妻が熱を出した。
39度の高熱。
高熱を出すことが珍しい人なので
やや心配で、
医者に連れて行った。
じつは前日も妻は風邪だと思い
医者に行っていてた。
その時は熱が無かったので
新しい症状も出てるし
それが尋常じゃないくらい高熱で
1日寝ても下がる気配もないので
同じ医者に連れて行った。
その時の出来事。

医者は
「今使っている薬の効果は1日では出ません。薬の効果があるかどうかをみないといけないので、その薬を飲み続けてもらうしかない」という。
ま、それ自体はある程度正当だと思う。
ただ昨日診察した時には全くなかった症状の
高熱をどうにかしてほしいと思いやって来たので
熱を下げる薬が欲しいと希望をした。
この辺りから医者の態度が
あきらかにおかしくなる。
「いったいどんな薬が欲しいのですか」
と声を荒げるのだ。
それはこちらは素人なので解らない、
診察まで1時間半もまって疲れ果てているから
はやく楽にしてやってほしい、と伝えたが
それが完全に引き金を引いてしまった。
医者は小刻みに震えだし、
はた目から見ても怒り心頭という体なのだ。
たしかに1時間半という時間の長さを
言葉に入れたのは
客観的事実だとしても
この文脈ではイチャモンと取れないこともない。
僕としてはただ、
それだけ疲れていることを言いたかったのだけど。。。
どの薬が欲しいのか!と声を荒げる医者に
ちょっと不用意だけど点滴っていうのもありますよね
と言ったのがさらに火に油を注いだ。
「他の患者さんには点滴をして、彼女にはしないと思っているのですか!」
もう手が付けられない。
で、高熱の理由として
妻が先週までインドネシアに出張していたことも
関係するのかもしれないと話した。
昨日の時には熱が無かったので
そんな話は妻はしていないというので
付帯情報として
判断をより正確にできるように
と伝えたつもりだが
それが、もうこの医者には理解できないほど
怒りまくっていたのだろう。
「感染症の治療もしていたんです、僕は。旦那さん、つまりは、デング熱とでも言いたいんですか!もしデング熱だからって何ができますか?それはお気の毒で、頑張ってくださいしかないです」
いやぁ、もう我が耳を疑ったね。
デング熱かどうかは良いんです、そんなことじゃなくて
と言葉をつなげるのだけど
この医者はもう途中から
被害妄想に捉われてしまっている。
怒りで小刻みに震えているのは止まらないし。
こうなると、正直、怖い。
点滴をしろとも言わないし、
検査しろとも言っていないし、
熱を下げる薬だけ欲しい、
それだけを伝えるのだが、
「僕はもうこの患者を診ることはできない。紹介状が欲しいのなら書くから、他の病院に行ってくれ!」
だって。
え!?それって医療拒否!???
この病院ってそれだけはしないはずだよね。
組合員さんに寄り添っていく病院だよね。
僕知っているよ、この病院の理念。
それに賛同するから僕も出資してるんだよ。
忙しくて、昨日も来たのに薬効かないと文句を言いに来たやつだと
もしかして決めつけてない???
違うよ、症状が明らかに重症化しているから
心配でやってきただけだよ。
だのに、ろくにダイアログしないでさ、
一方的に捲し立てるのってどう?
医療現場で医者は絶対的権力を
持っている。
素人にいちいち説明できないかもしれないし
そんなことに時間を割かれることに
またそれをにわか仕込みの知識の反論に
自分を削られてしまっているのかもしれない。
そういう現場には同情はするが
39度の熱を出している人間を前に
批判でもない言葉に
いちいち突っかかって怒りをぶつけられても
診察室で権力の無い僕ら患者は
どうすればいいのさ、いったい。

医者は怒り狂ったまま
「僕は診ない!」と宣言して
処置室を
出て行ってしまった。

途中から医者の様子がおかしかったので
看護師を呼んだのだが
その方が他の医者へ連絡をしてくれて
しばらくおまちくださいだって。
その後、さらに1時間以上待って
妻はなんとか検査を受け
医師の判断で点滴を受けることなった。

しかし、
医者はそんなに大変なのか。
十分休めているのだろうか?
僕の現場でも
この夏、ずいぶんと疲弊して
普段は気のいい連中だったスタッフも
ずいぶんとぎすぎすしていたのを思い出す。
心に余裕って大事だ。
で、医者は10分程度の診察に
知らない人と対話をして
出来る限り正解に近いものを
導き出さないといけない。
だから、怒り狂った医者は
「感染症の疑いって言って、あとでそれが分かれば僕らを訴えるんでしょう!」と
考えもしなかったことを口走っていた。
僕は医療の専門家でもないし
あなたの権威を傷つけたいわけでもない。
ましてや訴えたいわけでもない。
目の前の39度の妻を
どうにか楽にしてあげたい、
ただそれだけだ。
でもたぶん心の余裕のない人間には
その10分のダイアログは
苦痛でしかないのだろう。

人に向き不向きはあると思うが
それは努力次第だと思う。
心の余裕は自分では作れない時もあろう。
だからといって
怒りは自己防衛でしかなく
この場合、妻の高熱はとまらない。
あまつさえ、医療拒否なんて。
医者として、それはありなのだろうか?
こういうケースは体験したことが無いので
もし読者でこういうケースに詳しい方が居れば
ご教授いただきたい。


先日、福井県のJA青壮年部協議会主催で
青年の主張発表大会が行われた。
その時に、学習会として
全農の方をお呼びして
事業承継について話をしてもらった。
あんまり期待していなかったのだけど
これがいろんな意味で面白かったので
記録に残そうか。

実際の全農の方のプレゼンの中身の話は
批判満載になるので
もう少し後で記録するとして
それよりも今回は
ちょっとショッキングな数字をお知らせしたい。
全農の方の事業承継の話のメインは
農業の家族経営についてだった。
すでに家族経営から抜け出していこうという
僕らの場合は、
また違った問題を抱えていて
一概にそこで言われている問題を
共有しているわけではないが
家族経営や農業にまつわる統計データが
とても面白かったので紹介しようか。

農業センサスの2000年と2015年を比較して
年間平均で6万件の家族経営が消滅しているらしい。
それを1日に換算すれば
全国で毎日185軒の家族経営の
農業が消滅していることになる。
うちの町内が150軒ほどなので、
毎日それを超えるほどの世帯が
農業をやめているってわけ。
やめた農業はどこへ行くのかと言えば
多くが法人へ農地を預けるなどして
その先ではまだ農業は存続している。
だが、農村と言われているカテゴリーのコミュニティーでは
もうその農家がいないってことになる。
田んぼに付帯する義務や役にささえられてきた地縁も
もう姿を消すってわけだ。
ま、そんなのは10年も前から言われてきたから
驚かないけど
でもこの10年でその問題が
解決に向かうもしくは
なにか代替案がだされたかといえば
なんにもなく今日に至っている。
全農の方のプレゼンでは
2030年には福井では
家族経営の農業が消滅するらしい。
統計データの消滅スピードだと
そういう数字なんだってさ。
みな生産組合や法人や
はたまた農協が出資して農業法人をつくるであろう
その組織に農地を預けて
一切農業にはかかわらないようになるってわけだ。
農業への関心が低下する大きな要因となる。

昨日、こんな記事がWebをにぎわせていた。
「農業の人手不足」by日本農業新聞
僕の農園でも春からずーっと求人を出し続けていたが
マッチングせず採用に至っていないが現状で
これからも人手不足には悩まされることになる。
農地を法人に預け、家族経営が消滅する。
法人はそれをチャンスとしても
人手がなく規模拡大の障壁となる。
地主が作業に出てくれるようになるのは
その地主が農作業をしたことのある世代まで。
あとはお願いしても作業には出てくれないってわけ。
定年帰農で土地集約型農業は
もう少し先まで持つかと思っていたけど
こりゃ、予想が外れそうだ。
それよりも僕らみたいな
細かい野菜栽培で活路を見出そうとやって来た
こういう形態こそ、今大きな岐路に立たされている。
人口問題は
思った以上に経営に重くのしかかっている。


ワインを1日1杯飲むと
健康になるという話は
良く聞く話。
それは僕がワイン好きで
自分に都合の良い情報を
意識的もしくは無意識的に
選択しているからかもしれないが
ま、とにかくワインの云々話は
よく巷にあふれている。

そのワインについて今朝の
ラジオで面白いことを言っていた。
コペンハーゲンでの調査なのだが、
ビールとワインと蒸留酒を飲んでいたお年寄りの
その後の寿命を調べたところ
ワインを飲んでいたグループの寿命が
有意的に長かったらしい。
そこでワインには何が含まれているかを
調べてみると
ポリフェノールという
動脈硬化に効果がある
物質が含まれていることが分かった。
だからワインは長寿に関係する。
と、人は結論付けたがる。
対象物のワインに目を向けるからだ。
しかし、
ラジオでの解説では
ここからが本番だった。
疫学の研究ではその効果を観ると言うよりは
統計学的に関係性を明確にする。
コペンハーゲンの実験では
続きがある。
次に地元のスーパーで
300万人のレシートを解析したらしい。
そしてビールとワインとで
それぞれを購入した人が
他に何を購入したかを統計的に明らかにした。
そうしたら、
ビールを購入した人の買い物傾向としては
ウィンナー、マーガリン、豚肉などを買い、
ワインを購入した人は
植物性油、野菜を多く購入していることが
統計的に明らかになった。
ウィンナー、マーガリン、豚肉などは
トランス脂肪酸や飽和脂肪酸が多く含まれ
それらは成人病の原因となっている。
飲み物はそれ単体で楽しむわけではなく
食事を通じて楽しまれていることが多い。
そのそれぞれの家庭や個人の嗜好の
食文化がその後の寿命と大きくかかわりのあるような
グループ分けが出来たという話だった。
それぞれ好みに違いはあれど
傾向としてビールと合わせる食事は
トランス脂肪酸や飽和脂肪酸が多く
ワインと合わせて好んで食べられている食事は
成人病予防の効果のあるものが多かったというわけ。
その単体の機能を僕らはついつい
追いかけてしまいがちだが
そういう近視眼的なことでないということだ。
ワインが良いからといって
普段の食生活を変えなかったり
食事を楽しむ気持ちもなく
ただ薬のようにワインを飲んでいても
ちっとも体には良くないというわけ。

こういう視点って
なかなか身につかないね。
うん。

普段だったら相手にしない。
アポなしでやってくる営業マンは。
しかもスタッフへの授業が控えている昼休みで、
娘の晩御飯の準備の途中で
自分の昼ごはんは電子レンジにかけたままの
そんな状態ならば、とくに相手にしない。
なのに、なぜか長話をしてしまった。

それは、その相手が農文協だったことと
大学では文学部だったこと
クリフォードギアツを知っていたこと
などが
僕のどこかのスイッチを押してしまった。

もともと
農文協には不満がある。
僕は内山節や守田志郎、宮本常一、渡植 彦太郎などの著書を
農文協を通じて読み漁った時期があった。
それはとても幸せな時間で
大学院の社会学で答えが見つからなかった僕に
ある程度の答えを示してくれた気持ちになった時代もあった。
でも、それらはやはり
今の現状を変えるだけの力にはならないし
それが答えでもないことに
気付き始めてからは
農文協の出す本を手に取ることは少なくなった。
小さい農業が儲かるなんて本は要らないんです!

僕が読みたいのは
このグローバルな時代に
その先を進むような共生社会の在り方を
ローカルに語る人々の声だ。
新興国の田舎と貧富の差と日本の消滅する田舎の問題を
グローバリゼーションだからこそ、
いやその場でなければ解決策なんて出てこないと
僕は思うのだけど
その新しい知恵が出るはずのその場が
今、まだまだ断絶的にしか形成されていないのだけど
それが作れるだけの下地は十分形成されつつある中で
農文協はもっと思想的にも含めて
それを語る著者を探してほしい。
ぜったいどっかにいるはずと僕は思う。
僕はそれを読みたい。

なんて話を農文協のペーペー営業マンに対して
玄関先で30分以上してしまった・・・。
そんなこんなで、スタッフの授業は流れ、
娘の晩御飯のカレーは慌てて作るからルーを間違えて辛くなり
自分はお昼抜きで仕事する羽目になった。

ちょっと病気かもな、と思いつつ
いや、おっさんってこんなんだよな、と
自分に言い聞かせている。

確定申告終了。
毎年1月からこの時期まで
この確定申告がつねに頭のどこかにあって
ストレスを感じる。
計算が苦手なのと
細かく数字で管理することが出来ない性格なので
こういう作業は苦手。

申告した年度も
めでたく売り上げ増(それなりに)&所得増(こちらは微増)で
税金も増えました(これはかなり・・・)。
きっともっと上手な人は
節税するんだろうけど
そういう知恵が無いので
全部そのまま。

ま、そんなことに頭を使う余裕があるのなら
新しい何か面白いことを考えた方が
性に合うので、良しとしようか。

で、その面白い方は
JICAからいただいたJICA基金の今年度の報告書。
そういうのを書くのは苦手なんだけど、
これにかこつけて
インドネシアの卒業生たちに
レポートを書きまくってもらった。
それを読むのがなんとも至極幸せ。
彼らの視点はまだまだだけど
彼らの夢への勢いと苦悩と希望を
ここにいてその息吹を感じられるという贅沢。
これほど面白いことはない。
上手くいかないことばかりだけど
だからこそ面白い。
節税に使う頭があれば
僕はこういうことに
時間と労力をかけたい。

こんな記事を発見。

農業は危険だった!?死亡事故割合、建設業の2倍…4割が80歳以上、目立つ高齢者

結構農作業の事故ってあるようで、
年間400人前後の方々が亡くなっているとか。
で、建設業の2倍っていう見出しがついて
農業って危険だって言いたいのだろうか。

高齢化が進めば、
現場の作業員の
判断の甘さや操作ミスが多くなるのは
当然だろうね。
また会社経営というよりも
個人経営の家族だけでの農業という形態なので
安全管理もとうぜんなあなあだね。
うちもそう偉そうなことは言えない状況で
安全管理のマニュアルはそういえばないな。
それほど機械作業はないし
ほとんどが手作業だけど
でもまぁ、こういうのも整備しないとね。
農業を他産業と同じような産業として
競争させたいのなら
このあたりはもっとしっかりとしないといけないかな。
現状を統計だけで見れば
その裏側には超高齢化の現状が
強調されてしまうけど、
問題の本質はそこにあるにしても
それをクリアーしていく中で
それぞれの経営体として
安全管理をどうするのかの話し合いを
進める必要はあるな。

そういえば、うちの新人・もっちゃんが
来月にGAP診断を農園でもやるって言っていたから
そういうのも診断の中に入ってきて
カイゼンの動きにつながるようにしたいね。


今さらなんだけど
こんな本を読んでいる。
それも結構深く。
倉沢愛子 著 『日本占領下のジャワ農村の変容』 
1992年の本で
僕がIPB留学中に取り寄せて
一度は読んだ本。
ちなみに
この本はインドネシア語になっていて
インドネシア社会学の社会変容論では
必読書でもある、というのは余談。

さてさてこの本だけど、
今、農園のスタッフ向け(ま、対象は1人だけど)に
読書会をしていて
この本を読んでいるところ。
その中で要約作りも一緒に指導していて
そのお手本として
自分も各章ごとに要約を作っている。
きっちりとした要約を書くのは
大学院以来の作業で
正直、ちょっと大変だったけど
やってみると結構面白く
それに頭の回転が良くなる感じ。
物事を掴み取る力が
最近衰えたかなぁ~と思うこともあったけど
この作業に取り組んでからは
結構、思考も明確な感じがする。
趣味として「専門書の要約書き」というのはありかもね。
というのもこのエントリーでは余談か。

憲法記念日で9条がクローズアップもされているので
この戦争下の社会変容の話は
ある意味僕にとってもホットトピックだった。
戦争の犠牲というかそのおかしいくらいの社会に対する圧力は
さまざまな変容を生み出す。
その一部を抜き出して、後世になって
だから意味があった
と声高に主張しても
全体のその暴力的な変容に
何一つ良い評価を付け加えることはない。
倉沢さんの本は
静かに、でも、
占領下でのインドネシア農村が
リアルにどんなふうに変容してきたかを
詳細に記述することで
その膨大な全体をもって
メッセージとして迫ってくる。

奇しくもそれは
西川先生がFBであげていた
1991年のサンダース氏の演説が
倉沢さんの本とシンクロして
僕の中に飛び込んできた。

http://www.dailymotion.com/video/x48atb6

駅前で
安全保障法案の正当性を叫ぶ
若者たちが居たが、
やはりロジックがおかしい。
海外の情勢にどういう態度が正当なのかなんて
そんな話は
この本の前には上滑りで耳に入ってこない。
想像力の欠如が
今、社会に蔓延しているのかもしれないね。
倉沢さんの本の要約も
ここでアップしようかと思ったのだけど
それを学生が引用するからやめてくれと
妻が言うので
ここではあげない。
なんとも窮屈な世の中だね。
そんなGW。




3泊4日の東京出張は
とにかく人に会う出張だった。
もう20年の付き合いになる
師匠・白石さんと榊田さんに会い、
地域と農業とその次の未来について語り合い、
JICAでの面談はインドネシア研修事業の
次のステップの可能性を見出し、
全国農協青年組織協議会(全青協)の会議に
県代表として出席し、
県選出の国会議員さんたちに
自分たちが田んぼや畑で日々感じている
不安と期待をまとめたポリシーブックを説明し、
全青協の全国青年大会に出席し、
農水省と内閣府でグローバルチェーンと輸出の話を聞いて
終電にぎりぎり間に合って
福井に戻ってきた。
もう、へとへと。

そんで、
ほとんど確保されなかった睡眠と
朦朧とする意識の中で
一気に詰め込んだ知識と
ここであった人たちを取り巻く潮流に
感化されて、
それに反応して語った自分の意見に
自分がまた感化されたりして、
そんな中で、出た結論は、
「来月インドネシアに行く」
だった。

僕らの同時代性は
こうも上手くリンクしているのかと感じるくらい
インドネシアの研修卒業生の議論と
JICAとJAと内閣府との話は
別々に進んでいるはずだったのに
それがどれも同じ議論で
今その手当をしないといけない
という別に僕の利益に何にもならないのに
なんだか義務というか
それをやらないといけないような
そんな気分でインドネシア行きを決めた。

そう何かに背中を押されるように
卒業生の活動支援という
ローカルな活動だけを見ると
何もそれらのキーワードが
何もつながらないように見えるけど
輸出とグローバルチェーンと
小農のマーケティングと
農業における協同組合の意義と意味。
そんなぐちゃぐちゃを
もう少し混ぜ合わせて
僕もその中に飛び込む準備を
しようと思う。

もう少し冷静になって
考えがまとまったら
ちゃんと書こうと思うけど
3泊4日の出張の
詰め込まれたぐちゃぐちゃは
そのぐちゃぐちゃのまま
記録しようと思ってそのまま書いてみた。
以上。



ぎっくり腰。
今年の最後に、こんなに悩むとは。
11月の最後にやらかした後、
それなりに静養し、
ネットで調べた体操もして、
以外に治りが早いな、と思っていた。
ぎっくり腰をやった時は
もうお前は若くない、
と宣告されたようで、結構ブルーだった。
でも治りの速さが、僕を勇気づけた。

でも会う人会う人から
「癖になるよ」
「慢性化は避けたいよね」
「もうこれまで通りにはいかないよ」
なんて呪いの言霊をかけられた。
気遣ってくれたんだろうけど、
僕はこういう暗示に弱い。
他人から良い事も悪い事も
影響を受けやすいから。

で、その言霊の効果は絶大で、
12月の半ばに再び
腰に電撃が走った。
おめでとう、2回目です、慢性化です。
と、頭のどこかでファンファーレが鳴る。
腰は1回目に比べて大したことはなかったが
精神的ダメージは
1回目よりもひどかった。

冬場の農家の仕事はロクなものじゃない。
僕は重い物を持つような
ガチンコの肉体労働は嫌いだ。
だから、自分の経営ではとにかく重い野菜を
排除してきた。
大根もやっているけど
ミニ大根ばっかりだしね。
でもそれでも、
夏に比べたら、相対的に重い物を持つ仕事になる。
で、12月の半ばに大根を持ち上げた時に
腰に電気が走り、
その後、軽いセロリを持っても
ミニ大根1つを手にとっても
腰がピリピリと痛むようになってしまった。

このまま慢性化を受け入れる気はない。
僕にはまだやらないといけない仕事が
少しだけど残っている。
このままじゃ終れない。
ということで
こういう時は、SNSでみんなの意見を聞こうじゃないか。
この辺りがイマドキだよね。

さてそのSNS。
たくさんアドバイスをもらったのは
それだけでとても励みになった。
ありがとうございました。
腰痛体操、ヨガ、腹筋を鍛える、
柔軟体操、湿布でごまかす、
体操、コルセット、半身浴、
インナーマッスルを鍛える、
骨盤のゆがみを整える、
整体、鍼灸、ぶら下がり健康法、
果てには、四股を踏む、まで
いただきました。
今、それらのほとんどを試しています。

そして、はとこが開業している
カイロプラクティックにもお世話になっている。
すこし年上で
小さい時から良く知っている人で
農家組合や農協青壮年部でも
一緒に役をやったり、
はとこなんだけどお互いの家の祖父母が兄妹で
嫁交換で結婚している家でもあって、
血縁は強い。
そんな兄貴のような方なので、
もっと早くからそのカイロに行けばよかったのだけど、
どうも血縁が強いと
変な遠慮もでて、足が向かっていなかった。

でも今回行ってみて思った事は、
体が以前の自分の物とは違うってこと。
骨盤がゆがんでいたようで、
腰の高さも左右で違うし、
足の長さも左右で違っていた。
あと首の稼働も右側が悪く、
スムーズじゃないことも分かった。
猫背なんて無いと思っていたけど、
猫背ですこし背骨も曲がっているんだって。
とにかく、あちこちズレまくりの体だった。
それを少しずつほぐして、
ポキポキと骨を整えてもらった。
すると\(◎o◎)/!
自分の体が、自分のモノじゃない感じ。
バージョン2!って感じだろうか。
もやもやした腰の感覚は一発で消え、
不安感もない。
なんて素敵なカイロ。

でもその効果も3日ほどだった。
その間は、もうどんな仕事もできそうだったけど、
3日が過ぎると、やはり腰はもやもや。
バージョン2お終い。
で、昨日、もう一回カイロに行く。
ハトコ曰く、
骨が元に戻ろうとしているんだって。
長い年月をかけてゆがんだ骨格は
そんなにすぐには戻らないらしい。
昨日もじっくりとほぐしてもらった。
施術が終わるとやっぱり自分の体が
自分のモノじゃない感じだった。
今回は猫背も一気に直し、
肩甲骨から肩にかけても
一気に変化した感じだった。
あああ、これってバージョン3ですか!?

多分、また3日ほどなんだろうけど
でも、この感覚すごいです。
皆さん、ぜひ、カイロプラクティック試してみてください。
次行ったら
回数券買おうっと。

では、これで今年はブログは打ち止めってことで。
今年もたくさん書きました。
129エントリー書きました。
多分、全部付き合ってくれている人は
居ないだろうけど、
それでも読んでくれた皆さん、本当にありがとうございます。
来年はもっと書きます。
鬱屈すればするほど、
辛くなれば辛くなるほど、
ふてくされればふてくされるほど、
僕は生産的になれます。
という意味では、今年は結構鬱屈しました。
鬱屈を微妙な笑いに変えて、
結構書きました。
ではでは、また来年。
良いお年をお過ごしください。




体調不良は
気持ちにも大きく影響を与える。
根本的に考え方が変わることも
まぁ、良くあることだろう。

僕は昔から体が弱い。
すぐに風邪をひくし、
扁桃腺を腫らして、数日寝込むのは
良くあることだった。
だからこれくらいの事では
あまり考え方には影響しない。

だが、今回のぎっくり腰は
まいった。
たかがぎっくり腰さ。
そんなの良くあることだ。
僕もそう思うんだけど、
片方で、
『もう若くないよ。そのままでいいのか?』と
誰かがささやく。
腰の痛みで寝込んでいる間、
四六時中
誰かが僕の心の中で
そうささやき続けていた。

ぎっくり腰にしては軽い症状だったようで
数日寝込んだだけで、
今はやや腰に不安感はあるものの
普通の生活に戻っている。
もうそのささやきはないけれど
その声は僕に突き刺さって抜けない。
そのままでいいのか?
そのままでも良い気もするし
もう十分だとも思うんだけど、
まだやれることがあるなら
まだチャンスが残っているのなら
やってみたいことはある。
ということで、来年に向けて
すこし動いてみようと思うけど
さてどうでしょうね。

というのが今の心境。
とりとめもないけど、ね。
ぎっくり腰が転機でしたなんて
なんだかドラマチックじゃない?



12月になった。
この時期、妻から名言をいただくのが
昨年からの慣例。
昨年は、
「すべてにおいてクオリティが低い」だった。
役を引き受けすぎて
身動きが取れない僕をそう表現してくれた。

で、今年。
「あなたの見通しは常に甘い」
と本日いただきました。
今日は何時には帰れるよ、という日々の見通しから、
今週の会合は寝るまでには帰ってくるよ、
というスケジュールの見通しや、
もう大きな役はやならいよ、と将来に向けての見通しまで
すべてにおいて僕は甘いらしい。
というか、そう言う僕にイラッと来るという。
そりゃそうだろうな。
その時間に戻ってきたことないし、
会議に行けばその場の雰囲気で
午前様で飲んだりするし、
頼まれれば大きな役でも引き受けたりするからね。

僕は比較的楽観主義だし、
想像力の欠如と分析力のなさから、
自分の見通しもまったく立っていないまま、
ここまでやってきたような気もする。
その見通しの甘さが
今のぎっくり腰につながっていることを思えば、
さもありなん。

クオリティが低く、
そして見通しが甘い僕は、
それでも何とか師走を迎えたのであった。




11月だ。
あと2か月で今年も暮れる。
あと少し。
そんな風に思うことが多い。
きっとそれは
ちょっと疲れているから。

今年は自分の能力に比べて
役職が多すぎた。
それは素直に認めよう。
これまでミスなくこなしていた予定だったが、
ここに来て、その存在を忘れていたり、
他の方に頼んだかもしれない行事に
自分が行ってしまったり。
ミス連発中。

そして今月。
東京1回、愛知2回の出張と
役職での自分主催のイベントが2回。
リーダー研修会や組合長と語る会など。
あっ、あと忘年会も数回ある。
農園で団体受け入れの大きなイベントが2回。
えー、会議多数。打ち合わせ&面談多数。の予定。
アンビシ勉強会はJAの指導員がやるから
とても楽しみで、それは這ってでも行くけどね。
多分、5月の死のロード以上の死のロードだね。

あと2か月。
最近の僕はそれを唱えながら
前のめりに倒れるように進んでいく。


とある団体が今年節目の年を迎える。
それに合わせて記念誌を作るらしい。
それはいい。
それどころか、その冊子に出てほしいと
まさかの依頼があり、
インタビューも受けた。
とても光栄なことだった。

さてそのインタビューで
これまでの活動についていろいろと質問を受けた。
その中で農園での取り組み聞かれたので
今年2月に
インドネシアへのスタディーツアーを行ったと答えた。

それは
農園のインドネシア研修卒業生に会いに行く旅だった。
それぞれが僕らの農園での経験を
どう現地で活かしているのか、
それを見に行こうというツアーだった。
それを話すと、
インタビュアーは
「2人が参加したのですね」とノタマフ。
いえいえ10数名参加しましたよ。

「でも二人ツアーなんでしょ。『フタリーツアー』なんですよね」。

電話でのインタビューってこともあったんだと思う。
きっと直接会ってインタビューを受けていれば
そんなことはなかったんだろうと
僕は思いたい。
スタディーツアーという
英語が苦手の僕の発音が
たぶんそうさせたのだろう。
しかし、しかしだ。
会話の文脈を読んで行けば、
二人ツアーじゃないよね。きっと。

ちょっと変だな、と思いながらも
インタビューは続く。
インドネシアへ留学に行って
そこで思うこともあり、
地元に戻って農業をすることに決めたくだりだった。
僕としては、ここは積極的かつポジティブに
地元に戻って農業をすることを選んだつもりだし、
この時にはすでにインドネシア農業研修事業の
構想もそしてその下準備を出来上がっていて、
まさにそれを実行するために
僕は地元に戻ったと言って良いだろう。
だのに、インタビュアーは、
「国際協力の現場を諦め、実家に戻っての農業っていことは、やはり心残りはあるんでしょうね」とノタマフ。
この辺りで、昔の僕だったら
インタビューはもう崩壊していただろう。
でも僕はよく踏ん張ったと思う。
根気よくそうじゃないことを説明するが、
「地元の戻る=負けて逃げ戻る」といった構図の
ステレオタイプが頭を占拠している
インタビュアーは、
僕の言葉が理解できない様子だった。
「でも心残りがあるんですよね」と続ける。

この辺りでちょっと気が付いた。
たしかインタビュー前にこの人、
僕の資料はたくさんあるらしく、
「インタビューをしなくてもほとんど大丈夫なくらいなんですよ、ハハハ」
と言っていた。
つまりいろんな記事から
すでに僕の情報は持っていて、
で、そこからすでに記事のストーリーは決まっていて
それを確認するだけに電話しているんじゃないかってことに。
インタビュアーがその手の意図を
対象者に悟られることほど
やってはいけないミスはない。
というか、そういう意図を持っていること自体
すでに失格だ。
でも僕は耐えた。
ここでもインタビューは崩壊せず、
最後まで根気よく答えた。
なぜなら僕はその意図を知った瞬間、
このインタビュー中にそれを修正することを
諦めたからだ。
というのは、記事の出来上がりを必ず確認してくるはずで、
あとはその確認作業の時に
たくさんの赤(修正)を入れて、
こちらの意図に沿った文章にしてしまおう、
と決めたからだった。

最近では珍しいくらい
面白いインタビューだったので
記録した。
たくさんの方をインタビューしているようなので
たぶん僕のような小さな事例は
どうでもいいと思っているんだろうね。
それで良いんだ。
身の丈も知っているし。
でもそうまでして
その記念誌に載せてもらう意味って
あるんだろうか?
断っちゃおうかな・・・。



3日ほど前に、
あんまり暑かったので
髭を剃った。
体感的には3℃ほどは涼しく感じる。
これはいい。

19歳の時に
タイへバックパッカーとして
旅行へ行った。
その時髭剃りを持っていくのを忘れて
そのまま髭をはやし始めた。

その後、
協力隊に行っていた23歳の時、
顔面右半分の運動神経がマヒし
電気療法をするために
顔に電極をくっつけ無ければならなくなった。
医者が髭面では電極が付かない、というので
髭を剃った。

それから一時的に口ひげをはやしたりはしたが、
留学が終わる2005年まで髭はまめに剃っていた。
それが、2006年から福井で営農する段になり
今、ブログを読み返してもその理由が
わからないのだが、
3日前まで髭面で通した。

と前置きが長くなったが、
髭を剃って分かったことは
体感温度もあるが、
人がどのようにその人を印象付けていたか?
ということ。
なぜなら髭を剃っても
それに気が付かない人も
結構いたのだ。
それも毎日顔を合わせる人でも
すぐには気が付かない場合もあった。
これには驚きだった。
というか、
それだけ関心がないということも
あるのだろうけどね。

顔の変化に関心がないという意味でも
人をどう認知しているのかが
やっぱり面白い。

もう3日この顔で
出歩いているが
その人が他者のどの部分でその他者を
認知しているのか
簡単ではあるけど
その人の傾向なるものが見えてくるから面白い。

というわけで、
これからお会いする方々、
僕は今そういう目で貴方を分析中なので
気を付けてくださいね。





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ラジオに生出演する。
アナウンサーと1対1はこれまでもあったが、
今回は対談形式。
時間配分や相手の話とどこまでシンクロ出来て
さらにテーマとしてどこまで潜れるか、
調整が全く未知なまま出演。
だから珍しく緊張していたし、
その日の朝は、目覚ましよりも1時間早く起きてしまった。

こういう状態だったが、
対談相手がとても面白い方で
進行表なんてそっちのけで
彼女の話に聞き入ってしまった。
その対談相手は、三木あいさん。
ニューヨークでデザインの勉強をして、
あちらの会社でデザインの仕事をしていた方。
今は福井に戻ってネットを使って
NYと仕事をしている強者。
故郷には必ず帰ってくると決めていたので、
逆に一番遠くに行ってやろうと決めて
NYに行ったんだとか。
もう聞く話聞く話驚きの連続で、
あまり動じないはずの僕も
かなりの男前度に舌を巻いた。

1時間の対談だったが
書いたらきりがないほどの逸話ばかり。
でもその中で気に入ったフレーズを
記録しようか。
制作に時間をかけて普遍的な価値を閉じ込めるという
話題があったのだが、
彼女は
「制作には時間をかけません。飽きちゃうし。作るのはすぐに作る方。でもコンセプトは長く寝かしたりもします。長く寝かした分だけ、コンセプトには人生が乗りますから」と言った。
これにはやられた。
コンセプトには人生が乗る。
体験したこと、見たこと、聞いたこと、食べたこと
そんなすべての経験は
そのコンセプトに反映され
そして深みが増していく。

実践から生み出された言葉は
僕の心に刺さりやすい。
久しぶりに本物に出会った。


いろんなことを断ろうと決意して
「だが断る」のTシャツを着た日。
うちの新人すーちゃんから
「そういえばその逆のイエスマンって映画ありましたよね」
と言われる。
なんでも、すべてにイエスと答える男の話だそうで
まさに今の僕の逆の話。

ま、彼女が何か深い考えがあって
この話を僕にしたわけではないのだろうが、
そのイエスマンがどうしても気になり
DVDで観ることに。

ジムキャリー主演の映画で
結構話題にもなった映画らしい。
ネガティブに生きていた男が
すべてをイエスと答えるという
ちょっと無茶な啓発セミナーに参加し
そこからすべてをイエスと答え
ポジティブな人生を歩みだす。
そんなお話。

ま、ハリウッドが考えそうな楽天的な映画で
どうせハッピーエンドが待っているのだから
その過程のドタバタを楽しむという映画だったが
それなりに感じるものはあった。

ただ、映画の中で出てこなかったが
予定の殺到で
スケジュールの調整がつかない
ダブルブッキング等は
このイエスマンならどうするのだろうか?
それに家庭持ちだったら、
絶対崩壊するね。
だって夜毎に
飲み会の誘いがはいるんだもんね、この映画。

さて、
何かを断るというのは
自分にとってもそれに対してネガティブな思考を
植え付ける。
その連鎖が消耗の素になるのだが、
すべてをイエスに変えるというのも
やはり無理か。
スケジュールが詰まれば詰まるほど
それもまた消耗する素になるのは
5月の死のロードでよくわかった。

ポジティブな思考を維持しつつも
適度に断り、自分と自分の家族の時間を作る。
そんな調整が
今年は自分の課題なんだと
この映画を見ながらなんとなく思った。


今年前半の死のロード終了。
農繁期で農作業が忙しいのは当たり前なのだが、
それ以上に、今年は農業以外のいろんな用事が
入りすぎていて、とにかく目が回る。

僕の死のロードは
5月18日から始まった。

○18日~19日東京出張。
TPPに関して
全青協主催の座り込みに県代表として参加。
議員会館前に二日間座り込み。
その間、生協の見学会があったが
スタッフが代わって対応。

○20日午前業者写真撮り&午後業者商談。
吉川ナスの写真撮りと
午後からは県外の卸がやってきて商談。
まぁ、これは仕事の範囲だから良いか。

○21日生協体験受け入れ&テレビ取材の打ち合わせ
&夜はJA福井市の北部ブロック役員懇親会。
午前に体験受け入れが1件。
午後からテレビ取材の打ち合わせがあり、
夜は北部ブロックの経営管理委員さんや
支店長さんや部長さんたちと懇親会。
合間におまかせ便も発送するという忙しさ。
妻は通常出張の曜日のため
早めに帰って娘の世話や家事もした。

○22日お昼に雑誌取材&夜はアンビシ勉強会。
フリーペーパーの取材を受け、
夜は大西の発表の勉強会に出席。
予定が遅れていた農作業のため
夕方7時まで仕事をしてから、
30分で娘に晩飯を食わせ(カレーライス)
勉強会の1品持ち寄りで
トリハムのレタスサラダを作る。
勉強会は19:30からだった。
目が回る。

○23日土曜日は休園日だったが
生協の農業体験の御一行様を受け入れる。
午前いっぱいを受け入れて
午後から家の掃除。
妻は出張中だったの家事全般を午後に。
合間にビデオ鑑賞と読書と料理。

○24日地区の運動会。
公民館の運営審議委員もしているので
大会委員に名前が入っていて
朝から運動会に出かける。
もちろん、農園とグランドを行ったり来たりして
農作業もしっかりやる。
夜は妻の誕生日パーティー。
前日に仕込んでおいた
サプライズプレゼントも渡せた。
ワインセラーでカロンセギュールを買っておいたので
それを飲む。
高級ワインってほとんど飲む機会がないけど
こういう日ならちょっと贅沢しても良いよね。

○25日午後、福井県農政連の総会出席。
福井県の県青協の会長は
福井県の農政連の役員に入っているので、
総会に出席する。
ちょっと面白いハプニングというか
質問があったので、出てよかったと思う。

○26日~28日東京出張。
26日はドローン開発の会社を訪問し、
農業利用について現場の状況をレクチャーする。
27日全青協の総会&会議。
午前から会議・会議・会議・会議の4連チャン会議。
夜は2連チャン懇親会で、ちょっと疲れた。

○29日午前いっぱいテレビ取材。
農園の新人すーちゃんのテレビ取材。
僕も少し出た。
放送予定は6月27日土曜日の午後3時ごろらしい。
この日はたまっていた農作業を一気にこなし
家に入ったのは夜8時ごろだった。
こうして
今年前半の死のロードは終わった。
なんか今年は1年が長いね。





福井に若者の就労への自立支援をする
「サポステふくい」という団体がある。
知り合いの方が務めていて、
その方からお願いされて
その利用者さんの中で
農業に興味のある方を見学で受け入れた。

諸事情合って就職に消極になっていたりする
若者を支援しようというのがこの団体の趣旨。

さて、そういう若者は
やはりあまり会話などが得意じゃないのじゃないか
と少し見学もためらったが
とてもお世話になった方&とても信頼している人からの
依頼だったので、受けることに。
しかし、その考えは偏見だった。
見学に来た若者たちは、
確かに会話が得意ではないかもしれない方もいたが、
それぞれしっかりと考えていて
話も弾んだ。
というよりも、こういう風にしてサポート支援を受けて
がんばっている人たちは
就職に対して他の人よりも
人一倍考えているような感じで
その中でも「労働」に対する視点はやや鋭く、
職場の雰囲気や上司の人柄にも
よく観察しているようだった。

農業の労働サイクルは
やはり正直言って休みがない。
朝も早い。
深夜の残業が無いだけが救いかな。
といっても、近くの農家では
スタッフとパートも
苗の接ぎ木を夜なべでやるって聞いたけどね。

見学の方からは、
僕の農園が土曜日しか休みがないことが
やはり驚きだったみたいだし、
僕が朝4時半ごろから仕事をしているのも
驚きだったようだ。
そうだよねぇ~、やっぱり「普通」じゃないよね。
土曜日休みだけ、まだましさ。
祖父や父の代では、土曜日が半ドン(午後休み)だけで、
丸1日の休みの日なんて盆と正月くらいだったからね。
生き物相手の仕事はどうしてもそうなるね。
生産様式が文化と民族的な意識を創るというのなら、
僕らはやっぱり「農民」というエスニシティになるね。

「スーパーには100円の野菜があふれていますが、そんな安い生産物ばかりで、儲けって出るんですか?」
という質問もあった。
農業に就職しようと思えば、
その経営や未来も気になるよね。
確かに農産物は安い。
家電くらいの値段がするといいんだけどね~。
携帯事業なんてすごいよね。
何万円もするスマホが
モデルチェンジするごとに良く売れて、
しかも月々自動的に何千円も引き落とされるような
ややあこぎな商売がまかり通る中で、
農業はなんとも純粋でかわいらしい業種じゃないか。
農業だから給与は低いよ、
なんて言いたくない。
現実的にはそうだとしても、
僕らはそれを「仕方がない」ものとして
受け入れちゃいけない。
100円でも他産業以上の利益が出るほど
スケールアップをするか、
200円で販売できるほど
僕らの強みがより鋭利に尖がれるか、だな。

その一方で
水と酸素と二酸化炭素と土と少しの肥料と
そしてたっぷりの日光、
僕らにとっては当たり前にあるような
エネルギーとも感じない
これらの力を農産物という形に変える作物は
本当に見事だと思う。
僕らは植物がそのエネルギーを固定していく
そのお手伝いをしているにすぎない。
金銭的豊かさを犠牲にして
心の豊かさを、なんて言わないよ。
儲かって、さらに心も感受性も豊かになる。
そんな仕事にしたいよね。

って、ぜんぜん職場見学ぽくないね。
ま、機会があれば
農業界で君たちもぜひ活躍してほしいと思う。


僕が最も苦手とする作業、
それは経理。
で、それがてんこ盛りでやってくるのが
確定申告の時期。
ここ数年は、経理担当の方を雇用しているので
ずいぶんと楽にはなったが、
最後の仕上げはどうしても自分がしないといけない。

領収書と細かい売り上げの数字の
洪水を泳ぎ切り、
今年も税金の金額が決まった。
自分で払う税金を
かなりの時間を費やして
自分で計算するなんて
我ながら偉いな、と素朴に思う。

さてその税金、
何に使われるのだろうか?
3/11の毎日新聞で
勝間和代さんのクロストークで
こんな記事があった。

勝間和代のクロストーク:feat.瀧波ユカリ/153 富裕層への課税強化

税金を納めるにあたって
「払いがい」がほしいという
しめくくりだった。
そういう感情はわかる。
でも、そういう感情が独り歩きすると
特別な権利としてある特別の層の方だけの
ものになってしまうこともある。
富裕層の特別な権利。
たとえばアメリカの寄付の制度みたいに。
金持ちは、払いたいところに払う権利がある、
ってことになるのは、どうも納得はいかない。

政治に対する文句は
選挙で言わないといけないんだろうけど、
政治そのものへの関心度は
それほど低いとは感じないのに
投票率は低い。
市民のホットトピックを
選挙の争点にしないとか
小選挙区になって死票が増えたとか
かもしれない。
応援しても実を結ばなければ
なかなか応援していても行動が起こせないもんな。
阪神が優勝するときだけ
ファンが急増するのとなんだか似ている現象かな。
勝ち馬に乗りたいという心理もあるかもね。

なんて、慣れない経理で
数字ばかりを見ていて
取り留めもないことを考えてみた。
とりあえず確定申告終了。
少ないですが、
今年も税金をしっかり納めます。

大学の同期が遊びに来る。
大阪出張の帰りに我が家によってくれたのだが、
深夜まで話し込み、
朝の市場への配達にもついてきて話し込み、
9時の電車に乗る直前まで
2人で話し込んだ。

13年ぶりの再会だった。
もともと大学1年の後半に
僕が大学に行かない時期があり
その時に代返でお世話になることが多く、
それから友人として付き合いが始まった。

とてもまじめな男で、
しかも酒が好きで、あと話も好きだった。
それと僕の法螺話にも付き合ってくれて
それを面白く聞いてくれたり突っ込んでくれたりする男だった。
大学ではいろんな奴に出会ったが、
一番気心が通じ合ったのは彼だったろう。
水と油のように性格が違うのに、
いつも一緒にいた。

あまりにも代返を頼んで授業に来ないものだから
彼に一度こっぴどく叱られたことがあった。
友人からあんな風に叱責された経験はなかったので
今でもよく覚えている。
それから僕は大学に行くようになった。
少しだけだが勉強をするようになり、
4年生まで1年生の授業を抱えていたが
なんとか卒業できた。
しかも修士課程に入学できるくらいの成績で。
代返をお願いしていた時は、
ほとんど成績は「可」だったから。

だから僕が今あるのは、
彼のおかげと言ってもいい。

13年の時は、
一晩で一気に縮まり、
僕はまた昔のように法螺話を繰り返す。
それに彼は
「そんなことねーろ」と
やや訛りのある言葉で返す。
それがとても心地よかった。
そういえば、卒業してからこれまで
こんな風に飲んだことってあったっけ??と思うほどに。

古い付き合いの友達は良い。
特に自分がナニモノにもなれず
あがいていたころの友は特に良い。
ダメな部分もお互いよく知っているからね。

相田よ、また飲もう。

40歳になった。
孔子のいう不惑の年。

一つ年を取ったからと言って
昨日までの自分と今日の自分に
ドラマチックな変化なんてあるわけはないので、
これで不惑になった、というわけでもないだろう。
だけど、
やはり区切りを迎えた、という意識は強い。

不惑なので
これで迷わなくなったというわけでもないのだが、
この道で行くんだな、という
ほかの選択肢を自由に選べる自分が
いなくなった感はある。
だが、
それはそれほどネガティブな感情ではない。
それは、
その道の先に見えるいろんなものへ対する責務であり
それに対する恐怖と緊張の感情もあるが、
それ以上にそれを楽しみにしている自分もいる。

そう、40代は責任のある仕事ができる年代。
ようやくこの年代に仲間入りできた。
この歳を
僕は楽しもうと思う。




6月最後の土曜日は、神戸にいた。
青年海外協力隊の同期の結婚式に
出席するために。
一緒にインドネシアに派遣された仲間なのだが、
同期といっても、僕よりもちょっと年上の方なので、
僕の意識としては先輩という意識すらも通り越して
なんだか偉い人なイメージ。

とても経験豊富で、
しかも知り合いが多いということでは、
彼の右に出る人はいないんじゃないか、と思うほど。
主賓あいさつで、
かつて隊員訓練所にお勤めされていて
今はまたその訓練所の所長で
僕もお世話になった方が、言っていたのだが、
人脈が彼の最大の武器だ、というのは
僕も本当にそう思う。
外務省からJICA、インドネシアやザンビアなど
さまざまな分野と組織と国・地域に
つながりを持っている。
本当に広い広い顔の持ち主だ。

訓練所時代から
本当にいろんなへまをやらかして
迷惑ばかりかけていた僕を
こうして結婚式に呼んでくれて本当にありがとう。
しょうちゃん、末永くお幸せに。








P1070454.jpg

遅ればせながら、
初詣に行く。
場所は、
大阪は太子町にある叡福寺。
あまりお寺にお参りに行ったりは
しないので、ぜんぜん詳しくはないのだが、
その数少ない参拝経験の中で、
もっとも好きなお寺がここだ。

聖徳太子のお墓があるお寺で、
多くの仏教偉人がここを詣でている。

凛とした空気と
あちこちに建っている伽藍が
どことなく調和を生み出してて、
長い時間居ても不思議と飽きない。

太子にやってきたのは、
妻の里帰りと妻の祖母の100歳を祝う会に
出席するためだった。
そのついでに、ここ叡福寺によったというわけ。

100歳を祝う会に出たこともあってか、
やはり人間は健康が一番だと思った。
昨年から足裏を痛め、
夏に「足底筋膜炎」と診断され、
「すぐに治ります」と近くのやぶ医者の
言葉を信じてそのまま放置したが、
ほとんど良くならず、
今日まで何かと不自由をしている。
たかが足の裏が少々痛いだけなのだが、
これが全体の生活や気分&精神にも
影響が本当に小さいのだが出てくるのだ。

だからなのか、
初詣ではついつい健康祈願をしている
自分に驚いた。
今までそんなこと気にもかけていなかったのに。

そうしたらその帰路、
遠い昔に忘れていたことを思い出した。
大学卒業を目前の頃、
協力隊に参加することに決めていた僕を
研究室の教授が珍しく部屋に呼び込んで、
こんなことを言ってくれた。
「田谷君、何事も『無事是名馬』だよ。どんなに優れていても、短期間では成果はでないんだ。健康でなければ、息の長い良い活動できない。」
その時は、教授も老いぼれたな、と
とても失礼なことを思っていただけだった。
でもそのことを今になって思い出してみると、
まさに「無事是名馬」だと思う。
スーパープレイを夢見ていたころとは違い、
その裏側には、積み重ねた凡事徹底という努力が
あることを僕はもう知っている。
そしてその凡事徹底を繰り返し行える条件は
やはり健康でしかない。
そのことを教授は凡庸な僕に
教えてくれたのだと、
いまになって身に沁みた。

でも健康祈願としては、叡福寺はどうなんだろうか?
短命で太く短く生きた天才・聖徳太子は
凡庸な人間の「無事是名馬」を
どう思うのだろうか?



農園の今年の夏は受験ラッシュだった。
というのは、こちらのエントリーで書いた通り。

その結果が出ている。
まず、アルバイトの県大生。
無事、京都の超有名国立大学の大学院に合格!
素晴らしい&羨ましい。

次に、協力隊を目指す自主研修生の北野君。
これは周知のとおりで、
見事青年海外協力隊に一発合格。
練習のつもりで受けたのだけど、
受かっちゃったね。

そしてスタッフの佐藤。
こちらはかなり難関な試験。
野菜ソムリエの試験だ。
ジュニアソムリエではなく、
もう一段階上のソムリエを目指す。
1次試験の合格率が、うわさでは3割を切るのだが、
なんと彼は一発合格。
来週、2次試験に臨む。
福井県でまだ8人しか資格ホルダーは居ない。
しかも一発合格者は、過去一人だけ。
さて、彼が二人目となるか?

えーっと、ここで報告を終わりたいのだけど、
もう一つ試験があった。
それはインドネシア研修3年生の
クスワント君の日本語の語学試験。
N3というレベルで、昔の3級程度のレベル。
これはかすりもせず、不合格。
文法や語彙が全くできず、C判定の結果だった(合格はA判定)。
これまで、過去3人が挑戦したが
全員不合格。
ちなみにC判定で不合格は、彼が初めて。

もちろん、
日本語を習得することが彼らの最終目的ではない。
彼らの地元に戻り、そこで地域おこしをしていくことが
彼らの本当の目的なので、
これまで日本語習得はあまりうるさくは言ってこなかった。
だが、そういうことが甘えになっているのか、
どうしても日本人との接点も少なく、
異国に居ながらにして、その異国を理解しようとする
意識と力が乏しい。
それが語学試験の合否に現れている。
自分たちとは異質の社会を深く理解することで、
自分たちの社会の当たり前と常識を疑う目を
持つことが出来る。
ひいては、それが次のまっとうな社会への
発展にもつながるのだが、
彼らはそれに対して、ほとんど無視をし続けている。

インドネシア研修にもうひとひねりが
必要なのだろうな。


なにはともあれ、
農園のお受験ラッシュは、3勝1敗で幕を閉じた。


連休は、結婚式にお呼ばれした。
近所の若手農家の結婚式で、
なんと人生初の主賓として挨拶もした。
これまでいろんなところで話をしてきて、
結構慣れっこのつもりだったが、
さすがに緊張した。

さてその挨拶では、
結婚で食の意識が変わることを
手短に話した。
短く話したのでちょっと伝わりにくかったかもしれないので
ここでちょっと補足。
新婚の頃は、今までと違って、新しく結婚した相手と
一緒に生活することになる。
しかもその相手は、シェアハウスみたいに
ちょっとした同居人ではなく、
その人のことを想って止まない相手なのだ。
まぁ、だから結婚するわけだけど。

そういう意識がMAXで向かっている相手と
と毎日食事をするといろいろと面白いことに気が付く。

歌の「セロリ」のように
違った環境で生きてきたわけなので
料理の嗜好や味や文化の違いが大きいかもしれないが、
面白いことは、それではない。
それは「たべごと」。
食べるという行為に、どこか味や機能ばかりに
目を向けてきたこれまでと違って、
相手との相互作用が食べる行為を通じて
記憶に残り出すという
僕ら人間らしい記憶の構造に気が付くのだ。

もちろん友人同士でも
そういう記憶は残るだろう。
野外キャンプの時に食べたカレーライスや
旅先でのB級グルメなどもあるだろう。
だが、意識がMAXで向かっている相手との
連続した毎日の中の「たべごと」は、
半端なく食に対する意識を変えてくれる。

食は、味や機能ばかりが注目されているが、
そこにもう一つ、その行為によって生み出される記憶にも
目を向けてほしい。
その食の根源を支える農業だからこそ、
味や機能だけでなく、
人のたべごとにも深くかかわっているんだ、という
意識を持って自分の農業を確立してほしい。
そんな期待を込めた話だった。

余談だが、
連休最後の日は、結婚披露宴記念日だったので
家族で近くのレストランで食事をした。
自分たち以外に3組のお客さんがいたが、
どの組も誕生日などの記念日だったらしく、
最後のデザートで花火のついたケーキが出てきたり
花束をレストラン側から受け取ったりしていた。
そのレストランは、
ここなら素敵な記念日を過ごせる、という
期待を皆から受けているのだろう。

特別な日を過ごす時に、
皆さんはどんな場所でどんなふうに過ごしたいと思いますか?
その場所の演出に
僕らが生産した野菜が使われることがあれば、
これほど幸せなことはない。
モノや場に込められたイメージや期待が
語らずとも醸し出す。
そんな風にみんなのたべごとを
支える一要素になれたら素敵だ。

人々の「たべごと」。
とても捉えきれるものではないが、
その端っこを結婚したことで見えてから、
僕の農業観は少し変わった。
近所の若手農家にも、その意識を大切にしてほしいな。
そんなことを思っての挨拶だった。



ブログをこんなに休むのは、
ちょっと記憶にないな。
今月は締め切りのある原稿を3本抱え、
夏本番で仕事が忙しくなり、
そんなこんなでブログが更新できないでいた。

さて、今、農園は「お受験」ブーム。
先週の日曜日に研修生のクスワント君が
日本語検定試験のN3(3級)に挑戦。
クスワント君曰く、
「ぜんぜん時間が足りませんでした」
とのこと。
まぁ、たぶん不合格かな。
これまで農園の研修生3人がN3に挑戦したけど、
どの子も合格していない。
どうも漢字が難しいらしい。

さて、実は今日も1人がお受験中。
それは農園の日本人研修生の北野君。
青年海外協力隊の選考試験で、2次面接で神戸に行っている。
倍率が2倍とのことで、
こちらはもしかしたら受かるかもしれない。
農園から初の協力隊隊員の排出なるか!?
これを機に、農園ではどんどん協力隊を排出する計画なので、
協力隊に行きたい方は、ぜひお問い合わせくださいませ。

そして、8月に入ってもお受験ラッシュ。
スタッフの佐藤が、野菜ソムリエ(中級)に挑戦。
合格率は3割というので、
周りはちょっとあきらめムードだけど、
本人は受かる気満々。
真夏の忙しい時期の受験だけど、
逆に忙しい方が、勉強に対する集中力はあるかもしれない。
もしかしたら、奇跡が起こるかも!?
受かれば、野菜ソムリエということで、
彼にとっても、もっと面白い仕事ができるだろうね。

最後のお受験は、バイトの子。
県大の4年生で、大学院の入試が
お盆過ぎに控えている。
超有名国立大学の大学院に挑戦するらしい。
受かると良いね。

とまぁ、みんなとてもチャレンジ精神が旺盛。
さて僕も負けてられないな。
お受験じゃないけど、原稿終わらせようっと。


東京での用事がいくつかで来たので、
週末は休みを取って、東京へ。

まずは、ここ。国連大学前で行われている
ファーマーズマーケット。
IMGP0465.jpg

うちの農園が出店するわけじゃないが、
知り合いがここに出店する予定があり、
しかもうちの野菜を扱いたい、とのことで偵察に。
最近、○○マルシェとかいうイベントに
うちの野菜も使われることが多くなってきたので、
実際には、どんな感じなのかを見てみたかった。

野菜の品質は、良い物から、
「?」は物までいろいろだった。
そんなになっていたら美味しくないでしょう、
というような野菜でも、英字新聞などに包まれて
販売されていると、ついつい買いたくなってしまうから
不思議だ。
まさに包装の妙とはこのことか。
ただ、買ったお客さんは、
後で食べて残念だろうけど。

暑い中での販売なので、
葉菜類はちょっと厳しい感じ。

次はここ。

IMGP0468.jpg

南青山の福井のアンテナショップ。
どんなところかと思って覗いてみたが、
伝統工芸品とメガネと加工品のお店。

昔、福井駅の2階にあった土産物屋が
ちょっとおしゃれになったような感じ。

大通りからかなり離れていることもあり、
休日なのに、店内は閑散。

そして、夕方はメインイベント。

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うちの野菜を毎週のように買ってくれる
芝大門のフレンチ「とげまる」へ。

友人と義姉夫婦と一緒に。

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まずはフェンネルのキッシュ。
香りも良く、娘も完食。

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ロマネスコズッキーニのクスクス詰め。
ミントが効いていて、とても美味しかった!

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バターナッツとアボガドって
クリーミー同士で良く合う、良く合う。

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ジャガイモとチーズ。
色がきれいで楽しくなる。

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イタリアの縞茄子はクリーミーさを活かして
グラタン風に。

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そして伝統品種の吉川なす。
口の中で解けるようなナスのハーモニー。

お腹も心もいっぱいになりました。

新人の歓迎会として、仕事場でBBQをする。
この7月から働き始めた新人は4名。
いずれも20代の若手ばかり(1名は学生アルバイトで19歳)。

昨年から、農園のメンバーがよく動く。
研修で来る子が増えたこともあって、
固定メンバーが少ないことが悩みだった。
今回の新人4名も、1名は研修。
それでも学生アルバイトは別としても、
他の二人には、期待したい。

若い人が少ないこの業界で、
これだけ若い人がやってきてくれるのはありがたいが、
なかなか居ついてもくれない、という悩みもまだ残っている。
労働環境が厳しいということと
ルーティンな仕事が多く、
その中に楽しみを見いだせないという人もいるだろう。
「やらされている」と思ってしまえば
ここでの労働ほどつまらないものはない。
僕が農業を始めたころ、父とうまくいかなかったのも
僕自身にそういう感覚があったのも
僕はまだ覚えている。

みんなそれぞれの想いを抱いて
ここまでやってきたのだから、
その想いをどうかここで花咲かせてほしい。
僕は、ただ経営者として
そしてインドネシアの研修事業プログラムの責任者として
全体の中で、うまく回ることのみに
その思考と労働を奪われてしまっていて
みんなの想いに
ほとんど答えられていないのが現状なのだが、
それでも縁あってここに来たのだから
ここで何か一つ、自分の思っている花を
自分の中にある花の種を
咲かせてほしいと思う。

今いる人も、そして今月から働き始める人も。


巨大ズッキーニ

5月から収穫しているズッキーニの畑を
早々に整理した。
先週から、ズッキーニの畑は別の場所のものを出荷中。
8月上旬まで出荷は続くので、
これでおしまいというわけじゃない。

さて、その1回目の畑を整理していたら、
取り忘れたズッキーニが、巨大化して発見された。
こうなってくると食べても美味しくないのだが、
飾りにはちょうど良い。
たまにレストランから、飾りにするから
巨大なズッキーニを作って、と注文を受けることもあるのは余談。

こんなに大きくなるズッキーニ。
本当に、植物って不思議だ。

セネガルの優しき巨人、
イブライが怪我をした。
捻挫で完治6週間。
仕事で?そうじゃない。
仕事が終わってから、参加しているサッカーチームの練習で。

おいおい、イブライ君。
今、うちの農園がどんな状況か、分かってるの?
スーパーゴール決めなきゃいけないほどの
ハッスルプレーは、もうちょっと圃場でもしてほしいなぁ。

明日来る、と奴は言うが、
その足でできるのは事務仕事のみ。

君、読み書きできないでしょ。

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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メールは
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