過分な賞を頂いた。
これまでのさまざまな活動を
評価していただいた結果の受賞だった。

でも、その「これまで」は、
僕にとっては全部「偶然」が積み重なっただけ。

まず、
97年に青年海外協力隊に参加した。
これは偶然じゃなく、自分の意志で。
赴任した場所は、「偶然」だが、素晴らしい仲間が集まる
協力隊員ばかりの村おこしのチームプロジェクトだった。
物見遊山な感じで赴任した僕には、
かなりハードルの高い職場だった。
諸先輩たちの妥協のない活動への姿勢が、
大学を出たばかりの僕に
プロフェッショナルな仕事の仕方を教えてくれた。
そして、ここでの経験が、
地域づくりへの僕の視点と情熱を作った。
00年に帰国。

丁度その時に、福井農林高校と
インドネシアのタンジュンサリ農業高校の
交流事業があり、全国高校文化祭(横浜開催)で
そのタンジュンサリ農業高校が招聘された。
その通訳として、僕は参加した。
当然、これも「偶然」。
福井でインドネシア語が出来て、
帰国したばかりで時間に余裕のある奴は、
僕しかいなかっただけの話。

そして、そのご縁で両校の交流事業に僕が関わり、
インドネシアからの短期留学のお手伝いを始めた。

03年、僕は「偶然」と「強運」を武器に、
自分でも無理だと思っていたボゴール農科大学大学院に
奨学金付きで留学した。
留学の理由はさまざまあったが、
地域づくりのチームプロジェクトに参加していたことと、
そこで「偶然」出会った
妻・小國和子に触発されたことも大きい。

05年、留学先で、
タンジュンサリ農業高校の校長と
福井農林高校への短期留学について議論をする。
「偶然」にも校長が遊びに来いと言うので、
行ったらそういう話題で盛り上がった。
「3か月の短い期間では、日本・福井の農業を深く理解できない」
と校長談。
その議論から、農業研修プログラムが生まれることになる。
留学から帰国後、再び農業を生業とし、
2年の準備期間を経て、
08年から受け入れを開始する。
ちなみに、留学での学問と妻からの影響が、
今の僕の地域開発への眼差しになっている。

そんな頃から、農業をしたいという
日本人の研修生も農園に来るようになった。
その研修生たちが、
「偶然」あまりにもモノを知らないわりには、
貪欲な勉強家だったので、
数人で勉強会を開いたら、
いつの間にか十数人の人が来るようになっていた。

インドネシアの研修卒業生も
自国で活躍し始め、そんなこんなで
僕もメディアに取り上げられる機会が多くなった。
そんな「偶然」から、優秀な若者が
スタッフとして農園を支えてくれるようにもなった。

今回の受賞で取材を受けたが、
これからどうしていきたいですか?と
今後の抱負について質問された。
答えにやや詰まった。
だって、「偶然」が次の活動を生み出して、
その積み重ねが今に至っているだけなのだ。
僕が「こうしたい!」と強く望んだこともあったが、
それが生まれてきたのは、僕のイメージではなくて、
周りの状況やそこにニーズがあったからだ。

だから、たぶん。
これからもこんな「偶然」を大切にして、
それを積み上げていこうと思っている。

これまで一緒に、
こんな素敵な「偶然」を積み上げてくださった皆様、
本当にありがとうございました。
そして、これからもこんな素敵な時間が続いていけるよう
努力していきますので、
ご支援とご指導を頂ければ幸いです。

本当にありがとうございました。

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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