、農政はいつもこうだ。
攻めの農業だなんて、良く言ったものだ。

こんな話ばかり聞かされて
なんだかむなしい。
だから僕は米作りはしない。



こういう批判は
このプログラムの闇をよくついていると思う。

外国人技能実習制度の大義名分は破たんしている、母国に帰って就く仕事は「実習生の送り出しビジネス」!

もう誰も大義名分なんて信じていないし、
名ばかり研修生だって知っているし、
それどころか
送り出しの国では、これが出稼ぎだって
もうそういう単語で話されているのに、
受け入れの国では
みんなで知らない&見ないふりをして
安い労働力にぶら下がる
生産体制を続けている。
それもその先行き怪しい
零細な中小企業の製造業だったり
農業だったり
介護の現場だったり。

この記事では家族単位で受け入れを
ってあるけど、
当然そうあるべきだし、
そしてさらに言えば地域ぐるみで
お付き合いできるような
そんな仕組みも面白いんじゃないかな。

労働者の永住だけでなく、
いくつかの特定の地域とのつながりから
自分たちの地域とあちらの地域と
まとめて活性化するような
そんな風にならないかなぁ~。
もちろん、そこには受け入れるだけでなく、
僕らもあちらに住むような交流がさ。
そしたら、僕はあちらに住みたいね。

農村から都市じゃなくて、
グローバルに農村から異国の農村へって
そんなのも良いじゃない?
そしたら僕は、だんぜんあっちに行くね。

今年で僕らの研修プログラムも
8年が経過した。
あと2年で10年。
10年は成果や闇を気にせず、
とにかくやり続けて事例を貯めようって
思ってきた。
そして貯まった事例から、
僕らのやってきたことの意味と
そこから見える未来を考えようと
思っている。
その10年も2年後に迫る。
さて、その先、僕らの取り組みは、
僕らが夢想するような
世界をどう実現できるだろうか。



地域を考えるにあたって、
エリアや組織、そして係る人たちの
それぞれの認知と発揮される行為能力を
つらつらと書いたが、
どういう状況になれば地域は再生・発展したと言えるのか
その議論はしていなかった。

まったく個人的な意見だが
経済的な発展というよりも
最終的にはその地域が人で
あふれかえっているような状況ではないかと思う。
それらの人は歳月と共に高齢化するが
若い世代が次々に生まれ、そして地域に残り
もしくは入り込んできて
その活気や自治力は再生産される。
そんな状況が維持、それどころか発展していくような
状況がやはり理想だ。
だから特定の年代がたくさんいるような
そんなイメージではなく、
すべての年代が集う場所でなければならない。

これまで僕の農村を見て回った経験値は少ないのだが、
日本を含め東南アジアの農村を僕なりに見てきた。
その中で、東南アジアの
いわゆる貧しいとされる農村部は
どこもお金はなく、貧しく、生活に困っている方も多かったが
日々の暮らしやその場には
僕らの農村には無い活気があったことが
僕には衝撃的だった。

青年海外協力隊の時に過ごした
南スラウェシのバルー県の山村では、
若手の働き手も多く、村の人口も高齢者に偏っていなかった。
山村で経済的には街よりも確実に厳しい状況で、
さらに行政からもあまり重要視されず、
行政サービスが
行き届かないのが常態化していた。
しかし、それと反比例するように
村の日々の暮しには活気があった。
村人たちが必要最低限の自治力を維持し、
用水や農地維持や道の修復なども担っていた。
個人の家に洗濯機なんて無いから
川の洗濯場はいつも女性たちのおしゃべりであふれていた。
農業機械は無いから、
作業はいつも助け合い。
結なんて言葉は、日本では死語だが
その村では空気よりも存在があたりまえだった。
家の建前も村人総出で、
結婚式は村人みんなが参加して、
3日3晩つづくのが当たり前。
近くの小学校が終わると
棚田を赤い制服を着た子供たちが
クモの子を散らすように広がり
道草をしながら泥んこになって家に帰っていく。
夕方には、テラスや道のわきにある竹のベンチに
みんなが集い
若者はギターを弾き謳う。
甘いコーヒーとそれに集るハエと
賭けドミノに奇声を上げる親父たち。
常に人の話し声や笑い声が絶えない場だった。

なんて書くと
近代化と幸福感が反比例するような
ミスリードがあるようにも思えるが、
幸福感(充足感)は、
近代化された生活とは関係ないというのは
事実だろうと思う。
ただ、近代化する生活が充足感を失わせているというのは
僕に言わせれば行き過ぎの結論だろう。
何かが欠けているから
それに行きつかないだけだ。
それは近代化された生活という
ことではないことを明記したい。

ただ僕が居た村が桃源郷ではなかったことも
同時に書かないと誤解があるだろう。
家事を担ってくれる機械が無いため
女性は家事に多くの時間を奪われ
やや家庭に縛られているようにも見えた。
医療が充実しておらず、
ホストファミリーの赤ちゃんが高熱で
泡を吹いた時も
隣近所の人が集まってイスラムのお経を
永遠と繰り返し祈りで対処していた。
近所に住んでいた少女は
小学校で1番の成績だったが
親は教育に理解を示さず、
比較的裕福だったにもかかわらず、
また少女も進学の望んだにもかかわらず、
小学校卒業と共に家事や農作業のために働き始め、
若くして結婚した。
結婚の結納金(男性から女性へ)が
伝統的に高い地域だったので、
若者は金銭的に余裕のある仕事がほとんどない
村に居ては自由に結婚ができず、
国外へ従属的な労働(森林伐採・プランテーション等)に
出稼ぎに行かなければならなかった。
彼ら彼女らの明るさは
現実の辛さを紛らわすための
明るさではないかと思えることもあった。

だが、その場で僕が見た
あのにぎやかしさと
人の集まる場の輝きは
とても強い印象として僕の中に残っている。
ネガティブな部分が多いとしても、
そこに人が集えば
そのコミュニティがどんなふうに機能するのかを
間近で3年間、僕は眺めることができた。

では、僕らの社会とは
その文脈の違いに目を向けずに、
短絡的に
近代化したものを取り除いて
そこに戻れば良いというのは近代化論よりも
訳の悪い結論でしかない。
原点回帰なんて幻想でしかない。
原点とする時からの状況の変容や
そこから出発してその間に獲得された社会全体の経験や
そんなものすべてをすっ飛ばして
無理やり結論付けているに過ぎない。
原点とは、似て非なるそれっぽいものに
ベクトルを向けようという
新しい試みでしかない。
人が出ていってしまった
近代化した、そして近代性により自分たちを
慣らしてしまった僕らの生活の中で
(自由な個人が確立されて感情よりも理性が正しいと思い違いしている合理主義)
今一度、人が集う地域を創るには
どうしたらいいのか。
文脈が全く違う僕らのこの場所で
どんなことができるのか
現実的に考えてみたい。




まだ考えがこなれていないし
勉強不足なのだが、
こういうのもメモしようか。
地域を考える上で、その言葉と
そこへの係り方を2回に分けて書いたが、
その個人の行為能力の中身は
あまりちゃんと書いていなかったね。
それ自体が必要かどうかは良くわからないけど
このことはインドネシアの研修事業の
農業構造論の人的資源の中でも話しているので
僕は地域おこしには欠かせない要素だと思っている。

さて、個人の行為能力が発揮されるのは
その個人の事象に対する(自分自身も含めて)
認知が大きく関係している。
直感と情動のキーワードを認知心理学のそれと同じように
僕が使い分けるのはかなり無理があるので、
その辺りはまだ勉強不足でもあるので
意味が行ったり来たりするのは我慢してもらいたい。

自分を見つめる目が論理的であるかどうかは
たぶんそうじゃないんだろうと
最近
ジョナサン・ハイト著『社会はなぜ左と右にわかれるのか』を
読んでいてよく思う。
僕らの事象の認知が直感やその感情に左右され
後付けで自分の行動に対する理由づけとして
論理的思考がやってくる。
そしてその行動や視点は、他者に大きな影響を与え
またその他者の眼差しや意見や行動といった
相互作用の中で自己を見つめなおしたりもする。

となると、
先日もJA福井市の青壮年部の委員会に出席していたのだが、
農業の先輩もある年長の方から
『部長が一番偉いんだからね』との発言も
僕の行為能力をそれだけ伸ばしていく
事象となる。
その役職が持つ力というものがあって、
それが「一時的に」付帯する。
その役が終わってもその力が
自分にあるように思ってしまうような
その一時的を誤解するケースも多く、
その社会の中で悲劇的もしくは喜劇的な事象を
作り出したりもするのだろう。

行為能力が生まれるその場所には、
物事を動かす力が当然ある。
係り合いを持つことが大切だと
僕が言うのはその力が
その社会を小さくても動かしている事実が
散見されるからだ。
朝日新聞のPTAは必要か不要か?の質問が
その視点から立って眺めてみると
なんともチープな話に見えてくるのは
そのダイナミズムを感じられないのが、
そこの社会なのか、個人なのか、その辺りの雰囲気なのか、
そういうもうどうしようもない状況に
なっているということなんだろうって思う。
そのどうしようもない状況は
ここ地域でもあちこちに見られる。
だから僕らはその行為能力を
もう一度大きく起こすために
係り合いを避けてはいけない。
ただそれぞれの生活の中での係り合いなので、
「それぞれが出来る範囲で」という部分で
すでに僕らの行動力が飽和しているのかもしれない
とたまに思う(というか良く思う)。

その個人の判断同士のインターフェースは
感情と直感が飛びあっている。
いろんな役員会での決定プロセスに
毎週のように係り合っていると
本当にそう思う。
論理的な説明で物事が進むというよりも
その場の雰囲気が左右することの方が多く感じる。
場の雰囲気を作り出す力も
ミクロな話かもしれないが、とても重要に感じるな。
誰がその役をするのかも
とても大きな意味をもっているんだろう。

つらつらとメモ程度のエントリーで
まとまりがない。
だけど、こういう場で地域を彩る
いろんなことが決まっているのも事実。
無視はできない。


地域がそれに係わった人々が
勝手な認識によって重層的に捉えられた総体であると
前回書いたが、
それらがまとまった形であるわけではなく
そこに重なったままに放置された場でもある。

まとまりがないのなら
まとまりを付けることが地域づくりかというと
そうでもない。
まとまりはつかない、という現実が
地域を考える味噌になると思う。

そのエリアをどうとらえるかは
そこにある組織やグループや仲間への
帰属意識がその根本にある。
つまり何かに参加した形で
そのエリアをとらえ、
そしてそのエリアにアクションをかけるというわけだ。
で、こうした集まりには、
それぞれ形は違えども、
個人のお金や町内会費やPTA会費などの会費や
行政や財団・企業その他関連団体による活動助成金や
イベントやバザーの売上金、
募金、賞金、寄付金etc.によって
その集まりは運営されていることも多い。
だからその捉えられたエリアでは
その集まり特有のイベントや祭りもあるだろう。
それが活発に行われることを
地域づくりだという人もいるかもしれない。
だが、
もうその活動も飽和していると思われる。
個人的な経験で申し訳ないが、
今年いくつかの団体・集まりの
役員や委員を兼務している僕は
真冬と真夏を除いた春と秋は、
各種団体のイベントやその準備の会議などで
ほとんどの週末はつぶれ、
しかもそれぞれの会議やイベントが
同じ日にぶつかってしまうほど調整が困難なほど
それぞれのその活動は多い。
これ以上増やすことなど、
そもそも1年が365日しかないのなら無理さ。
地域づくり・地域おこしの過労死が
出ないのかと不思議に思う時もある。
あっそういえば僕の前任の方は
その役職中に脳梗塞で倒れたか。
ま、この議論の方向は
また別のエントリーでその深度を深めよう。

さて、それぞれの集まりがまとまりつかないのは、
それぞれに方向性を持ち
その方向性に合わせて予算を持ち
そして行動しているからでもある。
その方向性は組織に対して
行為能力を付帯させるパワーがあり、
その行為能力の強さがイベントの動員力と規模にもつながる。
各人の帰属意識の強さもその行為能力に付加されるが
その反対もあって
組織が持つ行為能力の強さが
個人の帰属意識を強めることもよくある。
「場」が作られるとそこにパワーが生まれるのは
それが所以だ。

行為能力の違いが
まとまりを生み出さないというのは当然で
それはそれ独自の行為能力を持つから
人々をひきつける力にもなるのだから。
どこかとどこかがまとまって
一つになっても足し算的に力が増えないという事例も
良く聞くが、それはそういうことだろう。
その反対である集まりから分離独立した方が
その組織の方向性が鋭利になって
より力を得ることもある。

これは何も僕らが捉えている「地域」だけでなく
組織そのものにも言い当てはまることだろうが
それが「地域」となると
一つ別の要素が加わって、それが特徴付けになっている。
それはそれに参加している人々が
物理的にそのエリアに住居環境をそこに持っていることだろう。
その物理的制約から生まれる地縁が
すこしこの「地域」を考えるうえで重要になってくる。

僕らは「地域」の中で、何もそれぞれの組織に必ずしも
共感と同調を得て参加しているわけではないという事実がある。
その場に住んでいる中で生まれる人間関係によって
帰属意識への欲求や、外圧的だったり強制的だったり、
お付き合いだったり、で加わることが多い。
もちろん、それに参加することで
お付き合いの関係はよくなり
その物理的な住居を含めた場の環境は
その個人にとって住みやすい方向に働く場合もある。
だが、その反対の悲劇的な結果もあったりもするけど。

それぞれのそういう集まりは、
そのエリアの小さな問題を解決している場合が多い。
行政や企業では解決できないそのエリアの小さな、
でもそこに人たちにとってはとても大切な
自分たちの生活の質が向上するような問題に対処できる。
PTAの交差点での見守り活動や
町内の清掃活動、用水の江掘り、物品の共同購入、
仲間が意識する公共の場の修繕と整備、
旅行やレジャー、そして祭り。
こうした活動によって、帰属している人たちの
関係性が強化されることで、さらに組織の行為能力が高まる。
その集まりが捉えたエリア「地域」の自治能力が
同時に高まる結果にもなる。

地縁を含むという点で、
それは守田志郎がかつて表現したように、
何代にもわたっての付き合いの中で
良い代もいれば、そうではない代もいて、
それでも村八分といった言葉に代表されるような
閉鎖的な締め出しをするというよりも
少しお付き合いを控えつつ、波風をことさら立てずに
その次の代になれば、またその仲間として受け入れていくような
風土は実際にあるように感じる。
田畑がなくとも、宅地と家を建てないかぎり
アパートや借地が無いので
この場に住むことすらできないような
僕らのような農村部では、その宅地や家もまた
地縁を生み出すもとになったりもするが
生業と分離されている分、
代を経ての付き合いにはならず、
帰属意識も限定的になるのが
たぶん「地域」の衰退を生み出してもいるのだろう。

そういったそれこそ多様な感情と環境で
仕事と生活をやりくりしながら
係り合いを持つのがそれらの集まりということになる。
地域づくりをしようという意志で、というよりも、
その場に住む者が、それぞれのできる範囲で参加し、
係り合いと方向性の双方向によって生まれる
行為能力を発揮する場が「地域」なんだ。
だから構成員の参加は、必ずしも一律ではなく、
深度もまちまちのなかで、
その個人は役職や予算・人間関係によって巻き込まれて
その中心でその個人とその団体の行為能力の発揮に
尽力するのだろう。

だから、それぞれの集まりを
上部組織的に組織しなおした連合会や連絡協議会等々が
作られたりもするが、
それ自体が地域づくりに大きく力を発揮できないまま
政治的に力をつけてしまうのは、
そういう仕組みになっているからだと思う。
行為能力的には、個別案件を扱えず、
抽象的な大きな議論に対して意見と圧力を伝えるだけの
団体になってしまっている事例は、
掃いて捨てるほどあるからね。
ただそれによって得られた予算が
その下部(本当は下部ではない場合も多いが)組織の
予算という形で力づけになっている場合もあるので
一概に否定もできないのだけどね。



『地域』って言葉が
その字面以上の意味を感じるようになった。
輝かしいフロンティア精神とでもいうのか
革新的な保守思想を併せ持つような言葉として
僕には感じられるようになった。
「地域創生」なんて
それだけを聞いていると(それを言っている人を見ないで)、
なんだかとびっきり力のある
呪文にも聞こえたりするもんね。

この言葉自体に何か革命的な力を
感じるようになってしまったら
ちょっと病んでいるのかもしれないけど、
僕は時々そんな風に思うこともある。

でも、これほどわからない言葉はない。
いったいエリアとしてはどこまでを言うんだろうか?
どこのだれまでがその住民なのか?
まったく定義なんてない。
ふんわりした、思想先行の言葉で、
中身や定義は等閑で、
それを連呼すれば、何か素晴らしい活動を
しているようにも聞こえるような言葉になっている。
だから、政治家が良く使いのかもしれない。
その意味は、全くといっていいほど
僕らには伝わらないし、
そもそもそれを指し示す場や人々は
そこには存在しないのではないかと思うくらいだ。
ま、それはこの本題ではない。

地域という言葉がぼやけている以上に
地域づくりという言葉は、
意味が良くわからない。
その言葉の発する力は
地域以上にパワフルなのに。

たぶん、僕も含めて、
それに係わっている「つもり」の人々が
勝手に考えているエリアというものがあり、
それがその人にとっての地域であり、
そこの発展を願っての行動が
地域づくりってことになるんだろう。
だから行政区域で見る方もいる。
それは公務員や行政と仕事をする人が多いかな。
小学校区で観る人も多いね。
地元の人はその傾向があるね。
組織単体のエリアで観る人もいるね。
農協なんかもこれに入るかもね。
PTAだったり育成会だったり
公民館だったり自治会だったり
自主的な任意団体だったり
大学生のサークルだったり
そんなそれぞれの「地域」の意識が
重層的なカタチを創っているのが
その地域ってことなんだろう。
どの意識が正しくて
どの意識が素晴らしいなんていう気はさらさらなくて
ただどれも勝手な思い込みに過ぎないと言うだけ。
僕のポリシーから言えば、
そこに既にある組織に参加し、
そこを盛り上げることが
風土の風の人と土の人とが結果的に乖離しにくい
ダイナミズムを生み出すと思ってはいるけどね。
そんな勝手な重層的な想いは、
ちぐはぐにそれぞれが尊く存在するよりも
一つの入れ物の中でぐちゃぐちゃにかき混ぜた方が、
より芸術的に美しい結果を
もたらすと思うから。
ま、自分が勝手に意識している「地域」は
その過程でいったん粉々に破壊されるのだけど、
そういうプロセス(自己否定を含むような学習プロセス)を
恐怖と思うような天才肌の方には
とてつもなく辛いかもしれないが、
それが面白いと思える志向の人には、
たまらないよね。

だから、みんな、
地域を語るなら、そこにある何かに
参加してみないかい?
地域という言葉が力を持つのは
そこに「参加」というアクションがあるからで、
そのアクションがどの「場」で生まれるのかも
そこのプロセスがどんなものなのかも
そのすべてが、地域の一部となって
埋め込まれていくのだから。




TPP交渉がとりあえず合意には至らなかったが、
確実に前に進んでいる。

アメリカ連邦議会に
オバマ大統領のTPP交渉権限を強化する法案が
議会に提出された。
オバマ大統領への交渉承認が強化されるのと
歩みを同じにしながら
閣僚会議でも合意には至らない部分もあるものの
一定の前進があった、と新聞等で報道があった。

それを睨みながら
今年の米価が揺らぎながら
徐々に決まっていく。
昨年が底値と言われているが、
その一方で、米の民間在庫が200万トン以下に
ならなければ価格上昇は見込めない
なんて話がそこかしこで話されている。
ちなみに今年6月時点での民間在庫予想は
230万トンで、昨年よりも米価がさらに落ちても
不思議ではない水準だという人もいる。

なんとかこの30万トンの米余りを
何とかしないと米セクターの農業は
崩壊してしまう。
15ヘクタール以上の
それなりの規模の米作農家で
経費が10アール当たり10万円ほど
という試算がある。
10アール当たりコシヒカリ8俵を収穫したとして
米価が1俵11,000円程度だと、
・・・・そう、儲けが出ない。
自分で仕事をしているのだから
自分の人件費を犠牲にすれば、とか
農機の更新を遅らせて内部留保を取り崩せば、
なんてことを言わないと
経営を続けていくことができない状況で、
こんなことが何年も続けば
当然、倒産ということになる。
米価を上げるには
倉庫で余っている30万トンを
何とか消費しないといけない。

だのに、TPPでは20万トンをさらに買えと
アメリカは言う。
その数字だけが報道されていたけど
そんなことを聞いてもいったいどれくらいの人が
危機感を感じてくれるのだろうか?
20万トンって多いのか少ないのかも
きっとわからないと思う。

こんな話をインドネシアの研修生にもした。
これが先進国日本の農業だよって。
インドネシアから見ると
この国の農業もすごく先進的に見えるらしいけど
計算はすでに手詰まりに近いところに来ていて、
どうこの後の展開があるのかも
実は誰にもわかっちゃいないのさ。
インドネシアの子たちは、
「だったら、余った米を家畜に食べさせるか、海に捨てればいい」
とアドバイスをくれた。
家畜に食べさせる方は、
すでに政策として打ち出されているよ。
結構な数の農家がこれを実践しているけど
それが妥当かどうかは歴史という流れの中で
証明されるのだろうね。
海に捨てるっていうのは、
けっこう前衛的だねぇ。
環境破壊になるからできないねぇ~。

単純な計算で米価が上がるってわかっているのに
なんでアメリカから
余っている米をさらに買うことになりそうなの?
という素朴なインドネシアの子たちの疑問は
僕が大人ぶって
その方が「国益になるからだよ」なんて答えられない。
そんなふざけた道理が
まかり通るようなことは、
あってはならない。

なんてことを僕がここで書いても、
どうにもならないのだろうけど、
少なくとも20万トンという
TPP交渉で出てきた数字の意味は
(正確には21万5千トンか)
その重大さに
みんなが気付いてほしいと願う。




昨日の午後、
会議を3つ、はしごする。

一つ目は、
JICA北陸の支部長代理の方が
農園にご来園。
農園で行っているインドネシア農業研修について
説明し意見交換をする。
技能実習制度の制度的な問題点もあるが、
それを乗り越えて、
それぞれ実習生の成長を促す仕組みと
研修自体が何かの交渉と化してしまわないような、
みんなでそれぞれの成長を切磋琢磨するんだという
そういう空気感を演出できるかどうかが
ソフトとして重要だということが
確認できた。
グローバルな文脈での『農村』とダイレクトにつながることで
政府vs政府では生まれないかもしれない
ダイナミズムがあると
最近になって僕は感じることが多くなった。
8年もやってくれば
それなりに見えてくるものもあるってことか。
取り組みの規模は限りなく小さいけれどね。

あと、僕はここを『社会の最果て』と
ローカル・グローバルあらゆる意味を込めて話をしたが、
支部長代理の方が『最先端ですよ』と言っていただいたのが
印象に残った。
そうだよな、高齢化社会も衰退産業も
その最先端の最前線だものな。
という意味で、言ったのではないのだろうけど、
そんな気分。
ま、最もの果てならば、その先には常識の道がないので、
僕らがそのフロンティアを開拓してやろうという
気概は失っていないけどね。

二つ目は商工会で行われた
アグリビジネス研究会の会議に参加。
1年前からやっている研究会らしく、
いろんな企業の方々がアグリビジネスに参加するべく
勉強会を開いていて
今回は県内の農家や農業法人が参加しての
意見交換会だった。
僕のイメージでは
企業側が農業資材などの販売をしたいのかな?
と思っていたのだが、
もちろんそういうのもあったのだけど、
実際に農業分野に参入したいという企業も多く、
ちょっと驚いた。
どこにそんな採算性を見出しているのか
正直聞きたかったけど、
人見知りする僕は、こういう会議で発言するのは苦手で
ただただにこにこ笑って人物観察をしていた。

僕らはこの分野で食べている。
それはそういう生産様式の文化の中に生まれ、
前々回のエントリーで書いたが、
たとえムラと農業が意識的にも生産的にも切り離されて
生産様式から生まれる関係性という意味で
ムラは死んだと思うことも多いが
そのムラの一員として生まれ、
それに価値を感じてしまう性格が祟って
僕らはここで農業をすることを選んでいる。
これが儲かるから、やるわけじゃない。
これが好きだから、やっているんだろう、
と今は理解している。
アグリビジネス研修会に参加する企業は
もちろん株式会社だ。
出資頂いた株主を設けさせるのがその主題の活動体だ。
それがなぜ、お金にならない農業に参入するのか?
いろんな雑誌をにぎわせている
新しい農業のカタチや企業体は、
それ自体がモデルじゃなくて、
それはその企業だけの成功のストーリーに過ぎない。
数百の事例の中から成功事例を探しただけで、
残りの数百という失敗にはスポットライトが当たらない。
つねに勝者のみが語り継がれる『歴史』と同じさ。
いろいろと話を聞いていると
最後になって補助金の話が出ていた。
やっぱりそれが欲しいんだな。
でもある企業から農業に参入された方が、
『補助金を計算して、それをもらうことを前提に儲けを計算している企業は、僕の知っている限りほとんどつぶれていますよ』
と話していたことが心に残った。
それが無くても儲かるような経営体を構築できなければ
どんな仕事もうまくいくはずがない。
そしてそれは僕ら農家も一緒だ。
ある企業から農業に入った別の方は、
『農業企業体を本体事業から切り離していたら、僕らはとても資金が続かなかったですね。農業は儲けが出るまでにとても驚くほど長い時間が必要です。本体事業がある程度そこに資金を援助する形で、長い目で見て投資を続けないと儲けなんて出てきません』
だってさ。
ははは、やっぱり儲からない産業なんだね、僕らは。
やっぱり『最果て』だ。
でもその最果てに、僕は希望を持っているけど。
そんなことは株式会社の立場から考えたんじゃ、
わかんないだろうな。
だから懇親会では、
『企業人としてじゃなくて、個人的に田谷さんのところに遊びに行きたいですね』
と言ってもらったのは、
うーん、喜んでいいのか、
落ち込んでいいのか、
良くわからないけど、
その言葉が、今の僕の経営体の位置づけなんだろうね。

三つ目は、JAの経営管理委員の地区の会合。
この日は本当に分刻みの日程だった・・・。
僕が農協の青壮年部の部長になったのは
以前書いた通りだが、
JA福井市では、組織部長は経営管理委員になる仕組みになっていて、
僕は今度の総代会で承認されれば
農協の経営を判断する経営管理委員の立場になる。
なんだか降ってわいたような責任で、
僕のような若輩者がこういう場に居ていいのだろうかと
疑問もあるが、
諸先輩方が
『将来のための勉強だ』というので
そういうつもりでやっていこうと思う。
さて地区の会合では、
総代会の流れやその後の流れについて
新人の経営管理委員もいるので(僕もその一人)
説明を受けた。
その流れの説明を受けて、
こりゃ政治の世界だな、というのが僕の感想。
ま、これも勉強だ。

さてこの会合では
やはり地域がどうあるべきかを
それぞれの方が哲学を持っておられるようで
その話が面白かった。
だが、その視点は、
その前に参加したアグリビジネス研究会のそれとは
まったく別のベクトルに向いていた。
たぶんそれが
僕ら農業者がアグリビジネスで感じた
ズレのようにも思う。
同じ農業という括りで考えてみても
協同組合では、やはりそこに農村(ムラ)が
見え隠れしていて、
その分、経済的には
すっきりとした議論にならない。
今の僕らのムラのカタチに少し変化をつけて
集落営農などの少し大規模にした
いわゆる僕らにとってまだ受け入れやすい形で
変化を受け入れたものの、
その出口であった米価がここまで下落してしまうと
それだけで議論が手詰まりになってしまう。
それを打破しようとして
ここかしこで米の輸出なんてみんなが口にするが
僕には『?』しか出てこない。
議論も飛躍しすぎだし、
現実味もない。
そんなに国際的な感覚や
グローバルなスキルを身につけていないのに
どうやってそれを判断する気なんだろう、って
『?』マークがいっぱい浮かぶような
話もあった。
それは議論が手詰まりになっているからなんだよな。
僕らの価値に沿った生産様式を維持しながら、
尚且つ、米でみんながやっていけるには、
外への展開ってなる。
あまりほめられた論理展開じゃない。
だが、たぶんその辺りが
僕らの現状での限界なのかもしれない。
突破する場所はまだほかにもあるのだが、
この生産様式では、無理なんだろう。
そしてそれは全体を拾い上げる協同組合では
無理なのかもしれない。

3つの会合を半日でこなすと
頭はずいぶんと混乱する。
グローバルとアグリビジネスとムラ。
どれも農業の文脈なのに
そのどれもが、まったく価値と視点を別にしている。
その差異を楽しんだのだが、
この差異から何かが生まれるまで
僕らがそれを加工するには
まだまだ勉強と経験が必要のようだ。




僕が行っているインドネシア農業研修では、
座学や実習、研究などを用意してある。
それらの授業や実習のすべてに通じるのだが、
最も大切にしているのは、
『批判する』ということだ。

この『批判する』という言葉は、
一般的にはあまりポジティブでないかもしれない。
どうしても肯定される方が
気持ちは良い。
でも何かクリエイティブに生きたいと思うのであれば、
肯定は反って邪魔だったりする。
一つ断っておくが、
『批判する』は否定することと同一ではない。
その考えや行動、結果を評価することが
批判することであり、それを否定することではない。
僕はそれを
インドネシアのボゴール農科大学大学院の
農村社会学コースの教室の中で学んだ。

それまでは、
やはり僕も批判することは
とてもネガティブなことで、
それをされれば自分を否定されることだと思っていたし、
それをすれば相手を攻撃することだと思っていた。
でも、それは間違いだと
熱帯の蒸し暑い小さな教室で
多民族の人々と一緒に教わった。
批判することで、その人の意見に何かがプラスされる。
それまでその人の意見に
批判した人の視点がなかったことを
明らかにすることで、
考えのプロセスが明確化したり
その背景が見えてきたり。
ただ単に肯定しないことで、
違う意見が存在するだけで、
そこには論点が浮かび上がってくる。
そしてその批判が研ぎ澄まされていて
しかも的確であればあるほど、
そしてその批判を受け止められるその人の姿勢があれば、
その場には創造的な時間が生まれる。

批判がクリエイティブになるかどうかは
お互いのインタラクションも重要だ。
どんなに素晴らしい批判であっても
それを受け止める人間に
度量と余裕と知識と謙虚さが無ければ
その批判は無になる。

だから
僕らの農業研修では、
ちょっと慣れないかもしれないが
この批判をすることを訓練している。

1年生の時はその批判が否定に聞こえるようで
なかなか辛い時間を過ごす場合も多い。
ジャジャンが『もう帰る』と言い出したり、
イラが凹んで僕の悪口をあちこちで言ったり、
そういうことがあることも僕は承知の上さ。
もう少し丁寧に教えてあげる能力が
僕に備わっていれば、
こういう嫌な思いはないのかもしれないが、
それが無いから困ってもいる。
だから、
批判されることに慣れていない彼らには
このプロセスはやはり少々辛いのだろう。
でもこのやり方で
それぞれ個人差はあるが
卒業生たちは非常に伸びていく。
僕が熱帯の蒸し暑い小さな教室で
成長したように。
自分の視点を鍛え、相手のとの違いを見抜き、
そこにある問題をスルーせず
論点を明確にできる。
そんな人物に
研修卒業生たちは
少しずつだが近づいているようにも思う。

だから、
たとえば国会で一国の宰相が
批判を受け止めてきちんと答弁しなかったり
批判に対して答弁どころかヤジで応戦したり
そんな姿を見ると、
とてもやるせなくなる。

毎日新聞 東京夕刊 2015年2月26日
『特集ワイド:見過ごせない!安倍首相のヤジ』
さて、
JA福井市青壮年部の部長に
この前の総会で就任したのだが、
組織部長はJA福井市の経営管理委員になるのが
これまでの決まりだ。
たぶん僕も今度の総代会で
経営管理委員に推され、
承認されれば就任することになる。
それにあたって、
先日ちょっと変わった文書が届いた。
経営管理委員に対する意見書で
手書きのものだった。
ある特定の人物を名指しして
その人について否定的な文書が書かれていた。
こういうのは、僕のいう『批判』にあたらない。
まずこの手紙に書いた本人の記名がないこと。
自らは安全な場所にいて
その発言に責任を持とうとしない場合、
それは批判ではない。
しかもその否定した名前を挙げ
『その人になるとある組織が動きます
(たぶん経営管理委員の会長ということだろうか?)』
などといった文言は明確でない部分が多く
本人にその意思が無くても
脅迫と捉えられてもしょうがない。
日本語の文章作成能力に不安がある場合は
推敲を重ね、他人にも読んでもらい、
いろんな意見を聞いた上で
清書した方が良いだろう、と
このお手紙をくれた方にお伝えしたいのだが
このブログを読んでいただいていると幸いだ。
意図を伝えてこそ、それは批判になる。
その批判は、その人の目から見たら
現状がおかしいと思って
ボランタリーな精神を発揮して
その行動を起こしているわけなので、
その視点が、たぶん焦って書いたのだろうと想像する、
このやや拙い文章によって
失われてしまうのがとても惜しい。
その方の視点をきちんと伝えていただき
真っ当に議論ができれば、
とても建設的で素晴らしい時間になると
僕は確信している。

インタラクションの中で
それぞれの人間が明らかになっていて、
お互い尊重し合える空気の中でこそ
批判は生まれ、そして創造的な時間が生まれる。

もう一度言おう。
批判は、あなたを否定することではない。
創造的な時間を生み出す装置なのだ。
インドネシアの研修生たち、
安倍首相、
そして僕に文書をくれた憂いを抱く方、
創造的な時間を作りましょうよ。






一見すると
こういう論調はとても真っ当のように思える。
だが、本当にそうなのだろうか。

日本の“真の食料自給率”は1.5%?――【農家の窓から】

日本の自給率を
国家別にして比較するその意味は
何を指すのだろうか?
自給率が低くて大変だよって、
農業の再興が必要だよって、
そういう意味だろうか?

僕も一時期、
自給率にかこつけて農業への関心を高める
ツールとして喧伝したこともあった。
驚くほど低い自給率を示すことで
一時的にせよ、みんな危機感を持ってくれた。
で、次に出てくるのが、
自分たちで何とかしないと、という自給の意識。
これはこれでごく自然な反応なんだろう。
自給率が低いから、世界から輸入ができなくなったらお終いだ、
だから、自給率を上げないとダメだって。
じゃ、なんでこんなに低くなったの?
それは、資源の少ない国が
今よりも富める社会を作りそうとして
国家と産業界の呼びかけに応えるように
農業の産業構造の変化を受け入れた結果だ。
とデフォルメ化してしまうと嘘に近くなってしまうので
この流れは
暉峻 衆三 編集
『日本の農業150年―1850~2000年』 (有斐閣ブックス)
を参照されたい。とても良い本です。
というのは、余談。

さて、この自給率のお話、
それはそういう構造的な変化によって生まれた事実。
で、その先の議論を
どのように持っていくかによって、
ずいぶんと見えてくるものが違うというのが
最近とても気になるようになった。
ここでリンクした上記の記事の場合、
肥料やエネルギーが輸入できなくなった
『有事』の場合に備えて、という論調、
これはとても気になる。
そう、こんなところにも
こういう思想が入り込んできてしまうという点だ。

エネルギーも食料も自給率を高めて
一人で立てる強い国家を打ち立てよう!みたいな
プロパガンダを意識しているわけじゃないのに
それが入り込んでくるこの文脈は何?
意図して書いているのなら、もっと罪深いけど。

自給率が低いのは
それだけ資源のない国としての生き方・歩み方の
あらわれであって
それだけほかの国と一緒に歩むんだという覚悟が
その数字だと僕は思う。
国際分業論を意識して書いているわけじゃないので
あしからず。
あと国家としての自給率の表し方も
僕には違和を感じる。
僕らのつながりは、国家が規定するリージョンで
行われるわけじゃないことに
もういい加減、意識的になってもいいんじゃないかって
思うのだけど、
そんな流れは最近では『国家』に収斂されてしまい、
その国家の危機たる『有事』に備えだしてしまう始末。

有機農業も
食料自給率も
自然農法も
最近ではオルタナティブを生み出す力よりも
『国家』意識を補完する道具のように
僕には感じる。
危険だなぁ、この文脈は。








たぶん、それはそれで大事なことだとは思う。
本来なら、特に異論もない。
それどころか、今年に入って
集落の北側の国道沿いの田んぼに
ラブホテルの看板が立ったのは
ちょっと嫌だった。
だから
県のJA青壮年部のリーダー研修会で
『福井県野外広告物条例の規制内容の見直し』について
福井県から説明を受けたとき、
最初はそれはごもっともなことだと思った。

この前の金曜日、リーダー研修会で
県の都市計画課の方々が講師として来られ、
景観を著しく損ねている野立て看板について
28年度を目途に規制を強化していく
という趣旨の説明を受けた。

現行制度については、リンクを参照してもらいたい。
http://www.pref.fukui.lg.jp/doc/tokei/koukoku/jyourei.html

説明では、朝倉氏遺跡に向かう国道沿いに
乱立する野立て看板や
信号機の位置さえも分からなくなるほど
看板が乱立している交差点などを
事例に取り上げて説明いただいた。
また今後来るであろう北陸新幹線の沿線への規制強化
などの説明もあった。
それはそれでなるほどと思うこともあった。

が、しかし、県の職員が
「美しい田園風景を守りましょう」
と連呼すればするほど、
なんだか白けてしまった。

この研修会で僕たちは下落を続ける米価の状況にあって
どうやって個々の営農を維持していくかを
話し合っていた。
1俵あたり2000円も下落してしまった米価。
このままじゃ、米作りなんてやってられない。
看板を取り外そうがどうしようが、
美しい田園風景なんて守れない時代が
もう目の前までやってきている。
ある参加者の農家は、
「美しい田園風景というのなら、耕作放棄されない対策の方が大急ぎの課題じゃないか?看板撤去しても放棄された田んぼが広がる風景になるよ」
と言っていたが
それは、まさに僕らの考えを象徴していた。

撤去にかかる費用の問題もある。
もしかしてそんなもんに税金を投入しようなんて
無駄なお金を使う気じゃないだろうね。
また景観を損ねる広告物という
あいまいな言い回しも気になる。
2012年以前なら、そんなことも考えなかったけど
9条改正議論や特定秘密保護法などをめぐる
議論のプロセスがとても固定的で、
社会全体として
言論統制が風潮になりつつある
この雰囲気の中で
この議論に対してもやや怖さを覚えるのは
僕だけだろうか。

僕らは美しい田園風景を守るために
農業をしているわけじゃない。
日々の暮らしを少しでも良くしていこうと
営農活動を行っているに過ぎない。
美しく見せるためではなく、
篤農の技は、所作にリズムがあり、
それが効率化を生み出したり、
作業の負担が軽減されたり、
栽培により適した環境を生み出しているに過ぎない。
その一定のリズムを
門外漢から見れば
美しさとして映ることは、僕にも理解できるが、
それは営農のための業であり、
風景として見せるための業ではない。
僕らにとって農地は
収穫物を生み出す資源であり、
その風景は資源化されて消費されるものとは
ちょっと違う。
その違いが
「美しい田園風景を守りましょう」という
僕らには響かない言葉を生み出すことになるのだろう。

観光を促進するなら
規制強化は観光地だけでいいだろう。
看板広告費も地権者にとっては大事な収入源だろうしね。
看板が目印の場合も多々あるし。
外からやってくる人に合わせて
こんなことを続けていけば、
良かれと思っているうちに
僕らの文化や生活を
外の基準に合わせて規制してしまいかねない。
と、僕は思う。







珍しく東京出張。
目的は、JA青壮年部の全国組織・全青協の
拡大合同会議に参加するため。
実は来年、
福井県の県青協の委員長を内々に仰せつかっており、
今回は全国の場に慣れるために参加。

すべての都道府県の県青協の委員長や副委員長といった
県を代表する方々が出席する会議を眺めて思ったのは、
やはりこの国の農業も
他の国のように多様だ、ということ。
もちろん地域差よりも個々の経営の方が
さらに多様なのだろうとは思うが、
すべての都道府県の代表者が集まると
そのグラデーションは地域間でよりデフォルメ化され
その会議の中身というよりは
そこに座っている各地方代表者の
それぞれの意見の方向性や考え方の多様さが
眺めているだけで楽しかった。
で、それが目的の会議なら
この上なく楽しいのだが、
なにか組織として意見の集約となると
その切り口がどうしてもあいまいになり
その良さもどこかに吹き飛んでしまうような
まとめ方だった。
まぁ、そういうことに力を置くのは
あまり意味もないのかな、なんて
初めて参加した僕には感じた。
自分たちの国の農業の多様さを
内部共有するための組織でもないしね。
たぶん、そこが中央会制度の問題点と
同じだということは、あまり自覚的ではないかな。

さて中央会制度なんて言葉が出たので
このエントリーの本題に入ろうか。
僕の興味と議題が一致したのは
農協改革とTPPに対する全青協の態度だ。
全体会議の前に
ブロック別会議といって
日本中を6地区に分けたまとまりでの
会議に参加した。
福井は東海北陸ブロック。
その後、部会があり
食農・水田・青果の部会に分かれての会議。
僕は野菜専科の農家なので青果部会に出席。
そこでは簡単な自己紹介と
自分たちの経営内容など
多様な自分たちの経営や地域色の話が多かったのだが、
全体会議ではそれは反映されない。
というか、そういう意図や必要は特段ないのだろう。
とくにそれに対する際立った発言はないのだが、
それを感じてしまうのは、
農協改革で自己改革案を認め、
中央会制度の維持を支持している点だろうか。
たしかに
政府の提案する改革案は
農家・農業抜きの改革案といった観があり、
解体のための議論のような気もする。
その点では、全青協のいうことも一理あるが、
僕らとしては全国組織の形状がどうであろうと
身近な単協がどうやりくりしていくかが
もっとも関心のあるところだ。
それは、その延長上というか
これまでの道のりに
僕らJA青壮年部が
地域を作り上げる主体としてやってきていて
そしてこれからもそれを担っていくのが前提だ。
そうでない組織なら、別に用はないからね。

グローバリゼーションと流動的な平準化を
推し進めていくモダニティの世界にあって、
それらの波はどの場所にも平等に訪れるわけはないが、
少なくともそれぞれの場所に地方分権の声は
届いているだろう。
僕はそれを信じているし、
それに抵抗する努力よりも
それをバネに先に進む地方を夢想する。
だから強権を持った中央会制度は要らないし、
組織改変で共済や信用事業の一本化も要らない。
これだけ多様な風土で繰り広げられている農業は、
その生産様式に合わせて多様な文化と生活があり
それに合った共済や信用・購買・販売事業が
あって当然だと思う。
だから、これまで一律だったサービスも
僕はこれからは要らないと思う。
だから準組合員は、
その地域がどんな地域によるのかも合わせて
単協で話し合いをすればいい。
一律に決める必要なんて無いよ。
多様性は支持するくせに、
それを認め合うことができない。
大きな組織はさらに大きな競争にさらされているからだろうか。
その余裕のなさが、
地域をつぶす原因だといい加減みんな気が付くべきなのに、
大きなロジックに乗せられて、
みんなの目は曇るばかりさ。
合併ばかりを繰り返す単協の流れを廃止して、
僕らに必要な活気をサービスとして、
僕ら自身がそれぞれの地域で作り出していく必要がある。
それを後押しする取りまとめ組織なら歓迎さ。
でも、やっぱり要らないかな。

TPPでは全青協の態度が、という意味ではなく
内部の議論が面白かった。
その根底にあるものも
また中央会制度の議論とつながる点もあった。

森山TPP対策委員長(衆議院議員)から
これまでのTPPの流れとこれからの説明があった時、
関税をしっかり守るの一本やりではなく、
セーフガードや政策としてどう農業を盛り上げていくか、
その3点セットで考えてほしい、という話があり、
それはそれで一理あった。
だが、それに対して宮崎の農家の方が、
「補助をもらって、農業を守ってほしいわけじゃなく、自分たちの力でやっていきたい。だからその環境を整えてほしいだけ」と言っていたのが印象的だった。
そう、僕らは補助がほしくて、
また補助を考えて農業がしたいわけじゃない。
やったらやっただけ
成果の上がる仕事がしたいだけだ。
その土壌が出来上がらないから
農業が斜陽産業と言われてしまうのも
とても口惜しい。
全体としてかぶさってくる『覆い』は
僕らにとってはとても窮屈で
僕らの創意工夫を削いでしまう。
競争はいつも決まった不公平なルールで
価格とコストと補助の間を
行ったり来たり。
その方の怒りは
僕の心にも響いた。

短い出張だったが、
いろんな縮図が詰まった
僕としてはとても面白い2日間だった。
来年からは
もっと関わり合いが多くなるので、
この激動の時期にその立場にいられることを
僕は幸運に思う。




テレビに出る。
福井テレビの「おかえりなさ~い」という番組。
駅前の西武デパート前から
毎日放送されている情報番組。
そして生放送。

出演時間は10分足らずだったが、
やっぱり生放送は緊張した。
しゃべりすぎだけは厳禁!と
妻から指導が入っていただけに
テレビカメラの横でADさんが
残り時間を数えているのがやけに気になり
ややうつろな目での出演となった。
これはこれでとてもいい経験になった。

さて、なぜその情報番組に出たのか?
それは農園の旬の野菜を詰合せている
おまかせ便の紹介のためだった。
昨今、僕の周りでも野菜の詰め合わせを
販売する農家や業者が増えてきたように思う。
農家産直は以前からもあったのだが、
それがインターネット、とくにSNSの普及で
より気軽に、より簡単にできるようになったのは
それをやっている僕の実感だ。

そしてそれは、
まぁ、僕に限ってということではないが
みんながみんなそう考えているかどうかは
不明でもあるのだが、
つまりSNSのことなのだが、
あることをそれまでのインターネットの欠点を
補ったことが大きな要因だと思う。
それは、「双方向」ということ。

2003年の新年に僕は以前書いていたブログで
こんなエントリーを残している(再アップは2008年)。

『愛しのアレジャン集落 不完全な取引』

いろんな情報をネット上に載せて
顔の見える生産者を目指していたのだけど
そこでは僕の顔は見えても
僕は僕が栽培した野菜を食べてくれる人が見えなかった。
スーパーや市場やレストランへの販売の場合は
そもそも僕の顔も見えなかった。
野菜はただ利益を得るためだけの
「商品」であり、
それ以上の何でもなかった。
でもその「商品」は、
自分の家で調理して大好きなワインと一緒に食べる
というとても単純な個人的な食卓ではあったが、
それがとても素敵な風景でとても大切な場だと思えてきた。
でも、
それは各家庭で
それぞれのレストランの風景の中に
閉じ込められていて、
当然共有されるものではない。
その「商品」を一緒に消費しているにも関わらず
一緒に語り合うこともできず、
それを介してつながることもできなかった。
必要ない!と言われれば
身も蓋もないが、
少なくとも販売の範囲が
狭かった以前は、
少なくとも僕の祖父や祖母には
その楽しさが農業の醍醐味の一つだったように見えた。
だから2003年のエントリーで
その風景を見せつけられた僕は
利益のとれる新野菜を栽培して得意になっていた僕は
愕然とした。

あれから10年近くの時が流れ、
SNSが登場し、使い方に慣れ、
そして大震災があった。
あの時の双方向のやり取りから
僕はある知り合いに野菜を送り始めた。
それがおまかせ便になった。
メールとSNSでどんなふうに食べたのか、
どんな食卓だったのか、
そんな話が僕の手元に集まりだした。
それをまたお品書きに記載して
おまかせ便に同封して送る。
手間ばかりかかる
おまかせ便の労力とその会計を見れば
たぶん2003年の僕には
儲からないね、と切り捨てられそうな
野菜セットの販売だが、
たぶんその頃の僕は
今のこの僕らの農業のカタチを
うらやましがるだろう、という自信はある。

農家からの産直は
いろんなインセンティブがあるだろう。
流通を短くすることで
値段が高く売れるや大きな市場ではないので
必要以上の競争が生まれにくいなど。
でも僕にとっては、
「双方向」の
とてもプライベートなやり取りが
気に入ってこのサービスを続けている。
たぶんそれが僕らの農業を
機械的ではない
マニュアル化されない
無味乾燥な作業の連続にならない
エッセンスになっているんだと思う。

10分の生番組では
とても伝えきれなかったのだが、
本番前の1時間の待ち時間で
そんなことを考えていた。
福井テレビさん、とても貴重な時間
ありがとうございました。






6月11日の毎日新聞のトップに
こんな見出しが躍っていた。
「外国人実習生 最長5年に」
Web版リンクはこちら『外国人技能実習制度:「優秀な実習生は最長5年に延長」』

法相の私的懇談会の報告書なので
なにも5年に決定したわけじゃないが、
この記事を読んで、なんとも気持ちがおさまりつかない。
「実習」=「労働」なんだという事実は
僕もある程度はわかっていて、それを飲み込んでいるが、
こうも露骨に堂々と議論されると
気持ち悪いを通り越して
白昼に見てはいけない幽霊に出会ったような
そんな感覚だった。

3年の研修を5年に延長したらどうでしょう?
という話なんだが、
ここに実習生の声はみじんも感じられない。

この新聞を農園の実習生たちに見せ、
文面も訳して話をしてみた。
まず、新聞のタイトルを訳した段階で、
実習生たちの表情が固まった。
5年延長は決定したと勘違いしたらしい。

記事の内容に対して
4人中1名を除いて、皆5年への延長は
反対だった。
反対の理由は、皆同じだった。
外国生活はとてもストレスフルで
5年は耐えられない、ということだった。
もちろん仕事がつらい、ということもあろう。
でも本国の年収に比べたら格段に稼げるとしても、
やはり皆、3年で帰りたい、とのことだった。
3年生のダルスは、
「お金がたくさんもらえるのは良いのですが、それと自分の幸せはまた違います。ある程度お金がたまったら帰国してインドネシアでビジネスをしたいです」と話してくれた。
2年生のジャジャンは、
「日本語がわからないから、毎日ストレスが大きいです。言葉ができないから、どうしてもインドネシア人同士で固まって、日本人の友人ができないのが悩みです。日本をエンジョイしたくても、ぜんぜんそんな環境にしていけないのが、自分でももどかしいです」とのこと。
1年生のレンディも
言葉のストレスなどで
今の生活は我慢できても3年くらいじゃないか、
と言っていた。
やはり言葉か。

すべてを言葉にしてしまうのも
問題を単純化しすぎているが
その気持ちはよくわかる。
僕も青年海外協力隊のときに
言葉で毎日悩んだ。
留学してあっちの大学院でインドネシア語で学位を
取ったとしても、言葉は今でも
僕の行動を制限している。

言葉の理解のずれが
生活や仕事でのずれにつながる。
それがとてもストレスになる。
お金は必要だが、彼らも実習後の生活を
どう組み立てていくかが大事なのだ。
ずるずると長くいるよりも、
短期間である程度の資金と学習を得て、
故郷で活動をしたいという思いが強い。
だから2年生のジャジャンは
「長くいれば、それだけ勉強にはなるでしょうが、でも地元に戻って仕事をするのにそんなに長い時間の実習はいらないと思う。長期間の実習になると、帰国後に歳が行き過ぎてしまっているのも心配」と言っていた。
そう、彼らは実習=仕事の感覚でここに来てはいるが
(農園の研修プログラムがあるので、他の実習生よりもその感覚は弱いかもしれない)、
それでも実習後の人生をどう設計していくかが
もっとも大事になってくる。
安い労働力をもっと効率よく使おうというだけの
延長話は、まったく雇用側の事情に過ぎない。
その機会をとらえて、自分の人生を変えようと思ってくる
労働者の声は、まったく聞こえてこないのだ。
それは中途半端な実習生という待遇だからなんだろうか。
労働者としてみなされるのに、
労働ビザではない実習生たち。
いっそ、そんな回りくどい議論をしないで
きちんとした労働者として認めたらいいのに。

賛成の1名は、
ここにお付き合いしている女性がいるから、
ちょっとでも長くいたいらしい。
エンジョイしていれば、もっと長くいたい。
これもまた真なり。
僕ら社会が実習生とどうかかわっているのか、
実習生から見てどんな社会なのかが
よくわかる。
ジャジャンのいうエンジョイできない社会。
もちろんそれは言葉なのかもしれないが、
でもそれはもしかしたら
東南アジアや中国の人たちに対する眼差しだったり
僕らの社会の空気が
とても窮屈なんじゃないかって思う。
隣人の外国人と
僕らはどう付き合っていくか、
制度の延長やステータスの変更といったことではなく、
僕らの態度や眼差しが
これからの時代に求められる大事な課題のように思う。



前回の夜の勉強会(エントリーのリンクはこちら)に
参加していたインドネシアの研修生イラから
内容がいまいちわからなかったと質問を受けた。

イラの故郷の地域は(スンダ民族)、
山間の人口密集地で、
一人あたりの農地所有も平均して30aほど。
また独特の遺産相続の習慣があり、
兄弟ですべて均等に分け合う
いわゆる「田分け」の風習があり、
自然と農業経営規模は代を重ねるごとに小さくなっていく。
そういう状況下では、
前回の勉強会の内容は、
日本語の壁もあろうが、
それ以上に持っている視点の違いから
理解できない部分も多いだろう。

まず彼の地域では、
農業と関係ない人による新規就農者が存在しない。
すでに人口密集地ということもあり農地に拡大の余地がなく、
農民子弟の多くは他のセクターへ吸収されるしかない。

だから新規就農のほとんどは親元就農となる。
この親元就農の状況が勉強会で僕らが共有した
問題点に近いとはいえるが、
置かれた農業・社会環境の違いで
さらにそれをドラスティックにした感がある。

親子の関係でいけば、傾向として(もちろん例外もあるが)
その宗教上・民族の慣習上、
僕らの現実よりも親は敬われている(特に父親)。
なので、親の権限はとても強い。
この強い権限を持った親元での就農は
僕ら以上に自由がないとイラはいう。
もちろん親の資質にもよるし
イラは子供の時から養子として養父に育てられたという
事情もあるため
普通の親子関係以上に親の権限も強いかもしれないが、
他の同じ地域の農民子弟(スンダ人)に聞いても、
状況に濃淡はあるが、よく似てはいた。

それは、親がこの世を去るまでは農地の相続がなく、
母方からの相続があった場合でも
父親がそれを管理していること、
そして自分の農地がないということで、
毎日の農作業や営農計画はすべて父親に従わないといけない、
ということだった。
なかなかタフな状況と言えよう。

そこには自由はほとんど存在しない、という。
自分で販売先を探したり、
栽培品目を決める力はない。
親元就農の多くは
中学や高校を出てすぐなので、
親も若く(だいたい30代~40代)
当然、子供は経験からも知識からも
親に太刀打ちはできない。
だから、多くの若者が就農を嫌うとイラは言う。

そこで彼の地域では、
若者の一部は地区外へ出稼ぎに出かけることがある。
それは都市部というよりも
ジャワ島以外の外島だったり、マレーシアや韓国・台湾、
そして日本といった国外だったり。
そこで一儲けした後、
故郷へ戻って農地を買い、自分で営農を始めるという。

社会的慣習と人口圧と農業環境が違うことで、
親元就農の苦労がこうも違った形を持つのは
とても興味深い。

さて、そんな話をイラとしていたら、
それに今年来たばかりのレンディが反論した。
自分の地域は違うという。

レンディの地域は、
かつて2期生で来ていたイルファンと同じ地域で、
大規模なお茶栽培の土地柄。
アジア一帯にみられる田園風景はなく、
山の斜面にただただお茶畑が続く地域。
住民たちは、国有や私有の大規模お茶農園で働き、
そこの作業が終われば、自分の小規模の農園を切り盛りするのが
この地域の特徴的な営農だ。
また、水田はほとんどないが、畑は豊富にある。
国有の森林企業が大規模に土地を所有しているが、
一定の植林を行うことを条件に
ある定められた作物を植えるためならば
農地を安く、しかも長期に借り受けることができる。
だから、そこの地域の農家は、
レンディの話では平均して1haほどの農地を
所有しているとか。
また新規就農として、地区外からやってきて
個人で農業を始める人もそれなりにいるという。

さて、そんな場所での親元就農はどういう苦労があろうか。
レンディ曰く、それはそれぞれの親子関係によって
違うという。
もちろんイラの地域のように
親の権限は強いので、親の言いなりに農業をすることもあるが、
農地を安く借り受けたり、買ったりできるためか
親の営農にも余裕があり、
親元就農の多くは、親から口約束で農地を借りて
自分の畑も持ちつつ営農を始めるという。
より自由度が高いと言えよう。

だからなのか、
レンディがいうには、
それほど出稼ぎに行く若者は居ないそうだ。
就農したければ、いちいちお金を工面しなくても
親や親せきから安く貸してもらえるし(ただの場合も多い)、
その土地で収益が上がれば、
数年で自分の土地を持つことだって夢じゃない。
なぜなら、お茶などの価格が優秀な作物があり、
市場も大規模お茶工場へ
販売するルートが確立されているからだ
(というかそこへしか販売できない。お茶は専売特許)。
結構恵まれているような気もするが、
作ることが可能な作物が決められているという点では、
また別の営農的問題があるような気はするが。

僕ら勉強会で話をした福井の就農と
インドネシアの2か所を比べることで、
就農における問題点が、よりはっきりしたように思う。
それは、
ある作物の産地で営農システムが確立されていることだったり、
農地の分布やその自由度だったり、
そして社会的慣習の違いと
そこから生まれる社会的認識と常識で、
こうも就農のカタチが変わることが面白い。
「新規就農が定着しない」という紋切型の言葉が飛び交い
それが一つの言説となってしまうことで、
そこから先になかなか思考が進まないが、
その背景に目をしっかりと向けてみると、
それはその地域が持つ営農の特色と
とても密接だったりもするんだと思う。
別の機会にもう少し、深く考察してみたいな。




国際開発学会で少し考えていたことと、
ちょうど農園で協力隊に行くべく研修をしている
北野君が技術補完訓練で
アジア学院において体験したことが
自分の中で少しつながったので、
それを記録しようかと思う。

今回の
国際開発学会の全国大会で
有機農業を推進するNGOが
その農法のトレーニングを現地で行っているが、
アフターケアが無く、
実際にその技術を習得しても
それを発揮できる場もなければ
その農産物を販売する市場もない、という
発表があった。

持続可能な農業として、
無計画な焼畑農業から循環型の有機農業への転換を目指す
といった事例は、農業開発の現場では
よく見かける事例だろう。
これだけを見ていると、
素晴らしい活動のようにも見えるし、
批判も特に湧いてこないかもしれない。
だからこそ、
いつまでたっても、
問題の本質が見えないまま、こういった活動が
継続し、再生産され続けるのだろう。

別に有機農業が悪いと言っているわけではない。
それ自体には、その技術を捉える社会的文脈の中で、
それぞれに意味があるとは思う。
しかしそれは逆に言えば、
それぞれの社会的文脈から外に広がっていくような
意味はないということでもある。
ここの読み違いが
上記のような問題の本質なんだ、と
僕は思う。
僕らが見つめている「有機農業」の意味は、
あくまでも僕らの社会の中で
ゆるやかに共有されている価値でしかなく、
それを超えて、その技術や農法が
他の社会において
社会構造的に同じ価値を持って
存在することはできない。
だからこそ、技術移転は
その元の社会的価値を持ち込む場合が多く、
現場で軋轢となる場合も生じるのである。

良く思うのだが、
必要なのはそこに住む人々にとって
“より良い明日”であって、
僕らが思う“より良い明日”ではないということだ。
だから本当は、
技術移転ありきの支援活動は
存在してはいけない。
たとえそれが有機農業だとしても。

だから農園の研修では、
何か特別な技術を移転することを目的にはしていない。
“より良い明日”をできるだけ広い視野で考えるための
学習機会とそれが加速するような仕掛けを
用意しているだけなのだ。
と偉そうに言っても、
まぁ、まだまだ成果らしきものは見えていないけどね。

最近、
有機農業というキーワードが
僕の周りにうごめいていて、
やたらと刺激してくるので、
ちょっとまとめとして記録したのでした。
先週土曜日は、
JA青壮年部地域リーダー研修会に参加した。
ゲスト講師は『地上』編集長の神薗さんと
福井新聞の論説委員長である北島さんが務めた。

地上とは家の光協会が発行している雑誌で、
全国の青壮年部の活動や農業情勢の情報などが
紙面を飾っている。
農業分野での雑誌というと、
現代農業が有名だろうが、
現代農業が技術の雑誌だとすれば、
地上は農業政策や情勢を解説する雑誌といえよう。

さて、その雑誌の編集長の話。
地上が全国の青壮年部の情報共有の場になれば、
とのことで、
それでこの5月に紙面を新しくした時に、
実際の農業者がそれぞれの目線で綴るエッセイを
企画されたとか。
実は、その企画に僕も末席ながら
執筆させてもらっているのだが
経緯と編集長の想いが今回とても解り、
農業者の実践的目線で書き続けようと
モティベーションも上がった。

次に登壇されたのは
福井新聞の北島論説委員長。
政治と農業情勢の話で、
豊富な情報量とそれらが有機的につながっていて
なかなか盛り沢山な話題だった。
あまりにも膨大なデータだったので
中身については、ここでは割愛するが、
北島さんの話を聞いていて湧いた雑感を記録しようと思う。
安倍政権の成長戦略にある農業所得倍増についてだが、
以前からぼくは大きく2つの方法があると思っていた。
輸出量を増やすというのは、
ちょっと現実的ではないし、
僕らのような小さな農家では無理がある。
たぶん近未来において、
政策的にそれも選択肢に入るだろうけど、
生産構造を変える必要の方が
優先順位が先なんだろうと感じる。

統計的に考えれば、
平均所得を増やしたい場合、
上位を増やすか、下位を減らすか、だろう。
市場は国内の場合は、縮小傾向なので
膨らみつつある海外市場への輸出はある程度考えられるが、
製造業として日本で生産するメリットは
ほとんどないことも他産業の例でわかる。
しかもプレーヤーが小さすぎて、
世界では戦えない。
だとすると、国内市場で話を限定すれば、
所得の多い農家を増やすか、
所得の低い農家に退場してもらうか、
のどちらかではないだろうか。
今の農家を強くするのも一手だが、
もっとてっとり早いものとしては、
農地法を改正して、他産業の法人などが
農地を取得できるようにすることだろう。
そうすれば、その法人が“農家”になり、
農業所得の平均はその企業に押されて
黙っていても上がる。
だが、これは農地法改正の手続きが必要で、
今回は流れてしまっている
(その内、また改正案がでてくるだろうけどね)。
では、農業所得の低い農家に退場してもらおう、
というはどうだろうか?
それは、もう目の前にある。
生産調整(減反)政策の見直しだろう。
兼業農家を減らし、農地集積を推し進めるか
コメ以外の有用作物への転換(園芸など)をすすめ、
大規模もしくは付加価値のある農業に
構造転換を図るというものだろう。

これでプレーヤーも規模が大きくなるので、
海外市場を見据えて、ある程度の競争も可能になるわけだ。

これらは僕のチープな未来予想図。
そしてそれについて僕は賛成でも反対でもない。
これまで小さなプレーヤーが沢山いても、
それは多様な農業ではなかったし、
多様でないことが農業の活力を奪っていたのも事実だ。
でもプレーヤーが大きくなれば、
多様であることにはならず、
物量と資金の競争になるのは明白で、
やはり農業の活力には、あまりつながらないんじゃないだろうか。
そして心配することの一つとして、
コミュニティといった意識に支えられた
共同体ではなかった「ムラ」が、
そこに参加する人々が農地からかけ離れることで
一層弱体化するんじゃないかってこと。
意識に支えられるような活動と経験の沈殿が必要なのに、
過疎化と高齢化がそれを阻む。
農地から離れていく僕ら「ムラ」の行く先は、
一体どんな未来になるのだろうか?



田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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