若手農業者クラブと保育園の食農体験イベントの
今年最後となる、収穫祭を行った。
参加したのは、園児と父母、そして若手農業者で
総勢100名ほど。

小さな保育園の園庭に、
一昨年同様(一昨年のエントリーはこちら)、古い農具を持ちだし
脱穀から、選別、そして臼すりまでを行い、
手作業で精米したものを
その場で炊いて、おにぎりにして皆で食べた。

普段、米を栽培していても
お目にかかれないような
足踏み脱穀機や唐箕などを使っての
脱穀作業は、僕ら農業者にも刺激的なイベントだった。

それら手作業と機械作業に先人たちの苦労に想いを馳せると同時に
作業に人手がかかる分、様々な手間貸しと
共同作業が農業の関係を深めていただろうと
勝手な想像もついてくる。
今回のイベントを前に、
昔の話を年寄りから聞くと
臼すりは、近所で集まって皆でやっていたそうだ。
それは賑やかだった、と笑顔で振り返る年寄りの表情が
イベント中、やけに思い出された。

子供たちも珍しい機械に釘付けだった。
唐箕という、手回しのハンドルでプロペラを回し、
それで風を起こして風選するというとても単純な選別機。
米が分かれて出てくるのが、不思議なのか
いつまでも眺めていた。

今回の取り組みで以前には無かったものの一つに
すり鉢とソフトボールによる臼すり作業がある。
前回は、臼すりはすべて小型の機械を持ってきて
臼すりしていたのだが、
それも出来るだけ手作業で体験できるように、と
すり鉢に籾を入れて、ソフトボールで押し付けて
臼すりをしてみた。
保育園児の力でも、比較的簡単に臼すりが出来たので
それに夢中になる子もいたようだ。

最後に、皆で精米したコメをおにぎりにして食べた。
それはそれは、味わったことのない美味さだった。
天日干しが良いのか、
それとも心地よい作業の興奮が加味してくれたのか、
僕にはわからないが、
そのおにぎりは、本当に美味しかった。

イベント終了後、
いろんな父母や保育士、園児たちからお礼を言われたのだが
お礼を言いたいのはこちらの方だ。
こんなことでもなければ、
僕らは集まって、こんなことをやろうとは思わない。
お互いが参加できるイベントとして、
こうした相互作用の場が出来上がったからこそ、
僕らは、一緒にこういう体験を半年通じてやれたのである。
僕らだけじゃ、こんな体験をやろうとも思わなかっただろう。
だから、僕の方から言いたい。

とても貴重で、そしてとても大切な体験をさせていただき
皆さん、本当に、本当にありがとうございました。


稲刈り。
うちの田んぼを前日に終え、
今日は、保育園と一緒にやっている体験田んぼの稲刈り。
記録的な大雨の数日後という事もあり、
田んぼはぬかるんだまま。
多くの父母や保育士、そして子供たちが
足をとられながら、長靴を泥に取られながら、
それでも楽しそうにみんなで稲刈りをした。

保育園のカメラが、泥の中に落ちてしまうという
ハプニングもあり、
泥の中で動けなる人も続出したが
なんとか稲刈り終了。

刈った稲の一部は、
田んぼのわきのガードレールに天日干しをした。
その稲は、
10月におこなう収穫祭で
また一昨年のように、古い農具を用いて
昔さながら脱穀してみんなで食べようと企画中。

何かをみんなで創り上げていく作業は
とてもわくわくする。

保育園の体験田んぼ。
今日は田植えの日。
主宰は、若手農業者クラブである
高志みどりクラブの面々とゆきんこ共同保育園の保育士さんたち。
クラブ員の田んぼの一部を借りての体験田植え。

当初予定していた参加者は140人以上だったのだが
先週の日曜日が雨で、この時期に開催される地区の体育祭が
今週の日曜日に延期になった地区もあり、
田植えに参加できない家族も少しあった。それでも
100人前後の人が集まった。

小さい子は2歳の子までも田んぼに入って
その初めての感触に不安な面持ちではあったが、
それでも少しずつ苗を植えていた。
主力はやはり年長さんと小学生のOB達。
こちらから植え方をある程度指示すると、
あとは自分たちのペースで黙々と植えてくれた。
やんちゃな男の子たちは、途中から泥を投げ合ったり
相手を田んぼに押し倒したりと、思い存分田んぼを楽しんでいた。
ある子は、途中から田んぼに座り込み、
黙々と掘り始めたので、さすがにそれは止めてもらった。

感動的だったのは、少しハンディを負った子。
母親に連れられて田んぼに入って、ゆっくりとだが植えていく。
とても最後までは植えきれないだろうと思って見ていたのだが、
何度か立ち止りはしたものの、
最後まで植えきった姿は、すばらしかった。

総じてそうだったのだが、
素足で入る田んぼは、小さい子供にとっては
なかなか大変だったようなのだが、
どこの家庭も、途中で投げ出させず、
ある程度、最後まで植えるように子供を激励していた。
何でも最後までやり遂げる。
その力と素晴らしさを子供に教えているようにも思えた。

我が子も参加していたのだが、
農家の子であるにもかかわらず、田んぼの泥の感触が嫌で
田んぼに入って10分としないうちにドロップアウト。
保育士さんは、
大丈夫だよ~、と何度も声をかけてくれたのだが、
一度くじけてしまった気持ちは、なかなか回復はしない。
出来ないと思い込むことは、
それだけで可能性の芽を摘んでしまうこともあるようだ。
それだけに、子供に何かをやり遂げさせることの大切さを
親として学んだ。

田んぼの体験は、子供たちや親にいろんなことを教えてくれる。
田んぼの作り方や稲が実際に育っていく様はもちろんのこと、
それ以外にも、それを通じて五感をフルに働かせて
自然と土と感じ取る力を養ってくれる。
そして、手植えの体験なんて現代の農業とは切り離されてしまった
いわゆるイベント的な農作業だと批判することは簡単だが
その少々厳しい作業の中に、
やり遂げる力と自信と満足感を与えてくれるのだ。
それらは、子供や親の成長には欠かせない
とても大切な要素なんだろうと思えた。
楽しい会議が昨晩あった。
それは、体験田んぼの打ち合わせ。
若手農業者クラブ(4Hクラブ)で行っている食農活動で、
一昨年の2008年から活動をしている。

週末に予定している田植え体験なのだが、
保育園側の参加者が、田植えだけで140人以上とのことで
なかなかの盛況ぶり。
小さい子供たちが、好き勝手に植えまくる田植えで
一番気をつけないといけないのは、何であろうか?
きちんと植えるよう指導をすること?
いえいえ、それはあまり関係ない。
一番大切なのは、みんなが安心して楽しめるよう
安全の確認をすることであろう。
クラブ員で田んぼの周りの安全をどう確保するかを
中心にこの会議では話し合われた。

食農体験は何も田植えだけではない。
これから収穫、いや米を食べるまでの間、
様々な田んぼの姿と、約4カ月間の時間と共に
付き合っていくことが食農体験の醍醐味だろう。

そこで、如何にして園児たちや父母・保育士たちに
その素敵な時間を共有してもらえるかを
みんなでアイディアを出し合った。
そういう作業が、僕には一番楽しい。

天気予報を見ると、日曜日は曇り。
楽しい時間になるのではないかと、今から楽しみである。
体験田んぼの打ち合わせ。
若手農業者クラブの役員と担当保育士が集まって
園児たちの田植え体験イベントについて話し合う。

イベントの流れや準備物は一昨年とほとんど変わらず、
田植えのイベントは特に趣向を凝らさなくても
泥の中に足を入れる、ただそれだけでとてもエキサイティングな
体験なので、怪我しないような配慮とトイレや洗い場の確認が
できれば、特に問題はない行事。

ただ圃場が一昨年とは変わり、
街の中の圃場となったので、駐車場をどうするか
その課題が残ったが、圃場の周りの農道に
分散して駐車することになるだろう。

今回の打ち合わせ時に、大きく役に立ったのは
一昨年の実行委員会のファイル。
一昨年前は、はじめての取り組みで
役員を始め保育士の面々も手探りでイベントを進めていたのを
ファイルをめくると思い出す。
一昨年は、田んぼに大きな穴を園児たちがあけてしまい
若手農業者クラブ員で、田んぼをならして回った。
田んぼの真ん中で動けなくなる子もいた。
そんな時間を共有している仲間たちとやる今年の田んぼ体験。
どんなハプニングがあるのか、楽しみである。

週末は東京だった。
若手農業者クラブのプロジェクト活動発表コンペの全国大会の応援のために。

僕が所属しているクラブでは、初めての全国大会。
県大会、北陸大会と勝ち進んでの全国大会。
発表者は緊張した面持ちではあったが、
きっちりと時間内で発表をしてくれた。

発表内容は、このブログを読んでくれている皆さんでは
すでに忘却の彼方へ押しやられてしまっているかもしれないが、
娘が通う保育園との体験田んぼの記録であった。
2008年の活動をなぜこの2010年に?
と思われるかもしれないが、
ちょっとした大会運営上の問題と、地方大会間のタイムラグで
2年も前の話を、今頃しないといけない状況だった。

当然、クラブ員もそれほどこの大会に対してのモティベーションは高くなく
応援と称して参加したのは、僕だけだった。
まぁ、しょうがないか。

結果だが、
やはり全国は広い、と感じさせられる結果だった。
賞は何も貰えず終い。
発表者のレベルも高く、内容も僕らの考察や手法ではとてもじゃないが
賞をもらえるような雰囲気ではなかった。

が、良い勉強にはなった。
上には上がいる、と解っただけでも。
この斜陽産業。
若手が居なくて、そこに居るだけで大事にしてもらえるような
こんな時代に農業を始めた僕は
すこし周りをなめていたのかもしれない。
もう少し真面目に、真剣に、考えてやらねばなるまい。

この夏、まわりまわって、僕が地区を代表して
再び発表コンペに参加することになっている。
今度は、若手農業者クラブではなく、
JAの青年部組織の発表コンペ。
賞はあまり気にしないが、
自分の所信表明という意味では、これ以上の会場はないので
なんとか一番大きな会場まで這いあがって
出来るだけ多くの人の前で話ができればと思っている。

僕たちが2008年に取り組んだプロジェクトが
今年の2月に福井大会を勝ち上がり、
そして今日行われた北陸大会でも2位に輝いた。
さらに、来年3月、東京で行われる全国大会で発表するチャンスも得た。

エントリーをさかのぼって読んでもらわないといけないのだが
2008年に
ゆきんこ共同保育園と高志みどりクラブ(若手農業者クラブ)が共同で
田んぼ体験の活動を約半年にわたって行った。
その活動の記録を
若手農業者クラブの発表コンペで
発表してきたのだが、
それがあれよあれよと勝ち上がり、いよいよ全国大会に行くことになった。
収穫祭のあの時、手にした小さなおにぎりの感動には
全国大会という場で発表しても遜色ないほどのものが詰まっていたと
今、再び思い返している。

北陸大会では僅差で1位は逃したものの
全国大会では、何か賞をもらって来たいものだ。
それ以上に、あの時の僕たちの感動が伝えられたら、と思う。
昨年1年間取り組んだ保育園との体験田んぼの活動が
福井県の青年農業者交換大会の発表コンペで、最優秀賞を頂いた。

発表をしたのは僕ではない。
僕が所属する若手農業者クラブの若者が発表した。
パワーポイント作りや原稿作りに、ほんの一部僕も参加したのだが
発表者の努力と1年間消費者と一緒に作った田んぼの素晴らしい実体験が
最優秀賞につながったのだと、僕は思う。
次は、今年秋に行われる北陸ブロック大会である。
以前、僕が発表した時には、この北陸ブロック大会で敗退してしまった。
今度こそ、北陸ブロック大会でも勝ち上がり、
全国大会へ駒を進めたいものだ。
半年通してやってきた保育園の田んぼ祭り。
今日で最後のイベント。
収穫祭である。

収穫祭と言っても、ただ食べておいしいね、ではつまらない。
今回は、前回の収穫時にはさがけにした稲を、
できるだけ手作業で米にしようと試みた。

使う道具は、僕の父世代でも記憶があいまいなものばかり。
千歯こき
足踏み式脱穀機
唐箕
などなど。

もみすり(籾米から玄米にする工程)は、県の小型もみすり機を借りることにし、
精米(玄米から白米にする)は、近くのコイン精米所にたよることに。
この工程まですべて手作業になると、とてもイベント内に
出来上がった白米をおにぎりにして食べるところまで行けないかも知れない
と、実行委員会側で危惧があり、取りやめることに。

当日の参加者は70名ほど。
これまでのイベントでは日曜日開催だったのが
日程的に余裕がなく、仕方なく土曜日開催となり、参加人数は少な目だった。

イベントの工程は4つ。
まずは脱穀。
稲から籾米を取る作業。
これに千歯こきや足踏み式脱穀機を使用する。
千歯こきは、江戸中期に使われていた道具。
みどりクラブ(若手農業者クラブ)の会員の小屋に眠っていたものを持ってきてもらった。
足踏み式脱穀機は、大正時代から登場する機械。
インドネシアでは、まだまだ使われているシロモノ。
これは僕のむらのある人の小屋で眠っていたものを借りてきた。
これらを使って脱穀をする。

次は篩を掛ける作業。
千歯や足踏み脱穀機で脱穀をすると
どうしても稲藁が混ざる。それを取るために、2種類の篩を使って籾米と藁を選別する。
これも当然手作業。

そして次は、唐箕。
ハンドルを回して風を生み出す道具で、
籾米に含まれている実の入っていない米や細かい藁などを除去する工程。
風選の原理をつかって、風を起こし、そこへ籾米を入れることで
軽いゴミや不稔の籾は飛ばされてしまうというわけである。
これは僕の小屋の奥で眠っていたものを引っ張り出してきた。

各工程で、みどりクラブ員が、道具の使い方を園児や父母・保育士に指導するのだが、
そもそも機械化の進んだ稲作の中で育った若手農業者は、
これらの道具を学校の教科書で見たことはあっても
実際の道具に触れたことすらない。
当然、使ったことは全くない。
クラブ員の父母世代でも、「見たことはある」や「使った記憶はある」という
至極あいまいな記憶しかないのである。
何十年も途切れてしまった農の記憶を、このイベントで呼び戻そうという、
僕にとっては壮大な計画だった。

だから、脱穀機には何度も稲藁ごとを持っていかれたし、
千歯がかかりにくかったり、
唐箕で風が強すぎて米まで飛ばしてしまったり、と
四苦八苦したのだが、それでも何とかイベント内に半俵(30キロ)の米を
脱穀精米することができた。

こうして脱穀精米した米を
即、炊いておにぎりにした。
父母も園児も保育士もクラブ員もみんなでそろって食べるおにぎり。
僕の手に乗せられた小さなおにぎりを見ていたら、
なんとも言えない感動がわいてきた。
この中にすべてが入っている。
この半年のイベントの苦労もそうだが、
すべて手作業で行った米作りの技、
そして、先人たちの農の息遣いが、この中に詰まっているのかと思うと
いてもたってもいられない気持ちだった。
ある意味、このおにぎりが食べたくて、
僕はこのイベントを企画実行していたのだ。

普段は、米をあまり食べないわが娘も、ここぞとばかりにおにぎりをおかわりしていた。
他の子も父母も保育士もみんな笑顔で、とても楽しい収穫祭となった。

半年にわたって4回のイベントをした保育園の田んぼまつり。
これで終了となった。

こういうイベントをして発見したこと。
先人たちの農の息遣い(稲作)や技に触れることができたことは当然なのだが、
思った以上に園児たちがいろんな作業ができるということ。
子どもだからできないだろうと侮っていた作業もずいぶんときちんとできるじゃないか。
子どもの能力の高さも知ることができた。
それと、今回のイベントをやるにあたって、
むらの年寄りからずいぶんとアドバイスをもらうことができたこと。
昔話のインタビューにもなり、それが一番勉強になった。
道具やその技には、その当時の思い出が一緒に存在する。
道具の使い方を聞いているうちに、昔話になることも度々あった。
そこにその頃の農の営みを知ることができた。
道具や工程の変化が、僕らの暮らしに大きな変化を与えたことを
僕はこのイベントを企画する中で、学ぶことができた。

半年という長い間、企画運営に携わってくださったすべての皆様に
お礼申し上げます。
とても素敵な時間を、この半年、過ごすことができました。
本当にありがとうございました。

今日は保育園の田んぼ祭り。
ついに収穫日を迎えることができた。
前日は午前中が雨。
また予報では明日は午後から雨。
ちょうど、この収穫日だけがすっぽりと晴れたのだ。
保育園では、先週の半ばから100個以上のテルテル坊主を作り、
当日の晴れを祈っていたとか。

収穫方法は、春に手植えをした箇所(4aほど)を、鎌で手刈り。
そして、手刈りした稲を束にして、田んぼの近くのフェンスに「はさがけ」した。
収穫に参加した父母と園児は120名。
そして主催者側として、若手農業者クラブから7名が来て
保育園児や父母の田んぼの手刈りと束にするのを指導した。

120名ほどの人たちが一列になって、稲を刈る姿は壮観だった。
4aほどの範囲を手刈りしたのだが、
当初は、結構時間がかかり、労力としても無理があるのじゃないかと思っていたが
刈り始めると30-40分ほどで、ほとんどきれいに手刈りしてしまっていた。
そんな中、ひと際目を引いたのが、
インドネシア研修生のH君とセネガル人のI君。
この2人が、競うように稲を手刈りしていったのである。
H君は、稲の手刈り収穫の本場出身で、当然早い。
I君は、米の栽培経験が無いものの、
「うちで飼っていた馬に餌をやるために、よく草を刈っていた」という経験を活かして
H君に負けないスピードで稲を正確に刈っていく。
2人とも、お互いにライバル心を燃やしながら、稲刈りをしていた。
そんな一幕もあった。

手刈りした稲を束にしたものを、園児たちがはさ場に運ぶための
軽トラックまで運んでくれた。
どの子も一所懸命運んでいて、その姿が良かった。
みんなで束にした稲は、フェンスのはさ場にかけ、このまま風乾させる。
2週間後の土曜日に、保育園の園庭で、千歯こきや唐箕など昔の道具を利用して
脱穀精米して、みんなでおにぎりを作って食べる予定。
それで、この田んぼ祭りの一連のイベントは終了予定なのだ。

今回の田んぼ祭りでは、珍しく3社のメディアが取材にきた。
ある新聞社から、このイベントを通して伝えたいことは何ですか?と質問された。
きっかけは、保育園の増改築運動だったような気がするが、
ここまでくると、なんだかそれは遠い昔にも思えてくる。
最近は、この田んぼという場を介して、ここの自然と四季の移り行きの中で
育まれていく生命とそこから得られる収穫を感じてもらえれば良い、と思っている。
だから、そう伝えた。
農作業だけを細切れにしたイベントではなく、半年を通して、一つの場で
繰り広げられていく時間の流れを感じてもらいたかった。
だから2週間に1回は、保育園の掲示板で、壁新聞形式で
田んぼの状況や、その周りに住む虫や魚、そして季節の移り変わりを伝えていた。
イベントのない週末でも、田んぼまで足を運んでくれた父母や園児もいた。
最初から、そう考えて企画したわけじゃないのだが、
やっているうちに、大切なことは何なのかに、僕も気がつかされた感じだった。
今回の収穫イベントであるお母さんが
「本当に、あの植えた苗が、お米になるのねぇ~」と
金色に輝いている田んぼを目の前に、感慨深く語っていたと、後から妻より聞かされた。
その台詞が、すべてなのだ。
それを感じてもらえたら、それでいいのだ。

次は収穫祭。
風乾させた米を、ほとんど手作業で白米にして食べる。
50年以上前、いやもっと前かもしれないが、昔のやり方で脱穀精米をする予定。
その作業の中に、父母や園児だけじゃなく、
僕ら若い農業者にとっても、気付かされることがたくさんあるに違いない。
先人たちの農の息遣いを感じられる貴重な時間になるだろう。

最後に、今回もみどりクラブ及び関係の普及員の皆様には
惜しみないご協力をいただきありがとうございました。
とても素敵な時間を、みんなで過ごすことができました。
本当にありがとうございました。
保育園の田んぼ祭り第2弾。
虫追い祭りをする。
参加者は100名以上。
今回も若手農業者クラブと保育園共催でのイベントだった。

虫追いとは、
鳴りものや松明で虫を追う昔からの行事で、
七夕からお盆にかけて行われていることが多い。
九州や東北などの各地では今でも行われているそうだが、
福井では若狭地方で一部残っているのみで、
僕の住んでいる辺りでは、絶えて久しい行事。
祖父母世代に聞いて回っても、誰も知らないという状況なのだ。
明治ごろに、弊習としてお上から禁止されたという経緯があるので
それで絶えてしまったのだろう。
実際に、松明などで虫を追っても、
松明の炎に虫が寄ってきてしまい、逆に増えてしまうらしく
また、年貢の減免という習慣とつながっていた行事でもあったので
近代化の流れの中で、切り捨てられてしまったのだろう。

ただ虫供養の意味合いもあり、農の意識の中に虫との共生的思想が
宗教行事とつながって体現していた行事でもあったので
現代のような防除という意味合いで、虫と敵対する視点ではなかったのかもしれない。
科学技術的な考察による事象の結果だけでは
読み取れない人々の農への眼差しを感じる。
以上は余談。

さて、その虫追い。
若手農業者と保育園で作る実行委員会で何度か話し合い、
現代版、かつ、保育園版虫追いを企画した。
虫がいなくなるかどうかよりも、
田んぼの虫に園児や父母の意識が向うようなイベントにしようと企画した。
さらに、体験田んぼは、除草剤以外に薬剤散布を行わないことになっている。
ので、害虫防除は神頼みしかないのだ。
こうして虫追い祭りをすることに。

さてさて、虫追い祭りの実際。
実際に練り歩く前に、クラブ員から虫の説明があったのだが
その時に、普及員が、害虫がどれくらいいるか、実際に虫網をふって
取って見せてくれた。
数え切れないほどのカメムシやウンカたちが、確認できた。
さて、これを追い払いましょう、とみんなで鳴りものを手に
行列になって田んぼを練り歩く。
先頭の軽トラックに太鼓を乗せて、そのあとを保育園の手作り御神輿が続く。
園児たちは、大きいクラスの子が御神輿を担ぎ、
小さいクラスの子は、おもちゃやお手製の鳴りものを鳴らしながら後に続く。
保育園のクラスごとに作成した「かかし」を父母が持ち、
若手農業者クラブの会長は、クラブのかかしを持って先頭の軽トラックに乗り込み
数名のクラブ員と共にお囃子を盛り上げていく。

うんとこどっこい、どっこい、どっこい、
ツマグロヨコバイ!
カメムシ、すっとんとん!
ウンカ、とことん!
いもち、とーんとことん、そーれ!

と、保育園の夏祭りの太鼓囃子の歌詞を少し変えて
害虫や病気の名前にして、皆で田んぼの周りを練り歩く。
田んぼを一回りして、かかしをそれぞれのクラスの区画に立てて、終了。
最後に、若手農業者クラブで用意したトウモロコシとトマト
そして保育園が用意したスイカと一口ゼリーを配って、みんなで食べて
無事終了した。
イベント終了後、あるお父さんが、しきりに虫追いについて聞いてきた。
虫や農に対して意識が少しでも向いてくれたのであれば、
それだけでやった甲斐があるというものだ。

しかし、意外な数の害虫だった・・・。
本当にこの虫追いで居なくなってくれればいいのだが・・・。

この次はいよいよ収穫である。
そういえば、先日のこと。
保育園で会合あり。
若手農業者クラブの役員もそろっての会合。
そう、体験田んぼのイベントの打ち合わせである。

5月中旬に田植えをしたきり、
田んぼでのイベントが無い。
稲刈りまで、基本的な作業はうちの農園で行うのだが、
園児たちが楽しめるような作業は、ほとんど無いのである。
しかし、稲刈りまで何も無いのは寂しいと保育園から要望があり
何かイベントは出来ないか、と7月頭からなんどか打ち合わせをしていた。

そして保育園関係者からあるアイディアがでた。
それは「虫追い」だった。
全国で昔からおこなわれている行事の一つ。
民間伝承や地域の信仰と結びついて、各地で今でも行われている。
しかし、近代化の過程でこの虫追いは「弊習」とされ、
途絶えた地域も多い。
そして、この辺りでも絶えて久しく、
年寄り連中に聞き取りをおこなっても誰も知らないという状況だった。

県の機関やネットなどで虫追いを調べ、
この日の会合で、どういう虫追いをやっていくかを話し合った。

福井でかつて行われていた虫追い行事は、
夜に、藁で作った松明を持って、田んぼを練り歩く、というものだった。
さすがにそれは園児には無理。
ということで、伝統なんかにこだわらないで、
園児に出来る「虫追い」を皆で考えた。

皆で考えた虫追い祭りは、次の通り。
各クラスでかかしを作ってもらい、
それをもって太鼓や笛などで囃しながら、田んぼを練り歩くというもの。
若手農業者クラブの会長が、虫追い大明神に扮して、
行列を先導し、最後に体験田んぼに
適当な祝詞(本人曰く、ここで笑いを取る)をあげて虫送りをして、
園児たちがかかしを立てて終了の予定。
虫追いの行事や田んぼの生き物(害虫)の解説などもして
父母共々、田んぼへの関心を高めてもらおう、という予定である。

みんなで何かを作り上げていく過程は、本当に楽しい。
僕は特にそういうのがすきなのだ。
当日も楽しくなると良いなぁ。
長い長い1日だった。
だが、なんとか無事に終えることが出来た。

なんてことない日曜日。
イベントごとが2つ重なっていた。
うちの地区の区民体育大会と、保育園のたんぼまつり。
区民体育大会は、集落の青年会の役員として、
準備から競技まで主体的に参加しなければならないし、
保育園のたんぼまつりは、そもそも僕は主催者の1人なのだ。

だから区民体育大会の準備に、朝から6時半から出て、
そのまま8時半の開会式に出て、競技を2つほど立て続けに出て
ある程度義理を果たしたところで、体育大会を後にし、
11時半頃、保育園のたんぼまつりの準備に取り掛かった。

保育園と若手農業者クラブが共催する形で
田んぼの田植えから稲刈り、そして食べるまでを企画するこのイベント。
その第一弾として、体験田植えが今日行われた。

11時半より、若手農業者クラブ員が集まり、体験田植えの準備を取り掛かる。
水道が近くにないため、2tの水を用意したり、
「ころ」と呼ばれる稲を植えていく目印となるすじを付ける道具を転がしたり、
植える範囲を知らせる支柱を田んぼの中に立てていったり、
保育園が作った看板を立てるために、垂木の支柱を田んぼに埋め込んだり。

12時ごろから保育園職員が集まりだす。
危険箇所(用水路)にコーンとロープを張ったり、
堤防の肩に休憩用のブルーシートを引いたり、
準備物の確認と、手洗い用の桶を設置したり。

準備は大変だったが、何度も打ち合わせをし、当日も多くの人数が
準備に関わってくれたおかげで、スムーズに会場設営が出来た。

1時半。ぼちぼちと園児と親が集まりだす。
参加予定人数は114名。
当日、キャンセルした人が何人かいたが、
100名以上は、まちがいなく参加していた。

若手農業者クラブの副会長から、なかなか良い挨拶があり、
田んぼでの田植えのデモンストレーションをクラブ員が行い、
それから、組ごとに集まって、皆、横一列に並んで田植えの開始だった。
100人以上が一列に並んで田植えをするのは、なかなかの壮観だった。

田植えの体験では、多くが小学生以上だろう。
だが、今回は保育園児。それも年長さんだけでなく、
4歳児、3歳児、なかには2歳児(わが娘も含む)までも居た。
田んぼの泥に足をとられ、動けなくなる子も居れば、
驚くほど早く植えていってしまう子も居た。
孫と参加していたあるおばあちゃんは、
昔を懐かしみながら、田植えを孫に教えていたし、
田植えが初めてだというお父さんは、
子供が泥に足をとられ動けなくなったにもかかわらず、
子供そっちのけで、田植えを楽しんでいた。
(子どもは保育士に救出されていた)。
うちのインドネシア研修生であるH君も体験田植えに参加していたのだが、
田んぼの中での足さばきといい
苗の植える守備範囲の広さといい
植える手つきや安定感といい
クラブ員みんなでほれぼれとしてしまうほどの上手さだった。
すべて手作業で、幼少のころより田んぼを作ってきたH君の体には
そういった技が、すでに染み付いているのだろう。
体のさばき、手つき、いろいろと勉強になった。

園児の中には、当初から心配していた通り、
田んぼにダイブしてしまう子が数名出て、
頭から足先まで、全身泥だらけになっていた。
用意した水だけでは洗い切れないため、
クラブ員が用意したポンプで、用水の水をくみ上げ、それで体を洗浄。
親に怒られることもなく、思いっきり水遊びが出来るということもあって
水場は、気が狂ったかのようにはしゃぎまわる子供たちで溢れかえっていた。

3時ごろ。
無事田植えは終了し、保育園が用意した一口ゼリーを皆で食べる。
クラブ員が気を利かせて、1人1個いきわたるように、
自分の家で生産したトマトを持ってきてくれた。
それをみんなで食す。
良い天気で、暑い中田植えをしたあとのトマトは最高だった。
普段はトマトなんて口にしない子まで、トマトを口いっぱいにほおばっていた。
その後、クラブ員みんなで、園児からお礼のメダルを受け取る。
メダルのリボンには
「有難うございました」と書いてあったのではなく、
「これからもよろしくお願いします」だった・・・。
そう、この体験田んぼのイベントは、始まったばかりなのだ。

4時ごろ。
みんなが解散し、誰も居ない田んぼで、僕は1人で田をならしていた。
数名の園児がダイブしたので、田んぼのあちこちに大きな穴があり、
そのままでは田植え機が入らないからである。
書き忘れていたが、体験田植えは、2反の田んぼのほんのごく一部だけで行われた。
(60m×5mの範囲のみ手植え)
だから残りは、機械で植えるのである。

5時ごろ、ようやく田植え機を入れる。
なんとかスムーズに田植えをし、7時にすべて終了。
長い長い1日だった。

園児や親たちが植えた田んぼは、一切補植しない予定でいる。
補植しなくても、蜜植のところは細く、疎植のところは大きく、
稲はそれなりに育つのである。
そういうもの園児や親たちには見てもらいたい。
それらの稲は、その稲なりに育つ、という姿を。
機械で植えた田んぼよりも、よほど面白みにとんだ田んぼになるだろう。

最後に、このイベントに協力してくれたクラブ員ならびに
保育園関係者、また参加してくださった父母と園児にお礼を申し上げたい。
僕の発案ではありましたが、僕1人では、何も出来ません。皆さんの協力と主体的な参加によって、今日の体験田んぼが成功裏に終わりましたこと、本当に感謝感激です。本当に、本当に、有難うございました。
保育園で田んぼの体験をやろう、と考えている。
園舎増改築の資金集めとして。
園児やその父母に田んぼの体験(手植え・収穫)をしてもらって
そこで取れた米を売って、資金の足しにしようと言うもの。

当初、保育園の父母や保育士などで実行委員会をつくって、
米作りプロジェクトをやってみようと考えていたが、
うちの集落の年配農家から(田んぼ体験をこれまでにやってきた人)
「体験の田んぼは、実行する側に田んぼ経験者がそれなりにいないと出来ないぞ」
と言われ、困っていた。
保育園の父母や保育士にも兼業農家はいるし、農業普及員も
一応いることはいる。
だが、人数は少ない。

そこで、僕が所属する若手農業者クラブ(みどりクラブ)に声をかけてみた。
みどりクラブが米作りプロジェクトを主催することは可能かどうか、を。
さらにはこの取り組みを、4Hクラブでやっているプロジェクト発表の題材として、
みどりクラブの来年の発表に出来やしないか、を打診した。
なかなか気難しい連中が多いクラブなのだが、
なんとか快諾してくれた。
(最近では反論するほど元気のある奴も少ないのだけど。)
去年のリベンジじゃないが、またこれで目指せ!全国!だな。

さて、これでプロジェクト実行母体が決まった。
すこし動ける体制になったので、実際にどうするかを練っていこう。
ということで、新カテゴリ「米作りプロジェクト(平成20年)」を作ることにしよう。

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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