FC2ブログ
2月は逃げる。
というが、まさにそう。
という言い訳が通じるわけではないが、
昨年の2月に来たデディについて
まったくエントリーを残していなかった。
ごめんよ、デディ。

彼はタンジュンサリ農業高校を卒業後
大学で学び、
農園にやってきた。
大学は主席で卒業らしい。
その片鱗は、日々の授業や
仕事ぶりでもよくわかる。
2020年はシティとデディという意味では
実習生の質は最も高かった年だろう。

その彼。
実家は農家。
バンドゥン県のパガレガンという
レンディやデデ、ダニと同じ出身地で
お茶畑が有名な高原野菜地帯。
この地区は、かなり人材が揃っている感じ。

さて。
今、そのデディに協力してもらって
ちょっと面白いことをやっている。
それは他の実習生に対して
「技能」とは何かというワークショップ。
日本で得られるモノについて
実習生たちの思考に迫ろうという試み。
あ、別にドナーがいてやっている調査ではなく
実習生が得られるモノを書いた論文を
いくつか読んでいるうちに
気に入らなくなって
だったら自分で調べようと思ってやっていること。
ま、暇ってわけじゃないけどね。

で、デディをそのファシリテーターとして
今、鍛えている。
利点は3つ。
彼は見込みあるので
こういう仕事を今後インドネシアでも
ちょいちょいと使うには
ここで鍛えておこうかというのが1つ目。
あと、僕がファシリテートすると
実習生たちが怖がるというのが2つ目。
言葉も下手だしね、僕は。
細かい意図が通じないと、
こういうのはうまくいかないので。
最後が、彼を通じて福井に
インドネシアの実習生の大きなネットワークを
作ろうかという試み、で3つ目。
誰か中心となる人がいないと
職場も休日も遊ぶ場所もばらばらな
外国人のネットワークは
面的な地域では作りにくい。
彼ならその素質は十分ある。

今後、仕事で若手のファシリテーターを
育成することもあるだろうから
今のうちに僕もファシリテーター育成に
慣れるという意味では、4つ目の意味もあるか。

その彼、とりあえず
この前一回目の実地でのワークショップを実施。
丁寧な言葉遣いと
停滞しそうな参加者の思考へのアプローチは
非凡だったが
まとめに近づくと
どこに落とすべきかで
自ら迷走していた。
カチッとした着地点は
無くてもいいかもしれないが、
参加したみんなが
楽しかったという時間を共有するには
やったことの意味をもう少し
どこかへ方向が浮かび上がればいいなぁとも思うけど、
どうなんだろうね。

というわけで、
新たに実習生を
実習生たちのファシリテーターとして
育てる楽しみができました。
デディ、次は漁港で働くインドネシア人を
ファシリテートしようぜい!

2月14日に3年生のアンギとフィルマンは
インドネシアに帰国した。
その前にエントリーを残せたらよかったのだけど
なんだかなんだで書けずにいた。
あと、2月も一つもブログ書いていないのに気が付いて
気が向くのを待つのではなく、無理やり書く。

フィルマンの卒業研究は
野菜の移動販売における野菜の仕入先ごとの利潤の変化
だった。
インドネシアでは、
特に実習生の西ジャワ州では、
野菜は一般的に
伝統的な市場や、八百屋などの商店、
あと移動販売等で購入する。
最近スーパーでも購入するケースも多くなったが
まだまだ少ない。

フィルマンはこの移動販売のビジネスをやろうと計画中で
野菜の仕入れ先によって利潤が違うことを
これまでのビジネスプラン作りの中で感じていた。
そこで移動販売をしている業者に
アンケート調査を行い
仕入先が違うことで品揃えや利潤の違いを明らかにしようとした。

仕入先はいろいろと細かく分かれるのだろうと思うが、
主には2つ。
農家から直接仕入れる、のと、卸売市場(業者)から仕入れる、がある。
当然農家から直接仕入れると
利ざやは大きいので、利益は大きくなる。
しかし、農家は何種類も栽培しているわけではないので
野菜の種類を増やすには、取引農家を増やす必要がある。
細かい品目のために農家間を移動する必要も出てくる。
また、乾季や雨季による変化が収量にも影響し
農家から直接買う場合は、販売量や品目が安定しない。
業者から買う場合は、その逆で
そのどちらが移動販売における利潤を高めているかを
彼はインタビューして調べた。

フィルマンは農家から直接買っているある業者を
ビジネスプラン作りの中でかなり注目をして
その業者を真似することに集中してきた(ここでは便宜上Aさんとしようか)。
そのため、農家から買う方が絶対良いと思い込んでいる。
卒業研究の結果は
八つの事例だけだったが、
市場から買っている移動販売の方が、平均すると儲けが多い、と出た。
ただフィルマンが敬愛するそのAさんが
断トツで儲けており
フィルマンは、僕からの指導を受けたにもかかわらず
最終発表では
農家から購入する方が利潤が高くなると分析をした。

自分が見たいものを人は見る。
それは僕も一緒だ。
僕がいつも実習生たちに言うのは、
その見たいものを見る目には偏見という眼鏡がかかっている
ということである。
偏見の眼鏡を取り払うのが
実習生たちへの授業だったりビジネスプランだったり
卒業研究だったりする。
偏見の眼鏡に気が付くのは
実はすごく傷つく。
自分が思っていた通りではないという事実を
受け入れなければならない時もあるからだ。
そしてそれはすこぶる不愉快で
しかもそれを他人から指摘されるのは
本当に苦痛だと思う。

フィルマンの卒業研究は
そこで終わってしまったのが残念でならない。
Aさんがどうしてそんなに利益を上げられているのかを
本当はほかの同じ形態の業者と比較研究して
成功のカギをさらに深堀すべきだった。
でも、自分の思った通りの研究結果だったと
予定調和的に思い込むことで
そこのステージにも到達はできなくなる。
不愉快で苦痛な結果を直視することこそ、
その次を見つける、
まさに偏見の眼鏡を取って見渡す風景なのだけど。

そして難しいのは
偏見の眼鏡は無理やり外すこともできないということ。
そして、僕にも偏見の眼鏡があるっていうこと。
だから僕がここで書いている視点が
実はフィルマンに対しての偏見がある、ということも
他方では事実であるので
ここに至ってからの彼の選択に
もう一つ踏み込むかどうかを
ためらう自分がいるのも事実。

ここから先は
彼が帰ってから
ローカルスタッフを通じて報告される情報から
彼を読み取るしかない。
3年で出来ることは本当に少ない。







関連記事
新年一発目が、豪雪対応のエントリーになろうとは。
今年も波乱の雰囲気。

7日までは、豪雪の気配はなかった。
数年に一度の言葉は年末年始の寒波の時と
同じように天気予報は連呼していたが
あの時20㎝程度しか降らなかったこともあり
まぁ、今回もそんなところかな。と思っていた。

異変を感じたのは、8日の昼。
8日はもともと朝から融雪装置を稼働させて
除雪の初動を早める予定だった。
30年豪雪の時、その初動の遅さで後悔があったので。
それでも8日の朝は、まだそれほど降らないかも、と
どこかで思っていた。
天気予報の警報も、前日の夜に9日には解除されるかも、
といった程度だったし。
それが、融雪装置を稼働させまわっている8日の午前中。
どうも降り方がおかしい。

8日の昼過ぎに天気予報をチェックしたときには
警報が10日まで伸びる予報に変わり
衛星画像をチェックすると
あの「日本海寒気団集束帯」がはっきりと確認でき
その雲の列が北陸に伸びていた。
7日の夜の段階で、9日の予想天気図に
等圧線の蛇行が確認できていたので
もしかしてとは考えていたが
こうしてはっきりと雲の行列が確認できると
もはや間違いはない。
これは2018年ほどの豪雪になると。

8日の夜は徒歩で一斉にハウスを確認し、
一部のハウスでは雪かきを実施。
9日からの雪かき作戦の前哨戦として
全体を把握につとめた。
夜遅くに実習生にはメールにて9日からの雪かきをお願いした。
9日は朝から実習生5名と僕の6名で雪かきを実施。
ハウスの肩に乗っかっている雪を手作業で降ろす作業だ。
インドネシアの子たちは、3年前の豪雪を経験していない。
その彼らのために
2018年の雪かき作業を動画で記録してある。
雪掻き前に動画で研修を行い、
一番近くのハウスで、積もっている雪の厚みが太い
大屋根のハウスで急ごしらえの実地訓練を施す。
その後、
前日の夜に確認した吹き溜まりや
構造の弱いハウスを中心に雪かきを始めた。
9日は終日雪かき。

10日からはさらにスタッフの大西が駆けつけてくれた。
これで司令塔が二人になるので
二局面作戦が可能になる。
大西に棟数の多い山室方面へ雪かきに出てもらい
僕は遊撃部隊として構造の弱いハウスでの
雪かきに当たった。
夕方には大西部隊が合流し
構造の弱いハウスの雪かきも終えて、一日を終えた。

11日は、スタッフの佐藤は徒歩で出社し、
立崎や森田は前日に家の前の雪かきを行い
車にて出社。
スタッフが一気に増えて、雪かきもはかどる。
10日の夕方に、もしこれ以上降れば
いくつかのハウスは見捨てようと思っていたのだが
10日の夜は思ったよりも降らず
11日から増えた人員で
一気に除雪も進んだ。
12日も営業を取りやめ
ハウスの除雪を徹底した。

13日からは営業を再開させたが
僕と立崎とで、今回の豪雪で
被害を受けた融雪装置の修理に入る。
2018年の豪雪の時は
2月の豪雪の前に
1月の大雪で融雪装置の一部が破損しており
その修理もままならないまま豪雪にあい
被害を受けた。
今回も融雪装置を直せるほど雪が解けていなかったが
何とか雪をのけ
融雪装置を週末までに修理を行った。
なんとか切り抜けた。
そんな実感は休日だった土曜日の昼頃
急に湧き上がってきた。

こうして、今回の豪雪は
運もあって一棟も倒壊せず終えた。
2018年の経験から
初動の速さ、雪かきのシミュレーション、
気象データを自身で読み解く力
そんなことを学んだ。
その学びが活かせたことが大きい。
また今回の大雪の前に、昨年の11月から12月にかけて
融雪装置の点検と修理を一斉に行っている。
今回はそれがとにかく大きなポイントとなった。
古い融雪装置は新しいものと交換し
ノズルの目詰まりはすべて取り除いてあった。
事前に備えたことも大きい。
前回の雪で倒壊したハウスは
剛性の高い構造に切り替えたのも
大きいし
新しく設置した融雪装置は
前回の経験からその設置の仕方に工夫を加えてある。
今までの常識ではなく
自分たちの経験を踏まえての工夫は
今回とても大きな武器になった。
雪国の園芸に未来が見いだせないでいたが
今回の経験が
自分たちの大きな自信と
この道でやっていけるという安堵を生み出したと思う。
本当によかった。


関連記事
これ、意外に楽しみにしている人が多いらしい。
普段のブログは読まないけど
これは見ているという方が
いることを先日知った。

さて、今年の10大ニュース。
優劣はなく順不同で。

☆コロナ禍
たぶんこれはみんなそうなんだろうね。
これに経営も生活も人の関係も気持ちも
ずいぶんとやられました。
レストラン向けの野菜は全く売れず。
地域活動のイベントも全部中止。
ほんとうにうんざり。

☆借金が増える
2018年の豪雪で膨れ上がった借金。
そこにコロナ。
いやいや参ったよ。
で、お金がショートする前に
運転資金をさらに借りることに。
いろいろとシミュレーションしてるけど
絶対大丈夫ってないから、こういうのって胆力鍛えられるね。
というか、気持ち削られるね。
経営者に向いてないって気が付いた1年。

☆離職
農園もいろいろとある。
痛手だったのは、スタッフの離職。
もともと今年インドネシアにJICA海外協力隊として
タンジュンサリ農業高校へ農業教員として
派遣する予定だった子が
コロナで派遣中止に。
そのまま農業で続けてほしいと思っていたけど
人生を考え直したいとのことで、離職。
あとパートさんも少しもめて離職。
コロナで普通の思考じゃなかったのかもと
思うけど、こういう状況で
人が抜けていくのはかなり痛手だった。
社内の人間関係にも
今年は苦慮した。
人と仲良くするのは、本当に大事で
それを優先したいけど、
自分の想いを伝えるより
相手の想いに寄り添うのが大事だっていうのも
言葉ではわかるけど
実践していくのは難しいなぁって。

☆農業の効率化
コロナだからってわけじゃないんだけど
去年から考えていた農機をちょこちょこと購入。
レストラン向けがのびなくなったので
新しい市場探しという意味でも
農作業の効率化は必須だった。
コンテナ型の2トントラックや
動力噴霧器、
サツマイモ洗浄機など
そこそこ投資した。
効率はぐっと上がって
農作業上、ボトルネックになっていた諸問題は
一気に解決した。
来年に向けて増産の目途も付きそうで
10月や年末の仕事は増やすことができそう。

さらに、佐川氏の講演に参加して
農業の効率化に本格的に動き出そうとしている。
作業管理や資産管理の作業表も作成し
担当業務をスタッフと共有していく。
総じて、総務の業務がかなりおろそかになっているのが
うちの弱点。
コロナで大変になったことが
自分の経営と向き合うきっかけにもなった。

☆スーパーとの独自企画
昨年から企画していたことで
今年実行して、かなりの効果があった。
地元のスーパー数社と商品開発を行い、
今まで仲卸を通じて、
全部のスーパー向けに広く販売する戦略を
すこし改めた。
販売スーパーを絞って、
そこ向けに独自商品(品種・パッケージ等)を企画して販売する方法。
ベビーリーフでの失敗というか
広く販売することでスーパー間競争において
独自色を出すことができなくなり、
結局ほかのベビーリーフと価格面での競争に陥ってしまって
売り上げを落としてきている反省からの新企画だった。
レストラン向けの売り上げが落ちていく中
この企画が経営を救ってくれた。
ただ、損を埋める程度で
大きな利益にはまだなっていない。
11月以降の相場が悪かったこともあり
企画していても価格見直しを迫られたりして
なかなかうまくはいかないね。
ま、ここに勝機はもう少しありそうなので
効率化を進めながら、新企画をまだまだやっていこうと思う。

☆森田入社
今年、新卒を採用した。
タンジュンサリ農業高校へJICA海外協力隊として
派遣するための人材。
これから技能実習制度の新しい取り組みを
立崎とともに支えてくれるというか推進していってくれる人材。
頭のいい子で、状況把握力もある。
慣れない農作業に苦労していたけど
ま、最初はだれでもそうなので大丈夫。
コロナであまり気が回らなかったけど
来年に向けての学習の方向性も決め
これからの成長が楽しみな人材。
インドネシア語の学習にも積極的で
実習生や立崎と始めた
タンジュンサリ農業高校向けの
授業配信でも力を発揮してくれている。
農作業の管理作業向けというよりも
経営向けの人材かな。
そういう人材を望んでいたので
大切にしていきたい。

☆初の女性実習生
立崎の希望というか
女性でも大丈夫という彼女からのアドバイスがあり
今年から女性の実習生を受け入れた。
力のいる作業ではやや苦手だけど
とても優秀で、
たぶん今まで受け入れたこの中では一番の子。
気持ちも強いし、考え方も大人だし、
向上心も強い。
女性だから男性だからという差はほとんどないね。
そういう意味では、女性の実習生の受け入れは
これからも進めていきたい。

あと彼女と一緒に来た男の子の実習生も
かなり優秀。
今年はそういう意味では実習生は当たり年だった。
この二人が来てから授業でディスカッションするのが
本当に楽しい。

☆日本語学校立ち上げ
送り出し機関をタンジュンサリ農業高校の先生と
一緒に立ち上げよう、と昨年の10大ニュースでも書いた。
コロナで身動きが取れない中
インドネシアとのリモート会議を重ね
なんとかインドネシアに法人を立ち上げ
そこから日本語学校を立ち上げた。
送り出し機関はまだまだハードルが高く
立ち上げは来年に持ち越しだが
もう後戻りできないところまで来ている。
経営をどう作り上げていくかを
リモートでインドネシア側とやらないといけなくて
なかなか作業としては大変。
はやく出張できるようになるといいのだけど。。。
とにかく、学校が立ち上がっただけでも成果としようか。
来年は、さらに大きな仕掛けを用意していて
それがうまくいけば
僕らの次の10年が見えてくるはず。
ちょっと手が回らない感じに見えるのは
たぶんこういうことをするからなんだろうっては
思うけど
これが僕の命題でもあるので
もう少し頑張りたい。

☆北陸大会
部活でクラリネットをしている娘。
そのアンサンブルコンテスト。
昨年は地区大会で銅賞という最悪の結果だったのだけど
今年は、地区を勝ち、市の大会も勝ち、県大会も勝ち、
北陸大会に出場するほどの腕前になっていた。
北陸大会では、力が入りすぎていたのか
県大会ほどの演奏ができず、敗退したけど
中日大会に県代表で選ばれるくらい素晴らしい演奏だった。
ただ中日大会はコロナで中止になってしまったけど。
人の成長ってすごいなぁって。
たった一年でこんなにも変わるんだなぁって。
つらい一年だったが、勇気をもらえた数少ない出来事だった。

☆雪解新人賞
総じて今年は最悪だった。
ここには書けないことでもっと最悪なこともあった。
状況は改善していくどころか
悪化の一途なのだけど
それでも人には何かいいことも起こることもある。
それがこの賞。

雪解という俳句結社に入って4年目。
今年雪解の俳句雑誌の巻頭に選ばれた。
本当にうれしかった。
文芸の才能なんてこれまでほとんどなかったし
そういうのってどちらかといえば苦手だった。
詩文はすきだったけど
自分がそれを詠むなんて想像してなかった。
だからなのか、そういう新しい自分が楽しかった。
だから、どんどんと俳句にのめり込んでいった。
その結果、
令和2年度の雪解結社の新人賞に内定をいただいた。
10年も20年もしないと貰えないものだと
地元の先生たちは言っていて
4年で貰ったのは早すぎると苦言もあったが、
兎にも角にも、うれしい。

正直コロナで落ち込んでいた時は
ほとんどいい俳句は詠めなかったけど、
人間関係でこじれた今年後半は
逆にいろんな気持ちに見切りをつけようと
俳句がのびのびした。
俳句は人生の杖。
これからもつらいことを客体化して
美しい詩文にして眺める作業を繰り返していきたい。
ぎこちなく不器用な生き方しか
できないのだけど
その分、題材は尽きない。
とてもいい趣味と出会った。
もっともっと俳句を詠もうと思う。


これが僕の周りの10大ニュース。
他にもドキュメンタリー番組を3本も作ってもらったという意味では
びっくりな一年だったな。
来年はもう少しだけ、
人との関係がうまくいくといいなと切に思う。





関連記事
今日が仕事納め。
いろいろあった1年。
本当にいろいろあった1年。
今日が仕事納めという感覚もなかったが
納品書を書き起こしていたら
今日が仕事納めという感慨がわいてきた。
そんな1年。

さて、
2年生のダダンの話。
彼のビジネスプランは乳牛事業と
カエラン(という野菜)の栽培事業が柱。
カエランはまだまだビジネスプランとしては甘く、
市場や栽培条件などかなり不確定も多く、
これからかなりディスカッションを繰り返すことになる。
その一方で
彼が自分の資源として認識している
乳牛事業は固い。
祖父(父は他界)の乳牛事業を
そのまま継承する形でのビジネスプランで
彼の経験値の無さや市場や人間関係など
あらゆるものをクリアーしている点で
これを主に置いている彼は
21歳にしては刮目すべき男児なのだろう。
ただ、将来像は甘い。
ダダンは
1年生で貯めたお金で祖父がもつ乳牛6頭(5だっけ?)に
3頭を足し、牛舎の建て増しも行った。
その投資は成功し
毎月、2,000,000ルピアの収入を彼は
日本に居ながらにして得ている。
それはいい。というか、素晴らしい。

ただ、彼の目標というか
夢というか
ビジネスによって得たい収入と
地位は乳牛20頭を飼育する農家。
なぜそれなのかはよくわからんけど
(この辺りが、最近自分が雑になっている点。ここ押さえる点であることは記録したい)
それを彼が目指すのなら、それに向けて
計算が必要になる。

その時に問題になることはいろいろある。
20頭を飼う牛舎の建て増し資金。
あと11頭の乳牛を買う資金。
その牛舎を立てる土地代。
そのあたりはイメージついていたけど
ダダンも僕も計算し始めて気が付いたけど
もっとも難解なのが
餌の供給だった。

11頭を買い足した場合、
彼の家族が所有している牧草地は
あと1.5ha足りない。
人口密集度が世界一の
ジャワ島では
個人農家は平均25aの土地しか所有していない。
もちろんそんな小さな土地では食べていけないので
若者の農村&農業離れは
日本の比でないくらいに加速している。
であれば、耕作放棄地や使われなくなった共有地が
あるようにも見えるが
そんな土地は1ミリも無い。
それどころか
高速道路や高速鉄道の開発ラッシュで
ダダンたちの村の土地は天井知らずに高騰中だ。
彼の試算では
11頭買い足すには
牧草地として400万円くらいの資金が
必要になるらしい。
ちなみに3年間実習生をして貯まるお金は
農園の子たちで、約180万円くらい。
実習生を3回くらいしないとたまらないお金。
しかも、インドネシアの銀行からの融資は
やろうと思えばたぶんできるんだろうけど
行為能力ってそういう風にはできていない。
ダダンが想像しないことは
ダダンの行動として起こりえないのだから
ダダンが想像しない銀行融資は、
僕の絵空事でしかない。

彼は、実習生の間に貯める資金と
その間も入り続ける乳牛事業の利益も含めて
計算してきたが
やはり1.5haの牧草地にはあと200万円くらい足りないようだ。
もうこれいじょう日本に出稼ぎに行かない前提で考えるならば
そのお金が現地で貯まるのは
どれだけ節制しても
10年以上かかる。
その間も経済成長5%以上のインドネシアの物価は
上がり続け
彼の目標値はどんどん
彼の想いよりもかけ離れていくだろう。
こういう計算はある意味ダダンのような若者には
絶望を生み出す。
そんなことは分かっている。
でもそこがなあなあだと
なんとかこのまま行けるんだって
勘違いする方が
数年後のもっと大きな絶望は回避できない。

で、ここからが僕のファシリテートの出番。
というほどのことはできない。
乳牛なんて技術的にも経営的にも知らないし。
でも素人でもできるのが、事実確認という方法。
餌って牧草だけなの?から始まり、
餌の種類とその入手方法を
ひとつひとつ丁寧に追う。
その時に、ひとつひっかかるのがあった。
それは稲わら。
年に3回もできるジャワの稲作では
稲わらは結構大量に田んぼにある。
ただあれも販売される資源だとか。
ダダンはその購入も含めて計算したが
それではランニングコストが高すぎて合わなかった、という。
だから自前の牧草地っていう発想なんだとか。
その時に彼が漏らしたことは
「稲刈りを手伝えばただで稲わらもらえるんですけど」。
これが僕にはヒットした。
え!?稲刈りを手伝えば、稲わらはただ?って。
だったら手伝えばいいじゃん。
ダダンはそんな暇はないっていう。
いやいや、ダダン、それを君がするんじゃない。
稲の収穫ビジネスユニットを作って
営利なしのぎりぎりで回して
稲わらをただで手に入れるビジネスだよ、これは。
つまりはこうだ。
ジャワの稲の収穫はまだまだ手作業だ。
それの手作業に土地なし農民が参加して
自分たちの食い扶持を手に入れるのが
伝統的互助のつながりでもある。
ただ以前からそれはソーシャルセイフティーネットとして
評価される一方で、僕には
貧困層の搾取だと思ってきた。
安い労働者を生かさず殺さずに
ある程度のボリュームで農村で飼い殺すやり方と
僕は思ってきた。
だから、農村で聞く互助の中身は
そうとう斜に構えて考察しないと
変な片棒を持たされると思っている。
収穫人の存在はまさにそれ。

で、あるなら、
ダダン、収穫人の収入を最大限にできるよう
収穫形式も機械化と効率化を図って
で、収穫人の待遇もずっとずっと良くして
さらに季節でしか回ってこなかった仕事も
西ジャワ全域の田んぼを商売対象として
ピックアップトラックとバインダーと
動力付きの脱穀を揃えて
収穫人にも近未来的な格好いいユニフォームを揃えて
仕事のイメージを変えつつ
季節に左右されない仕事と
給与制よる安定を作って、
収穫作業で儲けず(そうすれば収穫人の待遇は断然アップする)、
そこで得た稲わらを飼料として販売するビジネスが
ある意味完成するんじゃないかって。
あっと、事実確認からの勝手な飛躍は
ファシリテーターとしてあるべきじゃないけどね。

このビジネスならば
ざっくり計算しても
今から貯まるであろう150万円くらいで
十分始められる。
投資を自分の分野に限らず
外のビジネスにも目を向ければ
そういうことも可能になる。
牛を飼うことで
地元の貧困層の改善と
コメ収穫のソリューションを提供する。
ビジネスとはそうあるべきだと思う。





関連記事

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

俳句もしております。「雪解」「街」「いつき組」に所属しております。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

プロフィール
02 ≪│2021/03│≫ 04
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
カレンダー(月別)
カテゴリ
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

Page Top

Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ