そろそろ白状しておこうか。
立夏が近づき、
夏の暑さの片りんを感じる日が
多くなってきたこの頃、
数件の業者から問い合わせがあった。
それは夏のメニューについて。
夏と言えば、主役はナス!
で、たぶん、ナスの中で一番おいしいと思う
吉川なすは、みんなメニューに入れたい。
で、そのなすを格安で作っている農家は
僕ということで、
ここのところそのなすについて
電話をいただくことが多くなった。
ので、この辺りで白状しておこうと思う。

えーっと、今年、吉川ナスの苗づくり・・・
失敗しました

自分でもびっくりなんですが、
昨年の1/3も準備できていないです

接ぎ木を他の農家仲間に依頼していたが、
そこで苗立ち枯れ病が発症し、
次から次へと枯れ、
でもその中で、なんとか大丈夫なものを
農園に持ち帰って、
さらに選抜してポットに移植したが
ここでもまた発病。
最終的に昨年の1/3以下の苗しかない。
しかもその苗たちも
まったく元気がない!
ヨレヨレの状況で、定植日も決まらないありさま。

あわてて一昨年前のタネを播き直し、
タネ取り用のナスは確保したが、
出荷用のナスはほとんどない状況となった。

このなすは病気に弱く、
こういう事態でナスのタネを無くしてしまう農家が
多くいたとは聞いていたが、
それが自分のところで起きてしまうとは。

昨年は、たくさん取材もしてもらって、
たくさんの方から美味しいと言われて、
自分でも少し舞い上がっていたのかもしれない。
技術がない者が、あるようにふるまえば、
こうなるのは自明の理だ。


大変申し訳ありませんが、
今年の吉川なすはほとんど出荷できません。
もしうちの農園が出荷した吉川なすを見かけたら、
それはとても貴重なものなので、
大切に食べてくださいませ。
これから多大なご迷惑をおかけするであろう
昨年たくさん買っていただいた業者様、
また直接謝りに行きます。
本当に申し訳ありませんでした

今年の栽培を通して、
もう一度、栽培と採種の基礎を
勉強しなおそうと思います。





「最近ブログ書いてないね」と
先輩から言われた。
ので、ちょっとまとめて書くか。

さて今、
吉川なすの収穫が最盛期を迎えている。
が、今年は少しその最盛期に
ちょっと事情があって、枝を選定した。

昨年は、8月から某大手ビール会社の
飲食店のメニューに期間限定で吉川なすが載り、
大量の注文を頂いた。
8月いっぱいの限定メニューだったので、
9月からのナスの収穫は無視して、
木が疲れるのを無視して、ナスを取り続けた。
なんとか注文を上回る茄子を出荷し、
9月は予定通り早めに栽培を終了した。

ところが、今年はその企画がズレた。
担当者だった方が、北海道に転勤になり、
どうしても8月の目玉は北海道の野菜に
しなければいけなくなってしまったという。
どうも北海道の生産者団体から
ゴリ押しされたようだ。

さてそのような変更を
収穫を開始した6月になってから知らされた。
8月の大量注文に備えて、
昨年よりも面積を増やした僕には、かなり痛い変更だった。
ただその後、間に入っている業者さんの奮闘で、
9月から吉川なすの企画をすることにはなった。

しかし、ここ数年暑い夏が続いており、
福井では9月に良い茄子を取るのは、
丁寧な管理なしではなかなか難しくなっている。
だので、あまり剪定なんてしなかったのだが、
今年は思い切って茄子の木を剪定した。
上手くいけば、9月から大量のナスが取れるはずだが、
さてどうだろうか。

でも問題は、これで終わらない。
農園は多品目を組み合わせるように出荷している。
9月は、ナスの防風とバンカープランツを兼ねて
生垣のように植えたオクラが収穫最盛期を迎える。
例年であれば、ナスを終了させ、
オクラ栽培に集中するのだが、
今年は大手ビール会社の企画変更で、
9月にナスを収穫するので、
どうしてもオクラとナスが同時期に収穫を迎え、
農園のキャパを超えてしまうんじゃないかと
やや心配される。
どう作業をマネジメントするか、
そこに今、頭を悩ませている。

市場の変更は、いつも簡単に行われるけど、
それに付き合わされる現場はそう簡単にはいかない。
農業という自然現象を相手にした現場は、「特に」だ。
まぁ、これを何とかしてこそ
「プロ」なんだろうな、きっと。
がんばろっと。


IMGP1393.jpg

吉川なすの最後の生産者だった
加藤さんが亡くなり、
その奥さんから種茄子を受け取ったのが
2009年のことだった。

それから3代、種を更新してきた。
昨年は種取りが上手くいかず、
今年のなす苗は一昨年の種も半分入っている。
形質の良い茄子の種を取り続ける
むずかしさとその危うさも
良く感じる。

今日、加藤さんの茄子から数えて
4代目になる茄子を定植した。
種を受け取った時から、
ずーっと後悔していることが、
加藤さんが生きている内に
どうして吉川なすの栽培について
教えを請わなかったのだろうか、
ということ。

ちょっと変わった伝統ナスがあるからと言って
吉川地区でもない人間が、
それを面白半分で栽培している、と
思われるのが嫌だったのだが、
図星、その通りだから、
その批判を嫌がってもしょうがなかったな、
と最近は良く思う。

種茄子を受け取るまでは、
ある意味、遊び半分での栽培だった。
本業の葉菜類の片手間のつもりだった。
でも、加藤さんから種を受け継いでから、
また加藤さんが居なくなった後、
市場でも期待を受けるようになってから、
僕の苦悩は始まった。

一度だけ、僕は加藤さんの茄子を
市場の業者から見せてもらったことがある。
加藤さんが不治の病に侵された後だったが、
そのなすは、
大きさも形も揃い、まるで
黒く輝く宝石のようだった。

その記憶自体も、
どこまで正しく記憶しているのかどうか
自分でも定かではない。
だが、もしかしたら美化されているのかもしれない
その記憶を
僕は毎年追いかける羽目に陥っている。
あの茄子に今年こそは追いつけるだろうか、と。

昨年の反省を今年に活かして、
若干栽培法を変更してみる。
剪定時期や種取り用の株の選定にも
もっと気を配らないといけない。


吉川なすは1400年の歴史があるらしい。
その種には2つのことを受け継いでいる。
一つは形質を伝える遺伝子。
1400年前から、僕ら農民が
何世代にもわたって、昨年よりも今年、と
少しずつ進化してきた中で、
とり続けた種の遺伝子。
そしてもう一つは、
その中に閉じ込められた物語。
僕と加藤さんのような物語が
その種にはこれまで1400年分まとわりついている。
その物語一つ一つは、忘れ去られてしまって、
僕らの手元には残っていないが、
今、まさに僕らはその物語を
つむいでいる最中でもある。

それらの想いが、
僕に今年もこのナスを作らせる原動力となっている。
歴史の中で選抜され続けた遺伝子と
それへの勝手な想いと、
全く個人的なエピソードに支えられ、
このナスは1400年の時を経て、
2013年もここで実を結ぶ。

そして、
たぶんこの作りにくいナスには、
1400年分の農民の苦悩が
詰まっているんだろう。
今年も僕の苦悩をこの歴史に刻もうと思う。


朝一で、業者から電話あり。
「吉川ナス、いつ出荷できますか?」だって。
すんません、まだ、定植していません、って答えると
少し相手の声のトーンが落ちたように感じた。

ということで、今日はほかの仕事を後回しにして、
吉川ナスの圃場準備をして、
一気に定植してしまうことに決めた。

まずは、圃場準備だ。
先日堆肥をたっぷり入れたハウスに
スタッフの太田君と一緒に
石灰と有機質肥料を入れる。
朝方まで降っていた雨は上がり、
強い日差しがさす青空模様。
ハウスの中の気温はぐんぐん上がる。
そして堆肥と有機肥料の独特の匂いと
石灰散布でもうもうと白い埃をたつ。
圃場の土埃もひどく、
汗が茶色になる。

二人で肥料散布の道具を
背中に担ぎ、土煙あげながら
元肥の散布。
雨上がりの青空という風景と
ハウスの中のもあっとした暑さと
肥料の独特の匂いと
汗が茶色になるほどの土煙と
二人が縦横無尽に肥料を散布する風景が
モーツアルトの
「2台のピアノのためのソナタ」と
よくマッチしていた。
ウォークマンから流れるその曲は
テンポがよく、二人の動きをイメージしていた。

クラシック音楽って農作業のそれぞれの場面に
よく似合う気がする。

無事、ナス苗の定植も終え、
圃場が出来上がった。
ズッキーニ、ナス、と作業が進んでいる
夏野菜の準備。
最後にオクラという大物が残っている。
まだまだしばらくは、忙しい日々が続きそうだ。

10月になった。
でも今年は吉川ナスが好調で
ここにきても、収量は落ちない。
品質も、朝夕の涼しさもあってか、夏場以上になっている。
当然、味も最高だ。

だが、売れ止んでいる。
レストランは10月からメニューが変わり
秋ナスと言っても、ナスは夏の野菜なので
そのメニューから外されてしまった。
そういうこともあり、
良いものがとれているのだが、
売れなくなっている。
ま、当然と言えば当然の結果か。

今週一杯は収穫を続けようと思う。
近くの直売所に並べるつもりなので、
(Aコープ堀の宮店・みゆき店、喜ね舎など)
欲しい方はお早めにどうぞ。


今までで一番いい出来の吉川なす。
それが今、収穫最盛期を迎えている。
毎日100個以上収穫できる。
だが、付き合いのある業者たちは、困惑気味。
そんなに要らないようなのだ。

鯖江の加藤さんが亡くなった時、
周りの業者からは、
「加藤さんの分も作らないといけないし、市場でも評価は伸びてきているから、来年は3倍は作ってね」
と頼まれていた。
だから素直に3倍作ったのだが、
どうもそれが良くないらしい。
ここに来て、レストランや料亭では
ナスの使用量が減ってきているようで
(もしくは客が減っている)
吉川なすの注文が減ってきているのだとか。

品質でいえば、今年のナスは最高級品。
どこに出しても恥ずかしくない出来。
天敵を利用し、物理的防除も徹底し、
有機肥料のみでの栽培で、
ほとんど化学合成農薬も使用していない、というおまけ付き。
今年の僕は、
他のナスの生産者と比べても、まったく負ける気はしない。
それなのに、消費は伸びない。
この暑さで、消費者の胃も疲れ
食欲も減退しているのだろうか。
景気がなかなか回復してこない中で、
高級ナスなんてそんなに売れないのだろうか。
それでもこれだけの暑さと日光量が毎日毎日降り注げば
ナスは嫌でも大量にできる。

自然との関係が希薄になった人間の体調のリズムと
蛇行する偏西風に翻弄される自然のリズムと
それに合わせて生きているナスのリズムと
それらと全く関係ない資本主義的経済リズム。
そんなものすべてがうまく合うわけがない。

だから今、
値段を下げて売るよりかは、廃棄の道を選んでいる。
なんとも切ない作業なんだろうか。
尋常じゃない暑さと忙しさの中で
まさに自分の魂を削って、作ったナスを捨てるなんて。

そんな愚痴を言っても始まらない。
さて、
そろそろ株を切り戻しして、秋ナスに向けて備えるか。
今年は天候不順。
いろんな野菜が失敗する中、
すべてが失敗するわけでもない。
悪い品目もあれば、良い品目もある。
だから農業は面白い。

さて、良い品目はこれ。


P7120011.jpg

宝石のような輝き。
今年の吉川なす。
天候不順であったにもかかわらず
ここ4年で1番の出来。
栽培のコツもようやくつかんだように思う。
出来もそうなのだが、
もうひとつ大きな成果が
農薬に関して。
今年はまだ一度も化学合成の殺虫剤を使用していない。
皆殺しの殺虫剤を一度も使わなくても
こうした良質のナスが採れるということが
知識としてだけでなく、実体験できたことが大きい。

どこまでいけるのかわからないが
この良品質を保ちながら、皆殺し系殺虫剤に頼らない
農業ができれば
素敵だと思う。
黄色ランプ

夜の圃場に黄色く浮かび上がる光。
妻は
「なんだか幻想的ねぇ」
とうっとりして言うのだが、
近所のおばちゃんは
「夜中トイレに起きたら、黄色い光が見えて気持ち悪かった」
とおばけか未知との遭遇のように言われる光。

黄色ランプを吉川なすの圃場で使用している。
目的は、害虫となる蛾の行動抑制のため。
この辺りでは、ハスモンヨトウやオオタバコガ、イチモンジハマダラメイガなど
難防除の害虫が多い。
なかでもオオタバコガは、ナスの実を食害するので
これの防除が大切になる。

いろんな化学合成農薬をしようして防除してもいいのだが
最近、その薬剤に対する抵抗性も見られ、
またハウス内で使用している天敵農薬にも悪影響があり、
今年は、このハウス内では
化学合成農薬いわゆる皆殺し系の農薬は一切使わないことにした。
圃場内の生態系保持にも気をつけ
様々な仕掛けをして、防除を試みることに。
この光は、その仕掛けの一つ。

化学合成農薬だけに頼らない防除。
それは作物を中心とした栽培環境のトータルなマネージメント(ICM)を目指して。
こんな記事が新聞に載った。

伝統継承の夢“すくすく” 鯖江の野菜「吉川ナス」

おかげさまで、新聞に載った日から問い合わせの電話が
良くかかってくるようになった。
200本しか用意してなかったこともあり、
お1人様10本までの販売とさせてもらったのだが
早くも売り切れそうな勢いである。

何度も日記で書いてきたのだが、
吉川なすはとても作りにくい。
というのも、果皮が薄く、すぐに傷がついてしまうからである。
ただそんなものは、家庭菜園の中では、至極小さな事で
少々傷があろうが、見てくれが悪かろうが
味には関係ない。

伝統なすと言うと、なんだかそれだけで美味そうに聞こえるかもしれないが
(事実、そういうイメージと物語を食べる側が求めているから、今回の記事に対して問い合わせが多いのだろうけど)
僕も含めてだが、ほとんどの食べる側の人にとっては、
そんな伝統が存在した個人の歴史はほとんどなく、
みんなにとってこのナスは、新しいナスだと言うしかない。
ただこのナスが、伝統という言葉を冠に頂けるのは
記事にもあるように、このナスを末期がんの最後まで作り続けた方が
いるからこそ、その人と周囲にとっては伝統なんだと思うことがある。

本当ならば、僕だけが栽培をして販売した方が
近くの直売所も含めて、市場では断然優位に立てるのだが、
それでは、本来の意味が失われてしまう。
そこにあるのは、伝統の資源化・価値化であり、
それはまさしく、交換価値を最大限に向上させるという姿勢でしかない。

伝統なすという人類にとっての遺伝資源は
交換価値で測れるものじゃない。
ビジネスはビジネスであらねばならないのかもしれないが、
もう少し、農業の本来の意味の中で
(作って食べるという至極単純な行動)
みんなにとっての使用価値を高めることはできないだろうか。
そんなことを無い頭で考えて、
家庭菜園用に、このナスを普及させようと思い至った。

少し余談だが、
使用価値と交換価値は水とダイヤモンドをたとえに出すと解りやすい。
水は人間にとって必要不可欠なものであるが
それ自体が豊富にある場合は、その不可欠だという価値は下がりはしないが
交換することはできない。
だがダイヤモンドは、それ自身、人間にとって不可欠かと言われると
装飾品である以上、使用価値はほとんどないが
希少であるがゆえに、交換価値は高い。
ビジネスとして儲けたいというのなら
本当は交換価値を高める、いわゆる「付加価値をつける」などと表現されるが
そういう工夫が必要なんだろう。
だが、その先にあるのは何か。
その付加価値は、僕らに何を与えてくれるのだろうか。
僕らの生活の質が、
果たしてその交換価値の向上で、
必ずしも向上するわけではないという事実に目を向けると、
僕は諸手を挙げて、その考えには賛成はできない。

吉川なすは、当然、生産者として第一級品を生産し
約束いただいているレストランや業者に出荷する予定でいる。
それは僕の経営の中で、交換価値をそのナスの品質で高めようという
だけのことで、それとは別に
もっと吉川なすの使用価値を高めたくて
こうして苗を販売するにいたった。
当然、1本70円で、他のナスの苗と同じ値段。

前に書いたエントリーにもあるように
僕は勝手な思い込みと、多分それは他方から見たら
勘違いだと言われるのかもしれないが、
その思い込みで、伝統を背負い、その使用価値を高めようと考えている。
それぞれの家庭で、
数本の吉川なすを植えれば、それだけで家族がこの夏、
十分すぎるくらいこのナスを楽しむことが出来るだろう。
それが僕という偏見を通して見えてくる
このナスを末期がんのなかでも残してくれたある農家の希望なんだと
僕は今、勝手に信じている。
先週までの天気がうそのように、
晴れた土日。
その晴れ間を待ってやってきたお客の対応で
1日中追われることになった。
お客の目当ては、野菜の苗。

この時期、数量としてはそれほどでもないが
農園では、野菜の苗を販売している。
園芸ブームもあるのだろうか、近年、お客が増えているような気もする。
特にどこかに広告を出したり、告知しているわけではないのだが
人伝に聞いて農園まで来る人が多い。
他では手に入らない苗もあるので
それ目当てのお客さんもいる。

今年は、鯖江の伝統野菜である吉川なすの苗を販売することにした。
昨年の暮れに、吉川なすをずーっと守って来た人が
最後に栽培した吉川なすの種ナスを頂いた。
その方は、昨年の夏に亡くなったのだが、
その方の奥さんから、新聞記者さんを通じて頂いたのだ。
生前から吉川なすの普及に力を入れていたとのことで
僕も吉川なす栽培を受け継ぐ者の一人としては、
なんとか普及にも力を入れたいと思っている。
今年は、200本ほどの苗を準備して販売する予定。

他にも緑色の埼玉の伝統ナスや食用ホオズキの苗なども
販売予定をしている。
こうした僕の主力でもある野菜を苗で販売することは
近くの市場や直売所でのライバルを作るようなものなのだが、
いろんなものを育てる楽しさを
少しでも普及できれば幸いである。

追記(4/27)
こちらのちょっとした手違いで、
埼玉の伝統ナスは少量のため、苗の販売は出来なくなりました・・・。
ただ上記以外にも丸ズッキーニなどの変わった野菜の苗も
販売しますので、一度ご見学にいらしてみてくださいませ。
苗の販売は、無くなり次第終了。
(例年ならばゴールデンウィーク中に終了)
今年もこの時期が、またやって来た。
吉川なすの種をまく時期が。

今年の種は、僕にとって、とても特別なものだった。
昨年亡くなられた吉川なす農家から譲り受けた種ナスから、
昨年の初冬に種取りをしたもの。

吉川なすは、
鯖江の吉川地区で、ずいぶん昔から育てられてきたナスで
福井の「伝統野菜」にあげられている。
僕は恥ずかしい話なのだが、業者から紹介されるまで
このなすの存在を知らなかった。
それに僕はこの「伝統」というものを
斜交いに見ていて、
ただ単に、売れるようにするための小賢しい代名詞としか
見ていなかった。
ただ業者が作ってくれと言うので、
そこまで言うのならということで、始めたなすである。

しかし、これを作って食べてからは、その見方が一変した。
何度も書いたが、美味いのだ。
元来、僕はなすが好きじゃなかった。
だが、このなすに出会ってからは、なすのおいしさに目覚めて
それ以来、吉川なすに限らず、いろんななすを作っている。

廃れると思っていた吉川なすは
なにやら吉川地区で何人かが集まって作るらしい。
良かった。これで僕が伝統の旗手のように扱われなくなるから。
偽物かどうかは、僕にはわからないし
そういうことにもあまり興味がない。
それにそもそも「伝統」というやつには
まだまだ僕は斜交いにしか見ていない。
だから、僕以外の人が栽培して、その「伝統」というやつを
受け継いでくれれば、僕としては気が楽である。

ただ、昨年亡くなった方から譲り受けた種ナスは
僕にとって、まさに僕個人にとって、
とても特別なものという電撃にも似た実感があったので
これは大切にしていきたい。
僕にとって、伝統とはそういうものであり続ければいい。
そう思って、今年も種をまいた。
そうそう、そういえば、
先日来た鯖江市の方々、
根セロリの話で盛り上がった後
やはり、吉川なすの話にもなった。

せっかく鯖江の伝統ナスということなので、
行政も応援して復活させようという動きもあるらしい。
その職員の方の話では、すでに鯖江の農家何名かに
吉川なすの栽培をお願いしているとのこと。
それはそれで良いことだと思う。
とても美味しいナスなので、どんどん広まれば良いんじゃなかろうか。

その職員の考え方は
作りにくい分、高く売れるように、付加価値が付くように
やっていくしかない、とのことだった。
出来るだけ伝統を前面に出して、その付加価値で
作りにくい分を補おうという考え方。
経営的に考えれば、ある意味、それは正しいのだろう。
ただ、僕が作るのが下手なのか、
吉川なすの手間や作りにくさは、他のナスと単純に比較しても2倍くらいは大変なのだ。
だからといって、そのナスは、ナスである限り、
特別甘かったり、特別良いにおいがしたり、するわけではない。
やはり美味くても、ナスはナスの範疇で美味いだけのこと。
だから、いくら美味いからと言って、他のナスの2倍の値段で売れるわけがない。
廃れていくには、それなりの理由があるということなのだ。
僕もこの夏、何度、
“来年は絶対作らない!”と思ったことだろう。


いや、たとえ2倍で売れたとしても、
そんなことをしちゃいけない気がする。
“伝統”を交換価値に変えてしまい、
その上に胡坐をかくようにして、
鰯の頭も信心から、といったような商売にしちゃあいけない。

吉川なすは、美味いといっても
僕が思うに、それは煮る料理に限る。
皮が薄くて煮崩れしないのが最大の特徴で、
天ぷらや田楽や焼きナスといった調理法なら
他に美味いナスはいくらでもあるのだ。
“煮て食べる”こと以外に多様なナスの楽しみ方が増えた現代では
美味いと評価される吉川なすも
すべてに当てはまるわけでもない。

せっかく鯖江の伝統ナスというのであれば、
鯖江の人がたくさん食べるような、そんな仕掛けにできないものか。
そもそも伝統だから高く売るんじゃなくて
その食べ方から入る方が、よほど真っ当じゃなかろうか。
そういう意味では、家庭菜園がブームなので、その中で広めていっても良いし
同時に、昔の食べ方も学べたら良いように思う(これは僕も参加したいな)。

たぶんなのだが、
経済的な思考のベクトル上では、吉川なすは一度廃れたのだろう。
だからそのベクトル上で、“伝統”を武器に復活を試みても
やはり同じ理由で廃れるような気がする。
そうじゃなくて、伝統を勝手に感じながら、
食べて楽しむという方から入ってみると
案外、残っていくナスではないか、と僕には思われる。
それか、伝統を受け継ぐという勝手な勘違いの中で
経営的に大変でも作り続けることに意義を感じてしまえば
続いていくのだろう。


僕の場合は、
一緒に食べる妻が
“飽きた”と言うか、
付き合いのある業者が、
“もう要らない”と言うまで、
僕はもうしばらく吉川なすに付き合うつもりでいたのだが、
不覚にも、最後の最後まで吉川なすを育て受け継いできた方から
最後の種なすをもらってしまい、
どうやら、妻や業者だけでなく、もう1つ僕が作らないといけない理由が
僕の中で生まれてしまったので、
当分の間、吉川なすを作り続けるだろう。

だから、高く売れるかどうかよりも(市場価格的には2割増程度が妥当)、
作り手それぞれが、伝統を自分なりに解釈して(勘違いして!?)
その理由と美味さの間で、吉川なすは生き続けていくのじゃないかと思っている。
新聞に載った。
それは、こんな記事。
鯖江・「最後」の生産者 亡き加藤さん伝統の味 吉川ナス 受け継ぐ

受け継ごうと思って、受け継いだわけじゃない。
吉川なすを作ってくれ、という業者からの依頼と
妻が美味しいと言って喜んで食べるから、
いつの間にか、僕の生産品目の一つに
吉川なすが組み込まれていた。

加藤さんの存在は以前から知っていた。
周りからは
「習いに行くと良いよ」と言われることもあったが
なぜだか気が進まなかった。
忙しかった、といえば言い分けでしかないが
多分、僕が作っている吉川なすは、吉川で作っているなすではないので
ある意味ニセモノだと、自分でも思っているところがあるのかもしれない。
それは、後ろめたさのようなものか。
負い目を感じる必要性はまったくないのだが、
そういう性格なので、しょうがない。

そうこうしているうちに、加藤さんは亡くなられてしまった。

そして、この記事が載った次の日。
取材してくれた記者さんが、あるものを持ってきてくれた。
それは吉川なすの種なすだった。
今年、加藤さんが最後に植えた吉川なすから採った種なすだった。
記者さんが言うには
「加藤さんの奥さんが、若い人が作っていると言ったらすごく喜んでいて、この種なすをその人に渡してくれと頼まれたんです」とのこと。
大きな種なすは、傷一つついていなくて、立派ななすだった。
加藤さんが先代から受け継いできた吉川なすの種を
僕は受け取った。
全身から冷や汗が流れ出たような
そんな緊張と電撃に似たものが体を流れる一瞬があった。

どこで作っても、吉川なすは吉川なす。
伝統種だろうが、新しい野菜だろうが、西洋の野菜だろうが
僕にはそれがうまいかどうかが大事だ、と何度もこの日記で書いていた。
今もそう思っている。
僕らは、作って食べる、という単純な行為の連続を生活の中心にしている農民なのだ。
なんでも鑑定団的な、わけのわからん付加価値などとは無縁の世界観の中で、
交換価値よりも使用価値を尊む。
それは変わらない。
だから、外部からつけられていくレッテルの一つに
「伝統」というものが最近横行しているが、
それも僕に言わせれば、交換価値でしかなかった。

それがどうだ。
この手にある種ナスは。
一体何なんだ。
僕の中に、電撃に近いものが流れたのだ。
感動といえば、そうなんだろう。
あったこともない人の、人伝に聞いただけの伝統の話を
僕は勝手にそれを内面化して、あたかも、その伝統の旗手にでもなったような
まるで僕がこれからこの伝統を紡いでいくような、
ちゃんちゃらおかしくて、へそが茶を沸かしそうなのだが、
そんな気概が、僕の中に生まれてくるのだ。


そうか、これが伝統なんだ。

そうか、これはこれで、僕にとってだが、使用価値なんだ。


僕は、その種なすを手にすることで
伝統が、ある種の電撃と共に体をつきつ抜ける感動と
勝手な思い込みの連続であることを知った。

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

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