来年の候補者決定
2009/11/06(Fri)
最近、ごんぼ(ごぼう)の収穫で忙しい。
トレンチャーで穴を掘りつつ、一本一本手掘りするのだが
そのだだっ広い露地のごんぼ畑で、
携帯がけたたましくなった。
インドネシアからの国際電話だった。

電話をかけてきたのは、タンジュンサリ農業高校の副校長。
先月上旬に頼んでおいたはずの
来年の研修生の選考が、メールの手違い(?)で今月に入って
ようやく候補者を探すという、なんともやっつけ仕事になってしまったことは
先日のエントリーでも書いたとおり。
その選考が終わったとの連絡だった。

畑のど真ん中で、農作業をしながら
インドネシアからの国際電話を受け取るという
すこし異様な風景かもしれないが、
それが僕の日常の一コマでもある。

さて、家路につくと
さっそく、タンジュンサリ農業高校からFAXが入っていた。
それは候補者の履歴書だった。
農業高校を卒業後、5年間、種苗関係の会社に勤めていたことになっていたのだが
この11月で退社、となっていた。
まさか、この研修のために仕事を辞めたんじゃぁ・・・。

年齢がH君と同じだったので、H君にその候補者について聞くと、
やはり同級生で、1年生と3年生の時、同じクラスだった親友らしい。
H君曰く
「彼は頭がすごく良くて、僕よりも成績が上位でした」
とのこと。
H君でも十分賢いと僕は思うのだが、今度の候補者はそれ以上ということか。
とりあえず、大学院時代の同級生・A女史(インドネシア人で大学の講師)に連絡をして
さっそく、その候補者の農村環境調査とポテンシャル調査を依頼するとしよう。

兎にも角にも、来年の候補者が決まった。
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最近の僕
2009/11/04(Wed)
最近、とてつもなく忙しい。
作物に追い回されるとは、このことだろう。
真夏に2反の田んぼでナスやオクラを作っていたとき以上に
忙しいように思う。
いや、あの時とはまた違う質の忙しさ。
あの時も作物に追い回されていたのだが、
どこか陽気だった。
今は、刻々と忍び寄る冬の気配にも追い回されて
気持ちもせわしない。

朝晩がぐっと冷えるようになると
アブラナ科の菜っ葉は、ぐんぐんと勢いよくのびだす。
水菜・ルッコラ・ワサビ菜などをかごいっぱいに収穫する。
そのあとは、夏の名残りでまだハウスの中に残っている
モロヘイヤ・つる紫・空心菜の収穫がある。
それが終わるとようやく露地野菜。
レッドキャベツ・サボイキャベツ・スティックブロッコリ・カリフラワー etc。
これらの合間に、僕の趣味で作っている(割には量が多い)
セロリ3種とキンジソウ、ズッキーニなどの収穫もある。
これをとりきるかどうかのころ
ようやく午前中が終わる。

週に2回は、昼休みの時間にインドネシアの研修生の座学が入る。
それが無い日でも、この時間帯に接客の応対が入ってくる。

昼休みも早々に仕事に出ると、
収穫した菜っ葉の袋詰めが待っている。
そういう仕事はスタッフに任せて、僕は種をまく。
そろそろクリスマス用のベリーリーフをまかなくてはいけないので
平均気温、天気図、季節予報や3か月予報、など活用できる気象情報を並べて
カレンダーとにらめっこしながら種をまく。
菜っ葉の袋詰めが一段落したら、
今度はつまみ菜の収穫である。
大根葉の子葉を収穫する野菜で、カイワレとはまた違う。
鎌で刈り取る野菜で、熟練の技術が要求される。
インドネシアの研修生もセネガル人のI君も
すでに上手になっており、
研修生のH君に限って言えば、僕よりもいつの間にか上手になっているくらいなのだ。

この収穫作業の合間に、播種した場所に水をやり
温度が下がるに合わせて、ハウスを閉めて回る。

この収穫が終わった後に、ようやくごんぼ(ごぼう)の収穫がある。
ごんぼは、遅ければ12月の上旬まで収穫は続く。
朝から、ごんぼだけを掘っていられるのであれば、
多分、2週間とかからないのだろうけど、
これだけ収穫物が重なってくると、せいぜい掘れても1日1畝もしくは2畝。
疲れた体に鞭を打って
最後の最後にこの肉体労働をこなす。
大抵のアルバイトは、このごんぼのころに辞めて言ったような気がする。
そんな大変な仕事なのだが
セネガルのI君は、ごんぼを掘る前になると
冗談で
「今日は、5畝掘るよ」
とありえない目標数字を言っては、まわりの笑いを誘う。
その陽気さに助けられて
僕は、日暮れまで黙々とごんぼを掘るのである。

日が暮れて、外気が寒くなると気分もせわしない。
冬が来る前に取りきらないといけない露地野菜が多いのだ。
冷え切って疲れ切った体で、気分だけがせわしくなりつつ、家路につく。
せめて薪ストーブにあたって
冷えて疲れた体を温め、とげとげにせわしくなった気持ちを
まあるく、まあるくさせよう。

これが最近の僕である。
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絵に描いた餅でも、それを描き続ける意味がある
2009/11/02(Mon)
研修生には母国語であるインドネシア語で
毎月、研修で学んだことなどをレポートにまとめて提出してもらっている。
月に1〜2回は、座学でそのレポートを元に話し合うようにしている。
昨日はその日。

レポートには、その月に学んだことや
疑問点、要望などを書いてもらうと同時に
研修後の夢も毎月書いてもらっている。

目標を持って、それに向かって邁進するという
効率性とそこに潜むある種の近代性を
無批判なわけではないのだが、
実際の現場での問題として、
研修の短い3年間を、それぞれがある程度イメージを持って取り組んでもらいたい
と思って、毎月、これを書いてもらっている。

毎月同じような夢を書いてきていたのだが、
今回は、H君とイル君の夢は随分と様変わりしていた。

まずはH君。
これまでは簡単に、
「研修後は大学に進み、もっと勉強したい」
「ここで学んだ技術や農法を活かす農業をしたい」
と書いていた。
だが今回は、前に書いたエントリーにもあったように
「近くの市場に売り場を確保し、生産販売グループを作り、自分たちで有機的農業を中心に栽培していきたい」
に変わっていた。

イル君も同様で、
まずは土地探しから始めたいとのこと。
彼は兄弟も多く、またその兄弟もほとんどが農業をしており
さらにジャワの相続の慣習として
“兄弟全員に均等に分ける”というのがあり、
父の遺産としての農地がほとんど期待できないのである。
H君は幼い弟が1人なので、あまりその問題はないと言っていたが
イル君は4人兄弟の2番目。
ただでさえ少ない父の農地なのに、その1/4しかまわってこないのでは
農業では食べていけなくなる、とのこと。
彼の土地探しは、まずは市場だとか。
自らが関わることのできる市場に近い場所で土地を探すのだとか。
イル君はこれまで、どちらかと言えば栽培技術に関心が高かったのだが、
先月に行った授業の効果なのか
栽培から考えるのではなく、
販売から、市場から考えるようになったのは、
大きな一歩だと思う。

両者にとって、たとえその夢が絵に描いた餅であっても
その餅を描き続ける意味は、僕にはあるように思う。
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求人募集票を書く
2009/11/01(Sun)
求人用の募集票を書く。
この前のエントリーでも書いたが、今、農園のスタッフを募集している。
誰でも良いというわけではなく、
それなりに刺激的な人が良い。
というわけで、青年海外協力隊OVを対象に
募集をかけてみようかと考えている。

今年、いろんな縁があって
5月と8月に東京であったシンポジウムにパネラーとして登壇した。
そのどちらのシンポジウムも
青年海外協力隊OVの帰国後の活躍に焦点をあてたもので
それに僕の活動が当てはまるのかどうか、一抹の不安はあるものの
呼ばれれば、出ないと断る理由もなく、
ある種の所信表明のつもりで登壇した。

この2つのシンポジウム。
事前にそれなりに準備したので(させられた?)、
その作業過程と、
一緒に登壇した方々からの素敵な話が刺激になって
僕にとって、“地域おこしとは”を
しっかりと再考するきっかけを与えてくれたような気がする。

そしてそれは、
「ちょっとまともじゃない、ものの見方」じゃないか、と最近良く思うのである。
農村というと、どちらかといえば
停滞した社会・閉鎖的な社会というイメージをもたれるかもしれないが、
史実から検証しても、そうだった試しがない。
農村は停滞しているどころか、
つねにダイナミックな変容を繰り返してきているのである。
そしてその変容の中に
ちょっとまともじゃない、ものの見方をする輩が必ず関わっている。
その関わりがなければ、外圧によってなし崩し的な変化はあっても、
農村が主体となるような変容は生まれない。
(いや、その場合でも外圧を自分たちの都合に合わせて「翻訳」する輩はからなず出てくるだろうけど)

2つのシンポジウムに出て、
そこに登壇されている方々を見て
やはり「ちょっとまともじゃない、ものの見方」をする人たちだと
僕は思った(褒め言葉のつもり)。

日本の社会から飛び出し、現地の社会に単身で乗り込んでいき
少なくともその視点においては、すでに
「ちょっとまともじゃない、ものの見方」を身につけているであろう
協力隊OVをスタッフとして招けないか、
今、そう考えている。
僕とこの村とこの地域の農業が大きく変化していくために必要な力を、
この僕に貸してほしいと願っている。
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来年の研修候補の選考
2009/10/30(Fri)
まぁ、いまさら驚くことでもないし、書いても仕方がないのだが、
とりあえず毎年、このことが問題になり、まったく改善が見られないので
記録と来年のために記しておこう。

来年の研修生候補の選考を
インドネシアのタンジュンサリ農業高校に頼んでいたのが
先月(9月)の終わりだった。
担当の方に2度も国際電話もして、
インドネシア語で書いた選考基準もe-mailで送る際に
わざわざまた国際電話をして、念を押したにもかかわらず
期日であった今日、先方に電話をすると
副校長から回答があり
「選考基準がまだ届いていないので、選考できない」
とのことだった。
担当者にe-mailで送ったことを伝えると、
その夜、その担当者からe-mailで返信があり
「今までメールをチェックしていなかった」とのこと。
9月に送ったe-mailをチェックしていなかったのか????
そんなにe-mailを使わないのなら、名刺の連絡先として
Mailアドレスをデカデカと書くんじゃない!!!

確か、昨年も同じようなことでもめたような気がした。
そういう意味では、僕も同じようなものか・・・。

こうして、今頃になって大慌てで選考していることだろう。
今まで来ている子を見ていると、
そうしたやっつけ選考でも、良い子が来ることは解っているのだが
出来れば広く公募して多くの子から選んでほしいものだ。

来年までに、こちらで募集ポスターでも作ろうか。
そう言えば、わざわざ夏の忙しい時期に作った
研修のリーフレットインドネシア語版は、あっちで活用されているのだろうか。
なんだかすべてが不安である。
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