金曜日は3年生のゼミの日。
記録し忘れていたが、前回、イルファン君は
マメ科のバンカープランツについて発表してくれた。
クローバーとキュウリ、
ソラマメとキャベツ、
赤クローバーとネギ、
などといった組み合わせ。

どの組み合わせも中身は同じで、
バンカープランツに害虫や病気をつけ、
そこにやってきた天敵(虫や菌)を育み、
のちに収穫する野菜を、その天敵に守ってもらおう、
という考え方。

科が違えば、害虫や病気の種類は変わることがある。
クローバーにも、うどんこ病はつくし、
キュウリやカボチャにもうどんこ病はつく。
でも、おなじ名前の病気でも、菌種は違う。
クローバーのうどんこ病菌は、キュウリにはつかないのだ。
でもうどんこ病菌を食べる菌(天敵)は
クローバーだろうがキュウリだろうが、お構いなく
うどんこ病菌をせっせと食べてくれる。
この摂理を利用して、クローバーを犠牲にしながら
キュウリを育てようという考え方。
古くて新しい考え方。

ただ、現代農業などの雑誌で紹介されているものは
どれもこれも日本の雑草種(マメ科)ばかり。
そこで今回は、彼の身の回りにあるマメ科の雑草を
ネットで探してくるように、と宿題を出した。

すると・・・
彼が提出したレポートに記載された
身の回りにあるマメ科の雑草は、
なんと23種!
驚くのは、その多さというより、
雑草種をそれだけ認知しており、
インドネシア語ではわからなくとも
現地語(スンダ語)で呼び名がふられていたことだった。
(ちなみに、23種の中には、ササゲのような栽培種が雑草化したものも挙げたれてはいたのは余談。)

彼は若干25歳。
農業高校卒業が最終学歴。
この宿題(身の回りにある雑草種)を、
僕が25歳の時に出されていたら
はたして、彼のように23種も雑草種を
挙げられただろうか。

さらに興味深いことに、
その雑草種の中で10種は食用にしていること。
その中には、ササゲなどの栽培種が雑草化したものもある。
また雑草種の中でも、
意図的に種取をして、それを食用するために
粗放的な半栽培をしているものもあった。
なんと豊かな食生活だろうか!

多くの人が好きだというHirisという雑草の豆は、
売ったり買ったりするもんじゃない、という。
なぜって聞くと
イルファンは笑いながら、
「だって、それはもらったりあげたりするもんですから」
だって。
面白いねぇ。

どうやら豆との付き合いは、
僕ら以上に深度が深い文化を持っているようだった。
小手先のバンカープランツなんて講釈を垂れていた僕は
なんだか恥ずかしくなってしまった。

ただそこで終わるわけにもいかず、
これら粗放的な栽培をしている雑草種の中で
有力なバンカープランツは、
これから検討していく作業が必要だろう。
食用という視点から、すこし防除や共生へと
視点を移しながら、観察して情報をためていこう、と
研修生とも話し合った。

こんな授業があったからというわけじゃないが、
仕事が終わってから、
研修生と一緒に
僕が粗放栽培で育てている食用のエンドウを
一緒に収穫した。
売るための栽培ではないので、
支柱もほとんど立ててないし、防除もしないし、除草もしない。
ある意味、彼らの雑草種の豆と同じだろうか。
それでも、食べきれないほどのエンドウを収穫し、
みんなで分けた。
こんな幸せは、金額に見積ったら
えらくみすぼらしくなってしまうのだが、
食べることに視点を置いて考えると、
それはとても豊かで満たされる感覚がある。

バンカープランツと
食用としての雑草種との付き合い。
僕は、いろんなことを彼らから学ばないといけないようだ。


金曜日はインドネシア研修3年生のゼミ。
「現代農業」という雑誌から、
オクラとマルチ麦の昆播の技術の記事を選び、
イルファン君は発表してくれた。

イルファン君は、この1年、害虫の防除と天敵利用が
彼のテーマで、
そのテーマに沿ったゼミを1年かけてやっていく予定。

さて。
オクラの畝間に麦をまくという技術で、
ちょうど、オクラの通路が麦で埋まる形になる。
利点としては、
オクラの初期生育で発生するアブラムシの防除と
(天敵による発生抑制効果)
夏になって、麦が枯れることでオクラの畝間の
雑草の発生抑制などがあげられる。

インドネシアの文脈では、
表土の保全につながり、強烈なスコールから
土壌流亡を防いでくれる効果が期待できる。

実はこの技術、すでに数年前から僕の農園では採用している。
麦を生やすのがなかなか難しいのだが、
うまく生育してくれれば、アブラムシの防除は
ほとんど必要なくなるのである。

イルファン君とタタン君の関心は、
麦そのものじゃなく、そこに寄って来る害虫の種類と
天敵の種類をラテン語で知りたいとのことだった。
和名ならば僕も知っているのだが、
ラテン名はわからない。
ラテン名がわかれば、インドネシアでも
同じような虫がいるかどうか、
この技術が効果があるかどうか検証できる。

ラテン名がわかるように天敵辞書と害虫辞書の
購入が必要のようだ。
来週、耕志の会の定例会を行う予定なので、
会で購入するかどうか検討しようという話になった。


今日は研修3年目のH君のゼミの日。
彼は最終年の個人研究の課題を
有機肥料の有効性について、に焦点をおいて
様々な雑誌や本を読んでもらっている。
今日は、雑誌「現代農業」から3つの記事を取り上げて
ゼミの課題とした。

ここ何回かにわたって、彼は肥料の熟度と菌の関係に注目している。
今回もそんな感じの記事を探してきての発表だった。
一つは根菜類の連作を可能にしたというもみ殻堆肥について。
10a当たり60ℓの施肥のみで、ごぼうの連作を可能にしたという記事。
菌を培養した水槽にもみ殻を浸し、そこにポンプで空気を送り込む。
そうやって熟したもみ殻を機械で細かくカットして
乾燥させたものを施肥するというもの。
作り手の話では、
施肥量が少なくても、土壌中で良い菌が繁殖するので
それが連作を可能にしているという。
僕としては突っ込みどころ満載の記事。
好気性菌を増やして堆肥を作り、
それをトレンチャーで1メートル近くも土壌中に入れれば
その菌の繁殖はあまり期待できないようにも思うのだが・・・。
堆肥づくりにどういう資材を利用したのかは解らないが
トレンチャーで掘って鋤きこむことを考えると
投入量が少なすぎる点も不審に思う。

2つ目も、もみ殻堆肥の話。
全体施肥よりも部分施肥の方が効果があるというもの。
部分施肥は僕も実践中で、かなり面白い取り組みだと思う。

3つ目は、不耕起栽培と落ち葉堆肥の組み合わせの話。
これが一番おもしろかった。
定植する場所だけトレンチャーで掘り起こし、
そこへ落ち葉の未熟堆肥を入れて畝作りをするというもの。
畑すべてを耕起しないので、その分省力的であり
かつ機械に頼ることも少ない。
さらには、耕起しないところは雑草を生やしたままになるので
そこが天敵やただの虫の住処になるので
害虫の発生も抑えられるというもの。
研修生たちもこのトピックでは議論がもっとも活発だった。
実際のところ、研修生の地元でも
畝を立てるところだけを鍬でおこし、草をその畝にすきこむような形で
畝立てすることもあるという。
一見、粗放な栽培法にも見えるが、草がそのまま肥料となり
また余計に耕起しないので、
土壌生物の撹乱もなく、肥えた土を維持できるのだとか。
なかなか面白い取り組みで、
今後、インドネシアの文脈において、
実践の可能性が高いようにも思えた。


今日の座学は、H君の卒業研究のゼミ。
H君が読んだ日本語の農業雑誌の記事を
発表してもらい、議論をする。
今回のお題は、未熟・中熟・完熟の堆肥について。

インドネシアで農業指導をしていて感じたことの一つに
堆肥は必ず完熟じゃないといけない、と
農家だけでなく現地の県の普及員も
そう考えていたわりに
良質の完熟堆肥の製造はままならず
使用法の間違いから、堆肥の悪い面ばかりが現場で出てしまい
堆肥=まゆつば物、と思われていたこと。

みんながみんなそうではなかったが
どういう堆肥を作って、どういう目的で土に投入するかが
はっきりしていなかったことが一番の問題。

H君やイル君・タン君も同じような考え方で
なんでもいいから堆肥を作って
土に入れれば、それで良くなると考えていた。
それは堆肥を否定した僕のかつての任地の農民と
実はあまり変わらない視点。
有機質肥料をふんだんに使う僕の農園で研修している3人は
否が応でも、有機質肥料の有効性を目の当たりにする。
だから、彼らは有機肥料が良いと思い込む。
僕がいた任地では、化成肥料の実用性は経験上もっとも効果的だった。
そして熟度と土壌条件を無視して、
さらに使用法を間違って、使用された堆肥に対し
良い印象で、「あまり効果が無い」と思われ
最悪の場合、「あれを使うと作物が枯れる」とまで思われていた。

しかし、肥料という存在は、植物中心に有機か無機か(有機肥料か化成肥料か)の
しかも断片的でトータルでない至極情報不足の中で
得られている経験からくる二分論ではない。
肥料の熟度と投入する土の状態、そして農の作付けサイクルという流れ、
それらの情報をトータルした中で、
農民が自らその使用を決定することなのである。

今回のゼミは、その意味でとても有意義だった。
H君が発表してくれたのは、堆肥の熟度とその使用法。
情報源は、例のごとく、「現代農業」と言う雑誌。
堆肥の熟度を未熟・中熟・完熟に分けて説明してくれた。
よく思い違いされるのだが、窒素成分が一番多いのは、未熟のもの。
そして完熟のものが、一番少ない。
有機物を分解する菌の数量は、中熟が一番多くて
未熟と完熟のものは少ない。
だから、これらを使用する場合
未熟と中熟の堆肥は、浅く施肥し、
土の中で分解させるイメージで使用する。
未熟のものは投入から1カ月以上は畑を休ませ、
中熟のものは3週間から1カ月は休ませる。
その反対に完熟のものは、深く耕して入れることができ
すぐにでも作付けが可能で
追肥としても使用可能なのだ。
完熟の堆肥は肥料成分は少ないが
多投できるので、ゆっくり長く肥効が得られるので
なかなかのすぐれもの。
土壌条件にもよるが、僕の経験上、
中熟と完熟の間くらいを入れるのが
菌の量と肥料成分を考える上では、良いのかな、と思う。

土が疲弊している場合は
完熟よりも未熟に近いものを浅く入れて
土を休ませながら、土の中の菌を増やす。
安定した土壌なら、完熟のものを深く入れて
長くゆっくりと肥料の効果を得られるような土を維持していく。

H君の発表を受けて
ほかの2名も、
堆肥は必ず完熟しか使えないと思っていた、や
堆肥は完熟であればあるほど肥料成分が多いと思っていた、と
これまでのステレオタイプが、少しは払しょくできたようだ。

肥料の使い方を見ていけば、
肥料とは何か、肥えた土とは何か、が見えてくる。
研修生3人は、それぞれに何か感じ取っている風であった。
その感じ取ったものが、それぞれを「考える農民」へと導いてくれると
僕は信じたい。
来日3年目のインドネシア研修生のH君。
最終年度は、卒業研究をせよ、と言われて
彼自身、有機肥料の有効性について研究することにしたのは
以前のエントリーでも書いたとおり。
(卒業研究2008年度生を参照されたい。あまりにも整理されていなかったので、カテゴリは少し整理してみた)

さて、その研究だが、
H君は自分で堆肥を作り、それも試験栽培区に入れたい、と
現代農業などの雑誌をゼミで取り上げるようになってから
言うようになっていた。
しかも、ここの土着菌を使って。

僕がこれまで関わりを持ってきたインドネシアの農家のほとんどが
自作堆肥には、EM菌を購入して、それを使わないとできないと
思っている節があった。
青年海外協力隊で赴任していた農村でも
堆肥づくりの講習会は開いていたのだが、
土着菌で堆肥を作る僕に、みんなが
「EM菌使わないと堆肥にならない」と
口をそろえて異を唱えたことが今でも懐かしく思い出せる。
その後、インドネシアのボゴール農科大学院に留学した時、
そこでも様々な有機肥料に関するインドネシアの書籍を読む機会があったが
全ての本がというわけではないが、
堆肥の発酵に必要な菌を「特別な菌」と称して正体を明かさない
なんだか秘伝の菌のように書かれている本が多かった。
ボゴール農科大の有機肥料の先生なんぞは
その菌のパテントでずいぶん儲けているという噂もあった。
が、それは悪いように語られているわけじゃなく
その技術に対する賛美として人口に膾炙していた。
まぁ、そういう優良な善玉菌を安値で販売するのは良いが
それが先行してしまうと、
その菌を使わなければ、あたかも肥料にはならない、という
新しい偏見も人々の間で生みかねない。
僕が協力隊時代から今まで、そういった資材を批判し続けているのは
そういう偏見に対するものである。

僕の薫陶(???)を受ける前は
H君も、肥料発酵菌の資材を利用しないと堆肥は出来ないと思っていた。
だが、菌はどこにでも存在する。
そして、特に特別な資材を使わなくても
菌は簡単に手に入り、さらに最も大事なことは
その菌が繁殖しやすいような環境下にすることなのである。

ということで、今日は研修生をひきつれて
河川敷の林の中へ。
竹と柳の林で、落ち葉がずいぶんと積っており
それをすこしめくっていくと、葉が分解されている層がある。
そこに多くの菌がいる。
幾枚かの葉が白く固まっている塊をすぐに見つけることができるだろう。
それが、菌のコロニー。
それを拾い集めて、発酵のスターターとする。
資材を買う必要もない。
パテントのかかった菌を使う必要もない。
身の回りのある、土着の菌。
その菌こそ、自分の住む地域の菌であり
自分の住む地域の風土にあった菌なのである。

H君はそれを大事に持ち帰り、
明日にでも炊いた米を媒体として、その土着の菌をすこし培養する予定。
その後に、近くの農家から分けてもらった米糠と混ぜ合わせて
堆肥づくりに入る。
H君はこのプロセスから、
何を感じて、そして何をインドネシアに持ち帰るのだろうか。
土着菌を見つけ、少し高揚している彼の横顔をみて
ふとそんなことを思った。
インドネシアの研修生H君の卒業研究が動き出した。
課題は、「有機肥料の有効性」というもの。
実証実験として、圃場でオクラを栽培して
肥料の有効性を農家の視点で見ていくのだが、
同時に、文献も精査する。

文献と言ってもあんまり難しい日本語は読めないし
英語は出来ないし、
インドネシア語の書籍は少ないので、
日本語の農業雑誌を読んで、情報を集めることを主体としている。
1~2週間で1記事を読み
それをゼミでプレゼンしてもらっている。

今回、H君が選んだ記事は「現代農業」という雑誌の記事で
2010年1月号に書かれていた土着こうじ菌を用いての
有機肥料の作り方だった。
この雑誌の良いところは、使われている資材が
すぐ傍にあることが多く、誰でもすぐに
実践できそうなことばかりを取り上げていることであろう。
H君が選んだ記事も、そんな感じの記事で、
米ぬか、もみ殻を用いて
土着こうじ菌も竹やぶから探し培養するという方法で
ほとんどタダ同然の資材を利用しての有機肥料作りだった。
H君曰く
インドネシアでも、どの資材も比較的簡単に手に入り
作り方が簡単なのでやってみたい、とのこと。
さっそく彼の卒業研究でも
その肥料を作成して使用してみることにした。

さて、それとは別に
以前のゼミで議論になった生ごみを簡単に堆肥にする装置が
届いたので、それをさっそく使用することに。
有機肥料をインドネシアの社会的文脈で考えると
どうしても受け入れられない場面も多い。
その多くが社会的な偏見だったりもするのだが
有機肥料の資源となる「生ごみ」が、
放置されたり、回収したとしてもプラスティックごみと
混ざり合って捨てられるため、資源として利用することが難しい。
以前、Hくんに読んでもらったインドネシア語の生ごみを堆肥にする文献では
一度ゴミ全体を網の付いた装置にかけて
分別を徹底しないといけない、と記されていた。
簡単に有機物を手に入れることが、有機肥料の利用を促進するのだが
現状としては、至極難しい。
家畜の糞尿だけで有機肥料を作成しても良いのだが
価格的にも社会的にも考えれば、生ごみを有機肥料化できれば
一石二鳥なのである。
そして、それは同時に、ごみの分別に対する意識が高まることで
有機農業に対する意識も高まると考えている。
ごみを処分するものとして捉えるのではなく、
かけがえのない資源として捉える視点が
新しい持続的な農の形を生みだすのだ。
では、そのためには何が必要か。
それは家庭内で簡単に生ごみを処理できる器具が
その推進に一役買ってくれるのではないか、と
ゼミの議論の中で出てきたのである。
そこで、少々値が張ったのだが、
手回しハンドル式の家庭内生ごみ処理機を購入した。
それの性能を知ることと、
そこから生み出されたものが肥料としてどれだけ有効かを知るために。
そしてこれが肝心なのだが、
よく似たものをインドネシアで模倣できないかと考えて。
(容器や発酵資材がインドネシアで比較的手に入りやすいもので、かつクオリティが高い肥料が出来るかどうかが鍵)

こうした機器を各家庭に普及させることが
ごみに対する意識を高め
それが有機農産物に対する意識を高めることに
つながれば、と考えている。
(主は有機農産物の販売だが、機器の販売も当然ビジネスの対象)。
さっそく、研修生の炊事場で出るごみを入れて実験を開始した。
はたして、どういう結果になるのか、楽しみである。

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

プロフィール
06 ≪│2017/07│≫ 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カレンダー(月別)
カテゴリ
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

Page Top

Powered by FC2 Blog |

FC2Ad

| Template Design by スタンダード・デザインラボ