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先月行われた
インドネシア農村スタディツアー報告会が
2月14日土曜日に
AOSSAの6階和室「あじさい」にて
開かれた。
参加者は25名。
こぢんまりとしたアットホームな報告会で、
主催は、
僕が代表を務める
Yayasan Kuncup Harapan Tani耕志の会。

発表は2部構成。
第1部では、インドネシア技能実習生の
農業研修概要と
研修生の自己紹介、
そして研修3年生の卒業研究報告をおこなった。
第2部では、インドネシア農村スタディツアーに
参加したメンバーから現地の様子や感想などの
報告があった。

この研修は、
福井農林高校とタンジュンサリ農業高校の
交流事業から派生した。
だから報告会では歴代の校長先生たちにも
ご出席いただいた。

またスタディツアーは
JICA北陸の市民参加プログラムにて
助成をいただいており、
今回の報告会でも職員の方にご出席いただいた。

他、協力隊OB会や農園のスタッフ、友人多数の方々が
報告に耳を傾けてくれた。

インドネシア農村スタディツアーを企画した当初は
これらの方々が参加してくれるようなツアーに
するはずだったのだが、
日程や旅行内容のハードルが高く、
応募は振るわなかった。
スタディツアーの主目的は、
インドネシア技能実習生たちがどういった環境から
やってくるのかを直に見に行こうというものだったので、
どうしてもインフラの整っていない農村部へ
数日泊まり込むというツアーになっていた。
僕らにとっての当然であるライフラインが
整備されていない地域への旅行は、
やはりしりごみしてしまうのだろう。
そこで最終的には村泊を1日だけとして
他の地域の農業も見るということで
バリ行も加え、ツアーを企画し直し、
8名の参加者で行った。

今回の報告会では、
参加はしなかったものの
それでも農園の農業研修にご協力をいただいている方々に、
技能実習生がどんな環境からやってきて
そしてどんな夢を持って
どんな風に現地であがいているのかを
知ってもらうのが目的だった。

だから第1部でも
3年生の卒業研究には帰国後の自分たちの進路についても
触れてもらった。
(そのプレゼンを作成する過程で、僕はダルスとの例の一件が起こったわけだが、それはリンク先のエントリーを参照されたい)。
個人的にはカダルスマンの発表が
心に残ったし、
彼の話がたぶんその地域の
土地なし農民の声に近いように思う。
彼はコシヒカリの栽培を卒業研究としていた。
だが、彼はそれを実現できるだけの土地も
施設も資金もなかった。
いくばくかの土地を買い集め
コシヒカリ栽培に乗り出すことも可能だったかもしれないが、
それで貧困から抜け出せるわけではないことは
彼は良く知っていた。
だからパームオイルのプランテーションで
働く決心をした。
彼のプレゼンの中でそこに至る
思考のプロセスと
今の考え方が明示されていて、
この研修の目的である
「考える農民」の片鱗が
少しだけうかがえたのはとてもうれしかった。

第2部のスタディツアー報告では、
まずツアー参加の大学生が、
5日間の旅行内容を数分にまとめたビデオを上映した。
卒業生やその生活ぶりが分かる映像で、
彼らを知る人間にとっては、
涙腺が緩むような絵ばかりだった。
参加者それぞれの感想も良かった。
このスタディツアーを通じて、
参加者たちは
技能実習生たちのリアリティを体験した。
その生の感覚が、
異文化の実習生たちの態度や考えを理解するのに
とてもプラスになっているのがその感想から感じられた。
そんな視点が
僕にはどこかで普通になってしまっていた
実習生たちの文化を異文化として
再び捉える機会にもなった。
たぶん、僕は、実習生たちの考えや態度に対して
判断や処理をショートカットするクセが
ついてしまっていたのだろうな。

一方で、農園のスタッフとして、
また耕志の会のメンバーとして
インドネシア実習生の座学や研究に関わってきた
佐藤の話には僕も考えさせられた。
僕は、実習生たちのリアリティを
それなりに想像できるし、帰国後も
(『たま~に』ではあるが)気軽にSNSなどを通じて
連絡を取り、現状報告を受けたり
彼らの問題についてディスカッションもしている。
だからまったくと言っていいほど、
僕は佐藤の悩みに気が付かなかった。
それは彼が一所懸命にかかわっているにもかかわらず
彼らが一体どうなっていくのかが分からないという
レスポンスがない中で、
どうやってモティベーションを維持していこうかという
悩みを抱えていたということだ。
言葉では相談を受けていたが、
僕の生の感覚にそれが無かったためか、
さほど問題視していなかった。
だが、彼の感想を聞いて、
その事の重大さと今回のスタディツアーが
その問題を解決するためにとても大きな役割を
持っていたということを
この報告会で気付かされた。
そうだよな。
僕もちょっとしたインドネシア実習生からの
レスポンスに大きく喜んだり
大きく失望したりしてるんだもんな。
そのレスポンスを感じられない立場は、
たぶん、それを感じて失望をするよりも
もっと辛いことだったろう。

最後にとても興味深い質問が出た。
その質問を投げかけてくれたのは、
協力隊OBで県の農業普及員でもある川崎君だ。
研修を受け入れる側として、
研修生たちのどういった変化が成長として大切なのか?という問いだった。
それの答えは、僕の中では明快だ。
人とは違う視点、常識にとらわれない考え方が
できるようになる、ということ。
人や周りの雰囲気でなんとなく考えるのではなく、
自分で判断し、自分で道を切り開ける人間になる、
ということ。

ここに来る子たちは皆、
学校では優等生だった子が多い。
タンジュンサリ農業高校で選考してもらうのだから、
そういう子が選ばれがちだ。
全員がそうだとは言わないが、
優等生というのは、その学校が思い描く枠に
自らをおしこめることができる人間という
場合も多いだろう。
優等生になりきれなかったから
僕は僻んでそういうことを言うわけじゃないよ!

ここに来る子たちは皆、
僕の問いに判で押したように
同じ答えをする。
なぜ?日本に来たかったのか?
『日本の最先端の技術を学びたいからです』と。
その考えは、間違い。
勘違いと思い込みが作り上げた虚像さ。
その枠から自分の思考を自由にする。
それがここでの研修中に行う作業だ。
もちろん、学びたいという技術は
僕ができる限りは教えてもいるけどね。
でも、それを覚えるのが正解はないんだ。

カダルスマンの事件があった時、
彼との話し合いで、彼は申し訳なさそうにこう言った。
『先生が教えてくれることは、言いにくいのですが何一つインドネシアでは通用しないと思います』。
そう、それ正解。
その時僕は彼にこう言った。
僕も知っているよ。
僕はそれが通用しないことも
役に立たないことも知っている。
じゃ、僕らは何をそんなに一所懸命
農業の技術について話し合ってきたのか。
実はその技術とインドネシアの実情を
一緒にすり合わせるプロセスで
君らの思考を鍛えていたんだよ。
だから君は途中で気が付いた。
だから君はパームオイルのプランテーションに投資し
そこで働く道を選んだ。
でもそれはなんとなくそれが儲かるというわけじゃなく
君なりに考えた答えだろ?
だから、それは正解だ。
ちなみに
カダルスマンの一件は、
その思考が、僕のいう正解のレベルに達しようとしていたのに
それを僕に言わずに隠したことが問題だった
(問題というか、僕が萎えたというだけのことだけど)。
それは全体の中ではごく小さいなことさ。

川崎君の問いのおかげで
僕自身もより明確に自分の中にある
答えに行きついたような気がした。
そう、この研修の目的は
自由自在に、そして常識に捉われない、
自分で困難に立ち向かえる、
自分で道を切り開ける、
そんな思考を身につけることなのだ。

いろんな気付きを得られた報告会だったと思う。
こんなダイナミズムを得られる機会は
そうそう無い。
この報告会に参加し
みんなでその場を作り上げてくれた
すべての参加者にお礼を述べたい。
また、この報告会をマネジメントしてくれた
妻・小國和子に心から感謝を述べたい。

本当にありがとうございました。



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僕にはちょっとした野望がある。
それは
ここ福井の田舎に居ながらにして
インドネシアの農村開発と福井の地域づくりを
あわせてやってしまえないだろうか、
というちょっと空中戦のアクロバットのような
不器用な僕には少し(かなり?)背伸びを
しなければ出来ないような野望だ。

もともと
国際協力の現場で働きたかったのだが、
いろんな人からあれこれ話を聞いて
自分なりにあれこれ考えて
そんな時に周りの環境の変化と
そのタイミングがあって、
福井に戻ってきた。
その時のインドネシアからのお土産が
タンジュンサリ農業高校の卒業生を
農業技能実習生として受け入れる
という計画だった。
そして2008年第1期生が来日した。

あれから山あり谷ありだったが
2012年にボリビアの協力隊OBの佐藤が
農園の門を叩いたことで
僕の中で温めていたある計画が動き出した。
それは、福井の人たちを連れて、
技能実習生の地元を訪れる
農村スタディツアーを行おうっていうもの。

この計画はもともと2002年くらいに
当時の若手農業者クラブに持ちかけて以来
ずーっと僕の中で燻っていた。
ちなみにこの時は、メンバーのあまりにひどい反応に
挫かれてしまって、
せっかく資金を援助してくれる団体があったのに、
立ち消えてしまったのは余談。

あれから干支が一回りして
またこの計画が動き出した。
というか、あの時とは全く違った
いろんな人の想いが詰まった
とても素敵な計画に生まれ変わって。
「インドネシア農村スタディツアー2015」
の詳細は、リンク先に譲ろう。

そしてその計画をJICAが
後押ししてくれることになった(わーいヽ(^o^)丿)。
できるだけいろんな人に
農園に来ていた元技能実習生の生活を
のぞいてほしいと思っている。
その現場で思ったこと・感じたことを
帰ってきてそれぞれの場で実践してもらえたら
きっとここはもっといい場所になる。
と僕は信じている。
なので、みなさん、
興味のある方はぜひぜひご連絡くださいませ。





田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

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