たまには研修生のネタでも。
今月の月間レポートの指導を今週、
集中して行った。

まずはダニ君。
彼はまだ、
なんだか地に足がついていない感じ。
将来のビジネスプランは
ありきたりな野菜栽培とお茶と
伝統品種のトウガラシ栽培。
で、今月の勉強は
キャベツの病害虫について。
月間レポートを書くための学習って
まさにこんな風だよね。

何でキャベツなのか?との問いに
「キャベツ作ったことあるから」だって。
答えになってない!
何かその野菜を栽培したいというモティベーションは
いったい何から生まれたのか、
それは誰にもわからない。
なんとなく思いついたといった答えだった。
こういうなんとなくこんな感じで書けば
月間レポートもやり過ごせるだろう的なものは
僕は断固許さない。
来月までに
その理由を理路整然と説明することを
指導した。
ただそのままだと
キャベツについてだけ延々と
てきとーに理由づけをするだろうから、
自分の畑で作付け可能な作物(市場から見てね)の
栽培費の計算をして
利益が一番高くなるような
もしくは回転で勝負するような
もしくは出荷量を稼げるような
そんな理由で答えるようにと指導。

1年目なんてこんなもんだ。
毎年の事だからか、ちょっと疲れるね。



関連記事
前回のエントリー
1日に185の家族経営が消えている」の続き。

県の青壮年部協議会主催の
青年の主張発表大会での勉強会で
全農の方が、事業承継について講演をされた。
講演前にテーマを聞いた時、
農業の事業をどのように承継していくか
つまりは父(もしくは母・祖父母など)から受け継いで
滞りなく農業を続けていきましょう、というような
内容を考えていた。
どうぜ財務や関係先や
技術や預金通帳や借金について把握しましょう、
程度な話なんだろうと期待していなかった。

が、話者の若さもあるんだろう。
とても刺激的なプレゼンで、その意味では良かった。
だからここでは
それを思いっきり批判してみようと思う。

事業承継のメインは誰か。
それはプレゼンの中でも
またそれが衝撃的だったので
エントリーのタイトルにもなっているが
1日に185経営体も消えていく家族経営だ。

家族経営と言っても
もちろん雇用人のいる規模のやや大きめのモノもあれば
じーちゃんばーちゃんだけの世帯的には
兼業農家というのもあるだろう。
その内容によっては
事業の承継のカタチが変わってくるはず。
だけどね、このプレゼンター。
致命的なミスを犯していて
それはどのスケールの農業を継承するのか
という根本を説明しないでプレゼンを始めてしまったということ。
ショッキングな数字で
「1日に185経営体が消えています」と
言われれば
僕は普通に兼業農家がその大半だと思ってしまう。
この経営体は販売農家というカテゴリーで
それの定義は経営耕地面積が30a以上
または年間に農産物を50万円以上販売した農家
と言うことになっている。
年間に50万しか売っていない農家だと
こりゃ、年金だよりのじーさんばーさん農家か
他にメインの仕事を持つ第2種兼業農家も
これに多く含まれることになる。
だから185経営体は
農業の専業・第一種兼業・第二種兼業の
割合から考えれば、
185の多くに兼業農家の方が含まれるのだろう。
事実農業センサスと農業構造動態調査を見れば
平成12年度に156.1万戸いた第2種兼業農家は
平成28年度は63.8万戸まで減少している。
ちなみに専業農家の減少はこの間
42.6万戸から38.1万戸となり減少数は4.5万戸のみ。
なので185経営体のほとんどは第2種兼業なんだろう。
ただこの説明はなかったので、
この後兼業と専業とでやや話に無理が出てくる。

事業継承のタイミングはいつか。
その話では、自分の地元が天災を受け
農業経営が再投資を求められ
高齢化した父だけでは難しくなったタイミングや
経営者の死亡が考えられる。
ただその場合は、当然、
継承していく側の準備ができていないから
やはり廃業ということになることも多いのだろう。
プレゼンでも事業の承継(経営と技術)は
5年~10年はかかると言っていたが
それは実際に農業をしていて
僕もそう思う。
だから経営者の死亡や
天災などのイベント発生的なことで
実家の農業を継ごうと考えても
ま、時すで遅し、ってやつなんだろう。
それを見越して、185経営体が消えて
農業の環境維持が出来なくなる前に
すこしでも実家の農業を承継しようっていう話は
なんだか新しい切り口にも見えた。
でもね、
継ぐ理由のプレゼンのくだりがよくない。
金銭的な理由と精神的な理由を上げていて
儲かるや発展性があるの金銭的な理由がはっきりしている場合は
事業承継は放っておいても続いていく。
そりゃ、おっしゃる通り。
でもね、プレゼンターのお兄ちゃんは、
プレゼンのシートが56枚目にして
ようやく、
「事業承継のターゲットは精神的な理由を喚起して、承継する経営体を増やす」
とノタマッタわけ。

いやいや、そりゃないでしょ。
僕らの上の世代、つまり団塊の世代は
その戦後世代がGHQから農地解放を受けて
農地が平均化した後、
もし農業が儲かるのであれば、
離れていない世代だ。
なぜなら僕ら以上に上の世代は
まだまだ農業や農村に対する
つよい情念を持っていたからだ。
その当時の青壮年部活動の記録を見ても
その当時の文学作品を詠むにしても
その息吹は十分感じられる。
ガットウルグアイラウンドの交渉時の
青壮年部の猛反発と
僕が県の会長を務めていた時の
TPP反対運動とでは
記録でしか比べられないが動員した人数も
反対運動の盛り上がりも
まったくちがうじゃないか。

十分すぎるほど農業と農村と家族と村とに
情念を持った世代が、
金銭的な理由で離農していったことを
忘れちゃいけない。
それを今さら、精神的な理由を前面に出す辺りが
なんとも今の世相を反映しているというか
しかも農産物販売を手掛ける全農のエリート職員が
それをノタマウあたり
すでに敗戦の色濃い太平洋戦争末期の
大本営みたいな感じがして、とても嫌だ。
精神論ありきは絶対ダメ。
気持ちのある人が、金銭的理由で
それが行えないのであれば残念だと思うが
金銭的に苦しくても気持ちがあれば乗り越えられる
みたいな説明は、ぜったいにしちゃいかん。
それが全農のエリート職員がするというのが
もはや農業を馬鹿にしているとしか思えない。
それかあんたが馬鹿だ。

農地や農業環境を保全するのに
その構造として多くの地主の強力が必要だ。
国の指針でも、
農業の中心は担い手に移っていっても
その担い手を支える存在として農村の構成員だったり
地主だったリが畦畔除草や用水掃除といった
農地の保全活動が大事だと言っている。
でもね、本来ならばそれは
生産費に組み込まれて価格に反映させるものだったのを
農地解放後の小作的思考のまま
農産物価格に反映されずに
それらの労働がボランティア化や義務化して
村的思考の中に封じ込めてしまったから
米作の時給179円(2010年ごろに踊りまくった数字)と
言われるような状況を生み出してしまったのだ。
それを精神的に乗り越えろって言うのか?あんたは!

そう遠くない未来に
日本も広域貿易圏に入り
米価は国際価格の1俵5000円がスタンダードになるかもと
ささやかれている。
現在の1/2の価格に怯える農家に
気持ちで承継とは片腹痛いし
そんな状況下では
農地保全は価格にますます転化できなくなっているだろう。
185経営体が消えるのは
そういうわけがあるからであり
それを金銭的にもどう成り立つように考えるか、
どう労働を価格に転嫁し、もしくはその労働を無力化するような
新しいスケールや価値、
もしくは技術革新が待たれるのが今の状況だ。

ドローンが静かに飛べて
数センチほどの誤差で除草剤を
自動的に撒けたらいいなぁって思うけど
ま、これはまた余談。

プレゼンターも富山の兼業農家の息子らしい。
君は勉強もしてエリートとして全農に務めているのだから
農業への奉仕者として
もっとまじめに考えてほしいと
切に願う。



関連記事
先日、福井県のJA青壮年部協議会主催で
青年の主張発表大会が行われた。
その時に、学習会として
全農の方をお呼びして
事業承継について話をしてもらった。
あんまり期待していなかったのだけど
これがいろんな意味で面白かったので
記録に残そうか。

実際の全農の方のプレゼンの中身の話は
批判満載になるので
もう少し後で記録するとして
それよりも今回は
ちょっとショッキングな数字をお知らせしたい。
全農の方の事業承継の話のメインは
農業の家族経営についてだった。
すでに家族経営から抜け出していこうという
僕らの場合は、
また違った問題を抱えていて
一概にそこで言われている問題を
共有しているわけではないが
家族経営や農業にまつわる統計データが
とても面白かったので紹介しようか。

農業センサスの2000年と2015年を比較して
年間平均で6万件の家族経営が消滅しているらしい。
それを1日に換算すれば
全国で毎日185軒の家族経営の
農業が消滅していることになる。
うちの町内が150軒ほどなので、
毎日それを超えるほどの世帯が
農業をやめているってわけ。
やめた農業はどこへ行くのかと言えば
多くが法人へ農地を預けるなどして
その先ではまだ農業は存続している。
だが、農村と言われているカテゴリーのコミュニティーでは
もうその農家がいないってことになる。
田んぼに付帯する義務や役にささえられてきた地縁も
もう姿を消すってわけだ。
ま、そんなのは10年も前から言われてきたから
驚かないけど
でもこの10年でその問題が
解決に向かうもしくは
なにか代替案がだされたかといえば
なんにもなく今日に至っている。
全農の方のプレゼンでは
2030年には福井では
家族経営の農業が消滅するらしい。
統計データの消滅スピードだと
そういう数字なんだってさ。
みな生産組合や法人や
はたまた農協が出資して農業法人をつくるであろう
その組織に農地を預けて
一切農業にはかかわらないようになるってわけだ。
農業への関心が低下する大きな要因となる。

昨日、こんな記事がWebをにぎわせていた。
「農業の人手不足」by日本農業新聞
僕の農園でも春からずーっと求人を出し続けていたが
マッチングせず採用に至っていないが現状で
これからも人手不足には悩まされることになる。
農地を法人に預け、家族経営が消滅する。
法人はそれをチャンスとしても
人手がなく規模拡大の障壁となる。
地主が作業に出てくれるようになるのは
その地主が農作業をしたことのある世代まで。
あとはお願いしても作業には出てくれないってわけ。
定年帰農で土地集約型農業は
もう少し先まで持つかと思っていたけど
こりゃ、予想が外れそうだ。
それよりも僕らみたいな
細かい野菜栽培で活路を見出そうとやって来た
こういう形態こそ、今大きな岐路に立たされている。
人口問題は
思った以上に経営に重くのしかかっている。


関連記事
このエントリーをデデのカテゴリで
書くのが妥当かどうか、
ちょっと迷うところではあるが
ま、今、デデともこういう話をしているので
それはそれで良いだろう。

有機農業と聞いて
皆さんはどんなことをイメージするだろうか?
環境に優しい?
自然的でよい?
健康的?
これを推進する法律もあるしね。
概ね、良いイメージなんだろうと思う。
正義は有機農業にあり!と声高な
青年にたまに出会うのも
無理はないか。

僕も若いころは斜に構えつつも
有機農業自体を
真正面から否定することは出来ず
それよりも
どこかで大いに賛美する自分が
いたことも事実だった。
工業的な農業の
エンカウンターとして
現代のエネルギー問題や
環境問題の解決策として
キューバの事例などを
まるで見てきたように語っていたこともある。
1期生のヘンドラには
土壌の持続的利用の視点から
有機農業の重要性をずいぶんと説いた気がする。
だから彼の3年生の卒業研究は
「有機肥料の有効性」だった。

ただ、その時から
僕らはある疑問にぶち当たっていた。
それは有機肥料が
どの社会的文脈でも
本当に有効なのかどうかということだった。
それはまだ
化学合成肥料や農薬が
環境を破壊するというその思想の本丸に
直接切り込む勇気がなく
というかそれだけの視点もなかったので
その周りにある事実として
可能なのかどうか
有効なのかどうか
を恐る恐る考えて調べて発言するにとどまっていた。
この「恐る恐る」の心情を
生み出しているのは
有機農業の持つ破壊力と言っても良いだろう。
なんせ、有機農業には正義が
あるって叫ぶ人たちもいるんだから。

ヘンドラと有機肥料の
有効性について調べていた時には
気が付かなかったのだが
来る子がみんな有機農業をしたいと言うので
(デデもその一人だった)
いろいろとシュミレーションしてみた結果
今は、僕たちはそれほどそれを
重要視していない。
来る子たちが皆有機農業と口をそろえるのも
その農法に対する情報を
自分たちなりに解釈して
ある意味神話化しているところから来ている。
だから実際に
みんなでそれが可能かどうかを
絵にかいてみると、つまり事実に即して
シュミレーションしてみると
あまりそぐわない結果になることが多かった。

たとえば
有機肥料はどうしてもボリュームが
化学合成肥料よりも多い。
堆肥の指南本には、
反当り数トンは入れましょうって書いてあったりもする。
それだけの有機物を集めるのも
車両の無い農家がほとんどだと難しいし、
しかもそれを運ぶ農道もない。
畑には畦道を行かねばらなず
農業資材だけでなく
農産物を畑から運び出すのも
一苦労するのだ。
よしんば、なんとか有機肥料を運んで
それを畑に投入したとしても
今度はそれだけの苦労の対価を
市場が評価しないということだ。
多くの農家は収穫後の調整作業をしない。
この作業がないので、農産物の価格に
グレードもなければ、インセンティブもない。
なぜなら、収穫物はそのまま
ブローカーに販売してしまうからだ。
収穫すらせず、青田買いよろしく
ブローカーに販売することも珍しくない。
ブローカーが連れてきた収穫人が
その収穫物を収穫して持って行く。
それが事実だ。
なぜなら農家には車が無い。
人手を雇って大通りまで収穫物を
運んだとしても、
結局車で買い付けに来るブローカーに
販売するんだから
初めから青田ごと売ってしまう方が
合理的な選択となる場合もある。
で、
そのブローカーは
他の人の収穫物と一緒に運搬し
自分の作業場で調整し
それぞれの品質に農産物を分け
市場や加工場などに
損が出ないように売り切って利ざやを稼ぐってわけ。
このシステムのどこにも
有機農産物を評価する市場はない。

もちろん、インドネシアの農業雑誌などでも
有機農業特集はけっこうやっている。
それが欲しいという声も
あるのも事実だ。
だが、分散しているその声の主に
農産物を届ける手立てが少なすぎる。
日本のような宅配便はなく、
自らで運び、販路を開拓するしかない。
ま、これは今、3年生のイマンが
公務員対象に個別産直の計画を立てているので
それが上手くいけば、
ビジネスチャンスとなるけどね。
ただそれにもいろいろと問題はあるのだが
それはイマンのカテゴリーで説明することにして
ここでは割愛しよう。

ある農法もしくはある品目の栽培を
進めようという場合、
その利点を強く説明する場合が多い。
だが、そこには実際の農家である彼ら彼女らの
リアリティが含まれていない場合が多々ある。
緑の革命だろうが
SRIだろうが
有機農業だろうが
それらはその文脈で行われている限り
やはり破壊力を持って
農家に襲い掛かっている事には
違いない。
それに無批判でいられてしまうのも
ある農法を信じてやまないその人の
エゴなのである。

といっても気がつかない人も
いるかもしれない。
有機農業は
環境保全だという人もいるだろうか。
自然に手を加え
なんとか飼いならしながら
自分たちに都合の良い物だけを提供してくれるように
することが僕らの理想の環境だ。
不都合な真実でもあったが
僕らの日々の暮らしのスタイルこそが
環境を大きく損ねている。
松永和紀氏の指摘にもあるように
直売所へ小農が出荷するスタイルと
海外から輸入して販売するのとでは
CO2排出量は直売所の方が多くなるのだ。
大きな産業の工場や大規模農業だけが
環境を壊すのではない。
僕らの人口圧が、
一人一人の行動が積み重なって壊れていく。
すべての農業が有機農業に代われば、
などという青い夢はもう見ない。
それよりも低投入の効率性の高い農業の方が
環境負荷は少ないだろう。
それを科学的に判断しようとすると
その対抗として
切り取り方の問題だという風に
瑣末な議論に入り込むのは
生産的じゃない。
この議論こそが
すでに農家たちの
そこに暮らす人々のリアリティから
離れてしまっていることに
気が付くべきだ。

そう、破壊力はなぜ生まれるのか。
それは、自分の信じるものだけを見て
それを推し進めようとする場の
人々のリアリティを
低俗・野蛮・未開という
無意識に見下している偏見という視点から
生まれてくるのである。

デデは
2年に入り、有機農業の勉強をしたいと言い出した。
化学肥料は土壌を破壊するというのだ。
その事例はいったい彼のどこにあるのだろう。
そこで時間を少しかけて、
実際に破壊された土壌を現地の友人に探してもらった。
現地では化学肥料しか使っていないので
すぐに見つかるはずだった。
30年も化学肥料しか使っていない農地が
ここそこにあったからだ。
しかし
実際に探してみると、
化学肥料に破壊された畑はどこにもなかった。
やや肥沃度に欠ける畑もあったが
それはどちらかといえば、というか
それが答えだと思うけど
斜面の畑を耕起しすぎて
表土が流れてしまった畑だった。
4か月ほどかけて
彼は地元の農家や友人に依頼して
化学肥料で壊された農地を探したが
見つけられなかったのだ。
たぶん、この世界のどこかでは
化学肥料の不適切な使用により
塩類集積してしまった畑もあるんだろう。
だが、それほど投入する財力もなく
また大量投入するほどの機械力もない
少なくともインドネシアのデデの村では
化学肥料による不毛の大地は
妄想でしかなかった。
それを知った上で
デデは今、肥料について勉強を始めた。
化学肥料の投入と収量の関係で
最善となる投入量と
それを支える土壌の腐植との関係も
理性的に学ぶことが可能になり始めている。
事実を確認し
その事実から出発し
偏見から解放され
自分たちに必要な情報を
自分たちで集め始める。
そこから生まれてくる
自分たちの手の中にある農法。
それが彼ら彼女ら、そして僕にもだが
必要な農業のカタチだと
今は強く思っている。




関連記事
娘ネタ。
最近、娘はお笑いにはまっている。
というか、小学校3年の時に
圓楽の切り抜きをランドセルに
忍ばせていたのだから
もともとお笑いは大好きか。

先日、福井に吉本新喜劇が来た。
それを娘と妻は見に行ったのだが、
その時に
辻本のグッツをあれこれと買ってもらったらしい。
嬉しそうにそれを僕に見せる娘。
どれくらい好きなのか、疑問が沸き
ちょっと質問。
娘は嵐も大好き。なので
嵐のメンバーと辻本を比較してみた。
それがブログの題名。
辻本は松潤以上だが
二ノには劣るらしい。
ちなみに桜井翔と同等くらい、だってさ。


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
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