今年も暮れようとしている。
名残の空を眺めつつ
今年一年の自分の周りでおきた事象も
眺めてみようか。

10位『娘、スイミングでブルーキャップ』
まずは家族ネタで。
子供が生まれたら水泳に通わせようと思っていた。
自分もそうだったから。
何をするにもイマイチ自信が持てなかった少年時代に
この水泳というものがどれだけ自分に
自信を与えてくれたか。
娘も同じように小さい時
水に顔を付けられないほどの金槌。
その彼女も、一番上のクラスの
ブルーキャップを身につけるようになった。
少しずつだけど
自分に欲を持つようになっている。
欲が出れば、君はとても素晴らしい活動を
将来するとパパは信じているよ。

9位『妻、研究科長に内定』
家族ネタもうひとつ。
妻は日本福祉大学で働いている。
その妻が、その大学の大学院の研究科長になる。
それはとてもすごいこと。
大学院を出ても
研究職で飯を食っていくのは難しい。
僕も一時期はそんな未来を想像することもあったが
狭き門で、早々に諦めた。
妻は、出会ったころは大学院生だった。
大学の研究職に就きたいという考えはあったが
やはり狭き門で苦労をしていたのを思い出す。
その重ねに重ねた苦労が実をつけ、
来年、研究科長になる。
重責と仕事が増えることに妻は
やや乗り気ではないようだが、
一体、どれだけの大学院生が
その職に就けるというのだろうか、
ということを考えれば、贅沢な悩みだと僕は思う。
国際開発学会の理事も務め
どんどん偉くなる妻。
置いていかれないようにしないとな。

8位『新人採用』
今年も新人を採用した。
日立化学をやめて、農業の勉強を1年した男性。
あだ名はもっちゃん。
筑波の大学院を出ていて
真面目で勤勉。
僕にない物をたくさん持っている。
生真面目すぎて、やや融通に欠けるかな、と
思わないでもないが
その点が僕はとくに気に入っている。
どんどん優秀な人材が集まってくるので、
何かビッグバン的に面白いことが
ここから弾けて始まる、そんな予感が
彼が来てからは感じるようになった。

7位『レンディ、イマン、そしてデデ』
1年生の時にずいぶんと手を焼いたジャジャンが帰り、
その代わりにデデがやって来た。
インドネシア技能実習生の話。
デデは、エントリーにもある通り
この実習プログラムで来たイルファン(2期生)と同郷だ。
イルファンが来たのを見て、ここに来たくて
進学も就職もそれに向けて準備して、
そしてここにやって来た。
10年近くも農業プログラムをやると
そんな人材もでてくるってことか。
レンディはレンディでそれなりだけど
面白い卒業研究をしている。
インドネシア農業の機械化を実際にコスト計算するというもので
これからの農業の変化に
インパクトになると思っている。
イマンは、中だるみをして
ややモティベーションを欠いたけど
なんとか今は持ち直して
誰よりも勉強をし始めた。
これまで見てきた実習生の中で
一番優秀と僕は思っているので
その彼が努力を始めると面白いことが起きると信じている。
すでに移動販売という帰国後の
夢が形になりつつある。
今年一番ダメになって一番伸びた子かもね。

6位『うちの二枚看板』
農業を始めた頃
いろんな方から「パートナーを見つけなさい」と
助言を受けた。
その時はイメージがつかなかったけど
今なら、うちのやっちゃんとたかちゃんがそうだと
強く言える。
それくらいにこの二人は成長した。
対外的にも
やっちゃんは4Hの発表で北陸大会まで行き、
たかちゃんは野菜ソムリエで名をあげてきている。
どこに出しても恥ずかしくない二人。
栽培や管理やマネジメントにも
手を抜かず
僕らのチーム力は今年格段に上がったと思う。
優秀な人材に負けないように
僕も一所懸命ここでがんばろう。
そう思える仲間に出会えたなぁ、と思う名残の空。

5位『JA福井市青壮年部の活動』
試運転だった1年目を切り抜け
2年目に入った青壮年部の部長の役。
地域の変革の主体は、そこに根差す組織であるという
持論を実践すべく、
不活性化しつつあるこの組織を動かしてみようと
気張った1年だった。
25支部883名の盟友が所属する組織で
その図体の大きさからか、動きは鈍い。
支部長合同会議では、ほとんどが欠席するという有様なので
今年は本体の役員を引き連れて
地区ブロックを回りながら会議もした。
みんなが参加できる活動を増やし
資金も潤沢に投入した。
その結果、見えてきたモノは、
やる気のあるコアメンバーの消耗だった。
出てこない人は、何をしても出てこない。
この組織に僕は一体何ができるんだろう?
そんなことに頭を悩ました。
地域を創る。そんなことを命題にして
これまで突っ走ってきた。
その主体は、既存の組織だ、と自分の学問は言う。
だから、新しい組織を作って活気ある形で
活動するのもありなんだろうが
それをせず、あえて火中の栗を拾いに行った。
ただ結果は出ない。
来年で部長職は最後。
どうすっかなぁ。

4位『インドネシアの研修卒業生たちの勉強会始まる』
正月にインドネシアを訪れた時、
卒業生たちと
農業支援事業を前提として
その勉強会をしようと話し合った。
その勉強会が今年の1月からスタートし
1年間やり続けた。
内容はまだまだ充実しないし
方向性も見えていないけど
農業の情報を共有する場がない現状を
少しでも変えてくれたのではないかと思う。
僕らには4Hクラブや農協の青壮年部があるが
彼らにはそういう農業の若手の組織が無い。
この勉強会が、そういう組織として動き出すといいなと思う。
どういう変化が起きるかは
過度な期待は禁物だし
焦りも禁物だが
ここを起点に
インドネシアの農村開発に僕は動き出そうと
思っている。
10年前に思い描いた空想のお話が
今年、実際に動き出したというお話。

3位『青年海外協力隊に応募』
技能実習生の派遣で一緒に地域づくりの主体として
活動してきたタンジュンサリ農業高校に
青年海外協力隊の案件が、今年立ち上がった。
そこに農園のスタッフ、すーちゃんが挑んでいる。
なんとか1次試験をパスし、来年早々に2次試験に臨む。
農園に関係した子が
これまで何人か協力隊に参加した。
今年帰ってきた北野は、そういう意味では
僕の弟子としては協力隊第一号というのは余談。
今回は、インドネシアのこれまで関係を強めてきた
職場への派遣で、
この経験がその後の農園とインドネシア農業を
大きく変える転機になると僕は思っている。
卒業生たちの勉強会も始まりつつあるこの時期に
彼女を協力隊員として派遣できれば
きっとあっちでもビッグバンが起きるに違いない。

2位『JICA基金の採択事業に!』
こういう風にたたみかけるのは
僕の特徴かもしれない。
勉強会が立ち上がって、
協力隊案件が出て、
そしてそこへ実習卒業生たちの団体を支援するために
JICA基金へ助成を申請し
その採択事業になった。
これで現地でスタディーツアーや農業セミナーを開ける。
事務所機能も強化したので
スカイプでの会議もスムーズになった。
こっちでやっている講義を
向こうとつないでやることも予定している。
この活動がどう結実をするのかは
まったく見えていないけど
僕だけでなく係る卒業生たちも
もうわくわくが止まらない、そんな1年だった。

1位『俳句はじめました』
今年はたぶん
自分の趣味という意味でも
大きな転機だったように思う。
これまで趣味らしい趣味は無かった。
読書だったり料理だったりと言ってきたけど
なんだかそんなの趣味じゃないなとも思っていた。
そんな中で
17音の文学に魅せられた。
正直、自分でもへたくそだと思うけど
福井県の俳人協会の会長さんが主催する句会に
なんとか入れてもらい
この1年間、がんばってみた。
俳句に自分の思考の半分以上を
注ぎ込んだと思う。
句会以外に大会や投句機会も増え、
毎月100句ほど練り上げている。
まだまだ上手くはないが
なんとか賞もいただいたし
ラジオやネットの句会でも
上位に入ったりもしている。
インドネシアの事とは
全く関係しないこの趣味は、
僕に余白の時間を与えてくれた。
自然をどう眺めればいいのか
そんな視点と余裕を農作業の中に
生み出してくれた。
大きな目標や夢があっても
日々の忙しさに追われるように
人は暮らしてしまうものだ。
それにまったをかけてくれるのが
ぼくにとっては俳句だった。
この余裕と視点が
今年はとても心地よかった。


本業の農業とは関係のない事ばかりのような
そんな1年だったかもしれないが
もともとこういう活動をしたくて
農業という仕事を選んだ。
何かを生産する仕事は
それだけでとてもクリエイティブだが
その過程で自分の生活や周りの出来事や
そんなざったなものを巻き込んで
地域を創り上げていく。
その地域はグローバルなこの時代では
係わる人々の意識次第で
国境を越え
影響を与え合う存在になる。
僕は協力隊の後のインドネシアの大学院で
あの小さく暗いアパートの自室で
そんな夢想を抱いていた。
それが10年の時を経て
今年、その片鱗がようやく現実として
見えてきたように思う。
ただストレスフルな活動も多く
日々の仕事がモノクロになりつつあった。
それに色を添えてくれたのが俳句だった。
そうなるべくして
いまそうしている。
今年はそんな1年の過ごし方だった。
こんな幸せな1年は、もうそうはないかもな。
と、暮れゆく名残の空を眺めオモフ。



ちょっと早いけど、
年末年始はインドネシアに行くので、
早めに今年を振り返ろうかと思う。
ということで、
恒例の僕の周りの10大ニュース。

10位 燻製にはまる
ストウブの鍋で作る燻製にはまった一年。
事の発端は、加工肉のニュースだった。
年初めに疫学にはまった僕は
それ関連の本を読み漁ったが、
その中に加工肉の健康への懸念が記されており
ベーコンやハム、ウィンナーが大好きな僕としては
かなりショックだった。
そこでそれらを極力食べない代わりに
それを自分で作っちゃえ、ということで
今年は燻製にはまった。
ハムはほぼ1年間自家製で通した。
極端と言えば極端だけど
こういう性格が幸いして
美味しい食生活をまた一つ手に入れた。


9位 リトルワールド
もうこれに尽きるね。
2月、5月、9月の3回リトルワールドに行く。
何がそんなに面白かったかと言えば
一言でいえば、世界屋台村だったからだろうか。
その地域の家や展示された文化などを観ながら
その国の料理を食い、その国の酒を飲む。
これ以上の楽しみが人生にあるだろうか。
ということで、来年もたぶん
何度も行くと思う。


8位 登山始めました
外国人技能実習生のレンディとうちの家族と
この晩夏から山を登り始めた。
月1回程度のペースで
余裕のない日程を調整しながらの登山。
山を登るという作業が思った以上に楽しい。
レンディも高校時代から登山部だったようで
日本の山の景色を素直に楽しんでくれる。
あまり実習生とはプライベートには
行動を共にしないように心掛けているのだけど
登山は別だった。
人の潜在的な立場や意識の垣根も
この作業をするうちに取り払われていくようで、
(雇用主は孤独なのです)、
彼とも普段よりも少しだけだが、
素直に話せて楽しい時間となっている。
来年は泊りがけで白山か富士山に登りたいね。


7位 大学ゼミの受け入れ
今年も大学生を受け入れた。
龍谷大学・日本大学・早稲田大学・日本福祉大学etc.
海外の農村地域への協力と農業という
小さな農園の取り組みは
それなりに学びの場を与えることができるのか
たくさんの人に来てもらうことができた。
すこしJA青壮年部の活動で
僕自身が消耗していたこともあって
パフォーマンスの低下は見られたが
来年はもう少しキャパを広げて
充実した受け入れを行いたいね。


6位 福井県農協青壮年部協議会の会長
今年からJA福井市の青壮年部の部長になった。
そして福井県の農協青壮年部協議会の会長にもなった。
だから青壮年部のイベントが
僕の手帳を埋めるようになった。
いきなり増えたイベントに
戸惑いもあるが
楽しい仲間もたくさんできた。
来年もまだそれらのイベントが
手帳を埋めるだろうが
それはそれで楽しみたい。

ただ、福井県農協青壮年部協議会の会長。
これが今年の僕にとっての元凶。
この組織が悪いというわけじゃない。
僕のキャパが少なかったからだろう。
もうこの役を立派にこなせるほど、
仕事にも自分の活動にも
特にインドネシア研修事業だが、余裕はなかった。
あと情熱はあったんだけど、
その維持に消耗したかな。
力のかけ方やバランスのとり方
もう何もかもが不器用だった。
すべてにおいて最高のパフォーマンスはない
ということが分かった。


5位 イラ・カダルスマンの帰国&イマン来日
毎年一人ずつ受け入れてきたインドネシアの実習生。
なかなか卒業生の数が増えないし
そのボリュームとしての勢力もついていかないことに
僕は苛立っていたんだと思う。
だから2012年の2月に
イラとカダルスマンの2名を
受け入れてみた。
この活動を加速させようと思って。
でも待っていたのは、
彼らのレポートを読むのにさらに時間を取られる僕と
卒業研究の指導に2倍の時間が割かれている僕が
そこにいた。
イラもカダルスマンもとても良い子で
問題もちらほらあったけど
そんなのは全体では些細なことだった。
でも、2名は指導しきれなかった。
1人のリーダーを育てる、それに集中した方が良い。
そう思って、彼らを送り出してからは
2名の受け入れは辞めた。

今年はイマンがやってきた。
とても真面目な子で、初めて夏場の断食を
乗り越えた子だった。
精神力が強く意志も強い。
ただセンスが良いわけじゃないし、
やや頑固な感じもするので
そこに柔軟な視点を持ちえることができれば
彼はすごく伸びると思う。
ちょっと楽しみな子が来た。


4位 新卒の採用
これは自分個人としては
1位と言っても良い出来事だった。
いきなり飛び込んできた新卒の女の子と
僕はどう付き合えばいいのか
最初はそれでずいぶんと悩んだ。
ま、それは今も悩みでもあるけどね。
仕事をすることの意味や
1つの道をコツコツ歩むことで
自分を見出されていく素晴らしさ、
そんなことを伝えたいという想いが沸いてきて、
それが僕をまた成長させてくれたように思う。
あとこの子はとても行動力がある。
なので、それに影響を受けて
僕も何十年ぶりに再挑戦という
スポーツや趣味が出てきているのにも
自分で驚く。
登山や自転車やスキーがまさにそれだね。


3位 人生初のぎっくり腰
若くないと宣告された気がした。
もうそんなに先はないよ、と言われた気がした。
たかが、ぎっくり腰。
されど、ぎっくり腰。
健康は思考に大きく影響する。
だから僕は、
今のままじゃダメだと
ぎっくり腰で寝ている時に思った。
チャンスがまだ僕に残っているのなら、
僕にもう少し仕事をさせてくれるのなら、
僕は、僕に与えられたチャンスに
もっと全力投球しないといけないと気が付いた。
全部をやるなんて無理さ。
だから集中したい。


2位 インドネシア農村スタディーツアーの開催
インドネシアからの研修生を受け入れたら
これをやりたいと当初から考えていた。
あれから8年が経ち、
今年ようやく、
そのやろうとしていたことの一つが
実現した。
農園で受け入れている
外国人技能実習生の地元を訪ねる旅で、
呼びかけたのは福井の農家や学生たち。
ただ時期尚早だったのか
このスタディーツアーに限らず
僕らの取り組みの認知も限定的だったため
人数が予定ほどは集まらなかった。
参加した方々のモティベーションは
非常に高まったと言えるが、
広がりに期待していただけに
反省も残っている。
仕込みにもっと時間をかけるべきだし
単独での実行よりもどこかの団体と協力する必要も感じた。
とても勉強になったイベントだった。
ここでの敗因は、
次の糧にしたい。


1位 夫婦で雑誌に取り上げられる
これも長年の夢だった。
結婚した当初、
地元の情報誌に夫婦で取り上げられる企画があり、
いつかこれに出られたらいいね、
と冗談半分で話をしていた。
それがその雑誌の別の企画だったが
15年の時を経て
実現した。
こういうことってあるんだね。
僕らが夫婦で何かを創り上げたと言えるほど
そのプロセスはまだまだ途上で
できあがるはずであろうその成果物の
輪郭すら見えてこない道半ばだけども
こうしてもがいている僕らを
取り上げてくれたのは
とても嬉しかった。
これを出発点に
また僕らは一見別々の道を歩むが如く
でもいつかは収斂されて
どこかでクロスするであろうその道を
それぞれに真摯に
そして一所懸命、歩いていこうと思う。


番外編
○大学時代の親友と結婚式ぶりに再会
○新聞や業界雑誌の連載続く
○加藤秀明に出会う
○娘の学級崩壊
○妻は着実に共著を積み重ねる
○大西のベビーリーフ管理が完璧
○佐藤が菜っ葉の管理をスタート
○テレビ・ラジオ出演&取材&講演依頼をたくさんいただきました
○青年海外協力隊50周年記念誌への掲載
○なぜか今頃になってスピッツの音楽にはまる
○インドネシア農村開発にどうかかわるかを悩む
○10年ぶりに髭を剃る
○ベトナムを一緒に縦断した自転車を倉庫の奥から引っ張り出す

と、まぁ、
振り返ってみれば、
結構連敗続きの1年だったように思う。
ここ数年勝ち越しのような年ばかりだったので、
今年はさすがに堪えたね。
いろんなことが重なって、
自分の能力の限界も良くわかった。
そんな話をしていたら、
ある先輩からこういわれた。
「それは次の10年を作る年だからだ」
だってさ。
今年ぼくに仕事が集中したのは、そういうことだってさ。
だから、僕は来年
次の10年を創ろうと思う。
そういう年になるかどうかは
まだまだ未知数だけどスタートを切れたら良いな。

書き忘れていたことがあったので追記:
今年から俳句はじめました。
以上。

さて、大晦日。
なので、恒例のこのエントリーをアップしよう。
今年の僕の周りの10大ニュース!

意外にこのエントリーを楽しみにしている
コアな方がいるので
僕もしっかりと今年を振り返ってみよう。


10位 イラが日本人女性と付き合う

農園に来ている技能実習生の一人が
日本人女性とのお付き合いをしている。
それが始まったのは、今年からではないのだが、
お付き合いが本格的になったのは今年。
農業研修を長くやれば、
いつかこういうカップルも生まれるだろうと
想定内に入れていたが、
実際にカップル誕生となると驚いた。
いろんなことが上手くいくといいね。
温かく見守りたい。


9位 やたらと役を引き受けてしまう

妻から
「今年はすべてにおいてクオリティが低い」と
酷評されたのは、
まさにこれが原因だっただろう。
PTAの3役の一つ庶務。
町内の青年会の総務。
地元の公民館の運営審議委員。
JA福井市青壮年部河合支部の副部長。
JA福井市青壮年部の副部長。
JA県青協の委員。
と、まぁ、みごとに役が揃ったわけだ。
会議が重なると
平日でも毎週2回ほどは出席したし、
9月中旬から12月上旬まで
土日はかならずこれらの役のイベントか
またそれが無くても他のイベントで
つぶれてまったく休めなかった。
地域を創る主体になるなら、
新しい組織なんてナンセンス。
既存の組織を内側から眺めて、
微力ながら変化をつけていくのが
僕の地域づくりの信条。
とその信条に正直に従ったら、
こんなにもたくさんの役を引き受けることになってしまった。
さすがにキャパシティがオーバーし、
クオリティを確保できなかった反省はあるが、
地域がどんなつながりで動いているのか、
それを横断的に眺めることができた稀有な年だった。


8位 ベビーリーフとトウモロコシと吉川ナス

今年はスタッフが大きく育った年だった。
大西はベビーリーフの部門を
ほとんどまかせっきりになっているが、
その期待にきちんと応える素晴らしい仕事をしてくれた。
質も量も確保し、お客さんの満足度も高かった。
彼を受け入れたときは、
ここまでやってくれることなんて想像していなかったけど、
とても良い意味で期待を裏切ってくれた。
本当にありがとう。

佐藤はトウモロコシの
商業ベースにのる栽培に成功した。
ハウス栽培主体の農園だが、
今後力を入れていきたいのは露地栽培。
そこにはまだまだ僕らのポテンシャルを
延ばせる地平がある。
トウモロコシは、その第一弾と言ってもいいだろう。
虫や鳥の害がひどかったが
彼の研究と努力で
農園はまた一つ有力な品目を手に入れた。
本当に素晴らしい成果だと思う。

そして吉川ナス。
僕の手はナスに向いている、なんて
一時思っていた。
僕の所作がナスと気が合う、だから、
とても良いナスが作れていた。
と思っていた、これまでは。
でも今年、
吉川ナスの苗づくりに失敗してしまった。
だから今年はほとんど吉川ナスを出荷できなかった。
この悔しさを来年に活かすために
僕はまた基礎からナスづくりを勉強した。
成功に胡坐をかき、天狗になれば、
こういう結末になる。
農家は挑戦者だ。
王者・自然に挑む挑戦者だ。
その気持ちを忘れてはいけない。


7位 クスワント帰国、レンディ来日

技能実習生のクスワントが
任期満了で帰国した。
彼はとても頭がよく、僕は彼と議論をするのが楽しみだった。
たぶん、これまでで一番、
僕を刺激してくれた実習生だったろう。
卒業発表も、これまでとは毛色の違う
途上国と日本との間にある
サプライチェーンを
途上国の農家が突き詰めていくという
その視点が、僕を大いに刺激した。
君がいた3年間は、僕は幸せだった。
ありがとう、クスワント。

そして代わりにやってきたのはレンディ。
カメラを向けると女たらしな瞳をするのが
悪い癖だが、
これまでの実習生の中では
一番ギターが上手い。
彼の加入で農園たや~ずのレベルは
確実に上がったといえよう。
あと彼は、本格的なやや大きめの専業農家の御曹司。
これまでの小農の息子とは違う視点で、
かなりビジネスにこだわった発言が多い。
こういう刺激も僕は好きさ。
君のいる3年間も楽しくなりそうだ。


6位 大学のゼミを農園で受け入れる

こういうこともやってみたかった。
大学のゼミを受け入れて、
農園のメンバーと一緒に
地域開発や国際協力の議論をすること。
今年は明治学院大学とJICA北陸の大学生セミナーで
農園ゼミを開いて議論した。
こういうつながりを
来年以降もっと増やせたらいいなぁ~。
大学関係者の皆さま、
先生たちの学生さんと一緒に
僕たちの農園で農作業して、
地域づくりと国際協力の議論をして、
取れたて野菜でBBQをして
みんなで一緒に歌って踊りませんか?
BBQの実費のみで受け入れますよ。
ご検討よろしくお願いします。


5位 福井市農林水産奨励賞受賞

えっと、こんな賞をいただいてしまいました。
奨励賞ということなので、
まだまだ足りない!もっと頑張れ!
ということなんだろうと思う。
若手農家との勉強会や
インドネシア農業研修事業や
BBQイベントや
合間に農業や。
そんなことを評価いただき、
本当にうれしかった。
これを励みに、さらにがんばろうと思う。


4位 福井市長を囲んでの勉強会

僕が世話人を務める
若手農家の勉強会「アンビシ勉強会」に
福井市長が参加してくれた。
その回は、福井市長を発表者に据え、
今後の福井市の農業について議論できたのは
今年の大きな収穫だった。
農業は総合科学。
栽培学、土壌学、応用昆虫学、微生物学、分析化学、農薬学、育種学、環境工学、生態学、気象学、経済学、経営学、社会心理学、農村社会学、文化人類学、農業政策学、国際関係学など
僕らを覆う現象を
それぞれの学問で切り開かねばならない。
学びは尽きず、
時間も少ない。
これからも
立ち止まらず、勉強に励もう。


3位 北野が青年海外協力隊としてセネガルに赴任

農園で研修をしていた北野が
青年海外協力隊に合格し、
今年セネガルに赴任した。
預かった責任が大きく、
僕自身もそそのかした面もあったので、
協力隊に合格した時は、本当にほっとした。
でも、
僕のお気に入りの子だったので、
その別れはとても辛かった。
考えてみると、
僕らの営農から外に向かって発進する
若者が生まれたことは、とても意味深い。
地域を創る主体として
その覚悟と責任を持った人間が
ここから旅立っていくのは、
僕らにとっても、とても誇らしい。
北野君、セネガルでの活躍、
応援しています!


2位 妻が国際開発学会の常任理事に!

これが1位でも良いくらい
僕には衝撃的だったニュース。
家事もし、仕事もし、
毎週単身赴任でがんばり、
その分野で成果を出すことは
かなりハードルの高いことだと思う。
僕の学問の師でもあり、
人生のパートナーでもある彼女は、
それを達成しているように見える。
既存の学問のその次を生み出す場が
学会だと思うが、その学会の常任理事なんて、
そうなれるもんじゃない。
本当に素晴らしい。
尊敬します。


1位 お祭りマンボ!

農園のある集落・高屋の秋祭りに
農園のバンド「農園たや~ず」が出場した。
1時間の単独ライブ。
仕事をしていると
なかなか地域の人たちとの交流がないのが
悩みだったが、
こうして交流の一歩を踏み出せたのは大きかった。
日本語とインドネシア語が
交互にでてくる楽曲の選曲も良く、
演奏もまとまっていた。
特にボーカルを務めた
研修2年生のジャジャンがとても格好良かった。
君らの演奏は
きっと集落のみんなにも届いていたと思う。
君らを誇りに思います。


番外編 思い出のマーニー

これまで映画館で号泣なんてしたことがなかった。
同じ映画のために2回も映画館へ足を運ぶこともなかった。
でもこの映画との出会いで、
僕はそれを経験した。
そして、一緒に行った娘も号泣していた。
娘もその心情を大きく成長させたのだろう。
ただただ悲しいというよりも
切ない中にある温かいモノを
しっかりと理解していた。
児童文学の素晴らしさに
改めて気付かされた僕らは、
今年もたくさんの児童文学を
読みました。

他にも地域を盛り上げるようなJA青壮年部の活動や
テレビ出演、新聞や雑誌でコラムの執筆、
大学やセミナー等での講演もさせていただきました。
あと、ハウスも建て増し、規模も拡大しました。
新しいパートさんがとても素晴らしい方で
僕らの仕事の幅も広がりました。
インドネシアへのスタディツアーも計画しました。
そんなあわただしい1年だったので、
ブログの更新や読書量は減ってしまいましたが、
来年はもう少し改善したいと思います。
拙いブログに今年もお付き合いいただき
本当にありがとうございました。
では、良いお年をお迎えください。




あと3週間もしないうちに
今年も暮れる。
年末は農園が一番忙しい時期になるので、
今のうちに今年の反省をしようか。

今年の目標は
なんだかあいまいな立て方をしてしまったので、
それがそのまま1年続いた感じだった。
誰かの「こうしたい」に呼応する
僕とのインタラクションの帰結を
目標にしてしまったせいだろう。

そんな僕の1年を間近に見ていた妻は、
「すべてにおいてクオリティーが低い」と
強烈な批判をくれた。
たぶん、それが僕のこの1年。

その原因は分かっている。
誰かの「こうしたい」というものに
無制限に付き合おうとした結果だ。
だから、やたらと地域の役を引き受けてしまった。
当然、週末はほとんどイベントで埋まり、
平日も数回の会議が入ることも当たり前になっていた。
同時進行でいろんなことが進み、
僕自身、その活動がどの団体だったかを
覚え間違いするほどの混乱ぶりだった。
当然それは営農にも反映する。
が、そこは優秀なスタッフが
昨年以上の頑張りを見せて、
とても良い品質のものを次々と生み出してくれたおかげで
僕のミスは限定的なものになった。
それでも僕が担当する野菜の多くが
今年とても低いクオリティーだったことは
反省を込めて、ここに明記しておこう。

読書量も極端に減り、
自主的な勉強会の開催も毎週から
今は月に1回という有様。
料理にかける時間も減って、
新しいレシピや調理法を
ほとんどマスターできていない。
ブログのエントリーも減り、
1か月に10以上のエントリーを書いたのは
たった3回だけだった。

ただ、誰かとのインタラクションを
目標に置いたおかげで
今年は地域の中が今まで以上に良く見えた年だった。
集落組織、小学校、農協、公民館といった
地域の主体になるような団体の役員を
兼任することで
全体の進み方や方向やその中の問題や
面白い点が俯瞰的に見ることができたのは
初めてだった。
クオリティーが低いのは
僕がまだそれらのインタラクションを
自分の中に落とし込めていないからだろう。
来年もまだ、
今年の役がそのまま引き続いていくものもあるので、
そこで派生したモノを
自分の中に落とし込んで
クオリティーの高い形で
表現していきたいと思う。




今年もこれを書く日がやってきた。
今年最後のエントリー、今年の10大ニュース!

まずは、10位
『セネガルのイブライが農園を去る』
3月、これまで4年間農園に貢献してくれた
セネガル人のイブライが退職した。
ムードメーカーの彼がいなくなったのは、
やはりさみしい。
イブライ、今まで本当にありがとう。

9位
『農園開放BBQ食べよう会の開催』
今年は、3回農園を開放して一般のお客さんを呼んで
みんなで野菜のBBQを楽しんだ。
県外からも来ていただき、本当ににぎやかな会だった。
食べてくれる人とつながっているという意識が、
僕らの農業を健全にする。
距離や農法の問題じゃないんだ、と僕は感じた。

8位
『地上で執筆開始』
いつかは全国に発行される刊行物に執筆したい
と思っていたが、今年そのチャンスが回ってきた。
農業の業界紙『地上』に連載を開始。
3か月に1回掲載されるリレー連載で、
今年は3回掲載された。
農業の現場でのリアルな思いを書いてください、
と編集の方に言われ、
勝手気ままに、好きなことを書いた。
これほど幸せな時間はないだろうな。
これからも
もっともっと書いて記録して発信していこうと思う。

7位
『大ちゃんの結婚式の主賓』
こんな役が自分に回ってくるとは考えたこともなかった。
誰かの結婚式の主賓はたいていは
上司やお世話になった先生や
とにかく人生経験に厚みがあって偉い人、
というイメージだった。
だから、それをお願いされたとき、本当に驚いた。
当日の主賓挨拶では
これまでのどの講演やスピーチよりも緊張した。
2年前の東京の日比谷公会堂でのスピーチの方が
まだ緊張しなかった。
とにかく重責を果たせてよかった。

6位
『テレビ収録のダブルヘッター』
今をときめく人たちならば、そんなのは慣れっこなんだろうけど、
たぶん、ぼくは人生で最初で最後の出来事だろう。
1日に午前と午後に分かれて、
別々のテレビの収録を経験した。
午前は、日テレで関東と関西限定で放送された
あぐりんの家という番組の収録。
午後は、福井テレビというローカル局。
でもやってきたタレントさんは、
なんとあのルイルイの太川陽介さんだった。
テレビで見ていた有名人が目の前までやってくるのは
なんとも不思議な光景だった。

5位
『タタンの帰国&ジャジャンの来日』
2010年にやってきたタタンが3年の研修を終え
無事に帰国した。
彼はとても控えめの性格だったが、
芯が強く、とても勉強熱心だった。
彼の卒業研究はとても素晴らしい出来だった。
彼との別れは涙々だった。
皆、彼が大好きで、彼もみんなが大好きだった。
ありがとう、タタン。

そして、その一方で
今度はジャジャンという青年がやってきた。
音楽が好きで、とても陽気な青年。
さぁ、悲しんでる暇なんてない。
ジャジャン、一緒に勉強を始めようじゃないか。

4位
『協力隊に行きたいという若者を受け入れる』
青年海外協力隊にいきたいという若者・北野君を受け入れる。
彼は2010年に大学生の時、農園に体験で遊びに来たことがあった。
海外には全く興味がないと言っていた彼が、
何がどう変化したのか、2年後に農園に
青年海外協力隊に参加したいので研修させてください、
とやってきたのだ。
なんとか試験にも合格し、来年4月から訓練に入り、
7月には任地・セネガルに赴く。
僕はもう長期で海外に行けないけど、
こうして後に続いてくれる人を
これからも送りだしていけたらいいなと思う。

3位
『大西の新築・佐藤の野菜ソムリエ』
スタッフの大西が集落に土地を買い、
一戸建てを新築した。
住民の高齢化がすすむ小さな集落では、
これほどの珍事はなく、
間違いなく村では今年一番のニュースだった。
彼が住まいを集落に構えたことで、
僕らの営農もずいぶんと発展してくるんだと思う。
これからもよろしくです。

そして、もう一人のスタッフの佐藤は、
難関の野菜ソムリエ中級に一発合格した。
僕らはもっと食べてくれる人たちを意識して
発信していこうと思っていたのだが、
それを大きく発展してくれそうな資格取得だった。

二人のスタッフを迎えてから、
僕の営農は大きく変わった。もはや僕の範疇にあるのではなく、
僕らみんなの間に僕らの農業がある、そんな感じなのだ。
このカタチを来年ももっともっと発展できたら素敵だな。

2位
『研修卒業生を訪ねる』
今年の正月に、研修卒業生を訪ねて回った。
彼らのたくましい営農ぶりに本当に感動した。
研修の目的は常々
新しい技術の習得ではなく、
そして僕らの社会に存在する技術を移転することでもない
と書いてきた。
目的はただ一つ。
考える農民を育てること。
僕らのまわりすべてに対し意識化して
個人にとって、そして社会にとって必要だと思う
学習をどんどん自らで進めていく、
そんな農民像を僕は思い描いて
この研修を行っている。
まだまだビジネス的には成功していない様子だったが、
彼らは間違いなく『考える農民』だった。
物理的・資金的・政治的制約に
文句を垂れて何もしない農家ではなく、
できるところから解決し、
問題全体の一部にでも風穴を開けていける
そんな突破力をもった農家になっていた。
社会を変える力とは
こんな人々から生まれてくるんだと
僕は信じている。
だから、僕も立ち止まらず
このまま前のめりで駆け抜けていこうと思った。

1位
『アカペラコンサートの開催』
もうこれしかないでしょ、というくらい
脳内のアドレナリンが出た活動はない。
地域というのが一つになったという体感を味わう瞬間は
たぶん人生でもそうないだろう。
その一つが、今年、実現した。
JA青壮年部河合支部が中心になって、
JA福井市河合支店の新築オープンを祝って
アカペラコンサートを企画・開催した。
ここでいろいろ書いても、
その時の感動は再現できないので、
以前書いたエントリーを参考していただけたら幸いだ。

そして、順位をつけようのない出来事が一つ。
『祖父・清治の死去』
享年88歳。
いろんな昔話や逸話を通じて、
ムラや農ある暮らしの意味を僕に教えてくれた
僕の偉大な先生だった。
その本当の価値に気が付くまでに、
僕はずいぶん遠回りをしてしまったけど。
これも詳細は以前書いたエントリーに譲りたい。

他にも
福井若者チャレンジの審査委員長を務めたり、
講演の機会をいただいたり、
ハウスを増設して借金が増えたり、
新聞の小さなコラムの連載を続けさせていただいたり、
いろんなお客さんが国内外からやってきていただいたり、
勉強会を毎週やって(今年も30回程度開催)みんなで勉強したり、
研修生の座学でお互いに学びあったり、
家族みんなが忙しくも楽しく過ごしたり、
本当にいろんなことがあった1年だった。

関わってくださった、そしてご縁のあった
皆様、本当にありがとうございました。
そして、こんなブログに1年間付き合っていただいた皆様
本当にありがとうございました。
読んでくださる人がいるからこそ、
ブログを続けていけるんだと思います。
また来年もつまらないと言われようと
書き続けていくつもりですので、
よろしくお付き合いの程、お願いいたします。
では、よいお年を。


今年ももうすぐ暮れる。
ということで、気忙しいが、
今年を振り返ってみようか。
恒例の10大ニュース。

10位:初ニューズレター発行。
インドネシア農業研修プログラムの卒業生を
支援する会『耕志の会』のニューズレターを
ようやく今年から発行。
今年は忙しい中、3回発行。
卒業生や研修の様子をもっと多くの人に
伝えられたら、と思う。

9位:高志ミドリクラブを抜ける。
若手農業者が集う会(4Hクラブ)を今年抜けた。
協力隊から帰国した翌年(2001年)から
このクラブに所属していた。
入って間もないころは、ずいぶん周りからも
嫌われていたようにも思う。
名指しで罵声を浴びたり、
ケンカもした。
まぁ、喧嘩を売っていたんだから
しょうがないか。
いろんな経緯があって、2008年に
クラブのみんなと保育園とで体験田んぼを主催した。
人が協働して楽しい空間と時間を作り出すマジックを
協力隊以来、僕は再び体験した。
それに合わせて自分や他人も
成長するような時間。
この活動から、僕は多くのことを学んだ。
クラブの皆さん、
生意気でビックマウスの僕を
受け入れてくれてありがとう。
本当にお世話になりました。

8位:講演・ワークショップ・シンポジウムに出る。
今年は国際協力関係のワークショップで
話をする機会をそれなりに頂いたような気がする。
協力隊経験を話すのではなく、
今やっている研修プログラムや
地域づくりに関する話で、有意義な意見交換が出来た。
来年もいろんな方とディスカッションできたら
素敵だなぁ。

7位:インドネシア新研修生(5期生)来日。
今年2月、新研修生が来日。
今年は2名。
農園の諸事情やタンジュンサリ農業高校からの
強い要望で、一度2名の受け入れをしてみることにした。
そして、その2名に、イラ・ソバルナがいた。
彼は2008年に福井農林高校へ交換短期留学で
来日しており、その時に僕の研修を目の当たりにした。
彼が短期留学を終えて帰る時に、
「僕も田谷さんの研修に参加したいです」と
言っていたのを覚えている。
そして、研修参加可能な年齢になった彼は、
仕事を辞めて、この研修に参加してきた。
こういう巡り合わせは楽しいが、
それ以上に重い責任も感じる。
一層、充実した研修を創り上げていこうと思う。

6位:イルファン(2期生)帰国。
インドネシア研修生の2期生イルファンが、
4月に無事研修を終え、帰国。
最後の1年でぐっと成長したイルファン。
そして、今いる研修生の中でも
最も苦労人のイルファン。
帰国しても、日常に埋没することなく、
ここで語り合った夢に向かっていってほしい。

5位:たくさんの方が農園を来園。
今年はお客さんが多かった。
9月から11月までは、毎週途切れることなく、
誰かは見学にやってきた。
レストランのシェフや
野菜を買っていただいている方だけでなく、
農業や国際協力に興味がある大学生、
それらを研究している大学の先生、
放送部の大会で僕を取材したいと来た高校生たち、
公民館の講座で環境を学んでいる方々、
海外で活躍している国際協力実践者、
地域づくりで実績のある方々、
果てには、
インドネシア大使館の農業担当官や
JICA理事までも来園。
さらに、どういう伝手だったのか、
アメリカ国務省の方までも!?
とにかくお客さんが多かった1年。
来年も沢山の人が農園に遊びに来てくれますように。

4位:勉強会の主催。
農業や地域づくりに関心のある方を集めての勉強会。
毎週、1人ずつ持ち回りで読んだ本を発表する
ゼミ形式の勉強会。
今年は33回開催。結構やったのね。
酒なし、飯なしの勉強会。
こんなタフな勉強会に来る連中は、
本当にモティベーションが高いと思う。
こういう連中が、次の時代を創るんだと、
僕は確信している。
来年も農業や地域について熱い議論を重ねられたらと思う。

3位:娘、小学校へ入学。
ある意味、これが1位でも良い。
なぜなら自分の生活サイクルが随分と変化したからだ。
保育園のようにゆっくり登園&
夜遅くお迎えなんて出来ないからだ。
保育園は、こちらの生活に合わせて保育、といった感じだったが、
学校は、学校の時間に合わせて生活を変える、
といった印象。
そして、小学校に入ると娘は一気に
「小さなお母さん」になった。
休肝日にビールを飲むと怒るし、
お手伝いをしてくれる機会も増えた。
物分りもずいぶんと良くなった。
たぶん、いろんなことを我慢しているのかもしれないな。
1人のしっかりした人間として認め、彼女に合わせて
自分の生活も変えないといけないな、と思った1年。

2位:妻の海外出張。
娘も小学校に入って、しっかりしてきたこともあり、
妻の出張も徐々にだが増えている。
それで良いと思う。
彼女と結婚するときに、妻の周りの方々から、
「小國を福井に閉じ込めるようなことをするな」と
くぎを刺されたことを僕はまだ覚えている。
彼女でなければいけない仕事がある。
だから、結婚や出産でその機会が失われてしまってはいけない。
今年、短期だったが彼女が単独で久しぶりに
海外に調査に出かけた。
来年もそういう機会が増えると思う。

1位:協力隊OBの農園就職。
ボリビアに協力隊で行っていた佐藤くんが、
4月から農園で働くことになった。
協力隊帰国者に出していた求人を見て、
東京から福井に来てくれた。
常々、協力隊経験者を
この地域に埋め込んでいきたいと思っていたので
彼の就職は嬉しかった。
昨年、農園に来てくれた大西君も
今年はずいぶんと充実していたように思う。
本当に優秀な人材が揃ってきたように思う。
それぞれの想いをここで一緒に花咲かせられれば、
素敵だな。


スペシャル版:JICA理事長賞を受賞!
地元の福井農林高校と
インドネシアのタンジュンサリ農業高校の
交流のお手伝いや、
タンジュンサリ農業高校の卒業生対象の
農業研修事業、
また地域づくり活動が認められ、
今年、とても大きな賞を頂いた。
これは以前のエントリーでも書いたが、
本当にいろんな偶然とそれをつなぎ合わせてくれた
周りの皆さんのおかげだと思っている。
本当にありがとうございました。


だんだん10大ニュースでは
まとめられない1年になっている。
それだけ充実しているんだろうけど、
それだけ忙しくもなっている。
来年はどんな年になるのだろうか?

今年も1年、ブログに付き合っていただき
ありがとうございました。
コメントのレスもあまりできませんが、
気が向いたら、
エントリーに突っ込みを入れてくださいませ。
では、良いお年をお迎えください。
2011年を振り返って、
僕の周りの出来事の10大ニュース。
ちなみに、まったく時事問題は
反映していませんのであしからず。

10位 お野菜おまかせ便スタート
知り合いの女性からもらった一本の電話。
その電話から、野菜の詰め合わせを個人宅配する
おまかせ便が始まった。
Facebookのみでの紹介だったのだが、
回を重ねるごとに、注文数が徐々に増えて行き、
新しい農業の可能性とその地平を僕に教えてくれた。
売るという行為じゃなく、
つながるという行為。
そこに僕らがまっとうに農を営んでいく世界が
広がっているように今は見える。
来年も、続けていきたい。


9位 テレビに出る
テレビの対談番組に2度出演。
その他、テレビ1回、講演6回、パネルディスカッション1回。
新聞や雑誌でも何度か取り上げてもらう年になった。
果てには、福井の選挙のポスターにまで登場。
自分でも少し出すぎた年のようにも思う。
まぁ、来年はこんなことはないだろうけどね。


8位 勉強会スタート
若手の有志で勉強会をスタート。
林君が研修でうちに来た時に、
彼と二人で始めた勉強会だったのだが、
今年から、いろんな人を加えて再スタートした。
多い時で10名以上が参加。
来年も続けていきたいので、
参加希望の方、お待ちしております!


7位 良く作って、良く調理し、良く食べた
今年はいろんなものを良く栽培し、
そして、それを妻と一緒に良く調理し、
そしてそして、家族みんなで良く食べた。
満たされた生活とは、たぶん、こういうことだと思う。
グルメや美食、B級グルメもみんなそのものの味だけを
フォーカスしているが、本当は食事はそんなもんじゃない。
栄養や効能を意識するのも、
どこか少しずれている気がする。
要は「食べごと」なんじゃなかろうか。
食べるという行為を通じて、
僕らは情緒を豊かにし、
自然や人とのつながりを意識する。
その場に流れる空気と
一緒に食べる人との関係や、
そこにはいないけど、
その食事を通じて意識する人との関係までをも、
丸ごと食す。
「美味しい」ってたぶん、そういうことだと思う。
来年も、たくさん作って、
たくさん料理して、
たくさん一緒に食べようと思う。
おまかせ便もここに通じるようにも思う。


6位 初の研修卒業生
2008年から始めた農業研修プログラムで、
初めて卒業生がインドネシアに帰国した。
研修第一期生だった彼。
有機肥料の研究をし、
インドネシアでも実践したいと語ってくれた。
インドネシアとの関係もいよいよ深まっていくだろう。
来年はもっと加速していきたい。


5位 NGOの立ち上げ
初の研修卒業生が出たということもあって、
研修卒業生を支援する団体を3月に立ち上げる。
Yayasan Kuncup Harapan Tani(耕志の会)という団体。
農園たやでの実習や研修事業もこの会が担当し、
さまざまな方から支援を頂いている。
卒業生を支援する活動を通じて、
インドネシアの農村・農業支援にも力を入れていきたい!
サポーターの方は随時募集中ですので、
興味のある方はご連絡くださいませ。


4位 人で泣き、人で笑う
今年の農園は、まさにこれだった。
いろんな人が農園で働いてくれたが、
人と一緒に仕事をする大変さと、
そして一緒に仕事をする楽しさを
良く味わった1年だった。
辞めていった人も、
これから一緒に頑張ろうという人も、
それらの人たちのおかげで、僕も経営者として、
一つ成長できたようにも思う。
そして、そんないろんな人々が通り過ぎていく中で、
一人面白い若者が飛び込んできた。
僕はここ数年、自分の農業を一緒に盛り上げてくれる
パートナーを探していた。
見学に行く先進農家のほとんどから、
「よきパートナーを見つけなさい」と助言されてきた。
そして、この人か、この人か、とこれまで探し続けてきたが、
今年舞い込んできた彼が、
もしかしたら、そのパートナーになるのかもしれない、と
思うことが良くある。
いずれにせよ、人に泣き、人に笑った1年だった。


3位 娘の運動会
娘の保育園の運動会。
ただの運動会じゃない。
年長組の娘の出番は多く、さらに、その競技も難しいものばかり。
運動神経が抜群というわけじゃなく、
どちらかといえば、怖がりの彼女は、
運動が苦手な方だろう。
そして、僕や妻の軽薄な性格に似たのだと思うが、
真面目にやらなければいけない時に
真面目にできないおちゃらけキャラ。
出来ない競技を前にして、たぶん悪ふざけばっかりを
しでかすんじゃないかと心配していたのだが、
全く反対だった。
僕や妻が見たこともない娘が運動会はいた。
真面目に真剣に、始めから終わりまで取り組んでいた。
練習では失敗ばかりしていた竹馬を上手に乗りこなし、
周りが軒並み失敗する跳び箱では、上手に飛び、
大差をつけられた紅白リレーでは、まじめに走らない子が
続出する中で、彼女は真剣に走っていた。
本当にびっくりの運動会だった。
この1年で、娘の成長には本当に驚く。
精神的にもしっかりしてきて、
言葉や考え方も安定してきた。
成長を眺めることほど、幸せなことはない。
子育ては本当に楽しい。
大変なことも多いけど。


2位 妻1年間に3冊本を出す
妻が編者になって本が出版された。
「支援のフィールドワーク」。
それ以外に、共著で2冊。
「フィールドワーカーズハンドブック」。
「開発援助と人類学」。
編者になって書いた本を題材に、学会ではセッションを組み、
初座長も務めていた。
本当に精力的な女性だと頭が下がる。
不在中にたまっている家事を一気にこなし、
遠距離の通勤をものともせず、
それらのハンディがあっても、
こうしてその分野で活躍している。
さらに料理もセミプロ並み。
本当に素晴らしい人だと思う。
彼女を見ていると、
自分がどんなに小さいかを実感する。
僕も負けてはいられない。


1位 日比谷公会堂での発表
今年の一番はやはりこれだろう。
JA青年部の青年の主張部門で全国大会に出場した。
全国の予選を勝ち抜いた6人だけが、
その場で発表する栄誉が与えられる。
その一人として、日比谷公会堂という大きな会場で、
発表できたことを誇りに思う。
いろんな人が応援に駆け付けてくれた。
その応援に後押しされるように、
1500名以上いた会場では、
自分が思っていた以上に熱く発表することが出来た。
10分4秒という、あと1秒でも過ぎると減点になるという、
時間いっぱいいっぱいの発表。
もうあんなテンションで話をすることはないだろう。
とても良い経験になりました。

2011年は、本当にいろんなことがありました。
ひどく忙しい年で、昼休みや休日もあまりありませんでした。
そのためか、随分と老け込んだ気もします。
ですが、とても充実した1年でもありました。
大変だったからこそ、後になって振り返れば、
きっと自分が大きく成長した1年だったと、
いつか思える時が来るんじゃないかと思っています。

来年もたぶん、きつく辛い1年になるんだろうと思います。
そういう道を好き好んで歩いているので、
しょうがないのでしょうが。

今年1年、このブログに付き合っていただき、
ありがとうございます。
来年もまた、よろしくお付き合いのほどお願いいたします。
では、良いお年をお迎えください。


今年の10大ニュース。
昨年は、大晦日に書こうと思っていたのだが
むらの役で、神社の初もうでの準備に駆り出されて
そのまま書かず終い。
ということで、今年は、早めに振り返っちゃおうかと思う。


第10位 毎日新聞福井欄のコラム執筆スタート

毎日新聞福井支局長との出会いがあり、執筆を依頼される。
月1回の短文なのだが、何かこういった書き物を
連載したいと常々思っていたので、
そういう機会を得られ、とてもうれしかった。
自分の農の想いを書いていきますので、皆様、読んでくださいませ。



第9位 園芸用ハウス面積の拡大&露地面積の拡大

ハウス面積をさらに50a拡大し、全部で1.5haとなった。
露地も50a増やし、夏野菜の露地栽培を本格化。
忙しさは、昨年の数倍に・・・。
でも、不思議と売り上げは数倍にはならない。
なぜ???



第8位 化学合成農薬に頼らない防除を本格的にスタート

今年は、猛暑で害虫にとってパラダイスな年だった。
そんな病害虫が例年よりも蔓延する中、
福井の伝統なすである「吉川なす」で、
化学合成農薬を一切使わないで、6月から10月まで
良品を出荷してみせた。
天敵の導入と黄色灯やフェロモントラップによって
ほぼ害虫を経済的被害域以下におさえることに成功。
ポイントは、欲張らない、ことなのかもしれない
と、すこしだけ悟った。
他にも、金時草や露地オクラ、ズッキーニなどで
土着天敵による防除を実現。
バンカープランツやフェロモントラップの利用で
生態系の多様性を実現できれば、
もしかしたら、近い将来、
すべての作物で無散布も不可能じゃないかもしれない、と
手ごたえを得られた年だった。



第7位 寅々ルーキー

長年勤めてくれたベテランのパートさんが家庭の事情で辞め、
またまた長年、勤めてくれた研修の子が独立した。
それらに代わって、今年は、
新規就農希望の多彩な日本人若者が3名入り、
そのうちの一人はうちの農園に
就職をすることになった。
僕のスタッフとしては、日本人初!
(これまでインドネシア人とセネガル人しかいなかったので・・・)。
僕よりも干支がひと回り下の青年。
寅年に寅の干支の子がくるのも何かの縁だろう。

それと、インドネシアからバレーボールが
セミプロ並みの新人研修生も来園。
頭もすこぶる良く、力持ちで、優しい性格。
期待の新人の一人!
実は、この子も寅年。
うちの農園、これで12人中、干支が寅の人が6人!



第6位 ラエチュの死

愛しのアレジャン集落でも紹介したが、
僕のインドネシアでの父、ラエチュが死んだ。
詳しくはこちらのエントリーで。

愛しのアレジャン集落 第40話
ご冥福を祈ります。



第5位 ゆきんこでんでん

昨年4Hクラブの発表コンペで、北陸大会2位で通過し
今年の3月、
我がクラブ始まって以来初めて
全国大会(東京)に出場!
保育園との父母&保育士参加型で行われた食農教育活動は
中央で賞こそもらえなかったが高く評価された。
その感動が今年の会長に受け継がれ
今年も保育園との体験田んぼが実現できた。
一昨年から始まったクラブでの食農活動の取り組みは、
当然、豊かな感性を子供にも与えているのだろうけれど
それ以上に、僕ら若手農業者が、
地域を創る仲間として育っていることを
僕は実感している。



第4位 むらの農家組合長就任

むらの農家組合長に就任。
1年の任期だったが、雑務に追われ忙しい1年になった。
ただ、むらの仕組みやこれまで見えてなかった取り組みに
僕自身が関われたのは大きな成果だった。
よりむらが見えるようになった。

それ以外には、戸別保障制度と減反のはざまで
いろいろと農家組合長として頭を悩ませることも多かった。
国家制度と個人の間に
むらという緩衝材としての役割を持つ組織の必要性を
強く感じた1年だった。
こうした組織の存在が、僕らの自治を支えていると同時に
関わり合う気のある主体があって初めて
むらの人々にとっての福祉が向上するという
とても単純で、あまりにも当然のことを
強く感じた1年だった。



第3位 ふくい人の力大賞

この賞を頂いたのは、
中島みゆきじゃないが、
棚から牡丹餅、といって良い。
知り合いの人から推薦されてノミネートしていただいたのだが
その中でもトップの得票でこの賞を頂いた(らしい)。
インドネシア研修生とのかかわりや
若手農業者との活動などが高く評価されて受賞。
福井青年会議所の主催するこの賞。
とても励みになりました。



第2位 毎日農業記録賞の優良賞

ちょっとしたご縁で、毎日農業記録賞に作文を応募した。
狙ったのは、最優秀賞だったのだけど、
結果は、それよりも数段下の優良賞だった。
まぁ、今の自分の活動の評価はそんなもんなのだろう。
この作文を機会に、自分の経営と地域への眼差しを
確認できた方が、僕には成果だったと思う。
単に、規模拡大を続け、売り上げだけを伸ばすんじゃなく、
地域の農業を支える存在として、
むらの自治と
そこに住む人々の福祉を支える存在としての
農民を増やしていける、そんな農園を目指そうと
今は思っている。
それがいかに甘い考えだと批判されても。

福井の支局長から、表彰式の際に
「農業界でドラフトがあれば、僕は彼がドラフト1位だと思う」
と言っていただいた言葉が、とても励みになっている。
新聞で全文掲載されたが
ネット版は、すでに閲覧できないので、
こちらのエントリーに優良賞をとった作文を
全文載せたので、読んでください。



第1位 青年の主張 東海北陸大会を突破

なんといっても、今年はこれに尽きるんじゃないだろうか。
JA青年部が全国規模で行っている青年の主張。
そのスピーチコンテストに今年参加した。
いわゆる、若手農業者のスピーチの甲子園。
7月下旬の福井県大会を勝ち上がり、
11月に行われた東海北陸大会(7県の代表)を勝ち上がった。
来年の2月に、東京の日比谷公会堂で
全国の6ブロックの代表を集めて
全国大会がある。
福井県から青年の主張の代表として
全国大会に出場するのは、僕が初めてらしい。
スピーチの内容は
まだ全国大会が控えているので、公表できないのだが
地域を創っていく主体としての農民、という
僕なりのメッセージがその中心となっている。
できるだけ大きな会場で、
できるだけ沢山の人に
聞いてもらいたいと思っている。

東京近辺にお住まいの方、
来年の2月15日、日比谷公会堂で発表しますので
お時間がありましたら聞きに来てください。


他にも、今年はいろんなことがありました。
妻からも文句が出るくらい、忙しい年でした。
新しく始めた野菜も数種類あり、
例年にない猛暑で、良かった野菜もあれば
悪かった野菜もありました。
農業関係の仕事だけでなく、
いろんな話が舞い込み、
いろんな人と出会い、いろんな人を受け入れました。
忙しさで目がまわりそうな時もありましたが、
そういう方々とのご縁が、僕の農を、そして地域の農を
創っていくのだと信じています。

来年は、いよいよインドネシア研修生第1期生の帰国があります。
ついに、インドネシアでの農村開発活動にも
彼ら研修卒業生を通して、
身を投じていくことになるかと思います。
この活動と、地元の地域づくりとがどうリンクしていくのか
それが、目下の課題でもあります。

そして、日本人スタッフを受け入れたこともあり
来年に向けて
経営としても、もう少し幅のあることをやろうと思っています。
来年もまたもう一人、日本人スタッフを募集する予定ですので
我こそは!と思われる方、ご連絡ください。

皆さんは、どんな1年でしたか?
また来年も、この無駄に長くて、読みづらいブログにも
お付き合いいただけたら、幸いです。
それでは、皆さん、良いお年を。


年の瀬。
ということで、今年1年を振り返ってみよう。

2008年我が家の10大ニュース!

1. 妻が定職に就く
妻は4月から日本福祉大学の準教授として働き始めた。
愛知の知多にある大学なので、そこまで毎週通うことに。
なので週3日は、妻の居ない日々を娘と過ごすことになった。
おかげで家事は上手になりました。

2. インドネシア研修生を受け入れる
昨年から立て始めた研修棟が2月に完成し、
4月からインドネシアの農民子弟を研修生として受け入れて研修を開始。
実務だけでなく座学もやっており、人に教える難しさを学ぶ。

3. 娘の急成長ぶり
魔の2歳といわれる年であったが、
その中には、他者とつながることを模索する個人があることに気が付いてからは
親としても少しは余裕ある対応ができた(???)・・・・かな?
娘が赤ちゃんから子供になった年
おすすめ本:神田英雄「伝わる心がめばえるころ」

4. 園児による体験田圃を企画実行
娘が通う保育園と一緒に、園児と父母が参加して体験する田んぼ作りを企画実行した。
田植え、虫追い祭り、収穫、
そして唐箕や千歯こぎなどの道具を使った脱穀作業などなどを行う。
延べ参加人数が460名以上で
大変だったが、食とは何か、農とは何か、を考えるきっかけにもなった。

5. むらの青年団の役員をする
1年を通して様々な活動をする。
一番大きなイベントは祭り。
自分たちで主催して実行するという当たり前の行為の中で
むらの自治について考えることができた。

6. 新築の工事始まる
1年半以上プランニングに費やした新築が
いよいよ工事入った。
竣工は来春の予定。
「家は3回建てなければ満足できるものは建てられない」
というらしいが、その分、プランニングに時間をかけたので
満足いく家ができるといいのだが。

7. セネガル人を雇う
知り合いの夫として来日したセネガル人のI君を
僕の農園のスタッフとして雇うことに。
日本語がさっぱりわからないので、仕事を指導するのは苦労するが
怪力の持ち主で(肥料袋を4つ一度に運ぶ:80キロ)
真面目でとても優秀な人材。
農業で食っていく気はないようだが、それでもここにいる間は
それなりの仕事ができるように仕込んでやろうと思う。
インドネシア人研修生とセネガル人といるので、
なんとも国際色豊かな農園になった。

8. 川の株を買う
近くを流れる九頭竜川の漁業権を手に入れる。
むらの漁師にならって、この秋は鮎とりに行った。
川講にも参加し、来年はむらの漁業組合の会計をやることに。
農以外の、もう一つのむらの生業を垣間見ることができた。

9. 山仕事を習う
母の実家に山があり、誰も林業をしなくなって久しかったのだが
母方の祖父に習って山に入った。
新築に導入する薪ストーブの薪が目的だったのだが
生活と山とが密接に結びついていたころの話を祖父から聞いて
僕の生活も山ともつなげたくなった。
人の手が入り、その中で自然がはぐくまれていくのは農も山も川も同じなのだ。


10. 家族仲良く年の瀬を迎えることができた
妻は毎週のように仕事で知多へ。
僕も保育園の増改築の役員や体験田圃の会議、むらの役員会など
とにかく家族がなかなかそろうことが少ない年だった。
それでもみんながバラバラになることなく
仲良く年の瀬を迎えられた。
基本は家族。
家族が楽しく過ごすためにいろいろな活動や仕事をしているにすぎない。
だから今年は、みんなが揃う日は毎回、
パーティーのような豪華で特別な食卓だった。
また仕事でも、妻と僕とではまったく違った職種なのだが
それでもお互いの関心の方向は同じなのである。
農村の変容(国際レベルまで含めて)やフィールドワーク、
さらには教育という部分でも、妻は学生を、そして僕は研修生を
という意味で、これまでのように学問的な議論や刺激も与えあえたのは
今年の大きな収穫だったように思う。

と、まぁ、今年も多忙かつ変化にとんだ1年だった。

番外編としては
11. 広島への農家視察
大規模農家と家族経営のハーブガーデンを見たのだが、
経営の在り方と人の育て方を学んだ。
規模拡大に対する恐怖心や嫌悪感が個人的にはあるのだが
その中でしか出来ないことがあることを学んだ。
この農家視察は、ある意味、僕のターニングポイントになるかもしれない。

来年も長々と読みづらい日記を書きますが
お付き合いの程、よろしくお願いします。
年の瀬。
ということで、1年を振り返ってみる。

2007年我が家の10大ニュース!

1. 妻の就職決定!(大学の先生)
2. 妻、東大で講義!!!(ええんか!?できるんか!?生徒は妻より賢くないかい!?)
3. 新規就農者&認定農業者申請(経営者になる)
4. 妻カンボジア出張1週間の間、プチ父子家庭を乗り切る(これで育児に自信をつけた)
5. インドネシア研修事業始動(候補者も決まり、近々農村調査も開始予定)
6. 多目的農舎の建設(研修でも使えるミーティング室あり)
7. 家づくり開始(まだまだプランニング段階)
8. 口内扁桃切除(切除後、熱を出して寝込むこと無し)
9. 娘、保育園へ通う(嬉しそうに通うようになりました)
10. 保育園増改築(財務の役員をやらされる・・・そればかりか父母会の役員も・・・)

と、まぁ、多忙な1年だった。

ちなみに
番外編として
11. 娘が僕の誕生日に、誕生日の歌を歌って祝ってくれた!(歌がとっても大好きなんです)
12. 妻からのクリスマスプレゼント(ここ数年もらってなかったから驚き!)
13. 青年農業者大会で北陸ブロックを勝ちあがれず(全国行きたかったなぁ)
14. 沖縄家族旅行(開発学会の参加のためだったけど)
15. 大学の恩師を囲んでの研究室同窓会(あの研究室が僕の原点)
16. 12月31日まで燃えるゴミを収集してくれた!(おかげで大掃除のゴミ出せました)

来年もよろしく。

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
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