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立夏を過ぎ、
暑さを感じる日が多くなってきた。
いよいよ農繁期。
この時期になると、一つ作業が増える。
それは農薬散布。

農薬散布というと、もうそれだけで「悪」というイメージで
語られてしまうのが、僕ら農業者としても
とても残念でならない。
減農薬なんて言葉も、
その農薬を減らした方が良いという
とても安易な発想からきた言葉で
それは僕らの実情とまったく合わない。

農園では、できる限り微生物を主体とした農薬、
もしくは天敵、だけでなく、名前も知らないただの虫にも
影響の少ない農薬を利用している。
話題のネオニコチノイド系薬剤も
使っているが、ミツバチの問題で
一括にくくられて悪者にされているが
農園で使っている薬剤はアセタミプリドやチアクロプリドなど
問題視されているイミダクプリドといった
原体から比べたら数百倍ミツバチに影響がないものを
使用している。ということはまた別の機会で
説明しようか。
さて、この写真の農薬も微生物農薬で
僕の主力農薬の一つ。
アブラムシに効く農薬で、
アブラムシの体に菌糸がまとわりつき
白っぽいカビになって殺すというもの。
冬虫夏草みたいなものと言ったら
ちょっと飛躍しすぎるだろうか。
もちろん僕らの体には侵入しないので
ご安心ください。

さて、この農薬は
アブラムシの体に菌が寄生しなければ
効かない。
だから、これを散布するときは、
ハウス内の湿度や温度なんかも気を付けないといけない。
一回では寄生しにくいので、
3週連続で使ったりもするため
回数も当然増える。
減農薬とは言えない状況だね。
何をどう減らすなんて、
僕ら農家の現場で
農薬の中身を議論すれば
そもそも多いか少ないかなんて
意味がないのだ。

しかし、
誰がこの名前を付けたんだろう。
「ゴッツA」。
JAに電話で注文するたびに
真面目に
「ごっつえーください」というと
受け付けた女性が必ず
クスッと笑うこの名前。
言い難いったら、ありゃしない。
もしかしたらこれを名づけた人は
今の農薬の議論そのものを
バカにしているのかもしれない。
だとしたら僕も同感だな。
でも、ちょっと他では言い難い名前、
何とかならないだろうか?


11 24
2010

PB240017.jpg

金時草にアブラムシが出た。
何度か、気門封殺剤を使って、防除を試みたのだが
なかなか効果がない。
込み合って生えている植物の場合、
気門封殺剤のように直接かからないと
効果がない農薬は、なかなかむずかしい。

防除の手はないのか?
アブラムシならば、これまで天敵で防除してきたが、
この時期、アブラムシの天敵である
アブラバチやヒラタアブ類は元気がない。
得意の天敵防除は、あまり期待できないのだ。
では、ほかに手はないのか?
いや、ある。
とっておきの切り札剤がある。
ネオニコチノイド系の薬剤で
収穫調整すれば、十分、規定範囲内で安全に
使用できる。
気門封殺剤では届かないところまで
効果があり、アブラムシの害は止まるだろう。

どんどん広がるアブラムシを見ながら、
気門封殺剤の限界を感じながら
僕は、その日、収穫作業をしつつ
今日、その切り札剤を1回だけ使おうと考えていた。

だが、僕はそれをしなかった。
収穫途中で、卵を産むカマキリを
金時草の圃場で見かけたから。

別にノスタルジックになったわけでも
カマキリを擬人化して同情したわけでもない。
その産卵の姿に、僕は
やはりただの虫も死なせてしまう
切り札剤は、もう少し待とう、と思いとどまった。
ここまで育んだ多様な生物相を
台無しにすることはない。

もし気門封殺剤でダメだったら
また金時草を剪定して、アブラムシの密度を下げればいい。
すこし出荷量が減り(ずいぶん減るだろうけど)
回復するまで、結構時間がかかるだろうけど。
だけど、ただの虫を殺すことはしたくない。

この日、再びアブラムシの気門封殺剤を散布。
これで止まればいいのだが。
こんな記事を発見。
英文記事
和文記事

小児科学会に提出された論文の原文を読んでいないし
たとえ読んでも、ここまでの専門的なことは
自分では判断しかねる。

これもまた、なんとかが危ないと同じような
人々の恐怖心を煽るだけの「トンデモ」なのだろうか。
それともこれは科学による新しい発見なのだろうか。

ただ言えることは
有機リン系の殺虫剤の使用は
ずいぶんと減っているという事。
周りの農家を見てもそうだし
うちの農園では、すでに使用していない。
有機リン系からネオニコチノイド系へと
農薬の主流が変わってきている。
そのネオニコチノイド系も最近では攻撃の対象になっているのだが。

こういうやり取りを農家として見ていると
いったい現場では何をすればいいのか、解らなくなってくる。
科学の発見は、いつも物事の先を予言するよりも、
物事が起きた後の説明に多く使われていることが、
科学を良く象徴しているようにも思える。
まったなしの田んぼや畑では
そんな後付けの「説明」はあまり必要ではないのだ。

ただ、こうした批判の存在が
農薬の新しい道を切り開いているようにも思う。
よく、
「農薬が効かなくなっていて、どんどん強い農薬が使われている」
といった発言を見聞きするのだが
それは間違い。
人間にとっては、と言う断りを入れたうえで
どんどん低毒性になっているのだ。
批判的な眼差しは、それ自体、無意味ではなく
むしろ積極的な農薬の新しい道を切り開くモティベーションにも
なっているようにも思える。
ただその真っ当なやり取りのすみっこで
人々の恐怖心を煽りながら、金儲けをする輩がいるのが嘆かわしい。

この記事はどうなのだろう。
それが解るのは、もう少し先のことになるのだろう。
それが後付けの説明が得意な「科学」の特性なのだから。
2,3日前の話。
何気なくつけたテレビで、地元のニュース。
どういう会議かは忘れたが、農業者や小売業、消費者、有識者なんかが集まって
食について話し合っている地元ニュース。
知り合いの農家が出ていたので、思わず手を止めて
テレビに見入る。

そのニュースでは、その会議で
農業の情報を消費者にダイレクトに伝えるために
QRコードを利用した情報開示を行っていこうという
具体的な取り組みを紹介していた。
なるほど。
そりゃ、良いことだ。

どんな情報を開示していくのかと言えば
いろいろとニュースで入っていたような気もするが
「使用農薬の履歴」という言葉が耳に入り
僕の中で残った。

使用農薬の履歴。
とても大切な情報。
その農産物を生産するのに、いったいどういう農薬を使用したのか、
それを記録したもの。
僕も毎回、農薬散布をするたびに、その記録はつけている。
それをスーパーや八百屋の店頭で
QRコードを通じて、携帯電話の画面を通じて
食べる側が見ながら、その農産物を買うかどうかを決めたりもするようになる、
ということか。

それは正しい情報開示の仕方だろうか。
僕は疑問に思わざるを得なかった。

数年前、早稲田の女子大学生が僕の農園で数日過ごした。
なかなかの勉強熱心な女の子で、
農業界の問題にもスバスバと質問されたのを今でも思い出す。
ちょうどその時、資材の業者から
「野菜の袋にQRコードを印字しませんか」
と誘いを受けていたので、
その学生とも、そんな話をした。
それをきっかけに、ネット上でアンケートを取り
使用農薬の情報までを、携帯サイトでお手軽に見えるようにするかどうかを
検討したことがあった。
まぁ、アンケートの取り方も量もまったく足りないものであったので
参考程度にやってみただけだったのだが、
サンプル数が少ない割に、面白い結果だった。

どういう結果だったかと言うと
農薬の是非を深く議論しているようなネットのサイトでは
使用農薬の情報はぜったい載せるべし、という意見がほとんどだったのだが、
幼児の育児で情報を交換し合っているようなお母さんたちのサイトでは
そういう情報は見ると怖くなるから載せないでほしい、
などの否定的な意見が多かった。
自分では農薬の是非を判断できない、ということからくる不安なのだろうか。
以前読んだリスクマネージメントの本や
安心と安全を考察した心理学の本では、
自らが判断できない情報は、
その情報発信元の信頼度を判断して
その自らは判断できない情報に対して2次的判断をもって
良し悪しの判断をする傾向があるという。
農薬の是非を議論しているようなサイトに書き込んでいるような人たちは
農薬の情報にも詳しく、
自ら判断できることから、使用農薬の情報開示は必要不可欠
と思うのだろう。
だがその一方で、自ら判断できない人たちは
その情報は、不安感を煽るだけで、
正確に物を選ぶ判断基準とはならない、ということである。
使用農薬の履歴が、野菜を選ぶ判断基準として
正しいか正しくないかは、個人の価値基準の話であり
価値観が違えば、判断基準は自ずと違っていて当然だろう。
そういう人たちは、見なきゃ良いんだ、とも言えるかもしれないが
作る側と食べる側を結ぶ小さな窓である
QRコードをもっと有効に使ってほしいと思う僕は
もっと記載すべき情報が他にあるんじゃなかろうかと
思ってしまうのだ。

これを読んでいるあなたは、どうだろうか。
店頭に並んでいるナスにQRコードが付いていて
それを携帯でのぞくと、次のように書いてあったとしよう。

農薬履歴
アドマイヤー水和剤 2回

というナス。生産者Aさんのナスとしよう。

その隣に生産者Bさんのナスあり、それにもQRコードが付いていたので
携帯で見てみると、

農薬履歴
アフィパール 1回
サンクリスタル 2回

とあったとする。

どちらのナスをあなたなら選びますか?
生産者Aさんのもの?それとも生産者Bさんのもの?

農薬の使用回数が少ないのは、生産者A。
それが判断基準となれば、AさんのナスはBさんよりよく売れるだろう。

だが、農薬の中身は実際にはどうか。
Aさん、Bさん、どちらもアブラムシに困っていたようで
防除暦で使われている農薬はアブラムシ対策のもの。
Aさんが使用したアドマイヤーは、ネオニコチノイド系農薬で
原体はイミダクプリド。
アブラムシの神経経路を阻害して死に至らしめる。
天敵に影響が少ない反面、
少々、ミツバチに対しての感受性が高いので、僕は使わない。
(ネオニコチノイド系の農薬が悪いわけではないのであしからず。これに関するエントリーはこちら

ではBさんはどうか。
アフィパールは天敵農薬の商品名。
アブラムシに寄生するアブラバチそのものが農薬登録されており
その商品名。
サンクリスタルは、食品加工にも使用される脂肪酸で
物理的にアブラムシを窒息させてしまう農薬。
Bさんは、環境配慮型の農業をしているといえよう。
これらの環境配慮型の農薬は作用点にむらがあるので、その分、
回数はどうしても増えざるを得ない。
ご苦労なことをしてまで、環境に配慮して物を作っても
もし、食べる側が使用回数だけで安易にAさんのナスを選べば
Bさんはやっていけない。

こだわりが通じるからこそ
作る側と食べる側をつなぐ意味があると僕は思う。
情報は羅列されることに意味があるのじゃなく
それが物語として形作っているから、意味があるのだと思いたい。
だとすれば、情報はどう開示されるべきか
自ずと見えてくるような気もする。

以上、雑感まで。
日曜日から、農薬の本格的散布を再開した。
僕の農園では、虫が活動を停止する冬の間は、
農薬の散布をほとんど行っていない。
昨年の11月初旬に最後の散布を行ってからこのまえの日曜日まで、
ほとんど散布していなかったのである。

僕の主力作物はベビーリーフ。
なので、それにつく虫の駆除が農薬散布の最も大きな役割となる。
キスジノミハムシ
コナガ
カブラハバチ
イチモンジハマダラメイガ
などなど。
まだまだ種類をあげたらきりがないほどいるのだが
だいたいこれらの虫だけを繁栄させないことが
農薬防除の役割となる。

コナガやカブラハバチ、イチモンジハマダラメイガなどの
鱗翅目は、微生物農薬などでまさにその虫に対してピンポイントで効く農薬もあり
発生時期を見過ごさなければ、それほどひどい被害にはならない。
しかし、キスジノミハムシに効果がある微生物農薬はなく
僕はネオニコチノイド系の農薬を使用している。

さて、このネオニコチノイド系の農薬。
最近ちまたで風当たりが強い。
昨年に出版された
『悪魔の新・農薬「ネオニコチノイド」―ミツバチが消えた「沈黙の夏」』
が、その引き金になっているのだろうか、
ネオニコチノイドに対する批判が多くなってきた。
この本や巷の批判を眺めていると
どうも食べる側と作る側との間では
究極的に突き詰めてみると、
食べる側にとって最終的な目的である「人間の健康」と
作る側にとってもっとも重要だと思われる「自然との調和」において
この2つの目的が、一つの食べ物を対象として
必ずしも一致しないのではないだろうか
と思えてくるのである。

人の健康とは何かを僕ごときが語ることはできないし
自然との調和にしても同じことではあるのだが
すこし思うところもあり書いてみよう。

ネオニコチノイド系農薬に対する批判は
風潮としては第2のDDTを探しているような感じで
薬剤の危険性、人間に対する健康被害の可能性、そしてその強いとされている農薬が
環境を破壊して、沈黙の春ならぬ沈黙の夏がくると批判している。
それが本当かどうかは、僕は科学者でないので分からないし
嘘かどうかも見破ることは難しい。
なぜならそういう批判には、僕らの思考能力では判断できないほどの
科学的データが満載されており(しかも言語まで多様)、
到底検証できない。
そしてネオニコチノイド系の農薬が安全だと主張する側も、
同じように科学的データを満載して反論している。

さて、その一方。
ネオニコチノイド系の農薬は、IPMの文脈で多く紹介されてきた。
Integrated Pest Managementの略語で
総合的病害虫管理と訳されることが多い。
どういうものか簡単にいえば、農薬散布を主力としないで
天敵利用や耕種的防除(いろんなものを作りまわす、もしくは混作する)も取り入れて
自然の力を利用して病害虫の発生を減らしましょう
という考え方である。
一応、農薬も散布するのだが、
それにしても天敵などの有益な生物に影響の少ない農薬を選んで利用するのである。
農薬散布だけの防除時代から見れば
IPMの考え方は別のベクトルに向かっているといえよう。
農薬だけの防除は、究極的には、圃場における作物以外の生物の否定であり
IPMの実践は、自然の力を利用し、その均衡を保とうという考え方でもある。
そしてそのIPMの中で、ネオニコチノイド系の農薬が紹介されることが
多かったのである。

ネオニコチノイド系の農薬は、
有機リン系・カーバメート系・合成ピレスロイド系の農薬と違い
すべての虫が死滅してしまうわけではない。
もちろん接触毒もそれなりに効果があるのだが、
クモ類などの天敵には、上記の3系統の農薬よりも影響が少ないと
圃場で実際に散布していて、僕も思う。
作物に害を与える虫だけに影響があり、
周りに住んでいる天敵や「ただの虫」には影響が少ないのである。
圃場は、どうしても自然じゃない。
ある種の植物(作物)だけを高密度で育つように人が手を入れているため
それを食べる虫も、自然状態ではありえないほど発生してしまう。
その狂ってしまった均衡を総合的に戻してやろういうのがIPMで、
その中で紹介されてもおり、僕自身も実践しながら効果があると思っているのが
ネオニコチノイド系の農薬なのである。

僕ら農家は食料を生産しているので
当然、その安全性をどこまでも追い求めなければならない。
だが同時に、僕は
無菌室の人工光の中で作られる食料を理想としているわけでもない。
自然の均衡を大切にしながら、ある種の虫だけが大量発生しないように
生物多様性を守りながら作業しているのである。
しかし残念なことに農薬の議論は
常にその農薬の安全性に収斂してしまい、
全体の風景は見えてこないのでる。

人の健康を究極的に詰めていけば、行きつく先がもし
無菌室の人工光で作られる食料だとすれば、
やはり僕は、人の健康とは究極的なところで
目的を同じに出来ないと考えてしまう。
科学が正確に実在する世界(僕らが認識している世界)を描き出せるかどうかの議論も
結論がない中途半端なまま
ネオニコチノイド系の農薬に対する議論は、
科学的なデータの応酬の中で
その農薬の化学構造と人間の神経構造の間でせめぎ合っている感する。
(本当に危険なのかどうか分子レベルでの議論に集約されてしまっている)

それを横目に
僕ら農民は、待ったなしの圃場で途方に暮れるわけにもいかず
自分の学問と経験と信念を持って
農薬の散布をするかどうかを選び
散布する農薬をどれにするのか選ぶのである。

僕は先日の日曜日に、ネオニコチノイド系農薬の散布を
今年も開始した。
もちろん喜んで散布するわけじゃない。
だが、虫を死滅させようとして散布するわけでもない。
狂ってしまっている自然の均衡を
ほんの少し戻そうと考えてのことである。
これ以上に
他に良い方法があれば、誰か教えてほしい。
いよいよこの日が今年もやってきた。
農薬散布の開始日。
暖冬と言われた昨年よりも20日以上も早い。
(昨年は4月17日散布開始)
今年の3月のあまりの暖かさに
虫はよく反応しているようだ。

ベビーリーフについた無数の穴。
キスジノミハムシの仕業。
一般的に10度前後が、虫が活動を開始する気温。
夜温が下がりにくく、昼間の換気もスムーズじゃない
鉄骨H鋼の間口18mのハウスに、一番先に虫が発生する。
散布するのは、ネオニコチノイド系のモスピラン4000倍。
先日読んだ「作物の健康」では、
チッソや塩素を含む農薬の散布が、作物の微量要素摂取を阻害し、
そのことで作物内内でのタンパク質合成が阻害され、
害虫に対する感受性を高める(害虫の栄養改善)ことにつながる、
と指摘していた。
まさにモスピランもその1つだろう。
薬剤のすばやい浸透移行により、多くの害虫から作物を守ってくれるのだが、
同時に、作物に対しても大きな影響を与えているのだろう。
これまで、本薬剤は天敵類(クモなど)やただの虫(作物を直接食べない虫)には
あまり影響がないということで、ダーウィン主義的な発想から
本薬剤を使ってきた。
が、作物に対しての影響を考えると、あまり妥当ではないのかもしれない。
ただ、この時点では、次の薬剤候補がないので、
本剤を散布した。
↑そもそも、こういう考え方が、毒物で害虫を徹底的にたたく、という消毒思想であり、作物の健康を書いたフランシス・シャブスーの批判するところなんだろうけど・・・。

化学肥料を止めて、
堆肥を大量に投入して、
毎年の土壌検査でもまずまずの結果を得ている、うちの農園なのだが
それでもシャブスーのいう
作物につく細菌や虫がもはや目障りになることはない、
といった状況には、なかなか達しない。
露地で、何十種類もの作物が混在している自家菜園では
そういう状況を作り上げられるのだが。
換金目的の作物の集約的栽培の場合、
家庭菜園のようにはいかないのである。
(経営上の合理的な選択として)

環境や人に対しての低毒性は当たり前なのだが、
今後、作物への影響(タンパク質合成阻害という意味で)をも考慮せねばなるまい。
タンパク質合成が促進されるような栽培法(微量要素との関係)を
取り入れていかないといけないだろう。
だが、とりあえず現時点で農薬散布を止めることは出来ないだろう。
僕ら農民は、立ち止まって考えてなんていられない。
なんせ目の前で、作物が害虫に食されている事象が起きているのだから。
だから走りながら(散布しながら)考えていくしかない。

そんなことを考えながら、
農薬の散布を今年も開始した。
学生が帰っていった。
2泊3日だけの農村体験。
短い期間ではあったが、まさしく彼女たちは『風』だった。

風土という言葉がある。
主にはその土地固有の自然条件をさす言葉
なのだが、時には面白い使い方もする。
その地方固有の土地柄を風土と呼び、その土地柄は
『土の人』と『風の人』で出来上がっている、という考え方だ。
土の人は、言わずと知れた、僕ら地元に暮らす人間。
風の人は、外部からやってくるいわゆる『よそ者』である。
よそ者が外部のいろんな考えを運んできて、それを地元の人間が
受け入れたり、排除したり、と選択を繰り返す中で
その土地柄が育まれる、というものである。

そういう意味で、学生さんたちは『風の人』だった。

3日間いたるところで学生さんは質問を発した。
そのつど、埋没してしまった普段の風景から、
その事象が再び浮かび上がり、質問に答えるために再考され、
そして新たな位置付けを得たりもする。

質問を受ける僕の中で、よくよく考えもしなかったことが
認識されたり、質問をする学生側の背景が見えてきたり、と
やはりこういう交流は刺激的である。

その中で、一番気になったのが『トレーサビリティ』。
「記録物によって、その履歴、転用または所在を追求できる能力」
と定義されている言葉で、農産物の履歴を残すことで、食の安全を
高めよう、という考え方だ。
学生さんから『トレーサビリティについてどう思いますか』と
聞かれたので、逆に『その言葉に期待するものはなんですか』と
聞き返した。すると、『食の安全』といった返答だった。
僕には最近、この『トレーサビリティ』と『食の安全』、そして
それを見ることで消費者が『安心』する事との関係が
いまいち良くわからなくなっている。

トレーサビリティとして、事細かに、何月何日にどういう農薬を
散布したか、をつけていくことは簡単である。
ただそれを羅列した先に、『安心』があるのかどうか。それが解らない。
そこで学生さんに
『使用農薬や使用肥料、栽培法が羅列された情報をみて、
あああ、この野菜は安心して食べられる、と思いますか?』と聞いてみた。
あまり明快には答えてもらえなかったが、それでもそこには
『食の安全』を感じているようでもある。

たとえばベビーリーフに使用している農薬を羅列してみよう。

モスピラン(ネオニコチノイド系)・アブラナ科のみ。
スピノエース(有効成分スピノサド)・アブラナ科のみ。
ゼンターリ(BT剤)。
ジーファイン(銅剤)。

である。これをみて『あああ、これなら安全』と思って
安心して食べられるんだろうか。僕にはわからない。

たしかに食の安全は科学の視点から検証されていることを考えると
トレーサビリティによって、食の安全は測られているのだろう。
が、しかし、その制度に、その科学に、僕たちは信頼しきってしまえるのだろうか。

『消費者が安心だと思うのであれば、いくらでも情報は羅列しますよ』
それが僕の答えだった。ただしこうもつけ加えておいた。
『安全は測られても、そこから安心は発生するんでしょうか』と。
制度や科学技術の不備が何度と無く繰り返されてきた中で、
それを補う形で新しい制度や科学技術が生まれている。
僕にはそれを信頼する気持ちになかなかなれない。

人と人との関係の行き来の中で、あるいは『安心』が生まれるのでは
ないだろうか。いや『安心』じゃない。『信頼』が生まれるんじゃないだろうか。
既存の流通の中でも良いし、新たな関係の中でも良い。
食べる側と作る側の距離が、一度は物理的に近づき
(もしくは普遍的な情報だけでない距離)、その関係の雰囲気を
その後距離が離れても、お互いがそれを維持できる付き合いこそが
『信頼』を生み出すんじゃないだろうか。

外から吹いてきた風に、僕はそんなことを考えさせられた。
04 17
2007

今年最初の農薬散布。
ハウス内の雑草にアブラムシがつき、それが作物にもすこし移っていた。
そこでネオニコチノイド系のモスピランを散布。

この薬、虫の神経を興奮させ、死に至らしめるもの。ネオニコチノイドというだけあって、ニコチンに由来する成分でもある。恒温動物(人)の末梢神経にも昆虫と同じ作用をする部分があるらしいが、感受性が低いため毒性は低い、とのこと。

本当か?

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
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