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急に寒くなった。
なので我が家の薪ストーブも
いよいよ本格始動だ。
今年で5年目になる薪ストーブライフ。
空気がゆっくりとあったまり、
体の芯からあったまる。
ゆらゆらとゆっくり燃える炎が、
僕らの意識を鈍くする。
そんな薪ストーブライフ。
やっぱりいいな、と思うが、
その反面、大変なことも多い。

当初、ある程度予想していたが、
やはり薪をどうするかは、
いまでも頭が痛い問題でもある。
山へ柴刈りに、といっても
簡単じゃない。
母方の祖父が山を持っているので
比較的山資源へのアクセスは楽だが、
何十年も手を入れていない森は、
素人をやさしく受け入れてはくれない。
直径40~50㎝クラスの立木が
急斜面に、密に、そしてランダムに
立ち並んでいて、
僕のチェーンソーとその技術では
手におえない。

だから
自分で立木を切ることは
最近はしなくなり、
その代りに庭木を切ったものや
端材をいただいて
薪にするようになった。
これだってかなりの量になる。

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放っておけばゴミにしかならない
それらの資源は
うちで引き取ることで
りっぱな燃料になる。
ただ、もらってきたままでは
燃料としていまいちだ。
そこから乾燥させるプロセスが
必要になる。

PB150468.jpg

乾燥を進めるには
やはり薪割が必要になる。
この作業がなかなか大変で、
年間大人二人で
どうしても1週間ほどの時間を
用意しないと
冬中、薪ストーブの全館暖房のための
薪量を確保できない。
最近、いろんな予定が入っていて
農園の休園日の土曜日も
毎週休みにならないのだが、
なんとか確保した休みも
薪割で消えていく・・・。

そんな労力をかけて
ともす炎は、それだけで贅沢だと思う。
スイッチ一つで快適に使える暖房機器が
世に溢れている中、
わざわざ冬の一時期のために
年間のある程度の時間と労力を
無理やりに付き合わされる
薪ストーブは
その炎がともるまでの過程も含めて
贅沢な暖房ツールといえよう。
生活そのもののサイクルと
冬への意識が変わる、
それを面倒だと言ってしまえば
それまでのことだが、
それで僕らの生活サイクルが
面白い方に変わると思えるなら、
これは
とても素敵な暖房ツールだ。

5年目の薪ストーブライフが
始まった。
ゆらゆら燃える炎でおもてなしいたしますので、
温まりたい人は、
どうそ遊びに来てくださいね。


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急に寒くなる。
峠では、霰が降っているとか。
もういいだろう、と自分に言い聞かせて、
今年も薪ストーブに火を入れた。

大型のシガータイプの薪ストーブ。
こいつは熱量も大きく、
直径15センチ・長さ60センチの丸太が、
そのままストーブに投入できる。
これに屋根が高い我が家に、
断熱2重煙突がストレートに屋根を突き出ている。
家の周りに遮蔽物もなく、
煙突の引きは最高。
薪の状態がどうであれ、怖いものはない。
多少のことは気にしなくてもいいストーブ。

久しぶりに火を入れると
薪の燃える独特の匂いが、すこしだけ部屋に広がった。
薪ストーブは独特の温まり方をする。
体の表面よりも、体の芯から温まるのだ。
今年も豊かな冬が始まった。



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今日の雨はまだ冷たくないが、
いよいよ冬が来る。
そして、いよいよ薪ストーブの季節が来る。

薪ストーブは、
石油ファンヒーターのように
スイッチを入れれば、すぐに暖が取れるわけではなく
まず慣らし運転をしなければならない。
本格的に寒くなる前に
今日、薪ストーブの慣らし運転をした。
今シーズン初の火入れである。

何とかシーズンまでに、薪も準備できた。
焚き付けようの薪も作った。
今年も体や心が芯から温まる薪ストーブで暖を取ろう。

煙突とスズメのその後。
一大決心で、スズメを取り出した後、
煙突はストーブにつなげず、外したままにし、
そこにビニール袋をかぶせて、上から落ちてくるスズメを
キャッチできるようにした。

これをしてから、スズメの捕獲率が格段に上がったような気がする。
すでに3羽のスズメと巣を捕獲し、
さらにこれを書いている現在も
1羽のスズメがビニール袋の中で暴れている状態。

妻は、
「これがスズメ捕獲機だったら、とても高性能で効率よく捕獲する機械ね」
と皮肉をこめてつぶやいている。
僕も長く伸びた煙突が、そういう風に見えてきた。

スズメが巣作りを終える季節まで、
毎日、この煙突は効率よくスズメを捕獲し続けるだろう。
この時期、
スズメはせっせと巣作りをする。
それは良いのだが、うちの薪ストーブの煙突のトップに
巣作りをされるのは少し迷惑。
煙突が詰まるからというわけではない。
まぁ、それもあるが、一番困るのは、
スズメが巣ごとストーブに落ちてくることである。

昨年も新築の家に入った当初、
多くのスズメがストーブの中に落ちてきた。
多い日で5羽ほど。
それも7月に入れば、ぴたりと止まった。

今年も5月に入って、ストーブをつけなくなるとすぐに
スズメたちは煙突に巣を作り始めた。
作っては、煙突の中に落ち、
それをストーブ本体からとりだしていた。
初めのうちは、生きているスズメは逃がしていたのだが、
余りの憎々しさと、
害鳥駆除のトレーニングとして
うちの圃場で飼っている猫に与えるようにしている
のは余談。

6月に入ると、その頻度は多くなった。
頻繁に煙突の中でバサバサ騒ぐ音が聞こえるようになったのである。
煙突のどこかで引っかかっているようで、
ストーブ本体を開け放っておいても、出てこない。
まぁ、どうせ、まだまだ落ちてくるだろうからと
そのままにしていたら、
この暑さと湿気で、だんだんと煙突から腐敗臭が・・・。
そこで意を決して、
煙突をはずして、中をのぞくと
市の指定ごみ袋の「中」の大きさいっぱいの草や麦わらが詰まっており
その中に、折り重なるように5羽のスズメの姿があった。
そういえば、以前1羽はストーブの本体からとり出したのに
もう一羽が煙突に引っかかったようで出てこなかった。
そこから数えると、6羽のスズメが煙突の中に落ちたことになる。
ということは、どうやら3組のスズメのつがいが順々に
巣ごと煙突の中に落ちたようである。

とりだす作業は腐敗と煙突の煤とで困難を極めたが
なんとか1時間ほどで終了。
薪ストーブは、本当に自然との格闘だ、と感じた。
先週は天気も良く、外仕事がはかどった。
余りにも天気が良かったので、
野菜の出荷の合間を見て、山仕事もする。
次の冬に備えて、薪を集めるために。

今シーズンの薪ストーブもそろそろ終わりを迎えている。
まだまだ寒い日もあるのだが、
我が家は蓄熱暖房と薪ストーブの2つの暖房を使用しているので
春を感じられるようになってきた頃には
薪ストーブもその役割を終える。

薪ストーブは、つまりはONとOFFしかない暖房だと思えばいい。
一度つけると、燃焼効率や煙突がつまりやすい等の問題で
常に運行温度を250度位に保たねばならない。
気温が比較的高いからといって、運行温度を下げて薪を燃やすことは
あまりしない方がいい代物なのだ。
そうなってくると、少し暖かいが暖房がほしいような日は、
薪ストーブをつけると、室温が30度近くになることもある。

なので、うちでは、秋や春に対応するために、蓄熱暖房も入れている。
ちょっと贅沢な暖房設備といえるだろう。

そうはいっても、極寒期は薪ストーブが大活躍する。
蓄熱暖房は、部屋の体積と暖房効率から計算されて、大型のものを2機入れたのだが、
とてもじゃないが、それだけで冬はしのげそうもない。
そういう時期は、薪ストーブを24時間フル稼働させて
暖をとっていた。

薪ストーブを24時間フル稼働で使い続けると、
使用する薪の量は、半端じゃない。
今シーズンすでに、2トントラック3杯分の薪を使用してしまった。
3月いっぱいまでは、薪ストーブを使用するだろうから
少なくともシーズン初めには、
2トントラックで4杯分の薪を用意する必要があるだろう。
なので、天気のいい日を見つけては
仕事の合間をぬぐって、山に入るのである。

先週は、コナラの立木(直径40㎝位)を2本伐倒。
6mほどの崖の斜面に立っている木で、
丁度、崖に橋を渡したような形で寄りかかったため、
切り倒してから後の始末にずいぶんとてこずる。
祖父が山仕事の指南をしてくれるのだが、
腕くらいの太さの幹は、しいたけの原木にするからと言って
半分くらいは持って行ってしまった。
近くに直売所ができてから、
売るのが面白くなったようで、近頃は下手な野菜作りに精を出しているようである。
薪にしようとした原木を持っていかれるのは、ちょっと癪だが
まぁ、祖父の山なので、それもしょうがあるまい。

来シーズンに向けて、
これまで何とか2トントラック2杯半くらいの薪はため込むことができた。
農作業の合間を見て、あともう1回くらいは山仕事をする必要がありそうだ。

それにしても、
人が冬場に暖をとるというのは、
こうも重労働だとは思わなかった。
化石燃料に頼らない暮らしは、
言葉やどこぞに書かれたような思想ではなく、
その労働と技、そして、それを実行可能な肉体にこそ宿るのであろう、と最近は思う。
山に入る。
野菜の市場出荷が無く、時間が取れたので、今日は山に入る。
もちろん、ストーブの薪集めのために。

一昨年に、農業の片手間に山仕事をしていた80過ぎの祖父から
いろいろと学びながら、薪ストーブの薪のために、
数本の木を伐倒した。
その薪を今シーズン、燃やして暖をとっているのだが、
そろそろ、来シーズンのための薪を考えないといけない時期に来た。

一昨年に伐倒した木が、まだ丸太のままであったので
今日は、それをトラックで運んで、玉切りにする作業をした。

丸太をトラックに乗せる時に、今シーズン切ろうと思う木を見て回ったのだが、
その時に、太ももより細い程度の丁度いい木があったので、
のこぎりのみで伐倒。
一度チェーンソー無しで、木を切り倒してみたかったのだが
なかなか汗のかく作業だった。

半日の作業で、1トンほどの丸太を運び、その一部を玉切りにした。
それでも、厳冬期ならば2週間ほどで燃やしつくしてしまいそうな量なのである。
薪を自分で作るというのは、なかなか、時間と汗をかく作業なのである。

ファンヒーターならば、
スイッチオンで、楽々点火でき、
灯油も買いに行く手間だけしかない。
それにくらべて、薪ストーブというやつは、火の面倒も見てやらねばならないし
それ以上に、薪を作る作業という至極大変で面倒な作業をしなければいけない。
薪を買ってきて炊けるほど、お金があるわけじゃないし
僕はそれにはあまり魅力を感じない。
汗をかきながら、背中の筋を痛めながら(山仕事をすると毎回必ず痛める)
自分の仕事を止めてまで、山仕事のために山に入る。
多分、人が暮らすということは
そういうことなんじゃないか、と僕は思うからだ。

薪ストーブの火は、とても暖かい。
輻射熱が、遠赤外線が、どーのこーのじゃぁなくて、
こうしたプロセスが生活の一部に入り込んでいるという
贅沢な感覚が、身も心も暖めてくれるのだ。

今シーズンは、あと2本ほど木を伐倒する予定。
山の状況と、自分の仕事と、冬に必要な薪の量との塩梅で
あと2本ほどは切ろう。
薪ストーブに火が入った。
6月に引っ越してから、
今か今かと待ちわびたこの日。
ストーブを入れてくれた業者が来て、まずはならし運転。

着火剤に火をつけ、
焚きつけ用の細木に火をつける。
その上に、広葉樹の薪をどんどんくべていく。
ヨツール社のF118CBは、最長60cmの薪が入るとあって
奥行きがずいぶんとあり、炉内も広い。
なので業者が持ってきた薪量が、
あっという間にストーブに入ってしまった。

ならし運転は、太い薪を数本燃やすだけだと思っていたのだが
業者が言うには、ストーブの出荷時に全面に塗ってある油が燃えきるほど
ストーブを運転させないとストーブの色むらが出てしまうらしく
また僕のストーブは大型でもあるので、
大量の薪を入れてのならし運転となった。

確かにストーブからは大量の煙が出てきて
それは塗ってあった油が燃焼しているとのことだったのだが
一時は部屋の中が見えにくくなるほどのひどさだった。

炉内の炎は、筆舌し難い美しさだった。
弧を描いたように燃え上がり、それが上部で再び強く燃え上がるような独特の燃焼。
吸気口を絞ると、シガーストーブと言われているように
煙草の火のように、薪が先端から奥へゆっくりと燃えるさまが
なんともいえず美しかった。
業者が持ってきた薪は2時間ほどで燃え尽きてしまった。
ストーブに入れる前に見た時は、
その薪量で一晩もつ量のでは?と思っていたのだが
なんてことはない、あっけなく2時間で燃え尽きてしまった。
シガータイプは燃焼率が悪いと聞いていたが、
確かにそうであった。

しかしF118の鋳鉄量の多さか、火が消えてからも
ストーブそのものは、その後日没過ぎまで熱く、熱を放ち続けていた。

薪ストーブは、なんとも気持ちが和むような温かさだった。
輻射熱で体がほっこりと芯からじわ~っと温まる。
ストーブの前にいると、とろりと溶けていきそうな体と心。
すべてが丸く丸くなってしまいそうな、そんな空間を生み出す。
時間までゆっくり流れているような、
そんな、なんともいえない贅沢な時間。

冬中焚こうと思ったら、今まで考えていた以上に薪量が必要だと直感した。
そうだ、祖父の山をもっと手入れしに行こう。
夏の農作業の忙しさを引きずったまま秋に入り、
せわしなく多品目を栽培・出荷し続け、とにかく走り続けて
その勢いで年を越してしまいそうだったのだが、
薪ストーブが僕の心のスイッチを切り替えてくれたようにも思えた。

数時間のならし運転だったが、僕は労働の喜びとその在り方を
ほんの少しだが、思い直すことができた。
薪ストーブの贅沢な時間は、僕の農の在り方、生活の在り方まで
贅沢な方向へと導いてくれるような気がした。

この気持ちを大切にしたい。

台風が来ているからではなかったのだが、
忙中暇ありで、山で乾燥させていた薪を取りに行く。

朝晩、少し寒くなってきたこの頃
今まではインテリア(邪魔物?)だった
薪ストーブの存在を少しずつ意識するようになってきた。

焚き始める前に、薪を少しでも移動させようと
祖父の山まで薪を取りに行くことにした。
相棒にはセネガル人スタッフのI君を連れていくことに。
こういう力仕事は、彼と一緒だと心強い。

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2トントラック一杯に積んだが
昨年の冬に切った木の半分も運べなかった。

山では、この冬、どの木を切るかを祖父と相談した。
崖になっているところにクヌギが3本生えており、
とりあえずそれを始末しようと話し合った。
そのすぐ隣に、とても良いコナラがあったのだが
「そこはよその山や」と祖父。
山の境界は、何度聞いても解り難い。

さて、運んだ薪は
ハウスの中の脇に積むことにした。
こうしておけば、焚くまでの間にさらに薪は乾燥するだろう。
薪を積み始めると
セネガルのI君から
「ダメ、ダメ」と積み方に指導を頻繁に受けた。
薪積みをほとんど経験したことのない僕は、何が悪いのかさっぱりわからないのだが
I君は形と重さを見ながら、どんどん薪を積んでいった。
I君は、セネガルで子供のころから薪積みをずいぶんやったことがあるらしい。

こうして積んだ薪がこれ。

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このような簡易の薪棚がハウスの両側にできた。
山にはまだトラック一杯分の薪が放置されている。
それはどこに置こうか。
そして、はたしてこの薪の量で、この冬、どのくらいもつのだろうか?
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山仕事にゆく。
林道に面した約4メーターの崖の上に生えていた
直径35センチの赤松を伐採した。
今回の伐採は、僕。
これが僕の初めての伐採となった。

その他、日曜日の祖父の村での共同伐採時に出た
直径55センチの杉の巨木の一部を頂いた。
そのクラスの木になるとプロに頼むらしく、
木材として使えそうなところは、プロが持ち帰ったとのこと。
余ったものを、僕にもらえるよう祖父が村の人たちに
了承を取ってくれたとか。

「昔やったら、あれくらいの杉の木やったら、プロも手間代なしでやってくれたんやけど、今は切った木をやっても、それでも手間代も払わないかんのや」
と、すこし寂しげに祖父は話してくれた。
戦後間もない頃は、一区画3万円の儲けになった伐採も
今では、見る影もない。
切り手がいなくなって久しい山々には、
あまりにも巨木になりすぎて、自分たちでは手に負えない木がたくさん生えるようになっている。
僕はどこまでそれらを伐採できるかわからないが
技を磨き、それらの管理をできるだけしていこうと思う。

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2回にわたる山仕事で、これだけの薪を得た。
これから農作業がいそがしくなるので、今年の山仕事はこれで終わる。
1月に入れば、すこし暇になるので、
あと4,5本は伐採して、コツコツと薪作りをしよう。
行政は、本当に融通が利かない。
両者が得するはずだったのに、
どうしても税金を無駄に使う方法を選んでしまうようだ。
まぁ、それが官僚制の問題でもあろうけど。

それは今朝の話。
知り合いのトラックに大きな丸太の木が積まれていた。
丸太の遊具が壊れたということで、市から委託されて撤去したとのこと。
4トントラック一杯分の丸太。
これは良い薪になるので、さっそく知り合いにもらえないかと頼んだところ、
「どうせ捨てるんだし、経費も浮くから良いよ」とのこと。
楽しみに、そのトラックが来るのを待っていたのだが、
知り合いから電話があり
「市役所に問い合わせたところ、産業廃棄物処理場へ持って行って、産廃として処理したという証明書をもらってこないといけないと言われたので、残念だけど持って行けないんだ」とのこと。

薪として利用できる丸太を
みすみす産廃として処理しないといけないというのだ。
薪として利用できれば、無駄な税金も減らせるし、産廃も減るので環境にもよろしい。
だのに、お役所は、「どうしても産廃にしないといけない」の一点張り。
こうして、資源は無駄に捨てられ、環境は破壊され、
市民の血税も無駄に使われたのであった。

お役所の担当者は余計な良心に駆られることなく
(職務に就いている間、良心というものがあればの話だが)
特に全体の環境や税金への責任も微塵も感じることなく
言われた仕事を言われたまま、問題なくこなしたわけである。
きちんと官僚制が機能しているということか・・・。

これが、かつて僕が住んでいた国だったなら
僕は薪をただでもらえ
処理を委託された業者(知り合い)と産廃業者、そしてお役人は
産廃にかかるはずだった予算を3者で山分けして
みんなホクホク、ということになっていただろうに。

まぁ、どちらが良いかは、議論の余地がかなりあるのだが。
しかし、4トントラック一杯分の薪(じゃなくて、丸太か)は、
本当に残念だった・・・。
12月は師走。
だからといって、皆忙しいわけでもない。
そう、僕もちょっと時間があるようになってきた。
そこで、母方の祖父に山仕事を1日習いに行くことに。

新築には薪ストーブを入れようと考えている。
その薪は買うのではなく、できる限り自分で調達しようと思っている。
そのためには、伐採できる木が必要になるわけなのだが
たまたま母の実家には4町歩ほどの山があるのである。
これをそのままにしておくのはもったいない、ということで、
祖父の所へ山仕事を習いに行った。

祖父は若い頃、農業と乳牛そして林業で生計を立てていた。
その頃は、まわりでチェーンソーを持っている者がほとんどおらず、
いち早くチェーンソーを購入した祖父は、頼まれる木を伐採しては
手間賃をもらい、さらに伐採した木を製材所へ持ち込み
それもお金に換えていた。
「チェーンソーは当時3万くらいして、とても高価やったんやけど、すぐに元がとれたわ」
と懐かしそうに、その当時のことを話してくれた。
しかし、いつしか国内の材木が海外産に押されるようになり
まわりの者もチェーンソーを持つようになってからは、
祖父の生計に対する林業は小さくなっていった。

また生活でも薪で煮炊きをしていたかまどがなくなり、
お風呂もガスにとって代わるようになってからは、
祖父も森の手入れをほとんどしなくなってしまった。
今では、道路沿いや畑沿いにあって、邪魔になる木のみを
伐採するだけになってしまっていた。

さて、山仕事のため祖父に入門したわけであるが、
特段なんの説明もなく、いきなり伐採作業へと連れて行かれた。
始めに切ったのは、直径40cmほどのコナラの木。
畑にかかって邪魔になるから、といって切った。
下から見上げていると小さく見えたのだが、
実際に切ってみると、かなり大きかった。
伐倒は、祖父が行い、そのあと玉切り作業を一緒にチェーンソーで行った。
これくらいの木を一本切ると、それだけで軽トラックに乗りきらないほどの
分量になるのである。

次に切ったのは、県道沿いのクヌギ。
これも直径40cm。
道路に倒れないよう方向を決めて切った。
これを玉切りにして、午前中は終わった。

昼からは、山道の上の崖に生えているカシの木。
二股に分かれていて、どちらも直径30cmほどの成木。
崖に足をかけての作業のため、かなり危険でもあったが
83歳の祖父は、4kg以上もあるチェーンソーを軽々と操作して
見事伐倒。
結局、僕はその日は玉切り作業をしたのみで、伐倒はさせてはもらえなかった。

「この次来たら、山を割って毎年順番に伐採する段取りをするさけ」
と祖父。
全体的に間伐するのではなく、場所をきめてその場所場所をすべて伐採する方法をとる。
森を永続的に使うには、その方法だという。
杉林であれば、材木として使うこともあり、間伐して管理するのだが
雑木林は、とにかく人の手で切れる大きさを維持することが大事であるため
順番にすべて伐採する方法をとるのだとか。
それでも初めに伐採した所まで戻るのに、20年以上はかかるのだという。
20年もたてば、初めに伐採した所はまた成木の雑木林になっているのだとか。

「本当は、今日は山まつりやさけ、山に入って木を切ると神様が怒るんや」
と祖父は話してくれた。
なんでも12月9日は毎年山まつりの日と決まっており、
この日は、木で商売している人は、昔は仕事が休みだったとか。
こんな日に山に入っていいの?と聞くと、
「普通は、山まつりの日に木を切ると天気が荒れると言われてるんやけど、今日は天気予報が外れて晴れになった。若いもんが山仕事するから、山の神様もよろこんでるんかもしれん」
と祖父は話してくれた。
山仕事を教えてくれる祖父が一番うれしそうにしていたのは
言うまでもない。

生活に薪を使うことを取り入れ
その中で、山とかかわっていこうと思う。
僕と山との関わり合いは、今始まったばかりである。
いよいよ家もたつということで
先々週、斧を購入した。
というのも、新築の家には薪ストーブを入れる予定でいるからである。
薪の乾燥は最低でも1年というので、
今のうちから、暇を見つけては、来年の冬のために薪割りをしようと
斧を購入。

斧


斧は、ヘビーモウルGF。
3.6kgもある破壊力抜群の斧。
斧選びでは、あれこれ迷ったのだが、
やはり自分の性格と体力に合っているこの斧を選んだ。

刃は鋭利ではなく、どちらかと言えばハンマーに楔がついたような斧である。
破壊力は抜群で、30cmに玉切りした原木(柿)は、いとも簡単に薪となった。
硬くてほとんど乾燥されていないケヤキ(直径25cmで45cmに玉切りした原木)も、
何度か斧を振るうと、亀裂が入り、割ることができた。

薪ストーブは人を三度温めるというが、はたしてそれは本当だった。
一度目は、薪用の木を伐採時に。
二度目は、薪作りの時に。
そして三度目は、ストーブを炊いた時に。

薪割りをしていると、近所のおんちゃんやおばちゃんが通りかかるたびに
「今時珍しいことしてるねぇ」と声をかけてくれた。
昔は、どこでもあった風景らしい。

斧を振るっていて気がついたのだが、
このヘビーモウルGFという斧は、餅つきの杵に似ているということ。
斧自体に重さがあるので、引き上げ時に力はいるものの、
振り降ろす時は、ほとんど力をいれなくてもいい。
重心をやや低くとりながら、
まっすぐ落とすことだけに気を使えばいいようだ。
無理に力で振り降ろそうとすると、まっすぐ振り降ろせないばかりか
重心も不安定になり、怪我につながるだろう。
下っ腹の丹田あたりに力をこめて、右手は添えるだけ、が
良いように思える。
出来ることなら、体全体で振り降ろすのもいいだろう。
その方が破壊力は増すし、重心がしっかりしているのであれば、まっすぐ振り降ろせる。
とにかく、腕の力だけで振ろうとすると、かならず失敗するようだ。

まぁ、なんでも振り下ろす系の道具(斧、鍬、杵、竹刀などなど)は
そうできているんだけど。
チェーンソーを買う。
農協で頼んだので、自動的にメーカーは共立。
農薬散布用の動力噴霧器も共立だし、
こういう危険が伴う機械は、使い慣れているメーカーに限る。

買ったのは、CSE3501。
35.8mLの排気量で、間伐・除伐といった森の手入れから、
庭木の手入れまで、幅広くこなせる一台。
間伐と言っても、直径25センチまでの木だけど。

さて、このチェーンソー。
当然、薪ストーブのために購入したのである。
これから建てる家に、予算がオーバーになりそうな設計なのだが、
それでもしぶとく薪ストーブを希望している。
その薪を調達するためにチェーンソーを購入したのだ。
母方の祖父は、市内の山村に暮らしている。
そこにほんの少しなのだが、祖父の山があり、
そこから薪を調達しようと考えている。

かつては、その山の木を祖父が切り、それを薪にして、
風呂や調理に使っていた。
しかし今では、自家消費用のしいたけ栽培に使う原木を切り出す程度。
その山を、できれば僕が手入れしたいと考えている。
薪ストーブ自体の魅力もさることながら、
それ以上に、こういったものを使う生活にすることで、
山との関係を密にし、それを知ることが出来るのである。
こうやって生活から排除したわずらわしいものを再び取り込むことで
僕の生活が、山や川や畑に近くなっていくのだ。

薪ストーブを使うことで、山を知り、
漁業権を得ることで、川との付き合いに正面から向き合い、
家族が食べる野菜を自給しようと思うと、畑で百種近い野菜を育てないといけない。
それが、今僕が思う、生産と生活が渾然一体となった農の営み。

さてチェーンソー。
メーカーの人が来て、使い方の説明をしてくれた。
木を押し付けてきるのではなく、チェーンソーの重みだけで
スパスパと切れていく。
ただ、体に当たれば「一瞬で指が飛びますし、骨は砕けます」とのこと。
間伐もしたいと言うと、
「講習会があるので、ぜひ参加してください」とのことだった。
それは願ってもないことで、二つ返事でお願いした。
その後、30分ほどチェーンソーを使って薪用の丸太作りをする。
たったそれだけで、チェーンが伸びて切れが悪くなり、
腕が疲れでだるくなる。
メーカーの人は、
「兎に角、刃の目立てです。プロの人は木を一本切れば、目立てします。ちょっとした暇があれば、その都度、目立てします。チェーンソーを安全に快適に使う最大のコツは、目立てにあります」と目立てを強調していた。
30分たって、切れが悪くなったチェーンソーを目の前にして
僕はその言葉の意味を痛感した。

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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