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全国へ
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2009/11/18(Wed)
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僕たちが2008年に取り組んだプロジェクトが
今年の2月に福井大会を勝ち上がり、 そして今日行われた北陸大会でも2位に輝いた。 さらに、来年3月、東京で行われる全国大会で発表するチャンスも得た。 エントリーをさかのぼって読んでもらわないといけないのだが、 2008年に ゆきんこ共同保育園と高志みどりクラブ(若手農業者クラブ)が共同で 田んぼ体験の活動を約半年にわたって行った。 その活動の記録を 若手農業者クラブの発表コンペで 発表してきたのだが、 それがあれよあれよと勝ち上がり、いよいよ全国大会に行くことになった。 収穫祭のあの時、手にした小さなおにぎりの感動には 全国大会という場で発表しても遜色ないほどのものが詰まっていたと 今、再び思い返している。 北陸大会では僅差で1位は逃したものの 全国大会では、何か賞をもらって来たいものだ。 それ以上に、あの時の僕たちの感動が伝えられたら、と思う。 |
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高橋がなり氏来園
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2009/11/16(Mon)
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高橋がなり氏が来園。
あの国立ファームのがなり氏である。 マネーの虎(僕はテレビをほとんど見ないので、この番組を知らない)に 出ていた、元AV社長といえば、わかるだろうか。 AV界を引退後、農業分野に参入してきて 現在、国立ファームを主宰している。 僕の農園が目当てというわけではなく、 明日、福井で氏の講演会が予定されており、 その講演会を主催するのが 若手農業者クラブの福井県連絡協議会(って名前だったっけ???)。 で、1日早く福井入りをしたがなり氏は、 「おもしろい奴を見たい」と所望。 A農家とB農家の面白い奴の間に ちょうど、僕の農園があったから、寄ったという感じなので 僕はメインというわけではまったくないので、あしからず。 僕の農園では、ベビーリーフをやってます、と説明して 現場を見せると、がなり氏は 「若くて成功しているやつのほとんどがベビーリーフだけど、ここは変だよ。ベビーリーフのハウスに、玉ねぎの苗が植わっていたり、パプリカが植わっていたり」 と言っていた。 そう。 それが僕の農の形。 他のベビーリーフ農家のほとんどが、 栽培品目は多少あっても、ベビーリーフを栽培しているハウスでは ほとんどがベビーリーフというが普通だろう。 だが、僕はそうしていない。 いや、そうできない、と言った方が正解かもしれない。 多品目でハウスを作りまわしていくと 生育期間の違う野菜ばかりなので、土地の利用が複雑に入り組んでくる。 だから、1つのハウスに、幾つもの野菜が入り組んで栽培されている。 「作りまわす」という農の形は、ちと面倒なことが多いのだが それをやる価値はある。 がなり氏は野菜の硝酸濃度を気にしていると言っていたが うちではあまり気にならない。 軟弱野菜(葉物)が中心ではあるが、他の科の野菜も多く 特定の濃度が上がることは少ない(リン酸はたまるけど)。 土壌消毒はしないの?と聞かれたが うちではほとんどやらない。 やる手間が無い、と言ってしまえばそれまでだが、 僕としては、土は生き物だと考えている。 リセットしてしまう土壌消毒は、僕はできるだけやりたくない。 農地的な問題もあって、うちではほとんどハウスの土を休ませないのだが その代わり、いろんな生育タームの野菜を作りまわすことで、 土を疲れさせることなく、それどころかより良い土になるようにしている。 土は、肥料養分のなになにが足りないから、それを足す、 といった機械的なイメージでは捉えきれない。 足りないから足す、のではなく、土は育むものなのだ。 生育期間の長い作物、たとえばうちではキンジソウがそうなのだが その畑は面白くて、キンジソウの畝間や株間は、無数の名もなき虫が徘徊した跡が 容易に見つけられる。 その長いタームが無数の名もなき生物を育んでいるのだ。 そして、こういった畑を整理して、次の作物を作ると、 土の表面に細かな穴と土の盛り上がりが無数に観察できる。 これはその土にすむ生物相の豊かさを表している。 土壌分析で何が足りない、という診断もそれなりには大切だが こういった生きた土を作り上げていくことが、何よりも大切だと感じている。 鶏と卵じゃないが、どちらが先だったか、 僕ももう定かではないが(このブログをさかのぼって読めば、あるいは解るかも) 多品目と輪作、そして生きている土を育む、 これが僕の農業なのである。 短い時間だったが、がなり氏の観察力はなかなか大したもので 他の方が普通に見学に来ても、僕はここまでは説明しない。 だが、大きく叩かれると、大きく響きたくなる。 がなり氏はそんな人だった。 海外からの研修生の話や (出稼ぎで来てもらうのじゃなくて、あちらで農場を運営させて、その野菜を輸入したい) 後発を育てる方法などでも、 (兵隊(社員)は褒めて育てるけど、士官(幹部)はつぶそうとしてつぶれなかったやつがなる) 面白い意見を交わすことができた。 短い時間だったが とても有意義な時間だった。 |
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資金的要因
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2009/11/14(Sat)
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インドネシアの子たちにやっている座学の話。
今回は、「資金」。 これまで、自然、人的、社会、市場、技術、と議論をしてきたのだが 今回は資金的要因。 この資金的要因は、その人の農業を大きく形作るのであり、 貧困の輪と呼ばれる構造が、つねにこの資金の構造と共にあることを考えると とても重要なファクターでもある。 さて授業に当たって、 H君とイル君の両君に、それぞれの村での資金源について 書き出してきなさいと、宿題を出した。 両君は同じ高校の卒業生でもあるので、地域は比較的近い。 だが、これまで自然、市場、社会において大きな差があることが解っている。 そして今回の資金源も、大きく異なっていた。 まずH君が挙げた資金源は 自己資金(農外セクターで得た資金を農業に投資) 政府からの作付け支援資金(KPK) 銀行からの貸し付け 協同組合(KUD)からの貸し付け 質屋(Penggadaian)、 そして、買い取り商人による貸し付け、である。 では、イル君はどうか。 自己資金(H君と同じ) 協同組合(KUD)からの貸し付け 銀行 そして、買い取り商人による貸し付け、である。 まず自己資金についてだが、 H君の村では農外セクターでの就労機会が多くはない。 ちかくにアディダスの工場があるので、そこに働きに出る人はいるものの その他には、野菜売りやミニバスの運転手、輪たくのような労働で 収入を得て、それを農業資金としている場合もある。 だが、イル君の地域には、大きなお茶農園があり、そのお茶農園が直営している工場で 村人の多くが働いている。 何度も書いたが、A女史の調査で、イル君のお父さんは お茶農園で働いて、一定の収入を得るのを主とし 副業としてやるのが農業だと認識していた。 たぶん、その村の多くの人は、そういう意識なのだろうと想像される。 イル君の話からもそれはうかがえた。 協同組合は、政府組織で全国にある。 僕が協力隊の時にいた村では、この協同組合は、その担当官の汚職などで ほとんど機能不全に陥っていたのだが、 H君とイル君の村は、そうでもないらしい。 ただ、一つ大きな違いとして、 H君の協同組合では、貸し付けは物品化されており イル君のところでは、お金で貸し付けてくれるとのことだった。 僕の記憶では、H君の村のようにKUDの貸し付けは 物で貸し付けされていたように思うのだが、地域によって差があるのだろうか。 実は、この物で貸与というのが曲者で 市場価格より高く見積もられていたり、 またその物(肥料など)の質が悪かったりして、 担当官の汚職の原因にもなっている。 もしイル君のところのように現金で貸し付けてくれるのなら 協同組合もある程度は信頼できるか。 両者も挙げていた銀行であるが これはなかなかの曲者で 資産の見積もりがあり、それに応じて貸し付けされるのだが 審査のプロセスが長く、また返済は毎月で 収穫後に一括返済というわけではないらしく、 農業資金としての活用は、至極難しいとのことだった。 その点、汚職の可能性が高いKUDであるが、 審査プロセスは簡素化されており、経歴書や村長の推薦状さえあれば すぐにでも借り受けられるという手軽さはある。 イル君のところになくてH君のところにあったのは 質屋と政府からの作付け支援金。 H君のところは質屋を利用する農家も多いらしい。 反対にイル君のところは、町からも遠いこともあって 質屋が近くにないことからも、それを利用することはない。 政府からの作付け支援金は、いつの時代も行われており 名前と作付け品目だけは時代によって変わるのだが システムとその考え方は、ほとんど変化がないような気がする。 つまりは、農家をグループ化して、その1人にまず種子を貸与し 収穫後、収穫物からその種子分を返却してもらい、 それを次の人に貸し付けるというもの。 次々と貸し付けていくことで、最後にはみんなに行きわたるというシステム。 乏しい政府の資金を効率的に普及事業にむけるものとして 出てくる度に注目されるのだが、いつも同じ理由で破たんしていく。 このシステムは如何に破たんしやすいものであるかは 僕が協力隊1年目(1997年)に行った「落花生優良品種普及事業」の報告書を 見てもらえれば解るのだが、 このブログでも機会を見て、その話を書こうと思う。 さて、ここからが本題。 最後に残っているのは、買い取り商人による貸し付け。 実はこれが貧困の構造を作っている場合が多い。 なぜなら、資金を貸し付けてもらったら、 その収穫物は必ずその商人に販売しないといけない、 という関係が出来上がるからである。 さらには、その関係が一度出来上がっていくと そこから抜け出すことが容易ではなく 買い取り価格も市場のよりも安く買い取られるのが常なのだ。 まぁ、その差額で儲けているのだから、ある程度差額があるのはしょうがないのだが その程度が問題になる。 インドネシアの大学院でも、農村での買い取り商人との関係構造に 注目している人は多く、 貧困の構造だと指摘する人もいれば それは時にはソーシャルセーフティーネットの役割があると 逆にポジティブに評価する人もいた。 これはそのシステムを見てというよりも 当事者たちの考え方も含めて、 ケースバイケースで判断しないといけないのだろうとは思う。 さて、イル君とH君の場合はどうだろうか。 これまでイル君に関しては、この買い取り商人の存在について さんざん書いてきた。 というのも、A女史から送られてきたイル君の村のポテンシャル調査で 彼女は、極端な貧富の差が村内にあるとして その差が生まれる原因として、 この買い取り商人とそこから貸し付けを受ける零細農家の関係を指摘していた。 個々の農家での市場へのアクセスが困難なため(距離と移動手段の確保) 1人で100軒以上の農家に貸し出しを行う買い取り商人が何人も存在し、 その少数の買い取り商人が、それらの近隣の村々の収穫物を 市場へと運ぶ役割を担っている。 資金と市場をこの買い取り商人が握り 価格決定のイニシアティブは、全く農民側にはない。 そういうこともあってか、 前に書いたエントリーでは、イル君はどうやってこの関係から抜け出そうかを 思案していた。 しかし、議論を進めていくうちに 少し違う風景が今回は見えてきた。 H君のところの買い取り商人とイル君のところの買い取り商人を 少し比較しながら、今回は授業を進めてみた。 H君のところの買い取り商人は、 個々の農家が市場にアクセスしやすいこともあってか 資金難に陥ってない限り、あまり買い取り商人から貸し付けを得ることはないらしい。 つまり、ほとんどの農家は、自分たちで作物を市場まで運ぶことができるのだ。 車やバイクを所有しているのではなく バスの通る道へのアクセスが容易で、市場までの距離が10キロ程度しか離れていない。 そういうこともあって、農家は村まで買い取りに来た商人を選んでも良いし 自ら市場まで運んでも良い。 そういう関係もあってか、 買い取り商人による囲い込みは、特定の作物に限定もされている。 つまりトウガラシだけを扱う専門的な商人が ある程度の収穫量を確保するために、資金提供をして、農家にトウガラシを作らせる といったことのようだ。 そしてこれも重要なのだが、H君のところの買い取り商人のほとんどは 町からやってくる。 資金の返済には、栽培が失敗した場合ある程度待ってくれる点で それほど阿漕な商売はしていないらしい。 ではイル君のところはどうか。 そこの買い取り商人は、作物の特定は行っていない。 何を作っても自由なのだとか。 ただし、貸し付けを受けている場合は、販売はすべてその商人にしなければいけない。 決まっているのは、販売先(商人)のみで、作付けは自由。 そして、その買い取り商人のほとんどは、同じ村に住んでいるのである。 だから、その買い取り商人とのつながりは、家族だったり親戚だったりする。 そういうこともあってか、 資金の融通は随分ときくようで、返済問題や急な物入りの時にも 貸し付けを増やしてくれたり、返済をまってくれたりもするらしい。 買い取り価格に難があると、A女史は指摘していたが それ以外の要素としては、どちらかといえば 個々の農家がアクセスできない大きな市場へのアクセスを可能にする存在として 買い取り商人がいて、 さらにそのネットは、どちらかといえばセーフティネットとも言えなくもない。 さらに大事なことなのだが、 そういう中で、 買い取り商人との関係を切るということはどういう感情なのかを 二人に聞いてみた。 どちらも即答だった。 「malu(はずかしい)」だった。 これまで借りてきてお世話になったのに、富を得たら急に独りよがりになった、と 周りから評価されるので、恥ずかしいことなのだとか。 こういった社会的感情はとても大切だ。 僕らにもそれに似た感情はあっても、 イル君やH君のようにその感情の深度は、それほど深くないかもしれない。 合理的に考えれば、自分で移動手段を持ち、資金があれば その関係から抜けて、自分で販売を始めた方が良いようにも思うのだが、 一足飛びに、それをすることは、 「不義理な奴」としての汚名と制裁を社会から受けることにもなりかねないようだ。 そういうこともあって、やはり一度できたこの関係を 断つことは、難しいようだ。 だが、イル君の場合は、 もっとポジティブに評価しても良いのかもしれないと議論になった。 一つには、その関係から来る融通性であろう。 そして、これが大きいのだが 作付け作物が特定されていないこと、である。 この指摘をしたのはH君である。 「僕なら、高く売れる野菜ばかりつくるけどな」の一言で 議論がネガティブからポジティブへと変わった。 買い取り価格にある程度の差額があることには、これからの課題でもあるのだが 大きな市場にアクセスしているようなので、農家の判断さえ間違えなければ 高い価格で売買される作物を、農家自身で選びだせれば、 それだけ農家のもうけが増えるのだ。 イル君のとこは標高も高いので、その自然条件を活かせば、 イル君の地域じゃないと栽培できないという野菜もあるだろう。 珍しい品種や、普段では栽培できなさそうな野菜、または現在あるものよりも 至極立派に作れそうな野菜を選び出し、それらの市場価格の変動を掴みとれれば 買い取り商人と共に、大きくなっていくことも可能のように思える。 やってみる価値はあると思います。 イル君は、そう言っていた。 あとは君が市場を見つめる目と作物栽培に欠かせない観察力を ここで身につけられるかどうかだろう。 こうして、資金的要素の授業は終わった。 最後にイル君が、 「こうやって自分の村について分析したことがなかったので、とても面白いです。自分の村のことなのに、やっているうちに新たに解ることも多いですね」と言っていた。 忙しい中、座学を続けていくのはなかなかの苦労だが それが少し報われたような気がした。 |
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ある出前授業の風景
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2009/11/12(Thu)
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年に一回のことだが、
毎年、ある高校へ講演に行く。 その高校には国際科があり、1年生を対象に行われている国際理解セミナーに 毎年、協力隊OVが7〜8名を派遣されている。 僕も毎年、その1人として参加している。 何を話すのかと言えば、 協力隊の時の体験談。 異文化の中でどうやって活動してきたかをヒントに 国際社会で活躍するには何が必要なのかを 高校生は学ぶらしい。 僕の馬鹿話にそんなヒントがあるのかどうかは、怪しいものだが。 さてさて、 すでに協力隊から戻ってきて10年が経とうとしている今、 10年前の話をしてもあまり面白くはない。 だれが? それは、僕がだ。 この10年間、幾度となく協力隊の時の話をあちらこちらでやってきたので 今じゃ、全く原稿を作らなくても、全く同じ話をすることができる。 いろんな時間配分で後援会の依頼を受けてきたこともあって 30分から1時間30分の講演時間であれば、準備の原稿もいらないし 講演に使うパワーポイントも、その時間に合わせたバージョンが すべて揃っているくらいだ。 だから、最近は協力隊だけの話はしないようにしている。 今年は、昨年同様に 僕が今やっている農業研修事業について話をした。 異文化を理解するということは、どういうことなのかを表題に 協力隊の経験と研修事業を行っている中で 自分が気付かされることは何なのかを話している。 話のあんこを言えば、 異文化との交流は、自分が前提としていた「常識」の再構築化なのだと 僕は思っている。 オモシロ人類学のように、相手の風習や習慣などの違いを笑いにする方が 講演としては簡単なのだが、 それを笑う自分の基準が、 交流の現場では、実は不安と批判にさらされているのである。 こうして自分の常識を疑うようになりだすと 世の中のことが少し違って見えてきたりもする。 だから異文化交流や異文化理解は何のためかと言われれば 実は、自分が関わっている社会の変容に大きく寄与しているのだと 最近は感じることが多い。 高校1年生にここまで話をすると、大抵は質問なんて出ないのだが 今年は珍しく、質問が続いた。 なかなか真面目な学生が多いみたいで、 国際社会の中で日本が果たす役割は何ですか?などと質問する学生もいた。 僕の頭のどこをどう叩いても、その答えは出てこないし、 僕としては、その「日本」って何なのかを疑えと言ってしまいたくもなるのだが そこは優しく(?)、お茶を濁して終わった。 講演の自己紹介で、ベビーリーフを作っています、と話すと 良く食べると言う子が何人かいて、とても気分良く話せたのは余談。 人前で何かを話すのは、いつもと違う頭の使い方をするので 刺激があっても面白い。 ただ、今年を最後に、この高校での講演はもうやめようと思っている。 |

