さ、今回もやるよ。
今年新人で入ったすーちゃん。
青年海外協力隊でインドネシアへの派遣を目指して
これからいよいよ僕も彼女のために
研修を作っていこうと思う。
今日そんな話し合いをした。
ま、気が変わらない限りのことだけどね。

彼女は
正社員で採用したのだけど、
それとは違う方向になっていく。
とは言いながらも、
採用の段階で、ここまでは僕も想定内。
というか、まだ明かせないけど
僕はもう少し先も見据えているけどね。

さて
ここ半年で彼女からも
いろいろと話を聞いて、
その後どうしたいかも考えて、
彼女が嫌でなければ、
そして彼女にその能力があれば、
協力隊の隊員として
そしてここがちょっと難しいのだけど、
任国インドネシアを狙ってみようか、
って話になっている。

僕個人が任国を決めることはできないし、
要請をそのためにあれこれと手を尽くして
挙げることもできないけど
(全く出来ないわけじゃないけどね)、
彼女の実力と運とがうまく重なれば、
というか運命がそこに向けば、
ま、それもあるだろう。
ただ運を呼び込むのも実力さ。
まずは今年中に読み込もうという文献を
今日確認した。
インドネシア語も勉強もしつつ、
インドネシアの農業研修でも勉強しつつ、
それとは別に新たに
僕の開発社会学と農学を
個別に彼女に教えようと思う。

なんだろうね。
この人材育成好きは。
農園の経営に全く関係のないことに
全力投球してしまう自分を
我ながらあきれてしまうのだけど、
人も野菜も育てるのが、農園たやだからしょうがないね。
というか、これが農園の経営だと
僕は最近、本気で思っているけどね。
セネガルに旅立った北野のように
素晴らしく出来の良い弟子になるかどうかは
わからないけど、
彼女にはその資質も根性もあると
僕は見ている。

とにもかくにも、
僕の道楽は今年もまた始まる。
どんな風になるのか、
どう転がっていくのか、
いろんなことが楽しみだ。



P6230741.jpg

お隣の集落に中橋農園という
大きな園芸の農園がある。
ここの社長は、僕の父の大親友で
良く二人で飲みに行っていた。
その中橋さんは
就農する前にはしばらくうちにも
研修に来ていたこともあった。

僕が中学生の時
福井県で受け入れたインドネシアの農家に
会いに行こうというツアーがあった。
それに僕はついていったのだが、
そこで中橋さんには良く遊んでもらった記憶がある。
その時から中橋さんは
僕がとても大好きな人の一人になった。
その中橋さんが、僕が高校生だったかの時に
結婚した。
僭越ではあったが、どうしてもお祝いを言いたくて
電報を送った記憶もある。

その中橋さんの長男が
今年大学を卒業し、実家の稼業を継ぐという。
で、うちで1か月ほど預かってほしいといわれ、
この6月、僕の農園で研修をしていた。
といっても、農園でみんなと一緒に働いただけだけどね。

とても大事に育てられたんだな、
というのが僕の彼への印象だ。
素直で、ちょっと珍しいくらい無垢。
いや1か月だから、葛藤は隠して
過ごしただけかもしれないけどね。
ただ本当に擦れていない感じで、
それが少し心配でもあった。
斜に構えるのが
僕ら世代が若いころからの習慣としてあり、
とくに順路にそって就職しない奴は、
たいてい、社会を斜交いに見る癖があった。
僕はそれがとても大好きで、
だから農園にやってくる奴のどこかそういうところを
僕は愛してやまない。
だのに、彼にはそれがあまりない。
というか、ほとんどない。
それがとても不思議だった。

ある意味ニュータイプなんだろう。
これからの農業を作り上げていく主体になるには
まだまだ修行が足りないが、
君が持っている感覚は
君だけのものだ。
それを自覚し、武器にできたら、
僕にはまねできない地域の主体に
君はなるだろう。
期待しているよ。






前回エントリーで書いた2013年度前期の試験。
ちょっと番外編で、2番手は
青年海外協力隊への研修中の北野君。

座学はインドネシア語で行われているので
彼は授業に参加でいないが、
他に時間を作って彼とも授業内容を
ダイジェストで解説してきた。
そこでこれから協力隊隊員としてセネガルに赴く彼に、
3年生のクスワントの地域で
アグリビジネスプランを作ってもらった。
ちょっとした隊員シミュレーションといったところか。

北野君のクスワントへの聞き取りで
クスワントの地域は、サツマイモが有名だとわかる。
またヤシ砂糖の生産もあり、
近隣から買いに来るくらい少し有名らしい。
北野君は、これら二つを合わせて
インドネシア版大学イモを作って
街のショッピングモールなんかで売ろう!というプラン。
ちょっとひねりを入れて、
インドネシアは暑いので、冷たいものをということで、
半解凍大学イモで販売とのこと。
冷凍庫も準備して、バイク輸送で村から街へ運ぶ計画。
授業主体は、プラン内では北野君本人だった。
簡単な収支計算では、1g=1円(100ルピア)で販売できれば、
他の既存のスナック菓子&スイーツと張り合えるという。

ただ問題は、イモが通年収穫できないということ。
イモの季節しか、イモが無い。
近くの大産地には貯蔵施設があるので通年で
イモの利用が可能だが、クスワントのような小さな産地では
そんな施設なんてないのだ。
北野君は、クスワントから買えない時期は
他の産地から買います、と言っていたが、
なんだかそれでは本末転倒にならないか?

大きな産地には当然くずいもも沢山ある。
規格Cと呼ばれる芋で、それらは二束三文だ。
そのイモを通年で定期的に購入する契約を結ぶことが出来れば、
よりビジネスとして安泰になるんじゃないか?
というかそのモデルによって利益追求するビジネスタイプの場合
(北野君のモデルがまさにそう)、
なにもクスワントの地域にこだわる理由が全くない。
こうしてランディングしたビジネスは、
その普遍性を武器に、
より効率を求めて、他の地域へと移っていくのである。

普遍性ではなく、地域間の差異に目を向け
そこにある「何か」を武器にしない限り、
ビジネスは果てしなく効率を求めて浮遊する。
ローカルな発展とビジネスを結びつける視点が
まだ北野君には無かった。
ちょっと残念。

北野君、
任地ではもっとローカルな部分に目を向けてね。



お盆の大量発注を
無事納品し、ようやく一段落。
今日と明日は、完全に野止め。

お盆需要の納品で先週から
大変だった。
連日の猛暑の中、
スタッフと研修生とアルバイトとパートさん
総動員でフル回転しながらの
農作業だった。

さて、そんな時に
「農園が見たいです」といって
県外から訪ねてきたお客がいた。
普通だったら断ったのだけど
(事実、早稲田からの体験で毎年きていた学生はお断りをした)、
丁寧な手紙と、
その行間から溢れる想いに押し切られ、
仕事するつもりでなら良いよ、と
思わず返答してしまった。
そうしたらその彼、それで構わないといって
本当にやってきたので、
ベビーリーフを切る鋏を手渡し、
体験の3日間は、
早朝から日没まで終日作業につき合わせた。

さて、見学に来た彼。
医薬品の会社に就職が決まった後に
学生ボランティアで体験した
農業の楽しさが忘れられなくて、
仕事をしながら農業を志している。
就職して1年半になるが、
その想いは大きくなるばかりだという。
またその過程で、出会いがあり、
青年海外協力隊にも憧れているらしい。
人と会うことで
何か自分が大きく成長する、そんな時期ってある。
まさに彼はそんな時期なんだろう。

協力隊参加には迷いがあるという。
だから、行ったほうがいいですかね?
と何度も尋ねられたが、
それに関しては答えは一つだ。
行くか行かないかと迷うのなら、
行った方が良い。
どう変化するかはわからないが、
それに参加することで、
確実に自分の未来は変わるだろうね。

奇しくも
数日前にセネガル行を決めた北野君もいて、
その影響も大いに受けたようだ。
協力隊に行くなら、田谷さんのところで研修できますか?
と彼。
そうだね、それもありだね。
どうなるかわからないだろうけど、
農園の作業で
一人分くらい空きを作っておく必要があるようだ。

こういう若者に押し切られるように
受け入れをするから
経営に計画性が無く、
作業や投資に無理が出るのだろうが、
まぁ、いいさ、一人や二人増えたり減ったりしても
大丈夫なような規模にしてしまえば
良いんだからね。

そんなややこしい大人の事情は別にして、
こうやって新しく吹いてきた若い風は
やはり心地よい。
もし彼が研修に来るのであれば、
また僕らの農業が変化し、
そして相互作用的な楽しみが
また一つ増えるような気がしている。

彼以上に、
どうやら僕がわくわくしているようだ。

今日で立秋。
秋の気配はどこだ?なんていわれるかもしれないが、
日の出とともに仕事を始め、
日の入りとともに家に入る生活をしていると、
最近はやはり日が短くなったと良く感じる。
今日で立秋だと言われれば、
さもありなん。

さて、その立秋に
青年海外協力隊2次試験の合格発表があった。
農園で研修を受けていた北野君は、
見事合格した。
今年の1月に研修に来て、
たった7カ月での合格。
まだまだ研修しなければいけない事ばかりと
思うことも多いが、
自分が協力隊に参加した時に、
彼ほど知識と視点を持って
参加できていたかといわれれば、
決してそんなことは無いわけで。

だので、ここで彼が合格というのであれば、
その資質をすでに十分備えたということであろう。
とにかく、農園から協力隊合格者が出たのは喜ばしい。
農園から協力隊参加者第一号だ!と思ったけど、
良く考えたら、僕が第一号なわけで、
その後もここで研修した子で合格した子が二人いたので、
北野君は農園からでた協力隊合格者では、
第四号というわけだ。
僕が直接かかわったという意味では、第一号だけどね。

農園ではどんどん協力隊に行きたい若者を
受け入れていこうと思う。
これからも知識だけでなく、
それぞれの任国で、
自分で思考し、
現状を打破していける視点を
身に付ける研修をしていこうと思う。

北野君、合格おめでとう!


この夏、ようやく農園の生産出荷体制が
整いつつある。
昨年に比べて2名少ない状況で夏を迎えていたが、
あちこちに募集をかけたところ
先月から今月にかけて
アルバイトやパートの方が
ようやくそろった感じだ。

で、その面々を見てみると、
最近の傾向としては、学生アルバイトの場合、
必ずしも賃金や待遇重視ではないということ。
大事なのは、
どうも「経験」のようにも思える。
この職場でアルバイトをしたら
どんな経験を得られるか、そんな基準で
アルバイトを選んでいるようにも見えるのだ。

農園では若いスタッフも多く、
青年海外協力隊参加者や
それに行きたい若者もいる。
広告代理店勤務経験を持つ面白いスタッフもいる。
さらにインドネシアからの農業研修生。
どこの誰に言われたのか忘れてしまったが、
「農園たやさんて、合宿みたいですね」
と言われたことがある。
まさにその表現が、ぴたりとくるそんな職場だろう。

こんな職場に来るアルバイトの多くは、
やはり海外志向が高い。
今回も、海外に興味のある学生が2名。
まだ決まっていないけどアルバイト志望の学生も
国際協力に興味のある子が1名いる。
これから短期で農園に体験に来る方は、
青年海外協力隊参加希望者だし、
日曜日だけバイトに来てくれる若者も、
海外や農業に興味があるという人。

待遇で言えば他のところでアルバイトした方が、
絶対稼げるだろうし、体力的にも楽だろう。
でも「経験」を重視し、うちへ来る子もいる。
それはある意味、僕らにとってもプレッシャーなのだが、
海外志向がここでさらに高まってくれれば、と
僕らも希望している。

昨年アルバイトに来た学生は、
卒業の時に
「2、3年社会人をやって協力隊に行きたいです」と
言って故郷へ帰って行った。
2年前に体験としてやってきた学生は、
「海外に興味ないです」と言っていたが、
今、農園で自主研修をしながら青年海外協力隊を目指している。

もちろん、アルバイト募集は
僕らの仕事で不足する人員を確保するためなのだけど、
どうも他のベクトルに力が向かってしまうようで、
ここに来る人を海外志向に仕立てあげてしまおうと
目論んでしまう。

今年も沢山の学生や社会人が
ここにアルバイトに来てくれることになったが、
さて何人が海外に飛び出していくだろうか。
ここに根を張り、
外に飛び出しにくくなった僕としては、
僕の代わりにどんどん外に出ていく人が増えてくれること、
そしてその経験をそれぞれの地域で活かすこと、
それをすすめて行くいくことが
最近の僕の道楽の一つでもある。


青年海外協力隊に参加したくて
研修をしている北野君。
先日、2次面接試験があり神戸まで出かけて行った。
面接では、僕や妻の名前がJICA側からも良く出たようで、
とても和やかな雰囲気で進んだようだった。
面接試験が上手くいったからか、
彼はなかなか饒舌に試験内容について
話をしてくれた。

その中でも、僕にとって「ん!?」と思うものが一つ。
それはこんな質問だった。
面接官が、
「田谷さんに無くて、君にあるものは何ですか?」
との問い。
問い自体は良くありそうなものなのだが、
その答えが「ん!?」だった。

「穏やかな心です」と
北野君はノタマッタそうだ。
そう答えましたと嬉しそうに話す彼に、
僕はとても「穏やかな心」ではいられなかった・・・。
あっ、僕には無いか。

確かに、僕は他人に厳しいし、よく怒る。
任地でも、いくつも恨みを買い、
隊員の時に顔面の神経が
マヒする病気にかかったのだが、
一部の村人からは、
「黒魔術をかけられたな」と言われたりもした。
活動でちょっとトラブルのあった人からも
「食べ物に気をつけろ。毒が盛られているかもな」
と捨て台詞をはかれたこともあったな。
僕に好意的な村人も、
「田谷はsuka marah(短気・よく怒る)だ」と
良く言っていた。

特に弁解もしないし、今もたぶん結構短気。
そういう性分だからしょうがない。
ただ、自分がマイノリティーで
しかも何か物事を動かさないといけないような
ミッションがあって、
その条件下での異文化での暮らしは、
自分が思っているほど
「穏やかな心」ではいられない。
表情に出なくても、心穏やかじゃない時ばかりさ。

北野君が協力隊に合格して、
無事任地から戻ったら、もう一度聞きたいね。
「僕に無くて、君にあるものは『穏やかな心』だったかい?」と。


青年海外協力隊に参加したい!と言って、
うちの門をたたいた北野君が来てから始まった、
妻・小國の開発の勉強会。
その第2弾が、先日我が家で行われた。
今回は、僕は一切しゃべらないことにした。
前回、やはり僕がすこししゃべりすぎてしまったので。

ちなみに、
農園の野菜をふんだんに使った妻の手料理を食べながらの
ちょっと贅沢な開発の勉強会は、
うちの農園で研修をする人のみのプレミアム。

さて、
今回は、前回の感想をベースに
けっこうフリーな感じでのディスカッションだった。
チェンバースからも随分離れた感じで、
協力隊OBの佐藤君の経験談を事例に、
話が進められた。
今回の議論の中心は、「仮説」だったように
僕には思えた。
何か行動を起こす時(もしくは何かを考える時)、
僕らには必ず「仮説」が前提としてある。
どこまでを仮説と呼ぶかどうかは、
曖昧な点も多いかもしれないが、
「事実」だと思っている事でも、
その認識は個人的なもしくは
共同で想像されたものでしかない。
ある限定的なコミュニティや範囲を指定しての
共同で想像された「事実」であれば、
その中でそれはある程度「事実」なのだろうが、
現場では、その分断が多いから問題が発生してくる。
いわゆる認識の違いってやつ。
異文化なら、なおさらだろうな。

農業技術普及において、モデル農家育成のプロジェクト化は、
その技術の普及に有効な手段かどうか?
というお題をみんなで議論していた。
この仮説満載のお題に、
北野君は有効だと言う。
「失敗も沢山あるとは思いますが、成功事例がある限り『あり』だと思います。」
と答えていた。
僕も参加したくてたまらない議題なんだけど、
一足飛びに議論を進めてしまう
悪い癖があるので、
娘と遊びつつ、聞き耳を立てて我慢をしていた。
こうだ!と思ったことの多くが仮説にすぎず、
しかも現地の住民とカテゴライズしても、
そのなかに多様なアクターが、それぞれに仮説を抱いているという
状況が目の前に現れて、
北野君も佐藤君も、ディスカッションの中で
身動きが取れなくなってしまった。
じゃぁ、一体、どこから活動を始めていいのだろうか、と。
この辺りで時間切れ。
続きは、妻が長期海外出張から帰国してから。
宿題は、活動をどう始めるかをそれぞれが考えるというもの。
それぞれが思い悩むだけ、
思考が深くなるのが解る、そんな勉強会だった。


青年海外協力隊に行きたいという
青年・北野君の研修は、始まっている。
毎日の農作業に従事してもらいつつ、
月1回から2回ペースでコミュニティ開発について
ディスカッションを行う。
今週の火曜日に早くも1回目のディスカッション。
ディスカッションでの導き役は
妻・小國和子。
JICA専門家派遣研修などでも講師を務めているので、
これ以上の適任はいないのだが、
これをタダで、しかも少人数で受けられるというのだから、
う~ん、とても贅沢。
ちなみに僕は、横でニコニコ座っているだけの役。
妻曰く、
僕は「しゃべりすぎるから邪魔」なんだってさー!

1回目までに読んでもらった本は、
ロバートチェンバースの「第3世界の農村開発」。
知る人ぞ知る農村開発のバイブル。
ディスカッションでは、これを解説するわけではなく、
これを踏まえて、状況のあれこれを話し合う形式だ。

この本を読んで、
「当たり前のことが書いてありますね」と言っていた北野君は、
ディスカッションを深めていく中で、
徐々に、その『当たり前』と言った前提と
彼から答えられた状況判断が
チェンバースの意図とは乖離し、
たまに彼自身が本の中で批判されている
『専門家』になったりもしていた。
専門家の常識をうわべだけで打ち破っても、
住民の中にある『答え』を
無意識&無批判に肯定し、
それを『目標』に換え、
それの達成のための手法と
対処ばかりが上手になるのは、
僕らの思考の癖なのかもしれないな、と
横でニコニコしながら思った。

協力隊OBの佐藤君が
いろいろと自分の体験から事例を出してくれたので、
結構議論は面白かった。
住民のニーズってなんだろうって
悩み考えるのも、大切なことだ。

次回もチェンバースを踏まえた上で
ディスカッションをする予定。
もう少し、貧困について考えたいな。
あっ、でも僕は横でニコニコしているだけだけど。


この1月は記録することが多すぎる。
なのに、それに比例してか、
僕の時間はどんどん無くなっていく。
それだけいろんなことが周りで頻発しているということか。

今回は、彼を紹介しよう。
「北野正人」

IMGP1040.jpg


彼は、2010年の夏、早稲田大学の学生として、
僕らの農園にやってきた。
毎年、早稲田大学の農村体験の授業の一環で、
夏休みの8月に、
1~2名の学生を受け入れている。
受け入れると言っても、2泊3日程度。
その間は、散々こき使って、
しかも寝食をインドネシアの研修生と一緒にしてもらい、
異文化・ワールドワイド・田舎体験&重労働を
無理やり3日に詰め込んで、学生を混乱させることに
僕の喜びがあった。
早稲田の学生はなかなか優秀で、
音はあげない。
が、本当はどう思っているのかも良く解らない感じで、
異質なものを前にした時に、
その場しのぎ的に自分を偽っているようにも見える時もある。
賢いからなせる業ともいえるかもしれない。
そんな中でも、面白い子が何人かはいた。
北野正人は、その中でも断トツだった。

彼はそれだけ混乱させたにもかかわらず、
しなやかだった。
彼が来た時の印象は今でも覚えている。
4年生だった彼は、この時期貿易関係の商社に
就職が決まっていた。
だのに、海外旅行したことが無いという。
そもそも海外に興味がないとまでノタマフのだ。
だから、インドネシアの子たちとの共同生活で
きっと音をあげるだろうと、
根が意地悪な僕はほくそ笑んでいた。
だが、彼は逆にその生活を楽しんでいた。
そしてあろうことか、その夏休みの間に、
また農園に舞い戻ってきたのだ。
面白かったので、バイトさせてほしい、とのことだった。

あれから月日が流れ、
昨年の夏に久しぶりに彼から電話があった。
突然の電話で驚いていたのだが、
彼は
「協力隊に行きたいので、田谷さんの農園で修業させてもらえないでしょうか」
と、これまた突然の申し出だった。
一瞬答えに躊躇した。
一流大学を出て、一流貿易会社に入社。
仕事も面白くなったころに違いないはずだし、
それにそもそも海外にはあまり興味が無かったんじゃなかったっけ?
海外に行くにしても、貿易会社なんだから
嫌でも海外赴任はあるだろうし。
青年海外協力隊を選ぶ必要性は、
彼の場合、どこにもなかったのだ。
僕は彼に、青年海外協力隊はキャリアアップではないよ、
と正直に伝えた。
協力隊は僕らにとても大きな経験を与えてくれる。
だが、この経験を社会が大きく評価してくれるかどうかは、
また別の話なのだ。
マイナス評価の場合も多い。
海外で仕事をしたいと彼が言う場合、
協力隊以外にもいろんな可能性があるのだ。
だから、僕は強く勧めなかった。
それでも、協力隊に行きたいと彼は言う。
そして、実際に福井にも来て話を直接聞いて、
僕も腹をくくった。
彼を青年海外協力隊隊員として育成しようと。
もはや、僕は何を商売としてやっているのか、
自分でもわからなくなってきた。

そんなこんなで、彼はこの1月から
農園で働きながら協力隊を目指す事になった。
農業を経験しながら、
僕や妻とコミュニティ開発について
議論を交わしていこうと思う。
僕らはもう、そう長くは仕事で海外に出ることが出来ない。
だとしたら、
僕らの代わりに外に出て活躍してくれる人を
育てたらいいんじゃないか、と思っている。

この新しい試みが、
どう化学変化を起こしていくかは、
これからの楽しみとしよう。

ちなみに、
この育成活動もまったくの僕の道楽。
JICAからお金は一切出ていませんのであしからず。


先週末から、大学院生が農園で
インターン中である。
海外へ調査に行くとのことで、
農業や農村について事前に学びたいと
やってきた。
また妻からは農村での調査をするにあたって
さまざまなポイントを指導。
僕ら夫婦だから出来る研修と言っていいだろう。

さて、その学生さんは地域資源に関心がある。
すでにエチオピアで予備調査をされたということで、
たくさんデータを持ち帰ってきた。
しかし、
帰ってきて改めてみれば、そのたくさん取ったはずのデータは、
本来自分が明らかにしようと思っていた事柄とは
関連性が見えにくいデータも多かったという。

こういうことはよくある。
調査前にしっかりと計画を立てて、
何を聞けばその事柄が明らかになるかも
何度も何度も精査しても、
いざ現地に赴くと、
インタビューの
時間や場所や使う単語の認識のズレや
インフォーマントの語りのツボなどに
大きく左右され、
それでも立て直しが出来るならいいが、
異世界の高揚感と大量の情報に混乱し、
自身を見失ってしまうことも多い。

それでも必死に
それら困難を振り切って、
計画通りに情報を集めてきても、
その事柄を明らかにするはずデータが、
その事柄だけを断片的に切り取ったモノとなってしまい、
そこに住む人たちのリアリティから
かけ離れたデータとなってしまうこともある。
帰国後に膨大なデータが
ゴミのように見えることだってある。
こうした喪失感は僕にも経験がある。

そうならないための訓練と
農村で農業を生業にしている相手のリアリティに
寄り添いながらインタビューを展開していけるための
農業の素地を身に付けるために、
大学院生は、ここにやってきた。

さて、ここでのインターンの中身についても
少しだけ紹介しようか。
その学生さんに農園を案内しているときの一コマ。
堆肥場を案内し、生ごみを堆肥化して利用していると説明した。
すると学生さんは、
堆肥の種類や作り方、
野菜によって堆肥を使い分けるのか、など、
堆肥にフォーカスを置いて様々な質問を投げかけてくれた。
そこで僕は、多様性を大切にする観点から、
土づくりの話をし、
微生物と土と植物の相互作用の大切さや、
それがさらには圃場内の多様性を生み、
総合防除的な視点から、
すべての虫を排除するのではなく、
多様性の中でバランスを取って、
特定の虫だけが繁栄しないのが
大切だと話をした。
学生さんはメモを取り、
堆肥から始まったインタビューは
総合防除やエコシステムにまで及んだ。

堆肥場から我が家までゆっくり歩きながらの
インタビューで時間にして10分程度。
家に着くと、先に帰っていた妻が一言。
「で、地域資源としての堆肥の話は聞けた?」
そこに意識が言っていなかった学生さんは
はっと我に返ったような顔をしていた。
堆肥にフォーカスが当たり、
その技術的なことをインタビューはできたが、
肝心の堆肥を中心にした
地域の資源の活用やマネージメント、
そこに関わる人々の息遣いは
まったく見えていない。

短時間のインタビューでは
そんなことは難しいとは思うかもしれないが、
そこに意識を置いて話を聞くかどうかで、
データの質が変わってくる。
その事柄を中心にした
人々の繋がりや農業の様式が
展開されないとやはりとってきたデータは、
地域資源と言うカテゴリでは
断片的になってしまう。

インフォーマントの語りのツボを押すと、
大量のデータが引き出される。
でもそのデータに押されっぱなしで
それを記述することにばかり必死になれば、
自分の関心からはどんどん離れていくこともある。

たまに
語りを遮る人もいる。
新聞の記者さん等でこういう人はたまにいる。
自分の書きたいことやストーリーがすでにそれなりにあって、
それに合う話だけを効率よく聞こうという場合がそれだ。
語りを遮られると、あまり気分が良くない。
最悪の場合、
調査者が何を聞きたいのかを
インフォーマントが先回りして察知してしまい、
それに合わせて相手が喜ぶように
饒舌に語ることにもなりかねない。
こうなったら、もう誰のリアリティなのか
さっぱりわからないことになる。

相手の語りに寄り添いながらも、
自分が明らかにしたい事柄を心のどこかにとどめ
少しずつインタビューを修正させていく。
そんなことを言うのは簡単だが、
ライブで進行していくインタビューでは
なかなか難しい。
だからフィールドノーツをしっかりとつけ、
その修正が大切になる。

農業を体験してもらいながら、
僕はインフォーマントとしていつでもどこでも
その質問に答える。
そしてその質問のやり方や内容について
妻が常にチェックを入れる。
学生さんは大変だろうが、
このインターンは、僕ら夫婦にとっても
とても刺激的なものになりそうだ。

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

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