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今日、クスワントが帰国する。
2011年4月に来日した彼は、
3年間の研修を終え、インドネシアに帰る。

4人目の研修生として来園した時は、
すでにある程度研修プログラムの中身や
学習のプロセスについて、
僕自身もしっかりと準備できていた。
それまでの3年の積み重ねの中で
研修生に必要だと思われる学習や
その習得に必要なツールや手法、組織も
この時までには出来上がっていた。

だが、
その研修自体を批判したのはクスワントだった。
彼は「研修」にやってきたのに
昼休みや休憩時間などに座学や学習するプログラムが
あることに疑問を呈してきたのだった。
これには「研修」にまつわる意識の違いがあろう。

インドネシアでは日本での「研修」は
Magang(マガン)と呼ばれている。
辞書には研修という意味で乗っているが、
社会通念的な認識では、「日本への出稼ぎ」という意味で
使われることが多い。
僕も当初はこの意識が醸成されている
日本の技能実習制度を強く批判する立場だった。
いや、今もそうだと思ってやっている。
なので、ここに来る研修生たちは、
その募集の段階で「Magang」への参加を
意識していて、
それが出稼ぎである以上は、
そこに座学や宿題やレポートなどの学習プロセスが
盛り込まれていることは
余計な労働に感じるのだろう。

クスワント以前にやってきた
研修生たちもある程度そういう意識はあったかもしれない。
だが、一緒に研修を作り上げていく中で、
たとえば一期生のヘンドラだと
座学をいつやるのか、何回くらいするかなど
話し合いながら作ってきたので、
そのプロセスの中で
研修(Magang)=出稼ぎは崩れていった。

タタンの頃になると
研修が労働ではないということ、
またみんなで学ぶんだという意識を明確にするために、
農園が座学を用意するのではなく、
耕志の会という任意団体を研修生と僕とで作り、
そこにみんなでお金を出し合って
座学や見学の予算にした。
一方的に学びを与えるのではなく、
僕らみんなで学ぶんだという意識も
この時から生まれてきた。
これらの変化も1期生から3期生のいる時に
みんなで決めた。

だから4期生のクスワントは
そのプロセスをまったく知らないまま
僕らの研修プログラムに参加したことになる。
その彼から見て、僕らの研修は、
座学など余計な学習が多く、
他の研修生のように自由ではない、
と感じてしまったのだろう。

座学や見学にかかわる経費を
みんなで支出し合うという学びの場も
彼にはなかなかなじめなかったのだろう。
彼は、
「事前にそういう説明を受けていません」と
反発していた。
その反発は、
僕にとってもかなりショックだったし、
僕らはとても動揺した。
でもその反発は、
僕らにとってもいい勉強になった。

彼には時間を多く費やして
僕たちのここに至ったプロセスを説明し、
最終的にはそれの良き理解者になってくれた。
賛同してからは、
授業の参加も積極的になり、
僕らは深い議論ができる関係になった。
ちなみに今は、募集段階から
ここの研修の特殊性を前面に出して説明するようにしているので
その部分でのミスコミュニケーションはない。

さて
クスワントは、当初、誰もがその道を通るように
トウガラシ栽培を帰国後のビジネスとして
プランニングしていた。
だが、みんながやるようなビジネスでは、
特殊な栽培技術がない限り、
とても競争に勝てない。
あれこれと栽培技術に特化して
考えてくれたが、
これでは未来があまりないと思ったのか、
この計画は断念していた。
ただ、複合的な経営の中で
トウガラシ栽培はありだと思っていたようで、
フレキシブルにその栽培には取り組んでいきたいとのことだった。

さて、次に考えたのがアグロフォレストリーだった。
林業と農業の複合型で、
南米で結構流行っているスタイルだ。
僕自身はこれを否定的には考えていないので、
とても面白いと思っていたが、
現実的にどう販売につなげていくかのところで
彼は行き詰ってしまっていた。
そうして2年の後半に差し掛かる頃には、
香辛料のクローブ栽培に特化し始め、
3年生の卒業研究もそのクローブの流通を題材にした。
この研究発表は、本当に素晴らしかった。

座学や学習の機会に疑問を呈した彼が、
最終的に素晴らしい成果を修めて
研修を修了したことが、僕にはとても感慨深かった。

帰国後はクローブ栽培だけでなく、
野菜(特にトウガラシ)にも力を入れていきたいと
語ってくれたクスワントは、とても自信に満ちていた。
そして、それ以上に彼が素晴らしかったのは、
言葉だけでなく、実際に質素な生活に耐え、
それで貯めたお金で研修1年目の時から
土地を少しずつ買い、生産基盤を整えてきたということだった。
帰国を控えて、彼にインタビューをしたときには、
すでにそれなりの経営基盤があることを説明してくれた。

彼は来る前から、
とても評価の高い新人だった。
そして、その評価にたがわない活躍をした。
もちろんそれは彼の能力に違いないのだが、
僕は彼の成長を邪魔することなく、
研修を終えることができたことに
とてもホッとしている。

当然、帰国後も活躍することは分かっているが、
きっとその想像以上に
僕をもっと驚かしてくれるに違いない。
別れはとても悲しいが、
彼の旅立ちは、僕にとっても楽しみの一つなのである。






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またこの日がやってきた。
インドネシア農業研修3年生
クスワントの成果発表の日。
毎年、福井農林高校で行われている
3年生の研究成果発表会にジョイントさせてもらって、
研修生が卒業研究で取り組んだ成果を
日本語でプレゼンしている。
今回は、ちょっとしたアクシデントがあった。
僕が1日間違えて覚えていたようで、
火曜日だと思っていた発表会は、
実は月曜日だった。
で、急きょ、昨日発表となった。

クスワントの発表は、
クローブ(丁子)のサプライチェーンについての研究だった。
クローブがどんな作物なのかは、
それぞれネットで検索してもらいたい。
彼は、地元でクローブを栽培していた。
そしてこれからもしていこうと考えている。
だが、そのクローブは、
仲買人が村までやってきて、
どんなクローブでもクローブでありさえすれば
すべて買い取ってしまう。
値段の交渉権はほとんど農家にはない。
彼には一つ疑問もあった。
クローブを香辛料として使っていることは
なんとなく知ってはいたが、
彼の地域ではそれを食する文化はなく、
タバコに混ぜるくらいの利用しか知らなかった。
だから、一体どこのだれがどんな風に
クローブを使用しているのか、それを知りたかった。
そこでクスワントは
最終消費地の一つと思われる日本で、
どう利用されているのか、と
いくらで売買されているのか、と問いを立てて
リサーチすることにした。

まずは、手当たり次第に
福井のカフェや外国料理店などを渡り歩いた。
そこでチャイやカレーなどに
クローブが使われていることを知った。
その仕入先も調べた。
業務向けの小売りでも情報を集めた。
そこで蕾がついているものが高品質だと
初めて知った。
クスワントは、
今までクローブを生産してきたのに、
そんな事実は、全く知らなかった。
その小売りも上野のスパイス業者から
購入していることを知った。
いろいろと見ていく内に、
クスワントが生産してから
日本の僕らがクローブ入りの料理を
食べるまでの間で、
少なくとも8回ほど売買が
繰り返されていることが解った。
クスワントが仲買人に販売する価格と
カフェが小売りからチャイの原料として仕入れる価格とで
10倍の違いがあることが解った。
サプライチェーンは長くなれば長くなるほど
価格がとてつもなく跳ね上がっていく事実を
クローブ農家の彼はつきとめた。

これまでもこういう議論を
研修プログラムの中で繰り返してきた。
その中で、こういったサプライチェーンを断ち切るには、
農家自身が移動力や
交渉力(クループ化を含む)を身に着けて
新しい市場販路開拓の必要性を議論してきた。
しかし、それらは論理的には理解できても、
事実として生の感覚では、なかなかわからなかった。
だから議論も現実味を持たず、
どこか空転していた。

だが、クスワントは、農家として
サプライチェーンを丁寧に見ていくことで、
全体像にはまだまだ近づけていないけど、
それでもその一端を掴み取った。
その想像図から彼は、3つの結論を得た。
一つ目は、品質を分け、良い物は高く売る工夫をすること。
栽培農家をグループ化して、仲買人ではなく、
市場へ直接販売するルートを探そうと考えている。
二つ目は、よくない品質(蕾のとれてしまったもの)のものを
粉加工して、いままでアクセスしていなかった市場
(たとえば香辛料の小売りやレストランなど)へ
販路開拓をしようと考えている。
三つ目は、日本で知ったクローブの料理や食べ方を活かして
ちょっとしたカフェを開こうと考えている。
大きな店舗ではなく、ちょっとした屋台風のカフェで、
インドネシアでは結構日常的なカフェ。
そこでクローブ農家が栽培したクローブをふんだんに使った
チャイなどを提供したいと思っている。

これまでクスワントは
クローブの全体像を知らされないまま
クローブ生産に携わってきた。
そこでは、品質で分けることもなく、クローブでありさえすれば
すべて同じ価格で買い取られていた。
そんな立場に置かれた農民の行為を発揮する機会は、
不可測に変動する市場価格に一喜一憂するかしかない。
合理的な生産を試みて
廉価で量をたくさん作ればいいのかもしれないが、
人口密度が高くなりすぎて農地を得にくい西ジャワでは
なかなかそちらの方に行為を発揮することは難し、
小さな農家個人で発揮できる行為でもない。
つまり、グローバルなサプライチェーンのなかで
彼らクローブ農家は、その情報から隔離された場所で
生産を繰り返してきたのである。
だから、それぞれの農家の創意工夫という能力は
発揮されず、というか、そういう機会を収奪されてきたのだ。

今回のクスワントの研究を
一緒に経験して思ったことは、
技術的な部分の改善以上に、
それぞれの農家の行為能力を発揮できるために
情報の変化もそれ以上に必要であることだった。
今回は3年という時間をかけて、
クスワントが市場やサプライチェーンなどを
自ら意識化することで、なかなかタフな研究を
やり遂げるモティベーションとなったのも
今回の大きな成果と言えるだろう。

多くの識者がグローバルサプライチェーンの弊害を指摘し、
多くの活動家がフェアトレードを実践しているが、
途上国の生産者が
日本までやってきて、そこのあるサプライチェーンを
丁寧にたどっていく事例はほとんど無いだろう。
ここから得た知見から
クスワントはまさに自ら行為能力の箍を外し、
考える農家として新しい行動を起こしていくのだろう。

彼のプレゼンは本当に素晴らしかった。
彼の未来に僕も期待したい。



この前日本語試験の結果通知が来たばかりだと思ったら、
12月の試験の締め切りが、もう今週だという。
それはインドネシア研修生の話。

かすりもせずに落ちてしまった日本語試験(N3レベル)。
研修の3年生はこれまで
無条件で試験を受験で来ていたが、
あまりにも勉強をしていないようなので、
これからは日本語試験を受けるための試験を
農園で行うことにした。
この試験に受かれば、たとえ1年生だろうと
日本語試験にチャレンジできるルールとした。

で、さっそく昨日、その試験を実施。
いきなりN3レベルでは、
準備不足だろうし不公平なので、
その下のN4の模擬試験を代用して実施。

結果は、
2年生のイラが一番出来た。
3年生のクスワントは、その次だった。
といっても両者とも正解率は5割程度。
格下のN4のテストで、正解率が5割では、
とてもN3合格は厳しい。

この結果を受けて、クスワントは
自らN3受験をあきらめた。
受験したいと言えば、それを拒む権利は僕には無いので、
受けさせる予定でいたが、
彼は、
『今から猛勉強すれば、あるいはN3の試験に合格できるかもしれないですが、でもその分、自分の研究や研修座学の勉強はおろそかになってしまいます。僕は日本語習得を目的に来たわけではないので、研修も残りの半年になってきたこれからは、自分のビジネスプランや研究に集中したい』とのことだった。
クスワントの言い分も頷けるので、
それは了承した。

しかし、ここまで日本語が出来なかったことに
今更ながら愕然とした。
もう少し日本語学習にも
力を入れないといけないな、と反省した。
なんかいいアイディアないかなぁ。




2013年の前期試験最後の発表者は
3年生のクスワント(以後ワント)。
彼の発表は、やっぱり3年生らしく、
地域資源の考察も深く、
また興味深いビジネスプランだった。

ワントが分析した地域は、
2年生のカダルスマン(以後ダルス)の村。
ダルスの村は、水源が豊富で稲作が盛んな地域。
村自体も大きく、
ちょっと大きめの病院があったりもする。
村の統計データでは、
農業を生業としている家が多いが、
一軒の農家の所有面積が30aもない状況で、
年2~3回の米作りではとてもそれだけでは
生活が成り立たない。
そこで男たちは、
女たちに田んぼの管理を任せ、
稲作の忙しい時期以外は街に出稼ぎに出ている。
大抵は、好景気で建設ラッシュに沸く土木業界に
日雇いの仕事をしているのが普通だ。

また村の統計では、
職業別人口は、主婦が一番多い。
そしてその主婦たち、のんきに遊んでいるわけではなく、
家の周りや村の周りにある庭(pekarangan)で
自給用の野菜をたくさん作っている。
ワントの調べでは、
カボチャや豆類などの野菜栽培だけでなく、
森で取れる果樹や木の実も多く、
Suwegという珍しいイモもとれるらしい。
半栽培で採取と栽培の中間のような管理を行い、
森の資源も豊富とのことだった。
それらの管理の多くが、女性たちの仕事だとのこと。

そこに目を付けたワントのビジネスプランは、
山や庭で取れた野菜や木の実の
ノンフライチップス作りだった。
この場合、事業主体は誰かというと、
ワントは、既存の女性グループがもっとも適任だという。
新たに会社を興したり、新しいグループを作るのではなく、
もともとあるグループを活用するべきだという。
人との関係や経験値を活用すべきだというのが
ワントの考えだ。
そこで目を付けたのが、KWTというグループ。
KWTとは、農家の女性グループのことで、
行政が支援して各村に組織されているが、
ダルスの村では活動が停滞中とのことだった。
そのグループを活用して、
主婦たちで自分たちで採取または栽培したものを使って、
ノンフライチップスを作ろうというビジネスアイディアだった。

販売市場も面白かった。
2015年には、バイクで1時間ほど離れたところに
大きなダムが完成する予定で、
ワントはそこが観光地になるとにらんでいる。
そこの観光地の土産物屋に
その女性グループでつくったノンフライチップスを
置いてもらうというアイディアだった。

ちなみにチップスをノンフライにしたのは、
インドネシア人は高コレステロールに悩まされており、
それの関連の病気での死亡率が
社会問題になっているからである。

ただノンフライでチップスを作る機械は、
とても高価だ。
そこでワントのアイディアとしては、
女性グループを支援する県の事務所と一緒に
活動し、県の支援を得ることが大事という。
機械の一部を助成してもらえるかどうかで、
どのくらいキャパがある機械を
買うか決まってくるという。

そして生産を始めたら、
農産物加工品のパメラン(博覧会)に出展して
女性グループメンバーの意識向上につなげるそうだ。


停滞中の女性グループが
自分たちの資源を利用して活動し、
近くにできた観光地で販売をしながら、
農産物加工品の博覧会で受賞をする。
なんだかそんなサクセスストーリーは、
まるでハリウッドの映画のようだったが、
これまで聞いてきたプレゼンの中では、
一番わくわくした。

ここまで話が来ると、机上の空論みたいだが、
絵に描いた餅を書き続けることに意味があると
僕らは思っているので、どんどん机上の空論を
進めていってしまう。

この場合、女性グループたちの初期のモティベーションを
どう作るかと、持続させていく方法、
その辺りもポイントになると思う。
アイディアに富むワントが
自分のアイディアを遂行させようと躍起になればなるほど、
女性たちはただただついていくだけの存在になる。
数名のキーパーソンとの出会いや、
アイディアの多くを
その人達から出してもらうのも必要だろう。
また、観光地での販売は、
お土産物屋に置かせてもらうのではなく、
できれば小さくても良いので店舗もしくは
土産物屋の中にコーナーを設けたい。
販売員も女性グループメンバーで
交替で行えば、
初めはモティベーションの無かったメンバーでも
客とのやり取りの中でやる気を養い、
新たなキーパーソンになったりもするからだ。
出来るだけ刺激にさらす、それが大事だ。
また、
採取や栽培した自家用の木の実や野菜を
どうブランディング化するかも大切になる。
この辺りは、先走らず、グループのアイディア優先で
あちこち先進地をみんなで見学してみるのも
良いかもしれない。

などと試験の講評そっちのけで、
僕の開発スイッチが入ってしまい、
議論はどうグループのモティベーションを維持して
動かしていくかに終始した。
いやはや、ワント君、とても楽しいプレゼン有難う。
こういう活動を行政以外で
君たちのビジネスとして出来たら
とても素敵だと僕は思う。

そんな視点で自分たちの資源を見つめることが出来る君を
僕はとても誇らしげに思う。





今年の4月に来日した研修生のクスワントは
まだ雪を知らない。

配達の車の中での話。
車道の真ん中から融雪の水が、出ており、
それを見た彼は、
「雨が多すぎて、道路から水が噴き出しています。洪水です」
と騒いでいた。
たしかに排水能力をオーバーした場合、
そこここで水があふれ出ることはある。
インドネシアでは、そう珍しくない光景だ。
でもそれは排水機能がマヒしたわけじゃなく、融雪のための放水だった。
まだ雪は降っていないので、たぶん点検だったのだろう。
その話をすると、彼は興味深そうにその水を眺めていた。

その彼、突然、
「あの水って飲めます?」
と聞いてきた。
飲み水じゃないだろう。それに飲めるとしても、
車道に流れる水を一体彼はどうするつもりなのか。
さらに彼。
「雪を解かすわけだから、温泉?」
そんなことはない。冷たい水だよ、と答える僕。
水が冷たくても、雪は解けるもんだよ、ワント君。

さらに続く融雪放水帯を眺めながら、彼は、
「あれがシロップだったら良いのに」とつぶやく。
雪をカキ氷かなにかと勘違いしているらしく、
融雪の水がシロップだったら、その雪がそのまま美味しく食べられる、と
勝手に想像したようである。
「美味しい雪になれば、みんなが食べて雪は無くなるから、まさに融雪ですね」
と彼は嬉しそうに冗談を言っていた。

常夏のインドネシアでは雪は降らない。
その雪がもうすぐ、降ってくる。
雪をまだ見ぬ彼はとても待ち遠しいようだが、
2年も3年もいるインドネシアの子たちからは、
雪が待ち遠しいどころか、
雪に対して呪いの言葉しか出てこない。

クスワント君、
今を楽しみなさい。
もうすぐ君も雪をそんな風には見られなくなるかもしれないから。


研修生の月間レポートをもう少し記録しよう。
この『月間レポート』はその名の通り、
毎月書いてもらうものだが
ただの報告書じゃない。
これを書いていけば、自分の目標と課題がはっきりし、
自己学習が加速するという仕掛け付き(詳しくはこちら)。
さらに、マンネリ化する異文化での生活を
刺激的に捉えてもらう仕掛けもある(詳しくはこちら)。

これについては、いずれまとめて書く必要が出てくるだろうが
今回も、やはり日々吹いている風を記録することに
意識的になろう。

今回は、クスワント。
今年(2011年)の4月に来日。
日本に来て、半年が経ち、
先輩研修生の議論や夢に刺激を受け
彼の月間レポートもようやく充実してきた。

月間レポートで必ず明記しなくてはいけないのは
帰国後の夢、つまり帰国後の営農のカタチだ。
彼の目指す農業は、トウガラシ栽培である。
どこにでもありそうな、いや実際、多くのインドネシアの農家が
このトウガラシ栽培を、口にする。
そのロジックは様々だが、
インドネシアの日常では欠かせない野菜で
価格変動もそれなりにあるが
他の野菜にくらべて(高原野菜は別)
価格が比較的高い。らしい。

僕が協力隊の時も
そして大学院時代も
関わった農家の多くが、このトウガラシ栽培を口にしていた。
収穫できるとなると、一時に収量が増え、
そしてその収量を持続させることが難しく、
仕事の分散も市場の分散も難しく
一度、病気や虫が出ると手に負えなくなる野菜というのが
僕の正直な感想ではある。
そんなトウガラシをクスワントは取り組もうというのである。

先月のレポートで、彼はこの栽培をすることを明記したが
やはり先輩研修生との議論で
収穫物の一時性とそれに伴う市場価格の暴落を
どう回避するのかを突っ込まれていた。

そこで彼は、今月のレポートでは
トウガラシ栽培を年3回のリレー栽培とし、
大量に取れる時期のトウガラシは、乾燥させて貯蔵するプランを
創り上げてきた。
乾燥させたトウガラシと生のトウガラシの価格差は
ほとんどないので、乾燥させても付加価値はないのだが
売る側としては相場を見ながら
トウガラシを販売できるので、魅力的だろう。
しかし、さっそくこのプランも先輩研修生から突っ込みが入る。
それは乾燥技術。
天日干しだけでは、年3回のリレー栽培の場合
雨季の収穫物を乾燥させることは至極難しい。
生乾きで、トウガラシにカビが発生すれば
それすべてが商品価値を失う。
また貯蔵もしかり、だ。
貯蔵施設をどうするかで、しっかり乾燥させても
その後にカビや虫がわくことを回避できない。

そこで、クスワントの今月の課題は
乾燥技術について調べることになった。
丁度、数か月前の現代農業という農業雑誌に
ドライフルーツの作り方を紹介していたので
それを彼に渡した。
日本語はまだまだ読めないが、
読めない個所は僕が訳してやることになった。
それとは別に、彼もWebなどで乾燥技術について
調べることになった。

一つずつ、少しずつだが、夢を具体化させるこうした過程は
とても楽しい。

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紹介が遅くなったが、
インドネシア研修プログラムの第4期生が来日。
名前はクスワント。

追々、彼について詳しく紹介するが、
今日はとりあえず簡単に。

弱冠21歳。
高校時代は成績優秀。
福井農林高校との交換留学プログラムの
候補者でもあったとか。
(成績上位者しか候補になれない。)

高校卒業後、農業普及員の臨時採用試験に合格。
第2期生のイルファンと第3期生のタタンも
この試験を受けていたのだが、
両者とも採用枠が1名という厳しい競争に負け、
クスワントが採用された。

その後、臨時採用期間中に大学にも通っていた。
(インドネシアは社会人の大学入学枠が充実している)
この研修に参加することになったので
卒業はまだだが、単位はすべて取得したとか。

臨時採用の農業普及員は、期間が3年。
昨年、その契約が切れたので、
この研修プログラムに応募してきた。

実践・経験・学業、すべてにおいて
充実している彼。
その彼と一緒に学べる僕は
とても幸せだ。


田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
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