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PTAの母親部の活動である
ベルマークの選別作業に参加。
2か月分のベルマークを
種類別に選別する作業で、
集計はボランティアや
この作業に出てこれなかった
母親部のメンバーがするという。

PTAで庶務をしていた時
各部の活動はある程度見てきたが
母親部だけはいつも何をしているんだろう?と
不思議だったが
こういう活動をしていたわけね。

今回のメンバーで男性は
当然僕一人だったのだけど
これってジェンダーで分けられる作業なんだろうか?
というのが僕の疑問。
もちろんこれって男がやっても良いんだし
みんなで茶菓子食べながらワイワイやるのは
べつに性別関係ないんじゃない???

僕が小学校の時に
実はベルマーク委員会ってやつがあって
僕はその委員長をしていた。
母親部がやっているような作業は
僕らの時は小学生の作業で
なんでこれが今
PTAの作業にすり替わっているのかも
なんだか不思議だ。
これ、子供らにやらせたらいいんだよ。
ベルマークってなんなのかもわかるし
集めようって呼びかけも僕らが小学校の時は
ポスター作ってやった記憶がある。
自分たちの教育を充実させるために使うんだから
子供たちもコミットさせるべきだね。
で、お金の使い方も児童会で話し合わせたらいいね。

こういう作業が母親部だけで行われていることに
強い違和を感じるし
なんだか母親に押し付けているようで
僕は嫌だな。
男も子供も
みんながコミットすべきだね、やっぱり。
当たり前だと思われてきたことに
当たり前じゃない形で係ると
崩れないはずの価値は
実はその正当性はかなりあいまいだったりする。

母親部の副代表を
僕が引き受けた意味は
こういうところに生まれるんだと思う。
こういうことに変化を生むことにも
声を出していきたいね。

ちょっと面白い役をいただいた。
また何かもらったの?
だが断る、じゃなかったの?
と自分でも思うけど、
これはくじ引きで決まったので
しょうがない。
仏さまが
「おまえがやれ」と言うんだから、
しょうがない。

ま、厳密に言えば
僕じゃない。
僕の妻に来た役だ。
それはPTAの母親副代表。
で、再来年には代表という
2年の役。
で、その妻は
愛知の知多の大学に単身赴任。
それに国際開発学会の常任理事で、
研究会やら何やらで土日もあまりいない。
その話は、役が来る前から
同じ町内の親たちにも言っていたけど、
そこを考慮してくれる親は約1名だけで
妻(僕)もその役を決めるくじに入れられた。
1/8だったから当たるまい、
と高を括ってたのだが、
今年の僕はとにかく運が最強のようで、
見事、この母親代表の大役を引き当ててしまった。
ということで、
たぶん来年度、僕は妻の代わりに
母親副代表の役をやることになる。

前々からジェンダー差別の匂いが
プンプンするこの役に
僕は疑問があったので
どうして母親じゃないとダメなのか
それも含めてこの役を眺めてみようと思う。
あと、この役の理由で
PTA会長が常に男性だというロジックも
僕には異次元の話に写る。
いろんな意味で、知的刺激を受けられる
来年になりそうだね。
来年はジェンダー考察の年にしたい。




PTAの庶務が終わったと思ったら、
今年は育成会だった。
皆さんの地区はどうかはわからないが
この辺りは、PTAの会長と庶務は
次年度の地区の育成会の会長と庶務を
務めるルールになっている。

ということで、
昨晩、地区の育成会の庶務として会議に参加。
正直、育成会という名前はこれまでもよく聞いていたが
何をするのか、さっぱりわからないでいた。
その目的も、会の起りも、背景も、文脈も。
だから去年からいろんな方から
「来年は育成会だね」とお声掛けいただくたびに
やや斜交いに構える僕は、
そんな会は要らないんじゃね?
と正直思っていた。
と過去形に書くとすでにカイシンしたのかと
思われるかもしれないけど、
やるのなら、ちゃんと中身を見ようとは思っている。
ただ、今、ものすごく多くの役を抱えていて、
それぞれの会のスケジュールをすり合わせるのが大変。
1年が3650日ならなんとかこなせるのだけどな。
今年の7月は土日すべてで、複数のイベントが
重なり合っているという事実は、
その手帳を見ているだけで、なんだか笑えてくる。

さて、会議に出ての雑感。
各集落の子供会の代表さんたちが
今年度の育成会の「常任理事」
(この言葉は適当かどうかは別として)。
つまりかなりざっくりとした理解だけど、
育成会は
子供会の地区の連絡協議会というか
その地区での大きな子供会とでもいうべきか、
なんかそんな感じ。
PTAが学校を中心にした教育の場を作っていく組織なら、
育成会は地域を場にして子供たちを育む組織かな。
理念と構想というか着想はいいね。

そこでジュニアリーダーという組織の説明もあった。
前々から聞いていたけど
それなに?って思っていた組織で、
みんなあまりにも普通に話すので聞けなかったが
昨日の会議で説明を受けた。

子供会は小学校を卒業すると抜けてしまう。
で、中学に通うといろんな地区の子供たちが集まり、
その場は、当然、その地区の子たちや大人たちによって
新たに形成され、
中学生は、やはりその場を中心に動き出す。
高校も然り。
そうなると地区(小学校区)のイベントや
集落のお祭りなんかに中学生や高校生が
参加しなくなる。
参加する場の変化と地区への想いへの希薄から生まれる
当然の結果なんだろうけど、
その縦割り的な考え方に
くさびを打ち込もうというのが
ジュニアリーダーだ。
地区の中学から高校までの子供たちを組織して
いわゆる子供会の次にステップの会として
運営することで
子供たちが中学・高校という場のみに捉われず
地域や集落へのつながりも維持していこうという
そんな思想を含んだ組織みたい。
これもまた僕のざっくりとした理解なので
あしからず。

以前、ずーっと前に
このブログでも書いたと思うけど、
子供会を抜けて、再びその個人が
集落や地区に係わりを持つまでの間が空きすぎている
(大抵、結婚して子供ができるまで地区や集落とはかかわりを持たない)
のが問題だというエントリーを書いたが、
すでに、そんな風に考えて
一所懸命動いている人たちがいたのね。
そんな人たちに出会えて、
なんだかうれしかった。
意識が希薄になりすぎると
再び集落や地区とのかかわりを持とうと
気にはなかなかならないし、
係りも面倒くさいものと思って
消極的&限定的になってしまうからね。

で、ジュニアリーダーとも係りを持ちながら
今年は育成会の庶務をすることになった。
僕の持論だが、
こうした既存の組織に参加することが
地域や地区や集落を盛り上げることだと思っている。
そして、そういう立場に身を置くことが
その組織の場を「地域」として自分が捉えなおし、
その立場でそこに係わることが
本当の「地域づくり」だと思っている。
その場は、組織ごとにもそして個人の中でも重層的で
どこが自分の「地域」なのかなんて
この不完全な認知能力しか持たない人間には
「場」をエリア的に定義づけても意味のないことで
自分がその人生を過ごす
その場の福祉(幸福)の向上を目指して
自分にやれる形で参加すること、
それこそがすなわち「地域づくり」だと思っている。
僕の殺人的なスケジュールをできるだけ調整して、
今年は、この育成会でも楽しみたいと思う。
そう思える会だった。



小学校の凧作りに
PTA役員として参加した。
凧作りは5,6年生の親子が参加するイベントで
地域の凧作りの会の方から、
作り方を教わりながら凧を作るというもの。
もともと僕らの小学校では、
凧作りの伝統があり、僕が小学生の頃も
毎年凧作りをしていた。

久しぶりに凧作りに参加して想った事は、
それは凧作りそのものの変化への驚きだった。
僕らが凧作りをしていたころは、
小学1年生から参加していたイベントだったが、
今では5,6年生のみ。
さらに、そもそも夏休みに親子で参加することはなく、
2学期の放課後や図工の授業中に
子供たちだけで作っていた。
たまに先生の裁量で、体育までも
その時間に割り当ててくれたこともあったっけ。
いまだったら、問題になるかもね。
そして、もっとも驚いたのは凧そのものの形だった。
5年生が平面の凧で、6年生は行灯凧(立体凧の基本)という
低レベルさ&基本の形を手順通り作るということだった。
凧の会の方々がよく飛ぶ基本の凧を用意してあり、
その手順に沿って親子で凧を作る。
そこからの逸脱は、ありえない感じだった。
ちなみに僕もPTA役員として
凧を一緒に作った。
そして竹ひごの結束にミスがあり、
「それだと和紙貼りが大変だね」
と凧の会の方が先回りして
失敗も丁寧に教えてくれた。

僕らが小学生の時は、
それぞれが好きな凧を作っていた。
3年生ですでに立体凧を作る連中もいたし、
たいてい4年生で行灯凧を作っていた。
6年生にもなると幾何学的な凧を作るやつもいたし、
大凧や連凧に挑む友人もいた。
凧作りの指導は、
一応先生たちもしてくれたが、
それぞれが個性むき出しに
自分のアイディアで
凧作りをしていた。
それが飛ぶかどうかは、常に二の次だったような記憶だ。
いや、作っている本人は、その凧は大空を舞うイメージで
一杯だっただろう。
でも、その形では飛ばない、と言われても
作り変える奴なんかいなかった。
そんな凧作りは、
もちろん、学校の授業中や放課後では
完成しなかったので、家でも作っていた。

親子で参加するのは、
それはそれで子供のころを思い出すようで
楽しい時間のようにも思えたが、
そこにはあのころにあった
自分たちの個性むき出しの
飛ばないかもしれない凧を一所懸命作る場では
なくなっていた。
もちろん、その反対であの頃にはなかったモノもあった。
凧作りの会という地域の人たちや先生や親を巻き込んだ
より地域的な関係はあった。
それはそれで評価したい。
でも、
僕が凧作りに感じていたあの感覚は、
そういう場じゃ生まれにくい。
なんだかそれがとても残念だった。
今の子供を取り巻く社会の文脈の中で、
凧作りは、地域とのかかわりの中で、
「よく飛ぶ凧」を作る場になっていた。
凧作りそのものが伝統化され、固定化されていた。
僕が思い出したかつての凧作りの場にあった醍醐味は
すっかり削り落とされているように感じた。
ちょっと残念だった。



まだまだ日の浅いPTA役員歴なので、
わかっていないことも多い。
だが、僕の目から眺めてみて、
これまで起きたちょっと僕の日常になかった
PTAにまつわる事柄と
それまで僕の「常識」だったことと、
そして、妻の姉の面白い記事との間に
とても面白い差異を見つけたので、
ここで記録しようと思う。
こういう差異が、
僕らの認識とその上に成り立つ社会の在り方を
鮮明に照らしてくれたりもする。


まず妻の姉の記事のリンクを貼ろう。

毎日新聞 2014年4月21日
『PTA:役員決めは罰ゲーム? やらない人はトイレ掃除も』

なるほど、都会のPTAは
新入学や進級したクラスに親たちが集まって、
そういう風に決めていたとは、
僕にはちょっと新鮮だった。

こういう決め方をすると、
ちょっとネガティブな感じになるよな~って
思うが、
だからと言って自分たちはどうかと言われれば、
そういうネガティブな空気はあるので、
同じと言えば同じの部分もある。
でも、違う部分も多い。

では何が違うか。
組織的なことでいえば、
僕らの小学校では、PTAと僕ら個人の間に
集落ごとの子供会があることだろう。
そしてPTA役員の枠は、
各集落の子供会に割り振られ、
その中で調整をつけるのが普通だ。
個人が全員直接集まって、その場で決めることはない。
集落も8集落あるが、そのうち2集落はとても小さいため
PTA会長といった大役は回さない決まりになっている。
ここでもPTAと子供会の間で調整が行われている。
町内の子供会での話し合いなので、
それなりに事情は加味されるし、
それぞれ知った間柄なので、
やらない人に罰ゲームなんてことはない。
たぶん。

では、話し合いで決まるかと言えば、
そういうときもある。
でも、今年の大役であるPTA会長職は
あみだくじで決められた。
ちなみにあみだくじにしようといったのは僕。
だって、話し合いだと全然決まらないというか、
始めっから、子供会メンバー全員が
僕に押し付けようというムードだったので、
あまりの不公平さに、あみだくじを提案したわけ。
結果、他の方がその大役を引き当て、
そしてその方から、それに続く大役・庶務(会長補佐役)を
頼まれて今年やっているというのが、今の構図。

義姉が書くように、
僕にとっても
PTA役員はやはり大きなプレッシャーになっている。
それがなんでだろうかって
最近よく考える。
一つには、仕事と生活のバランスが崩されることへの恐怖だろう。
平日は忙しくて、役員会なんて出席してられないし、
土日のイベントもなんだか億劫だっていうのも分かる。
平日会議に出れば、
その分生活と仕事の時間が奪われる。
土日のイベントも行ったら行ったで
結構楽しんでいたりするのだが、
休み返上だって感じてしまえば、やはり負担だろう。

もう一つのプレッシャーもある。
PTAという場は、これを発展させて何かをやろうという
雰囲気があるかないかは、
それぞれの組織体質があると思うが、
役員になったことで、大過なく過ごさねば、
といったプレッシャーがある。
決まった活動を決まった通り行うのだが、
そこにかかわる外部の団体や学校内の父母などから
過ちを指摘されるのが、
不思議と苦手な立場に追い込まれているような気がする。
慣れない役とその責任に押しつぶされるような
そんな圧迫感とでも言おうか。
そんなプレッシャーがある。

これら二つのプレッシャーはどちらも、
僕らの精神が自由を失う恐怖から来ている。

そしてそれは本質的に
PTAの活動と組織から抑圧を受けるから
生まれてくる恐怖ではないはずだ。
それらの状況で自分の精神が委縮することで
生まれる恐怖なのだ。
だから、僕は委縮する精神が
自由な広がりを感じられるよう意識しながら
これらの活動に取り組むことに決めているのは
また別の機会に書こう。

人が自由を体感する場面は、2つに分けられるべきだろう。
社会的なさまざまな束縛や抑圧から自由になることと、
人間の精神が自由なひろがりをもつことである。

どちらも同じように見えるが、そうでもない。
社会的な束縛と抑圧を取り除いても
人の精神の自由な広がりは自然とは生まれてこない。
また束縛と抑圧と思われる制度や組織があったとしても
それによって人の精神の自由は
損なわれない場合もある。

PTAにどのようなプロセスで
参加するか(参加させられるか)がまた
その組織の抑圧の感じ方に違いが生まれてくるし、
その中で自由な思考と行動を生み出せる場合もある。
僕らの例でいえば、
今年のPTA会長職は、
僕らの集落の子供会で決定している。
その時に、当時の子供会の会長さんが、
「○○さんに会長職をお願いした以上は、うちの集落挙げて○○さんをバックアップしていきましょう!」と力強い言葉をみんなにかけていた。
その言葉があったからこそ、会長から僕に
庶務という役を頼まれたとき
二つ返事で答えたのだ。

またこの前おこなった、地域の団体(公民館など)を含めての
PTA懇親会の話を例に出そうか。
その会は教職員歓送迎会も含まれており、
転出・転入の先生たちは、ご招待ということもあり、
一般参加の方の参加人数によっては、
赤字になることもある。
その場合は、PTA会長が自腹を切らないといけないらしい。
そんなバカなことあってはいけないので、
僕はこの会が行われる前から
自分の集落の子供会の方に話をして、
赤字が出た場合は集落の子供会の会員で
負担してくれるように頼んで、その了承を得ていた。

PTA総会でも
うちの集落の子供会から議長やお手伝いの方が出てくれて、
そういったことで頭を悩ますこともなかった。

仕事や生活の時間を奪われることによる
不便さは当然それで減りはしないが、
それでも個人が一人でその職責に立ち向かう必要はない。
これが義姉の書いた状況とは少し違うところだろうか。
だから、少なくとも僕は
PTAという組織とその職責から受ける
精神的な抑圧はあまりない。

またコミュニティに根差した小学校というのも
違うといえよう。
子供が通う小学校の親は、
その多くが小中学校時代の先輩だったり後輩だったり
同級生だったり。
地域の団体の長やお偉いさん方も
先輩や後輩や同級生の親だったりする。
閉鎖的にも見えるかもしれないこうした地縁は、
僕らに余計なプレッシャーを取り除く場合も
多くある。

個が自由にそこに立脚するために
多くの組織と制度を解体して
出入り自由な場をたくさん作ってきたが、
その反動で個が個としてその場に立ち向かう
プレッシャーもまた大きくなったともいえよう。
義姉が書いた記事は、
それがその社会が持つ精神的な習慣なんだろう。
だから僕には異質に見えたりもする。

だから記事にもあったが
PTAに積極的に参加されている方で
ボランティアや地域を巻き込んだ
新しくコミュニティを作る人も現れてくるんだと思う。
僕らにはそれが初めからあるのが当たり前だから、
それが不思議に見えたりする。

PTA懇親会である先生から
「普通PTAというと一所懸命やる方は2,3人だけですが、ここの地域は違いますね。地域挙げてやっている感じがします」と言っていた。
そう、それはもともと学校を中心として
それを支えていく集落の組織や連携してきた外部団体が
僕らの精神的な習慣で当たり前になっているからかもしれない。
そしてある先生からは、
「PTAの役職が生徒数に比べて多すぎますよね。街のPTAはもっと数が少ないですよ。やっぱり減らした方がいいですよね」
と懇親会で言われたが、
僕はそれを強く否定したい。
便利で自由さを増やしたいのなら
それは組織を無くしたり、減らしたりすることじゃない。
僕らの精神が自由な広がりを感じられる場を
それを支える人とのつながりを築き上げる中で
作っていくことに力を注ぐべきなのだ。
都会のPTAが先祖がえりのように
新たにコミュニティを作り上げて組織の有用性を向上しようと
しているのだから、
僕らが他の都会のPTAを真似することはない。
だって僕らの組織の在り方と
僕らの精神の習慣の方が
トップランナーなんだから。

僕は庶務という役を通して
今年1年、思い存分、
その自由な広がりを楽しもうと思う。




昨晩、PTAの合同委員会に出席。
合同委員会というのは、
各集落の評議員さんや学年委員さんすべてが
一堂に会して、
それぞれ割り振られた各部の活動について
話し合ってもらう場。
総務部ならばバザーだし、
教養部なら広報誌発行など
それぞれの年間活動を大まかに決めてもらう。
大抵は昨年通りなんだけど、
それぞれ部長さんのイニシアティブのもと
変更する活動もあったりもする。

さて、
そこに参加していての雑感。
娘の通う小学校は
一学年一クラスという小さな小学校。
で、集落から4人の評議員と
学年ごとに集落から一人の学年委員が
出てきて、そこにPTA役員を合わせると
実に、全保護者世帯の半分くらいが
この合同委員会の場にいることになる。
この状況を
皆さんはどう思うだろうか?

僕は以前、
子供の数が減っているのに
役の数が減らないのは異常だと思っていた。
今でもどこかでその想いはある。
だが、そう想う自分は、いったいどこに立って
物事を考えているかを冷静に見つめてみると、
すこしその想いも、僕には違って見えることもある。

保護者世帯の半分くらいがPTAの役につくというのは、
ちょっと他では異常かもしれない状況なんだろう。
合同委員会でもかつて役員をしていた方から、
「会則を変えて、PTAの人数を減らしたいね」と
言っていた。
確かに、なんやかんやと行事に駆り出されるのは
仕事やプライベートの時間を奪われるので
至極不快な時もある。

だが、かつて娘が通っていた保育園では、
保護者世帯全員が何らかの部会の役員を務めるという
変わった保育園だったので、
保護者と保育士といっしょになって
共同で保育を作り上げていくという実感があった。
ただその反面、参加が強要される場面も多く
なかなかタフな保育園だったが・・・。

PTAは子供のため、とかいうが、
なんだかそれは回りまわっての話かな。
確かに子供ためなんだけど、
もっと直球な感じでは、
学校運営に親も参加しようということなんじゃないかって思う。
行政からの運営費以外に
何百万というお金をPTAで動かして
それだけ子供の通う学校の運営を
手助けしている。
そしてそこで動く予算や活動に参加することで、
何が学校に必要なのか
その声もまた届けられる場でもあるんだな、と思う。
庶務なんてちょっと面倒だな、と思ってはいるが、
これはこれで面白いと思えるのは、
参加したいと思えば、それができる場がそこにあって、
自分の意思を伝えあえる場所があるってことだからだろう。

半分が役員だなんて素敵じゃないか、って
僕は思ったりもする。
どうせ、この後中学とか高校とかなれば
規模も大きくなって、だんだん手作り感のない
PTAになっていってしまうんだから、
今くらいこういう感じも悪くない。
しかも、そこに出てくる親は
昔の先輩だったり後輩だったり同級生だったり。
いいな~、こういうのって。
ネガティブな意見もたくさんあるんだろうけど、
それを引きずりながらも
なんだかんだ言っても
結構な参加率で合同委員会は無事終了した。

こういう場を大切にしたいな。
と思った夜だった。



庶務は大変だと言われたが、
はたしてそうだと言わざるを得ない。
だが、それを言ってしまえば、
なんだか負けになるので、
やはりよそう。

さて、今、僕の庶務の仕事は
PTA総会に向けて開かられる役員会や学年委員会や
合同委員会などの資料作りだ。
これは昨年の資料をもとに
そのデータの日付を変更するだけだと思っていたが、
どうも庶務担当の先生と親の庶務とで
持っているデータが違うようで、
会長から作成指示があっても
僕の手元にないデータがいくつかある。
そのたびに、データをあちこち探す羽目になり
なんだか効率が悪い。
ということで、役員さんには先生も含めて
全員宛のメールで情報共有を図ろうとしているところだ。
だが、なぜか皆さんからの返信は、
僕個人宛になっており、
情報が共有できず、再び僕からみんな宛に発信するという
至極非効率的な作業が続いている。
PTAはこういう文化なのだろうか???

さて、本題はそこではない。
総会後に開催予定の先生たちの歓送迎会&
各種団体の懇親会だ。
この歓送迎会はPTAが主催するようで、
先週から招待状作成やそれを送る人のリスト作り、
さらには一人一人に配って歩く作業と
やや忙しかった。
この作業を通じて感じたことだが、
学校を中心に地域のつながりがあるということ。
それは当たり前のことなのだが、
自分が思っているよりもそのつながりが
広範囲にわたっているということだった。
消防団や駐在所、公民館・老人会は妥当だが、
商工会や農協まで招待することになっており、
さらにはある農事法人組合までご招待になっていた。
昨年からの引き継ぎで、
これまで招待した役職のリストに沿って
招待状を配って歩いたのだが、
なぜ農協や農事法人組合まで入るのかは
やや理由が不明だった。

会長に聞いても
「昨年も呼んでるから」
との回答でよくわからないらしい。
農協の方も
「ほかの地区では呼ばれないんだけど」と
やや困惑した様子だった。
PTAや学校の費用を農協の口座から落とすからだろうか?

地区内には農業生産法人や任意組合はほかにもあるが、
なぜか一番大きいハーネスだけ招待状を送る。
推測だが、学校で取り組んでいる田んぼ体験の管理を
ハーネスが行っているからだろう。
だが、本当はその体験田んぼの主催は
農協青壮年部河合支部なので、
招待状は青壮年部の河合支部長宛なんじゃなかろうか?
と、僕なんかは思ってしまう。
(青年部がハーネスに依頼して田んぼの管理をお願いしてはいるけど)

まぁ、今度の歓送迎会の時に
歴代のPTA会長さんたちも来る予定なので、
そこで理由を聞いてみようと思う。

いずれにせよ
僕が昨年の資料から作った招待状のリストが
ある意味、この地域のカタチということだろう。
とても興味深い。

みんなから、
「それは一番大変かもしれないよ」と
言われる。
そんな役につくことになった。
それはPTA役員の庶務。
もちろん一番大変なのは会長さんだと思うけど、
それを補佐するこの役も大変らしい。
まぁ、みんなPTA役員のことを
「大変」という冠詞をつけて話す風習があるようなので、
どれがどのくらい、本当に「大変」なのかは
やってみないとわからないけどね。

庶務は、PTAの役員会や会議の書類作りや司会進行、
そして会計の一部とお知らせづくりなど
まぁ、いわゆる事務運営一般すべてをやるってわけだ。

僕もなんでこの役をやることになったのかは
いまいち不明のままだが、
とにかく、こういう世界もまた
地域の一つなんだろうと思って、
たのしんでやっていこうと思う。
これでブログのネタも増えるしね。
そう思えば、「大変」も実は
ちょっと面白い程度かもしれないって
自分に言い聞かせて、
やっていこうと思う。




田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

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