若手農業者クラブと保育園の食農体験イベントの
今年最後となる、収穫祭を行った。
参加したのは、園児と父母、そして若手農業者で
総勢100名ほど。

小さな保育園の園庭に、
一昨年同様(一昨年のエントリーはこちら)、古い農具を持ちだし
脱穀から、選別、そして臼すりまでを行い、
手作業で精米したものを
その場で炊いて、おにぎりにして皆で食べた。

普段、米を栽培していても
お目にかかれないような
足踏み脱穀機や唐箕などを使っての
脱穀作業は、僕ら農業者にも刺激的なイベントだった。

それら手作業と機械作業に先人たちの苦労に想いを馳せると同時に
作業に人手がかかる分、様々な手間貸しと
共同作業が農業の関係を深めていただろうと
勝手な想像もついてくる。
今回のイベントを前に、
昔の話を年寄りから聞くと
臼すりは、近所で集まって皆でやっていたそうだ。
それは賑やかだった、と笑顔で振り返る年寄りの表情が
イベント中、やけに思い出された。

子供たちも珍しい機械に釘付けだった。
唐箕という、手回しのハンドルでプロペラを回し、
それで風を起こして風選するというとても単純な選別機。
米が分かれて出てくるのが、不思議なのか
いつまでも眺めていた。

今回の取り組みで以前には無かったものの一つに
すり鉢とソフトボールによる臼すり作業がある。
前回は、臼すりはすべて小型の機械を持ってきて
臼すりしていたのだが、
それも出来るだけ手作業で体験できるように、と
すり鉢に籾を入れて、ソフトボールで押し付けて
臼すりをしてみた。
保育園児の力でも、比較的簡単に臼すりが出来たので
それに夢中になる子もいたようだ。

最後に、皆で精米したコメをおにぎりにして食べた。
それはそれは、味わったことのない美味さだった。
天日干しが良いのか、
それとも心地よい作業の興奮が加味してくれたのか、
僕にはわからないが、
そのおにぎりは、本当に美味しかった。

イベント終了後、
いろんな父母や保育士、園児たちからお礼を言われたのだが
お礼を言いたいのはこちらの方だ。
こんなことでもなければ、
僕らは集まって、こんなことをやろうとは思わない。
お互いが参加できるイベントとして、
こうした相互作用の場が出来上がったからこそ、
僕らは、一緒にこういう体験を半年通じてやれたのである。
僕らだけじゃ、こんな体験をやろうとも思わなかっただろう。
だから、僕の方から言いたい。

とても貴重で、そしてとても大切な体験をさせていただき
皆さん、本当に、本当にありがとうございました。


稲刈り。
うちの田んぼを前日に終え、
今日は、保育園と一緒にやっている体験田んぼの稲刈り。
記録的な大雨の数日後という事もあり、
田んぼはぬかるんだまま。
多くの父母や保育士、そして子供たちが
足をとられながら、長靴を泥に取られながら、
それでも楽しそうにみんなで稲刈りをした。

保育園のカメラが、泥の中に落ちてしまうという
ハプニングもあり、
泥の中で動けなる人も続出したが
なんとか稲刈り終了。

刈った稲の一部は、
田んぼのわきのガードレールに天日干しをした。
その稲は、
10月におこなう収穫祭で
また一昨年のように、古い農具を用いて
昔さながら脱穀してみんなで食べようと企画中。

何かをみんなで創り上げていく作業は
とてもわくわくする。

保育園の体験田んぼ。
今日は田植えの日。
主宰は、若手農業者クラブである
高志みどりクラブの面々とゆきんこ共同保育園の保育士さんたち。
クラブ員の田んぼの一部を借りての体験田植え。

当初予定していた参加者は140人以上だったのだが
先週の日曜日が雨で、この時期に開催される地区の体育祭が
今週の日曜日に延期になった地区もあり、
田植えに参加できない家族も少しあった。それでも
100人前後の人が集まった。

小さい子は2歳の子までも田んぼに入って
その初めての感触に不安な面持ちではあったが、
それでも少しずつ苗を植えていた。
主力はやはり年長さんと小学生のOB達。
こちらから植え方をある程度指示すると、
あとは自分たちのペースで黙々と植えてくれた。
やんちゃな男の子たちは、途中から泥を投げ合ったり
相手を田んぼに押し倒したりと、思い存分田んぼを楽しんでいた。
ある子は、途中から田んぼに座り込み、
黙々と掘り始めたので、さすがにそれは止めてもらった。

感動的だったのは、少しハンディを負った子。
母親に連れられて田んぼに入って、ゆっくりとだが植えていく。
とても最後までは植えきれないだろうと思って見ていたのだが、
何度か立ち止りはしたものの、
最後まで植えきった姿は、すばらしかった。

総じてそうだったのだが、
素足で入る田んぼは、小さい子供にとっては
なかなか大変だったようなのだが、
どこの家庭も、途中で投げ出させず、
ある程度、最後まで植えるように子供を激励していた。
何でも最後までやり遂げる。
その力と素晴らしさを子供に教えているようにも思えた。

我が子も参加していたのだが、
農家の子であるにもかかわらず、田んぼの泥の感触が嫌で
田んぼに入って10分としないうちにドロップアウト。
保育士さんは、
大丈夫だよ~、と何度も声をかけてくれたのだが、
一度くじけてしまった気持ちは、なかなか回復はしない。
出来ないと思い込むことは、
それだけで可能性の芽を摘んでしまうこともあるようだ。
それだけに、子供に何かをやり遂げさせることの大切さを
親として学んだ。

田んぼの体験は、子供たちや親にいろんなことを教えてくれる。
田んぼの作り方や稲が実際に育っていく様はもちろんのこと、
それ以外にも、それを通じて五感をフルに働かせて
自然と土と感じ取る力を養ってくれる。
そして、手植えの体験なんて現代の農業とは切り離されてしまった
いわゆるイベント的な農作業だと批判することは簡単だが
その少々厳しい作業の中に、
やり遂げる力と自信と満足感を与えてくれるのだ。
それらは、子供や親の成長には欠かせない
とても大切な要素なんだろうと思えた。
楽しい会議が昨晩あった。
それは、体験田んぼの打ち合わせ。
若手農業者クラブ(4Hクラブ)で行っている食農活動で、
一昨年の2008年から活動をしている。

週末に予定している田植え体験なのだが、
保育園側の参加者が、田植えだけで140人以上とのことで
なかなかの盛況ぶり。
小さい子供たちが、好き勝手に植えまくる田植えで
一番気をつけないといけないのは、何であろうか?
きちんと植えるよう指導をすること?
いえいえ、それはあまり関係ない。
一番大切なのは、みんなが安心して楽しめるよう
安全の確認をすることであろう。
クラブ員で田んぼの周りの安全をどう確保するかを
中心にこの会議では話し合われた。

食農体験は何も田植えだけではない。
これから収穫、いや米を食べるまでの間、
様々な田んぼの姿と、約4カ月間の時間と共に
付き合っていくことが食農体験の醍醐味だろう。

そこで、如何にして園児たちや父母・保育士たちに
その素敵な時間を共有してもらえるかを
みんなでアイディアを出し合った。
そういう作業が、僕には一番楽しい。

天気予報を見ると、日曜日は曇り。
楽しい時間になるのではないかと、今から楽しみである。
体験田んぼの打ち合わせ。
若手農業者クラブの役員と担当保育士が集まって
園児たちの田植え体験イベントについて話し合う。

イベントの流れや準備物は一昨年とほとんど変わらず、
田植えのイベントは特に趣向を凝らさなくても
泥の中に足を入れる、ただそれだけでとてもエキサイティングな
体験なので、怪我しないような配慮とトイレや洗い場の確認が
できれば、特に問題はない行事。

ただ圃場が一昨年とは変わり、
街の中の圃場となったので、駐車場をどうするか
その課題が残ったが、圃場の周りの農道に
分散して駐車することになるだろう。

今回の打ち合わせ時に、大きく役に立ったのは
一昨年の実行委員会のファイル。
一昨年前は、はじめての取り組みで
役員を始め保育士の面々も手探りでイベントを進めていたのを
ファイルをめくると思い出す。
一昨年は、田んぼに大きな穴を園児たちがあけてしまい
若手農業者クラブ員で、田んぼをならして回った。
田んぼの真ん中で動けなくなる子もいた。
そんな時間を共有している仲間たちとやる今年の田んぼ体験。
どんなハプニングがあるのか、楽しみである。

週末は東京だった。
若手農業者クラブのプロジェクト活動発表コンペの全国大会の応援のために。

僕が所属しているクラブでは、初めての全国大会。
県大会、北陸大会と勝ち進んでの全国大会。
発表者は緊張した面持ちではあったが、
きっちりと時間内で発表をしてくれた。

発表内容は、このブログを読んでくれている皆さんでは
すでに忘却の彼方へ押しやられてしまっているかもしれないが、
娘が通う保育園との体験田んぼの記録であった。
2008年の活動をなぜこの2010年に?
と思われるかもしれないが、
ちょっとした大会運営上の問題と、地方大会間のタイムラグで
2年も前の話を、今頃しないといけない状況だった。

当然、クラブ員もそれほどこの大会に対してのモティベーションは高くなく
応援と称して参加したのは、僕だけだった。
まぁ、しょうがないか。

結果だが、
やはり全国は広い、と感じさせられる結果だった。
賞は何も貰えず終い。
発表者のレベルも高く、内容も僕らの考察や手法ではとてもじゃないが
賞をもらえるような雰囲気ではなかった。

が、良い勉強にはなった。
上には上がいる、と解っただけでも。
この斜陽産業。
若手が居なくて、そこに居るだけで大事にしてもらえるような
こんな時代に農業を始めた僕は
すこし周りをなめていたのかもしれない。
もう少し真面目に、真剣に、考えてやらねばなるまい。

この夏、まわりまわって、僕が地区を代表して
再び発表コンペに参加することになっている。
今度は、若手農業者クラブではなく、
JAの青年部組織の発表コンペ。
賞はあまり気にしないが、
自分の所信表明という意味では、これ以上の会場はないので
なんとか一番大きな会場まで這いあがって
出来るだけ多くの人の前で話ができればと思っている。

僕たちが2008年に取り組んだプロジェクトが
今年の2月に福井大会を勝ち上がり、
そして今日行われた北陸大会でも2位に輝いた。
さらに、来年3月、東京で行われる全国大会で発表するチャンスも得た。

エントリーをさかのぼって読んでもらわないといけないのだが
2008年に
ゆきんこ共同保育園と高志みどりクラブ(若手農業者クラブ)が共同で
田んぼ体験の活動を約半年にわたって行った。
その活動の記録を
若手農業者クラブの発表コンペで
発表してきたのだが、
それがあれよあれよと勝ち上がり、いよいよ全国大会に行くことになった。
収穫祭のあの時、手にした小さなおにぎりの感動には
全国大会という場で発表しても遜色ないほどのものが詰まっていたと
今、再び思い返している。

北陸大会では僅差で1位は逃したものの
全国大会では、何か賞をもらって来たいものだ。
それ以上に、あの時の僕たちの感動が伝えられたら、と思う。
娘の通う保育園で、田植えをする。
田植えといっても田圃ではなく、ポットに。

昨年、保育園と若手農業者クラブと一緒に、
体験田んぼを半年通して行った。
今年は、別の保育園で野菜の体験畑をしているのだが、
娘の通う保育園でも、
「またやらないの?」と父母からよく言われていた。
僕もやりたいのは山々なのだが、
僕ひとりで、体験田んぼを主宰することは不可能に近い。
なんせ一回の行事に100人以上の参加者がいるのだ。

そこで今年は、稲のポット栽培を保育園でやってみようということに。
今日はその仕込みに行ったというわけである。

ただのポット栽培じゃ面白くないので、
大型のポット(20ℓ)に、稲を一本だけ植えるというやり方で
栽培することにした。
肥料も、普通の田圃の50倍程度を与えようと思っている。
ある雑誌で紹介されていたやり方なのだが
うまくいけば、一株から2万から3万粒も収穫できるのだとか。

昼前の保育園で、仕込み(田植え)をしたのだが、
園庭に出ていた子供たちがみんなやってきて、にぎやかに田植えをした。
一粒から何粒できるのだろうか、とそれぞれが思いをはせながら
田植えを見守っていた。

夕方、娘を保育園に迎えに行くと
子供達から
「お昼は有難う」
「また来てね」
などと声をかけられる。
そして、ポット田圃を何度も何度も見ている子供の姿を見つけ
何か自然を感じられるものを身近に置き、その変化を感じることは
とても大切なことなのだろう、と思った。

収穫はうまくいけば運動会の頃だろうか。
順調に成長するにしても、しないにしても
ここから子供たちが感じ取ることは多い気がしている。
昨年1年間取り組んだ保育園との体験田んぼの活動が
福井県の青年農業者交換大会の発表コンペで、最優秀賞を頂いた。

発表をしたのは僕ではない。
僕が所属する若手農業者クラブの若者が発表した。
パワーポイント作りや原稿作りに、ほんの一部僕も参加したのだが
発表者の努力と1年間消費者と一緒に作った田んぼの素晴らしい実体験が
最優秀賞につながったのだと、僕は思う。
次は、今年秋に行われる北陸ブロック大会である。
以前、僕が発表した時には、この北陸ブロック大会で敗退してしまった。
今度こそ、北陸ブロック大会でも勝ち上がり、
全国大会へ駒を進めたいものだ。
建前

あああ、ついに建前の日。
大きなクレーンが、木材を釣り上げて、少しずつ園舎が作られていく。
それを見守る人々は、みな、笑顔だった。
いろいろとあったが、この日が迎えられたのは、
本当に喜ばしい。

まさにそこには自治があり、
だからこそ、この園舎が、誰のものでもない、僕たちのものだという実感があるのである。
保育園での財務部の会議。
財務部とは、保育園の増改築運動で1000万円を集めるために作られた部会で、
なんとかこの秋、めでたく1000万円を集めることができた。
今回の集まりでは、
今後何年後何十年後にくるであろう次の増改築運動の資料となるように
これまでの運動を総括することに。

ただ、ここで書くことは、その総括の会議を経て
僕が勝手に思うことなので、ここで書かれていることが、
財務部での会議の総括と必ずしも同じではないことを断わっておきたい。

さて。
1年にわたって活動してきた財務部。
その中で、3回、集中してお金を集める運動(キャンペーン)を行った。
1回のキャンペーンは約2か月。

第一の山と名付けられた1回目のキャンペーン(2007年の夏)では、
父母みんなの献金・募金の意識を高めるために
「とりあえず一口運動」
を行う。
まずは保育園に通う父母が一口だそうよ、と呼び掛ける運動で、
それなりに集金できたのだが、
一人一人出したかどうかをチェックして、出していない人に声かけをしてためか
個人的に攻撃されていると錯覚される人も多かったように思う。
ある程度のチェックは必要だが、
同時に、出さない人たちの不満をくみ取る仕組みも必要だっただろうと反省する。
運動を始めた頃は、『なぜ私たちが園舎の増築にお金を出さないといけないの?』と
不平不満が蔓延していた時でもあったので、
個人個人に声かけをして一口を出してもらうという活動は、
園側と父母側との間での不協和音が大きくなった原因にもなったように感じる。
実は、個人個人に声かけをして一口出してもらうという活動は
個人攻撃ではなく、むしろ、個人の不満などをくみ取りながら、
園の考えを伝える、とてもよい機会にもなりうるのである。
やり方次第、ということもあろう。

第一の山では、
古紙回収やアルミ缶集め、街頭募金、フリマへの参加などがあった。
また父母OBへ献金お願いの手紙を皆で書いて送ったりもした。
その中で問題と感じたことは、
財務部で募金の活動が決定しても、その上部組織である事務局(運営委員会)に
いちいち活動許可のお伺いを立てないといけないことであった。
街頭募金は、その時間のロスで時期を逸したまま、最後まであまり行うことができず、
また、古紙回収などは第三の山では本格的に行われるのだが、
第一の山では、この連絡のロスで活動を始めるのがずいぶんと遅れてしまった。
募金運動をするために立ち上げられた財務部にある程度の権限がなかったため
財務部役員のやる気を削がせる結果となった。
これは最後の山まで引きずることになった。

第一の山で活動を行っていたのは結局、財務部の役員だけで、
園全体での盛り上がりに欠けていることが、問題として指摘された。
そこで、第二の山では(2007年冬~2008年年初め)
活動をクラス単位で行うことにし、キャンペーン中に各クラスの目標の募金額を決めた。
クラスの中で中心となって動く人は
財務部役員と父母の会役員と決められた。
クラス毎に達成金額を60万円と定め、
寄付・献金集めや物品等の販売、古紙回収など
収益を見込める活動を行っていった。
前回のキャンペーンと違い、
第二の山では、クラス単位で活動を行ったので、それまではあまり増改築運動に
関心のなかった父母までも、活動に巻き込まれる形となった。
増改築運動を始める前に、半年かけて増改築運動に対する説明や
それに対する不満を聞く窓口を保育園側は用意していたにもかかわらず、
また、第一の山ではそれほど噴出しなかった運動に対する不満が、
第二の山では噴出することになる。
これは僕の個人的な考えにすぎないが、
それまでは日和見的に運動を眺めていた父母たちが
運動に有無も言わさず巻き込まれたためではないだろうか、と考える。
また、運動が始まってからも一貫して運動に対して反対をしていた人達の
意見を汲み取ることもなく、ただただ突き進んでしまった運動に対する不満が
我慢ならないところまでたかまったからではないか、とも考える。
一貫して反対する人ほど、よく保育について考えており、
また保育園の活動に積極的に参加する人が多かったことも
ここでは特記しておかねばならないだろう。
よくよく保育園のことを考えるからこそ、
また自分の信念があればこそ、
一貫しての反対であったように思う。
その意見の多くは、耳を傾けるだけの価値があり
それを運動に汲み取るだけの組織的柔軟性を持ち合わせていれば
もう少し違った形になったかもしれない。

さて、この不満を汲み取ろうとしたのが、
父母の会であった。
保育園の事務局(運営委員会)の了承を得ない形で、
父母の会が増改築の不満を聞く会を数回にわたって開いたのである。
僕は、基本的にこの会は賛成であり、上記したように、不満の中にこそ
良質の批判が存在すると考えていた(中には、ただただ不満を言う人もいたが・・・)。
この会を開いた時、運営委員会と父母の会の間で、すこしトラブルもあり
また一部父母同士の間でいざこざもあったのだが、
こうした動きが、第三の山では反映され、
とりあえず集めていこう、とそれなりに父母の間で運動の共有ができたようにも思う。
またこのトラブルがあったからこそ、
僕は、みんなができるだけ楽しく参加できる運動のイベントとして
体験田んぼを企画実行することができたのである。

第三の山(2008年夏)でも
活動は基本的にクラス単位で行うことになった。
古紙回収やアルミ缶回収をしたり、
映画会や地域の祭りに参加して、食べ物や物品の販売を行ったり
夕方、保育園の玄関でミニバザーを企画したり、
クラス毎に友人知人に献金お願いの手紙を書いたりした。
この第三の山までにすでに750万円のお金が集められており
残りが、250万と終わりが見えてきたのもあろうが、
それでも運動が皆の中で共有できていた感があり、
特に財務部や父母の会役員といったコアメンバーが中心となって動かなくても
それぞれの父母の頑張りで、1000万円に到達できたように思う。

財務部の反省としては、
第一の山から一般の父母を巻き込んだ運動を作れなかったことであろう。
それができていれば、不満が出る時期も早く、運動の軌道修正も
もう少し楽にできたのではないだろうか。
また、不満を汲み取る機会も組織もなかったことも問題だと思う。
猪突猛進で突き進む組織は、けん引役として必要だが、
その一方で、批判や不満を聞き取ることができなければ、
道を誤ることにもなりかねないのだ。
全体に運動が浸透していく過程で、不満不平は当然だし、
運動自体も批判にさらされることで、改善の余地が生まれ
よりよい運動の形になるのではないだろうか。
第三の山では、ある程度運動の共有が生まれたようにも思う。
それが第一の山から行えていれば、もう少しスムーズだっただろうな、と想像する。
それと一番の問題は、財務部に活動の決定権が無かったこと。
役員で会議を開き、様々な活動を決めても、
それをいちいち運営委員会にお伺いを立てないといけないという状況は
組織的活動を鈍くするばかりか、
一部の役員による密室での決定という、もっとも効率が悪い手法で
さらに他の父母にいらぬ疑いが生まれ、また運動の広まりを妨げるものである。
財務部も各クラス代表くらいの組織で十分で、
運動の中心はやはりクラス単位が妥当ではないだろうか。
その単位の中で、増改築を議論することが大事だったように思う。

以上、僕が総括の会議を経て、勝手に思ったことを書いた。
とにかく1000万円集まって、本当によかった。
ご協力いただいたすべての方に、感謝の意を表したい。
本当に、ありがとうございました。
半年通してやってきた保育園の田んぼ祭り。
今日で最後のイベント。
収穫祭である。

収穫祭と言っても、ただ食べておいしいね、ではつまらない。
今回は、前回の収穫時にはさがけにした稲を、
できるだけ手作業で米にしようと試みた。

使う道具は、僕の父世代でも記憶があいまいなものばかり。
千歯こき
足踏み式脱穀機
唐箕
などなど。

もみすり(籾米から玄米にする工程)は、県の小型もみすり機を借りることにし、
精米(玄米から白米にする)は、近くのコイン精米所にたよることに。
この工程まですべて手作業になると、とてもイベント内に
出来上がった白米をおにぎりにして食べるところまで行けないかも知れない
と、実行委員会側で危惧があり、取りやめることに。

当日の参加者は70名ほど。
これまでのイベントでは日曜日開催だったのが
日程的に余裕がなく、仕方なく土曜日開催となり、参加人数は少な目だった。

イベントの工程は4つ。
まずは脱穀。
稲から籾米を取る作業。
これに千歯こきや足踏み式脱穀機を使用する。
千歯こきは、江戸中期に使われていた道具。
みどりクラブ(若手農業者クラブ)の会員の小屋に眠っていたものを持ってきてもらった。
足踏み式脱穀機は、大正時代から登場する機械。
インドネシアでは、まだまだ使われているシロモノ。
これは僕のむらのある人の小屋で眠っていたものを借りてきた。
これらを使って脱穀をする。

次は篩を掛ける作業。
千歯や足踏み脱穀機で脱穀をすると
どうしても稲藁が混ざる。それを取るために、2種類の篩を使って籾米と藁を選別する。
これも当然手作業。

そして次は、唐箕。
ハンドルを回して風を生み出す道具で、
籾米に含まれている実の入っていない米や細かい藁などを除去する工程。
風選の原理をつかって、風を起こし、そこへ籾米を入れることで
軽いゴミや不稔の籾は飛ばされてしまうというわけである。
これは僕の小屋の奥で眠っていたものを引っ張り出してきた。

各工程で、みどりクラブ員が、道具の使い方を園児や父母・保育士に指導するのだが、
そもそも機械化の進んだ稲作の中で育った若手農業者は、
これらの道具を学校の教科書で見たことはあっても
実際の道具に触れたことすらない。
当然、使ったことは全くない。
クラブ員の父母世代でも、「見たことはある」や「使った記憶はある」という
至極あいまいな記憶しかないのである。
何十年も途切れてしまった農の記憶を、このイベントで呼び戻そうという、
僕にとっては壮大な計画だった。

だから、脱穀機には何度も稲藁ごとを持っていかれたし、
千歯がかかりにくかったり、
唐箕で風が強すぎて米まで飛ばしてしまったり、と
四苦八苦したのだが、それでも何とかイベント内に半俵(30キロ)の米を
脱穀精米することができた。

こうして脱穀精米した米を
即、炊いておにぎりにした。
父母も園児も保育士もクラブ員もみんなでそろって食べるおにぎり。
僕の手に乗せられた小さなおにぎりを見ていたら、
なんとも言えない感動がわいてきた。
この中にすべてが入っている。
この半年のイベントの苦労もそうだが、
すべて手作業で行った米作りの技、
そして、先人たちの農の息遣いが、この中に詰まっているのかと思うと
いてもたってもいられない気持ちだった。
ある意味、このおにぎりが食べたくて、
僕はこのイベントを企画実行していたのだ。

普段は、米をあまり食べないわが娘も、ここぞとばかりにおにぎりをおかわりしていた。
他の子も父母も保育士もみんな笑顔で、とても楽しい収穫祭となった。

半年にわたって4回のイベントをした保育園の田んぼまつり。
これで終了となった。

こういうイベントをして発見したこと。
先人たちの農の息遣い(稲作)や技に触れることができたことは当然なのだが、
思った以上に園児たちがいろんな作業ができるということ。
子どもだからできないだろうと侮っていた作業もずいぶんときちんとできるじゃないか。
子どもの能力の高さも知ることができた。
それと、今回のイベントをやるにあたって、
むらの年寄りからずいぶんとアドバイスをもらうことができたこと。
昔話のインタビューにもなり、それが一番勉強になった。
道具やその技には、その当時の思い出が一緒に存在する。
道具の使い方を聞いているうちに、昔話になることも度々あった。
そこにその頃の農の営みを知ることができた。
道具や工程の変化が、僕らの暮らしに大きな変化を与えたことを
僕はこのイベントを企画する中で、学ぶことができた。

半年という長い間、企画運営に携わってくださったすべての皆様に
お礼申し上げます。
とても素敵な時間を、この半年、過ごすことができました。
本当にありがとうございました。

今日は保育園の田んぼ祭り。
ついに収穫日を迎えることができた。
前日は午前中が雨。
また予報では明日は午後から雨。
ちょうど、この収穫日だけがすっぽりと晴れたのだ。
保育園では、先週の半ばから100個以上のテルテル坊主を作り、
当日の晴れを祈っていたとか。

収穫方法は、春に手植えをした箇所(4aほど)を、鎌で手刈り。
そして、手刈りした稲を束にして、田んぼの近くのフェンスに「はさがけ」した。
収穫に参加した父母と園児は120名。
そして主催者側として、若手農業者クラブから7名が来て
保育園児や父母の田んぼの手刈りと束にするのを指導した。

120名ほどの人たちが一列になって、稲を刈る姿は壮観だった。
4aほどの範囲を手刈りしたのだが、
当初は、結構時間がかかり、労力としても無理があるのじゃないかと思っていたが
刈り始めると30-40分ほどで、ほとんどきれいに手刈りしてしまっていた。
そんな中、ひと際目を引いたのが、
インドネシア研修生のH君とセネガル人のI君。
この2人が、競うように稲を手刈りしていったのである。
H君は、稲の手刈り収穫の本場出身で、当然早い。
I君は、米の栽培経験が無いものの、
「うちで飼っていた馬に餌をやるために、よく草を刈っていた」という経験を活かして
H君に負けないスピードで稲を正確に刈っていく。
2人とも、お互いにライバル心を燃やしながら、稲刈りをしていた。
そんな一幕もあった。

手刈りした稲を束にしたものを、園児たちがはさ場に運ぶための
軽トラックまで運んでくれた。
どの子も一所懸命運んでいて、その姿が良かった。
みんなで束にした稲は、フェンスのはさ場にかけ、このまま風乾させる。
2週間後の土曜日に、保育園の園庭で、千歯こきや唐箕など昔の道具を利用して
脱穀精米して、みんなでおにぎりを作って食べる予定。
それで、この田んぼ祭りの一連のイベントは終了予定なのだ。

今回の田んぼ祭りでは、珍しく3社のメディアが取材にきた。
ある新聞社から、このイベントを通して伝えたいことは何ですか?と質問された。
きっかけは、保育園の増改築運動だったような気がするが、
ここまでくると、なんだかそれは遠い昔にも思えてくる。
最近は、この田んぼという場を介して、ここの自然と四季の移り行きの中で
育まれていく生命とそこから得られる収穫を感じてもらえれば良い、と思っている。
だから、そう伝えた。
農作業だけを細切れにしたイベントではなく、半年を通して、一つの場で
繰り広げられていく時間の流れを感じてもらいたかった。
だから2週間に1回は、保育園の掲示板で、壁新聞形式で
田んぼの状況や、その周りに住む虫や魚、そして季節の移り変わりを伝えていた。
イベントのない週末でも、田んぼまで足を運んでくれた父母や園児もいた。
最初から、そう考えて企画したわけじゃないのだが、
やっているうちに、大切なことは何なのかに、僕も気がつかされた感じだった。
今回の収穫イベントであるお母さんが
「本当に、あの植えた苗が、お米になるのねぇ~」と
金色に輝いている田んぼを目の前に、感慨深く語っていたと、後から妻より聞かされた。
その台詞が、すべてなのだ。
それを感じてもらえたら、それでいいのだ。

次は収穫祭。
風乾させた米を、ほとんど手作業で白米にして食べる。
50年以上前、いやもっと前かもしれないが、昔のやり方で脱穀精米をする予定。
その作業の中に、父母や園児だけじゃなく、
僕ら若い農業者にとっても、気付かされることがたくさんあるに違いない。
先人たちの農の息遣いを感じられる貴重な時間になるだろう。

最後に、今回もみどりクラブ及び関係の普及員の皆様には
惜しみないご協力をいただきありがとうございました。
とても素敵な時間を、みんなで過ごすことができました。
本当にありがとうございました。
娘と妻と3人で、フルーツホオズキの外皮をむく。
フルーツホオズキのジャムを作るために。
3歳にもならない娘が、僕や妻の手つきを見ながら、
上手に傷んだ実を見分け、外皮をむいていた。
3人向かい合っての作業。
「美味しい」ジャムは、この作業からもう始まっている。

そのジャムは、保育園で販売する予定。
売上は、保育園の増改築の資金に。
そんなに大量には作れないのだが、こうした取り組みが
毎日、誰かの手で行われている。
それが積もり積もって、900万円。
まぁ、ほとんどが献金なのだが。
だが、集める側にとっては、寄付と献金をお願いするだけでは、やはり辛い。
なので、こうして家族3人で、
保育園の増改築資金集めと称して
楽しくジャム作り。

フルーツホオズキは、小さすぎて出荷できないB品ばかり。
どうせ捨ててしまう物ばかり。
すこしばかりの手間を家族団らんでこなし
美味しいホオズキジャムは、買った人にも珍しいだろうし、
売上は保育園の資金にもなる。
栽培法にこだわったホオズキをベースにして作った無添加の手作りジャム。
こだわりの保育園に通わせている親たちならば、
その価値も解ってくれるだろう。

使用価値、交換価値、共に高い商品を
Win-winの関係の中で作る。
そう思えば、なお楽しい。
保育園の田んぼ祭り第2弾。
虫追い祭りをする。
参加者は100名以上。
今回も若手農業者クラブと保育園共催でのイベントだった。

虫追いとは、
鳴りものや松明で虫を追う昔からの行事で、
七夕からお盆にかけて行われていることが多い。
九州や東北などの各地では今でも行われているそうだが、
福井では若狭地方で一部残っているのみで、
僕の住んでいる辺りでは、絶えて久しい行事。
祖父母世代に聞いて回っても、誰も知らないという状況なのだ。
明治ごろに、弊習としてお上から禁止されたという経緯があるので
それで絶えてしまったのだろう。
実際に、松明などで虫を追っても、
松明の炎に虫が寄ってきてしまい、逆に増えてしまうらしく
また、年貢の減免という習慣とつながっていた行事でもあったので
近代化の流れの中で、切り捨てられてしまったのだろう。

ただ虫供養の意味合いもあり、農の意識の中に虫との共生的思想が
宗教行事とつながって体現していた行事でもあったので
現代のような防除という意味合いで、虫と敵対する視点ではなかったのかもしれない。
科学技術的な考察による事象の結果だけでは
読み取れない人々の農への眼差しを感じる。
以上は余談。

さて、その虫追い。
若手農業者と保育園で作る実行委員会で何度か話し合い、
現代版、かつ、保育園版虫追いを企画した。
虫がいなくなるかどうかよりも、
田んぼの虫に園児や父母の意識が向うようなイベントにしようと企画した。
さらに、体験田んぼは、除草剤以外に薬剤散布を行わないことになっている。
ので、害虫防除は神頼みしかないのだ。
こうして虫追い祭りをすることに。

さてさて、虫追い祭りの実際。
実際に練り歩く前に、クラブ員から虫の説明があったのだが
その時に、普及員が、害虫がどれくらいいるか、実際に虫網をふって
取って見せてくれた。
数え切れないほどのカメムシやウンカたちが、確認できた。
さて、これを追い払いましょう、とみんなで鳴りものを手に
行列になって田んぼを練り歩く。
先頭の軽トラックに太鼓を乗せて、そのあとを保育園の手作り御神輿が続く。
園児たちは、大きいクラスの子が御神輿を担ぎ、
小さいクラスの子は、おもちゃやお手製の鳴りものを鳴らしながら後に続く。
保育園のクラスごとに作成した「かかし」を父母が持ち、
若手農業者クラブの会長は、クラブのかかしを持って先頭の軽トラックに乗り込み
数名のクラブ員と共にお囃子を盛り上げていく。

うんとこどっこい、どっこい、どっこい、
ツマグロヨコバイ!
カメムシ、すっとんとん!
ウンカ、とことん!
いもち、とーんとことん、そーれ!

と、保育園の夏祭りの太鼓囃子の歌詞を少し変えて
害虫や病気の名前にして、皆で田んぼの周りを練り歩く。
田んぼを一回りして、かかしをそれぞれのクラスの区画に立てて、終了。
最後に、若手農業者クラブで用意したトウモロコシとトマト
そして保育園が用意したスイカと一口ゼリーを配って、みんなで食べて
無事終了した。
イベント終了後、あるお父さんが、しきりに虫追いについて聞いてきた。
虫や農に対して意識が少しでも向いてくれたのであれば、
それだけでやった甲斐があるというものだ。

しかし、意外な数の害虫だった・・・。
本当にこの虫追いで居なくなってくれればいいのだが・・・。

この次はいよいよ収穫である。
そういえば、昨日。
保育園の増改築運動の一環として、
資金集めのために、近くの映画会に出店した。
手芸品や食べ物などいろいろと販売していたが、
僕は自分の野菜を売った。

こういうイベントに参加する場合、
僕にも何か得になることがなければやってられない。
以前にも書いたが、win-winの関係というやつだ。
今回は、いまいちブレイクしない僕の自信作、
「フルーツホオズキ」をパック詰めにして販売してみることに。
対面販売なので、直接お客の反応も良くわかるのだ。

フルーツホオズキは、昨年から栽培を始めた作物で、
値段の高さから、あまりブレイクしないまま現在に至っている。
だが、食べた人のほとんどが
「うまい!」
と答えてくれる作物でもある。
売れない理由は、値段が高い、と言うこともあるが、
それ以上に、見た目がいまいち、ということもあるだろう。
見た目がいまいちなのに、高い値段を付けられているため、
ほとんどの消費者が、手を出さないのである。
あと、「ホオズキは食べられない」という固定観念から
手を出さない人も多い。

さて、映画会。
上映前の1時間ほどが野菜販売の勝負。
これから映画を見ようという人に野菜を売るのだから苦戦した。
フルーツホオズキは、試食を促して販売。
15パック用意したのだが、20分ほどで完売してしまった。
他に何種類か野菜を用意したのだが、そちらは残ってしまったのだが・・・。

試食をしてくれたほとんどの人が、フルーツホオズキを購入してくれた。
そしてほとんどの人が、驚きと共に
「美味しい!」
と絶賛してくれた。
ある仲買から、「フルーツホオズキは売りにくい」と酷評されて、
一時期、自信喪失していたが、
やはり美味い物は売れる、と再び確証できた。
値段とパックにもうひと工夫が必要だが、
中身のホオズキの美味さには自信があるので、
それほど難しい作業ではないだろう。

保育園の資金集めとしては、僕のブースでは売り上げは1万円ちょっと。
1時間ほどの野菜の販売だった割には、まずまずの成績か。
でもそれ以上に、フルーツホオズキの知名度UPと
お客の反応からこれからの販売を考えることができたことが、
とても大きな成果だった。
そういえば、先日のこと。
保育園で会合あり。
若手農業者クラブの役員もそろっての会合。
そう、体験田んぼのイベントの打ち合わせである。

5月中旬に田植えをしたきり、
田んぼでのイベントが無い。
稲刈りまで、基本的な作業はうちの農園で行うのだが、
園児たちが楽しめるような作業は、ほとんど無いのである。
しかし、稲刈りまで何も無いのは寂しいと保育園から要望があり
何かイベントは出来ないか、と7月頭からなんどか打ち合わせをしていた。

そして保育園関係者からあるアイディアがでた。
それは「虫追い」だった。
全国で昔からおこなわれている行事の一つ。
民間伝承や地域の信仰と結びついて、各地で今でも行われている。
しかし、近代化の過程でこの虫追いは「弊習」とされ、
途絶えた地域も多い。
そして、この辺りでも絶えて久しく、
年寄り連中に聞き取りをおこなっても誰も知らないという状況だった。

県の機関やネットなどで虫追いを調べ、
この日の会合で、どういう虫追いをやっていくかを話し合った。

福井でかつて行われていた虫追い行事は、
夜に、藁で作った松明を持って、田んぼを練り歩く、というものだった。
さすがにそれは園児には無理。
ということで、伝統なんかにこだわらないで、
園児に出来る「虫追い」を皆で考えた。

皆で考えた虫追い祭りは、次の通り。
各クラスでかかしを作ってもらい、
それをもって太鼓や笛などで囃しながら、田んぼを練り歩くというもの。
若手農業者クラブの会長が、虫追い大明神に扮して、
行列を先導し、最後に体験田んぼに
適当な祝詞(本人曰く、ここで笑いを取る)をあげて虫送りをして、
園児たちがかかしを立てて終了の予定。
虫追いの行事や田んぼの生き物(害虫)の解説などもして
父母共々、田んぼへの関心を高めてもらおう、という予定である。

みんなで何かを作り上げていく過程は、本当に楽しい。
僕は特にそういうのがすきなのだ。
当日も楽しくなると良いなぁ。
野菜を売る。
娘が通う保育園で。
目的は、園舎の増改築資金のため。

7月に入り、昨年から続いている保育園の園舎増改築運動の最後の山を迎えた。
現在750万円集めた。
残り、250万円。
それを、7月から9月までのキャンペーンで集めようというもの。
いろいろと不満や問題が表面化してきてはいるが、
それでもなんとかここまでお金を集めた。
残り250万円の山を登りきれば、1年間務めた増改築の財務役員とも
おさらばなのだ。
人から憎まれる・疎まれる役は、ほんとうにしんどい。
早く終わらせたい。

さて、今回のキャンペーン。
やはり今回もクラスごとに目標額が割り振られ、財務の役員である僕が
クラスの集金に頭を悩ますこととなった。
9月末までに30万円。それが目標額。
寄付と募金が中心となるのだが、
それだけじゃ、つまらないし、集まるわけも無い。
そこで、微々たるものなのだが、野菜の販売を企画した。
僕の野菜をただで提供は出来ないが、市場出荷よりもすこし安めならば
提供してもかまわない。
直売なので、一袋100円均一で販売しても、30円から40円の利益はでるのである。
買う方も新鮮な野菜が安く手に入るので、
売る方も買う方も、みんなが得をするwin-winの関係というわけだ。
何かをするのなら、必ずこのwin-winの関係(誰も損をしない)になるように努力しなきゃいけない。
それが、僕がかつてインドネシアの農村で学んだ最も大切なことの1つでもある。

販売は、夕方、クラスの父母で玄関立ちをして売ってもらった。
水菜やモロヘイヤ、つるむらさき、ベビーリーフ、ワサビ菜などなどを
約60袋完売する。
儲けにしたら、本当に少ない金額なのだが、毎週やればそれなりのお金になる。
僕も6時ごろから30分ほど、店番をする。
実は、今回の野菜販売、僕にとっても何か実のあるものにしたかったので、
兼ねてより考えていた、ベビーリーフの包装フィルムバージョンで販売を試みた。
いつもは、高価なパックでの販売なのだが、
規格を変えて、安価なフィルム(袋)にかえて販売してみた。
リサイクルやエコバック運動が盛んなご時勢でもあるので、
高価で無駄が多く、ゴミとしてもかさばるパック形式から
フィルム形式に販売をシフトしたいと考えていた。
今回、保育園のお母さん相手に試して感想を聞いてみたところ、
概ね、良い反応だった。
内容量が減ったように見えるという欠点を上手く克服できれば
フィルム形式の販売の方が、コストも下げられるので、良いかもしれない。
来週も野菜販売はするので、それに向けて、包装形態をいろいろと変えて
試してみることとしよう。

園舎増改築の財務で始めた取り組みなのだが、
僕にとっては消費者から意見を聞けるまたとないチャンス。
いろいろ試して、父母から話が聞ければ、この活動は僕にとってもwin-winの関係なのだ。

長い長い1日だった。
だが、なんとか無事に終えることが出来た。

なんてことない日曜日。
イベントごとが2つ重なっていた。
うちの地区の区民体育大会と、保育園のたんぼまつり。
区民体育大会は、集落の青年会の役員として、
準備から競技まで主体的に参加しなければならないし、
保育園のたんぼまつりは、そもそも僕は主催者の1人なのだ。

だから区民体育大会の準備に、朝から6時半から出て、
そのまま8時半の開会式に出て、競技を2つほど立て続けに出て
ある程度義理を果たしたところで、体育大会を後にし、
11時半頃、保育園のたんぼまつりの準備に取り掛かった。

保育園と若手農業者クラブが共催する形で
田んぼの田植えから稲刈り、そして食べるまでを企画するこのイベント。
その第一弾として、体験田植えが今日行われた。

11時半より、若手農業者クラブ員が集まり、体験田植えの準備を取り掛かる。
水道が近くにないため、2tの水を用意したり、
「ころ」と呼ばれる稲を植えていく目印となるすじを付ける道具を転がしたり、
植える範囲を知らせる支柱を田んぼの中に立てていったり、
保育園が作った看板を立てるために、垂木の支柱を田んぼに埋め込んだり。

12時ごろから保育園職員が集まりだす。
危険箇所(用水路)にコーンとロープを張ったり、
堤防の肩に休憩用のブルーシートを引いたり、
準備物の確認と、手洗い用の桶を設置したり。

準備は大変だったが、何度も打ち合わせをし、当日も多くの人数が
準備に関わってくれたおかげで、スムーズに会場設営が出来た。

1時半。ぼちぼちと園児と親が集まりだす。
参加予定人数は114名。
当日、キャンセルした人が何人かいたが、
100名以上は、まちがいなく参加していた。

若手農業者クラブの副会長から、なかなか良い挨拶があり、
田んぼでの田植えのデモンストレーションをクラブ員が行い、
それから、組ごとに集まって、皆、横一列に並んで田植えの開始だった。
100人以上が一列に並んで田植えをするのは、なかなかの壮観だった。

田植えの体験では、多くが小学生以上だろう。
だが、今回は保育園児。それも年長さんだけでなく、
4歳児、3歳児、なかには2歳児(わが娘も含む)までも居た。
田んぼの泥に足をとられ、動けなくなる子も居れば、
驚くほど早く植えていってしまう子も居た。
孫と参加していたあるおばあちゃんは、
昔を懐かしみながら、田植えを孫に教えていたし、
田植えが初めてだというお父さんは、
子供が泥に足をとられ動けなくなったにもかかわらず、
子供そっちのけで、田植えを楽しんでいた。
(子どもは保育士に救出されていた)。
うちのインドネシア研修生であるH君も体験田植えに参加していたのだが、
田んぼの中での足さばきといい
苗の植える守備範囲の広さといい
植える手つきや安定感といい
クラブ員みんなでほれぼれとしてしまうほどの上手さだった。
すべて手作業で、幼少のころより田んぼを作ってきたH君の体には
そういった技が、すでに染み付いているのだろう。
体のさばき、手つき、いろいろと勉強になった。

園児の中には、当初から心配していた通り、
田んぼにダイブしてしまう子が数名出て、
頭から足先まで、全身泥だらけになっていた。
用意した水だけでは洗い切れないため、
クラブ員が用意したポンプで、用水の水をくみ上げ、それで体を洗浄。
親に怒られることもなく、思いっきり水遊びが出来るということもあって
水場は、気が狂ったかのようにはしゃぎまわる子供たちで溢れかえっていた。

3時ごろ。
無事田植えは終了し、保育園が用意した一口ゼリーを皆で食べる。
クラブ員が気を利かせて、1人1個いきわたるように、
自分の家で生産したトマトを持ってきてくれた。
それをみんなで食す。
良い天気で、暑い中田植えをしたあとのトマトは最高だった。
普段はトマトなんて口にしない子まで、トマトを口いっぱいにほおばっていた。
その後、クラブ員みんなで、園児からお礼のメダルを受け取る。
メダルのリボンには
「有難うございました」と書いてあったのではなく、
「これからもよろしくお願いします」だった・・・。
そう、この体験田んぼのイベントは、始まったばかりなのだ。

4時ごろ。
みんなが解散し、誰も居ない田んぼで、僕は1人で田をならしていた。
数名の園児がダイブしたので、田んぼのあちこちに大きな穴があり、
そのままでは田植え機が入らないからである。
書き忘れていたが、体験田植えは、2反の田んぼのほんのごく一部だけで行われた。
(60m×5mの範囲のみ手植え)
だから残りは、機械で植えるのである。

5時ごろ、ようやく田植え機を入れる。
なんとかスムーズに田植えをし、7時にすべて終了。
長い長い1日だった。

園児や親たちが植えた田んぼは、一切補植しない予定でいる。
補植しなくても、蜜植のところは細く、疎植のところは大きく、
稲はそれなりに育つのである。
そういうもの園児や親たちには見てもらいたい。
それらの稲は、その稲なりに育つ、という姿を。
機械で植えた田んぼよりも、よほど面白みにとんだ田んぼになるだろう。

最後に、このイベントに協力してくれたクラブ員ならびに
保育園関係者、また参加してくださった父母と園児にお礼を申し上げたい。
僕の発案ではありましたが、僕1人では、何も出来ません。皆さんの協力と主体的な参加によって、今日の体験田んぼが成功裏に終わりましたこと、本当に感謝感激です。本当に、本当に、有難うございました。
05 09
2008

この数は、
保育園の田植え体験の参加者数である。
112名。
0歳児からおじいちゃん・おばあちゃんまで。
幅広い年齢層が参加する予定となった。
当然だが、0歳児は田んぼにすら入れないだろうけど。

この田んぼ体験企画。
始まりは、保育園の増改築運動だった。
ただ単に寄付金を集めるだけよりも、
何か楽しい事をして資金作りできないか、
そう思って、企画した。

ただこのところ増改築の財務のあり方に、疑問を投げかける人が増え、
また田んぼ体験を保育の中で捉えたいという園側の意向もあり、
さらには、共催する若手農業者クラブからも
特定の保育園の利益に関わることには参加できない、という意向もあり、
実際には、田んぼ体験企画は、増改築運動とは切り離して行われることになっている。
このあたりの調整で、3月4月は本当に疲れたが・・・。

そして今日、人数が締め切られて、
112名の参加を確認した。
これに、さらに若手農業者クラブもメンバーが、
田植え指導として10名前後参加する予定でいる。

なんとか形になろうとしているが、
まったく問題がないわけじゃない。

保育の中で田んぼ体験を捉えたい、という園側の意向の通り、
保育園の年長クラスは、できるだけ全員参加ということになっているのだが、
やはり、増改築運動の一環だと見ている父母もいて、
頑なに参加を拒んでいる人も中にはいる。
妻は、「全員参加を求める園の姿勢に疑問を感じる」と言う。
確かに動機は何であれ、参加の自由があまり強調されないのが
この保育園の特長とも言えよう。
全員一律の参加と協力。
多様性を認め合おう、という立場の僕と妻は、
園のやり方には、少し違和感がある。
だが、今回のことでは、田植え体験はそれをしたら終わりではないのだ。
かかしを作ったり、収穫したり、自分たちで天日干ししたりして、
そして最後にみんなで食すのである。
その一連の流れの第一歩なのだ。
もちろん、個人の都合で、それらの活動のどれかには参加出来ないこともあるだろう。
だが、そのすべてを増改築という理由で参加を躊躇する人がいると、
その子どもが、この一年、田んぼに関わるすべての中で、
「周辺」に追いやられてしまわないか、それが心配でもある。
人は関係性の中で生きており、
その関係性を豊かにすることが、保育であり、教育であり、生きる技であり、
それそのものが「人の営み」ということだと考える。
だから田んぼという場を通して、様々な関係性を深めることは
とても大切なことなのだが、その場へのアクセス権が皆、
平等に保障されているのであれば問題はない。
だが、そうではないところに、今回の問題がある。

全員一律参加はありえないが、
参加への自由も、増改築運動との絡みの中で、十分に保障されなかった。
そういう活動になってしまったことに対して、
反省してもしきれない。

それ以外の問題としては、
若手農業者クラブである。
5月18日が実行日なのだが、どうしてもこの時期、農家は忙しい。
112名もの人数の田植え指導となると、どうしても10名以上は参加して欲しいところだが、
はたしてどうだろうか。

兎に角、田んぼという場を通して、様々な世代や職種の人たちが交流し交差して
その中で少しでも関係性が豊かになれば、と思う。
さらには「周辺」に追いやられる子が出ないことを願うのだが。
保育園で、財務部のクラス別総括と体験田んぼの打ち合わせがある。
まず、財務のクラス別総括。
保育園の増改築資金を1000万集めよう、という中での話。
今回のキャンペーン(12月~3月)で、
全体目標の700万には達したものの、クラス目標の60万には
あと、23000円ほど届かなかった。
クラスごとの総括を出してほしいということで、
役員2名と担当保育士1名の3人で、話し合う。

今回のキャンペーンでクラス別の活動をしたのだが、
前回書いたとおり、それをノルマと感じる父母も多く
何かと問題も出ていた。
数字として、各クラスに「60万円を集める」という数字を押し付けたのは、
やはり反省するべきであろう。
活動としては、小さくまとまった活動にならなければ、
役員と一部の有志のみが大変な思いをしてしまうので、
結果としてクラスごとでの取り組みの路線はよかったと思う。
集めた金額を数字的に表示するかどうかも微妙な問題だろう。
数字があれば達成感もあるし、次のやる気にもなる、という意見もあったが、
今回のキャンペーンを見ていると、単に競わせているだけにしか
見えない。
それを「押し付けられたノルマ」と感じた父母も多いはず。
「参加」のあり方まで、押し付けられる観はやはりぬぐえない。
ただ、だからといって、有志だけで集めていたら
とてもじゃないが700万円には達成しなかっただろう。
そこの塩梅が難しいところでもある。
次のキャンペーンでは、クラスの目標金額を設定することは
僕は、はっきりと反対した。

保育士が
「このクラスで60万円達成できなかったのはどうしてですかねぇ」
と言っていたが、答えは簡単。
先に全体目標である700万円が達成してしまったから、だろう。
700万集める便宜上、クラスごとの目標を設定したのだから。
これで総括はおしまい。

そのまま保育士と役員が入れ替わり、
体験田んぼの打ち合わせになる。

現在参加人数は15家族+職員。
60数家族いるのだから、思ったよりも少ない人数。
それでも40名ほどはいるだろう。
予定している田植えの日が、地区の運動会と重なっていることが多く、
何人かは、運動会を優先しているので、この参加人数なのだろう。
ただ、父母の会主催で開いた「話そう会」も影響しているのではないだろうか。
今回の増改築キャンペーンで、父母は心身共に疲れてしまった。
不満が飛び出し、増改築への猪突猛進にブレーキがかかった観がある。
それ自体は、僕は賛成の立場。
ただそんなムードの中、体験田んぼが最後の米の販売の段で
増改築の資金となるため、活動自体を増改築と活動と見られていて
それで参加する家族が少ないのではないか、とも思えてしまう。
まぁ、とにかく、やり進めるより他は無い。

田植え日は5月18日の午後からに決定した。
運動会の後に駆けつけられるよう、午後設定となった。
今日のお昼に保育士と僕とで、会場となる田んぼを視察したので
危険箇所等をもう一度確認しあう。
体験田んぼは、増改築の資金になる予定をしているが、
この活動自体は、増改築からは離して考えようということで
この集まりに
「ゆきんこ米をみんなで作ろう実行委員会」
という名を付けた。
なんだか役ばかりが増えていく気がする・・・。

最終的な参加確認は連休明けの7日。
どこまで参加人数がふえるだろうか。
なんとかこの3月末で、700万円まで集めた。
保育園増改築の話。
残り、300万円。
ご協力いただけた方、本当に有難うございました。

さて、この活動、順風満帆にみえるのだが、
そうでもない。
特に今回のキャンペーン(12月から3月)では、400万円集めたのだが
父母にとっては、疲労困憊のキャンペーンになってしまったのだ。
そのため、不満も続出。
外部からの募金も多いのだが、
それでも多くの部分を、父母(その親族・友人)に期待する感じになっている。

そんな中、先週、父母の会主催で、ある会が開かれた。
新園舎の完成をみんなで喜べるために、と銘を打って
今の増改築に対する不満や保育の変更に対する不安をみんなで共有しよう、
という会だった。
誰かが我慢して、誰かがその影で泣いては、新園舎が建っても喜べない。
みんなそれぞれに不満があるのだから、それを吐き出してしまおう
というのがこの会の主旨のように思えた。
(この会が開かれるまでの経緯を断片的にしか関わっていなかったため、正確な主旨は不明)。

毎週のように財務担当の保育士や父母が玄関に立ち、
募金を集められていない(もしくは出していない)父母に声かけをするのだが、
それが、父母には苦痛のようである。

「取り立て屋みたい」
「募金の数字が個人ごとに一覧表になっていて、管理されているようで嫌だ」
「クラスごとの募金合計が表示されていて、クラス間での競争のようで嫌だ」(僕も同意見)
「増改築が始まってから、保育士の連絡帳の記入がおろそかになっているような気がする。忙しくなった分、保育がおろそかになっていないか心配」
「生活が厳しい中、なんとか自分で出資したのだけど、もっとしてください、と言われるのが辛い」
「とにかく不安です」
「総会で理事は、外部からの募金もあるから大丈夫、って言っていたのに、結局父母に大きな負担がかかっている。うそつきだ」
などなど。
この不満は、「お金の集め方」の問題なのだろう。
これは財務部役員としての、僕への不満でもあった。
僕は隅に座り、これらの意見をただただ真摯に受け止めるだけだった。

この会を開くこと自体に反対していた人もいた。
「不満をこそこそ言い合って、せっかく頑張って募金を集めて、あと少しで終わりなのに、雰囲気を悪くするだけだ」
とその人は言う。
だが、不満をみんなが我慢していても、
それで新園舎が出来上がったとしても、
やはり素直には喜べない。
モノは出来上がっても、ヒトは離れていってしまうだろう。
僕はこの会があってよかった、と思っているし、
これからもどんどんやって欲しいと思う。
それでよりよい増改築へ向けて、みんなで一歩踏み出せるからだ。

ただし1つだけみんなで共有できるように主催者は努力をして欲しい。
それは、増改築をみんなで喜ぼうという意思の確認・共有、である。
不満を述べ合うだけでは、
「やっぱり増改築なんてやらなかった方がいいんですよ」
と僕に話してくれたある父母のように、
そもそもの根底が崩れ去ってしまう可能性もある。
やらなかった方がいい、とみんなそう思っていたら
お金は集まらない。
現実に、700万円も集まったのだ。
この会で、あるお母さんが言っていた。
「募金の催促は嫌なんですけど、今回のキャンペーンで総額が700万になったって聞いて、素直に、すごいなぁ!と感動しました」
こういう気持ちも
「やらなかった方がいい」に取り込まれてしまえば、
不満を溜め込んで猪突猛進を続けてきた財務のやり方と
なにも変わらないのだ。
みんなが互いを認め合う姿勢。
誰も否定されない場所の設定。
それが大事なのだ。

財務の先頭に立って旗を振り続けてくれたあるお父さんは、
みんなからの攻撃を1人で受け止め、辛そうにしぼんでいた。
僕は、そうあってはいけない、と思う。
賛成か反対かの2項対立ではいけない。
総論として、新しい園舎を皆で祝おう、は共有しつつ
各論として、お金の集め方について、不満や疑問を述べ合い、
改善に向けていくべきなのだ。
だからその場は、みんながみんなを認め合い、誰も否定されてはいけない。
ファシリテートする難しさ、もあろうが、
主催者はそれを目指して努力しないといけない。

蛇足だが、この会で気になった意見。
「新園舎と言っても、子供が卒園してしまえば、関係ないですからねぇ」。
と、あるお母さん。
そうなのだ。
この保育園の決定的な欠点。
それはコミュニティとして、期間限定での参加なのだ。
僕の実家がある村では、小学校が今年100周年を迎える。
その式典に400万かかるのだが、それを町内会費という形で
全戸が負担することになった。
その話し合いにかかった時間は15分。
町内会の総会では、みんな反対無く、賛成!の声が大きくこだましていた。
卒業しても、我が学校であること、うらが村の学校であることには変わりない。
だから、みんな無造作にお金をだす。
全戸負担も簡単だ。

保育園では、運動体でありつづける、ことを理念として掲げているが、
脆弱で未熟なコミュニティの中で、その運動はつねに困難なものになっている。
人が集まり、何かを共有するコミュニティ。
それの中で、何かをやろうとすることについて
いろいろ考えさせられる、今日この頃である。
保育園増改築の役員会あり。
4000万予定で始めた設計だったのだが、あれもこれもと盛り込んだら、
金額が5000万を大きく超えてしまった。

そのなかで、父母の募金でまかなうのは1000万。
あとは保育園側の借金。
現在も多額の借金をかかえていて(計画通り返してはいる)
さらなる借金の上乗せが、やはり心配でもある。
理事長は
「借金が1000万から1500万、2000万になっても、問題ない」
と力強く発言していた。
5000万を大きく超えても、父母の募金金額は1000万で固定。
なのだが、さてさて。
今月の29日に保育園の総会がある。
その総会で、現在の設計案の承認をもらうことになっている。
だが、波乱が予想される。
前回の総会で、今回の増改築で保育園の借金は増えない、と理事長が皆を説得して
なんとか賛同を得たのだが、今回の案では、借金は増えてしまうのだ。
役員の中でも意見は半々。

「一度に良いものを作ってしまうほうが、後からの付け足しより結果的に安くつく」
「父母の賛同を得られないんじゃないか」
「4000万で収まる設計にしたほうがいいんじゃないか」
「この案でも必要最低限だ」
などなど。

保育園の借金返済計画は、保育士の給料や事務用品などの
経費を削っての返済予定なのである。
保育士の人数は現体制を維持しながら、給料を少しカットするらしい。
職員は「それでいい」というのだ(必ずしも全員賛成でもないだろうけど)。
父母の中にはその事で、保育の質が低下するのじゃないか、と危惧する声もある。

良い園舎も大事だろうが、
ハコモノが保育をするわけじゃない。
僕はそう思う。
4000万と5000万の違いが、保育園側にどれだけの負担なのか
役員でも見えてこないのだが、要はその負担が重いのか、それほどでもないのか
ということだろう。

判断材料が乏しいまま、29日総会が開かれる。
今の僕にわかることは、「相当もめる」ということだけだ。

保育園で田んぼの体験をやろう、と考えている。
園舎増改築の資金集めとして。
園児やその父母に田んぼの体験(手植え・収穫)をしてもらって
そこで取れた米を売って、資金の足しにしようと言うもの。

当初、保育園の父母や保育士などで実行委員会をつくって、
米作りプロジェクトをやってみようと考えていたが、
うちの集落の年配農家から(田んぼ体験をこれまでにやってきた人)
「体験の田んぼは、実行する側に田んぼ経験者がそれなりにいないと出来ないぞ」
と言われ、困っていた。
保育園の父母や保育士にも兼業農家はいるし、農業普及員も
一応いることはいる。
だが、人数は少ない。

そこで、僕が所属する若手農業者クラブ(みどりクラブ)に声をかけてみた。
みどりクラブが米作りプロジェクトを主催することは可能かどうか、を。
さらにはこの取り組みを、4Hクラブでやっているプロジェクト発表の題材として、
みどりクラブの来年の発表に出来やしないか、を打診した。
なかなか気難しい連中が多いクラブなのだが、
なんとか快諾してくれた。
(最近では反論するほど元気のある奴も少ないのだけど。)
去年のリベンジじゃないが、またこれで目指せ!全国!だな。

さて、これでプロジェクト実行母体が決まった。
すこし動ける体制になったので、実際にどうするかを練っていこう。
ということで、新カテゴリ「米作りプロジェクト(平成20年)」を作ることにしよう。
保育園の増改築。
「クラス毎に60万集める」
というノルマが決められた今回のキャンペーン(12月~2月)。
わがクラスでは、10万そこそこしか集まっていない。
そこでクラスの役員と職員とで作戦会議あり。

ことあるごとに、みんなが楽しく参加できるイベントで募金
を掲げてきた僕だが、今回の数字は余りにも厳しかった。
60万という金額もそうなのだが、
集まった10万の中身も、また問題があった。
クラスには15家族いるが、募金を集めたのは役員の僕ともう1人だけ。
他の13家族からは、今のところ募金が集められていない、とのこと。
2,3家族くらいは集めることに関して抵抗があるだろう、と思っていたのだが、
まさか、役員以外はみんなそうだったなんて・・・。

楽しく集めよう、ということで、
12月にベビーリーフ収穫体験をしたのだが
それで集まったのは1万円。
他にも、全体会議などでコーヒーやクッキーを販売して
それのあがりが1万円。

金額からも解るとおり、
イベントで集めようというのは、募金活動において副であって主にはなりえない。
結局、作戦会議で「1家族3万集めるように」という
ノルマを作ることになってしまった。
「収穫体験やコーヒー販売など、いろんなイベントをみんなでやったので、なんだかクラス全体として、すでに何かやった、という感じになってしまったのが、個人の募金集めに響いているのかもしれませんね」とある保育士がさらりと言っていた。
それも然り。

自分の無力さと敗北感に浸った夜だった。
財務部の役員会あり。
毎度のことなのだが、その方針に疑問を感じる。

園舎増築のために、お金を1年間で1000万円集めないといけない。
そのために寄付を募ったり、自分たちの少ない稼ぎの中から協力したりしている。
それはOK。
だが、園に通わせている父母みんなが協力するように「仕向ける」必要は無い。

事あるごとに、保育園側は「運動」という言葉を使う。
つまり積極的な保育の変革に向けて行動を起こす、ということで、
その意味で保育園は、運動体なのだろう。
もちろん共産色も強い。
それは悪いことじゃない。
むしろ、僕としては、歓迎すべき環境でもある。

ただ、なんだろう。
こういった運動体が持つある種の感覚に、違和感をおぼえる時がある。
それは『「みんな一律の協力」を押し付けられる』ことである。
寄付金集めもそうだ。

会議ののっけから、
父母の中で一口の寄付も集めていない人の名前が、読み上げられるのである。
それぞれのクラス担当の父母に、
重点的にその人にアプローチをかけてください、
と、通達される。
この議論だけで、会議の1時間は費やしてしまうのだ。
はたして、それにどれほどの意味があるのだろうか?
増改築に対して徹底的に反対する人は、わずかだ。
それもポリシーを持って反対している人もいる。
その人たちに、1口でも出させようとして、あれこれ労力をかけても
幾らも集まらないじゃないか。
それに、溝も深まるばかりじゃないのか、と思ってしまう。

もちろん反対している人に、耳を貸し、その意見を取り入れながらも
それでも増改築はすすめていくべきだろう。
だが、「みんな一律の協力」はあり得ないし、目指すべきでもない。
僕はそう思う。

会議で、米作りプロジェクトを行うことが正式に決定した。
うちの田んぼで、園児らが田植えから稲刈りまで行い、
作った米を売り、利益を増改築の費用にしようという取り組み。
利益としては微々たるものなのだが、
子供や親たちが稲作の体験を通して、増改築を進めていこうという取り組み。
寄付金を他人に頼むが苦手な人も、これならば参加しやすいだろう。

財務部の役員の仕事は、誰が寄付を出していないかを管理するよりも、
こういう参加しやすい・参加したいと思われる活動を
作ることこそ仕事としないといけない。
僕はそう思う。
保育園の父母に声かけをして
収穫体験をやってみた。
7家族参加で、20人ほどが来園。
収穫する物は、ベビーリーフ。
といっても、大きくなりすぎて、ベビーリーフとしては出荷できないもの。
普段はゴミとして処分されるのだが、
保育園の園舎増改築で何か出来ないか、と思い
今回の収穫体験をやってみることに。

園舎の増改築では、どうしても友人知人親戚縁者に
寄付を頼むことが多くなる。
お金集めばかりで、気分もあまり晴れない。
しかしそれをしなければ、自腹を切ることになり、
その出費はあまりにも大きすぎる。
なんとも気の重い活動であろうか。

そんな中、増改築の財務部役員として、常々、
楽しくお金を集めることは出来ないか、
払って損したって思わないで済むような寄付金集めは無いか、
と頭を悩ませていた。
そこで、思いついたのが、
僕の畑での収穫体験と寄付金集めを結び付けてしまうこと。
出荷できなくなった野菜でも、
消費するには十分な野菜が、農家には結構あるのだ。
ベビーリーフにいたっては、
すこし大きくなっただけで出荷出来ないが、
その大きくなった物は、まだまだ十分サラダで食べられる物ばかり。
ただそれを僕が収穫して、袋詰めして、保育園に持っていくのでは
僕の仕事が多すぎる。
そこで、欲しい人に来てもらい、好きなだけ収穫してもらうことにした。

収穫に訪れた家族は
はじめは遠慮がちに、しかし次第にがつがつと収穫し始めた。
子供たちは、はしゃぎまわり、ひたすらベビーリーフの大きくなった物を
引っこ抜いていた。
この時期、無農薬で栽培しているので、
「そのまま食べても大丈夫だよ」と言うと
子供たちは、普段食べない野菜でも、草食動物のように
食べながら引っこ抜いて遊んでいた。

家族によって、収穫する野菜に違いがあったのも面白い。
ルッコラばかりを収穫するお母さんもいれば、
水菜が好き、とそればかりを収穫するお父さんもいた。
収穫物をつめる袋もそれぞれだった。
スーパーのレジ袋が大半だったのだが
なかには、小さいポリ袋をたくさん持ってきて、
一つ一つにつめているお母さんがいた。
聞けば、「職場で少し売ろうかと思うんです」とのこと。
もちろん売り上げは増改築に寄付との事。
いやはやたくましい。
また、なかには、子供の布団袋のようなバックをもった
お母さんもいた。
当然だが、それ一杯に収穫していた。
唖然。

最後に、大きな蕪を1家族1個収穫してもらい、
収穫体験は30分ほどで終了。
体験代として1家族1000円を徴収。
みんな笑顔で、気持ちよく払ってくれた。
集まった7000円(7家族分)は、増改築の資金として寄付の予定。
僕としては、蕪1個のおまけをつけたけど
どれも商品にならない野菜ばかりなので、懐はちっとも痛まない。
今回の収穫体験は、
我が娘と同じクラスの人にしか声をかけていない。
次回は保育園全体に声をかけてみようかと思う。
さらにはその人たちが親戚や友人にも声をかけてきてもらうのも良い。
ただ単に寄付をください、というよりかは
こうした収穫体験を通して、何か得した、と思うようなことが
あってもいいだろう。

もちろん、この収穫体験だけで園舎は建たない。
でも、気の滅入る寄付金集めのなかに、
こうやって楽しく出来ることがあってもいいんじゃないだろうか。
たとえそれ自体、集まる金額が少なくとも。

この活動を通して、
いろんな意味で手ごたえを感じることが出来た。
寄付金集めの活動。
収穫体験をやってみるとどうなるのか。
僕の野菜のファンが増えたこと。
そしてなにより、僕にとっても楽しかったこと。
ずーっと先を見通すと、こういう活動をすることは
僕にとってマイナスではない。
そんな確信が持てた日。
今晩も保育園増築の会議。
今度はクラス会を開いて、僕ら役員がクラスの父母と
どうすればお金が集まるか、それを相談する日だった。

結果から言えば、
とても活発に意見を出し合えて、
しかも健全な議論が出来た会議だった。
2月中旬までに、クラス当たり60万集めないといけない、という議論にも
「反対だ!」と言う人はおらず、
どうすれば集まるか、それだけに議論が集中できた。
矢面に立たされるのでは?と危惧していただけに
ほっとした。

出た案としては、
・書き損じはがきを集める(年賀状の時期だし)。
・会議や全体集会の時に、コーヒーやお菓子を販売する。
・それぞれの職場で募金箱を設置。
・お年玉年賀はがきで当たった切手シートを集める。
・宝くじの300円当選券を集める。
などなど。
細かな収益しか見込めないものばかりではあるが、
60万に向けて何かアクションを起こそう、という姿勢が
この場合は大事なのだ。

寄付金集めでは、あるお母さんからこんな質問が出た。
「友人にどういう風に説明すれば、寄付金をもらえるようになるのでしょうか?」と。
確かに。
友人に寄付金の協力をお願いしていくのは、気が引けるし、
なかなか難しい。
そんな中、友人から結構寄付金を集めているお父さんが答えてくれた。
「お金を集めなきゃならん、と友人に言って、なんで?って理由を聞く人は、まず寄付金はくれないね。理由を聞いて、それを断る理由にしてしまうから。くれる人は、最初から理由なんて聞かないよ。くれる人は大抵、理由なんていーよいーよ、持ってきな、困ってるんだろう?って言ってくれる。」
うーん、それもまた真だろうな。
「お互いの付き合いの中で、お金を貰うんだと思うよ」
とそのお父さん。40代の会社員らしい答え方だった。

寄付金集め。
なんだかこれまでの人間関係のあり方まで問われてきた感がある。
恐るべし・・・。
地元の小学校が、再来年で創立100周年を迎える。
それなりに盛大な式典を企画しているようで、
100周年式典実行委員会では、予算として400万円ほど
なんとか集めようとしている。
その内訳のうち、100万円ほどは地元住民からの協力金として
集めようとしている。
そこで、先日行われた村の総会にも、実行委員の人が来て
1戸当たり1000円の寄付をお願いに来ていた。
総会で決をとるとあっさり皆OK。
村盛の一部として徴収することになったのである。

さて、話は替わって。
我が子が通う保育園。
8月から始まった増改築に向けての寄付金集め。
なかなか難航している。
12月から2回目のキャンペーンに入り、
2月中旬までに400万集めないといけない。
今日も明日も26日も役員会にクラス会に全体会と
会議会議を開いて、無い知恵を絞る予定だが、
知恵ではなかなかお金は出てこない。

ここに来て、保育園側も募金集めの締め付けを強めてきた感がある。
役員に向かっては、
「クラス当たり60万円のノルマ。一人頭2万円集めないと今回のキャンペーン中に400万の集金は無理です」
と語調もやや強めになってきているのが気にかかる。
寄付金集めの対象も、親や親戚から友人にシフト。
「4人に声かけをすれば、1人くらいはくれるはずです。だからこの期間中、8人の友人に声をかけてみるよう役員さんから各クラスにお願いしてください」とのこと。
「4人」の根拠を聞くと、「なんとなく」という答え・・・。

素晴らしい保育をしてきているのはわかる。
この保育園がいい!と言って、遠くからでもやってくる人もいる。
他の保育園で断られてしまった障害のある子も受け入れている。
アトピーの子でも安心できる保育を実践している。
時間外でもやりくりをして子どもをあずかってくれる。
そんな素晴らしい保育園だ、とは認めるが、
地元の小学校の寄付金集めとは、えらい違うのである。

すでに30年ほど保育園として運営しているらしいのだが、
OBからの寄付はそれほど多くは無い。
地元からの寄付は皆無に近い。
保育理念と地元との付き合い。
これは正比例じゃないのは解るが、ここまでかけ離れているものかと
小学校の件があってからは痛感する。

明日、クラス会を開く。
役員として、僕からクラスの父母に
1人2万円集めるように言わないといけない。
小学校の実行委員会のように、あっさりOKがとれると良いのだが。

矢面に立つのは、しんどいねぇ。
11 28
2007

保育園の財務部役員会がある。
来年までに1000万円集めるために組織された部会。
詳しくは、カテゴリーの「保育園」を参照されたい。

さて、保育園最大のイベントだったバザーも終わり(1日で売り上げが100万円)、
この年末年始に向けて、再び財務部が始動することとなった。
これまでに集めた資金は、340万円。
のこり、660万円。

財務部で立てた計画では、この年末年始のキャンペーンで
400万集めることになっている。
すでに前回のキャンペーンで、保育園に通わせている親や親族から
寄付を頂いているので、今回は、それはあまり当てにはしない。
(前回のキャンペーンでは、集めた資金のほとんどが父母やその親族からの寄付によるものだった)
では、どこから集めるのか。

ひとつは「OB」である。
この保育園を卒園した子を持つ親に、電話や手紙で
寄付を呼びかけることになる。
特に、年明けには年賀の挨拶を兼ねて、手紙作戦が始まる。

さらに今回のキャンペーンでは、
クラスごとに、お金になる取り組みをする、ことになった。
父母会の役員とも連携・協力して、クラス会を開き、
(僕は父母会の役員も兼任・・・・)
父母で集まって、何かお金になる取り組みをするというもの。
お母さんたちの手芸で、人形や小物を作って販売したり、
(これを内部では「ちくちく」とコード化されている)
お父さんたちの日曜大工で、何か作って販売したりするらしい。
(これを内部では「ギコギコ」とコード化されている)
1クラス、目標6万円の売り上げ、だとか。

達成できるかできないか、なんだか微妙な数字である。

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
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